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名将への「思い」をデジタル空間で共有する──オシム氏追悼試合でARプロダクト「Spatial Message」が果たした役割とは(後編)
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名将への「思い」をデジタル空間で共有する──オシム氏追悼試合でARプロダクト「Spatial Message」が果たした役割とは(後編)

2022年5月に亡くなったオシム元監督の追悼イベントにおけるARプロダクト「Spatial Message」の活用から見えてきた可能性や課題とはどのようなものだったのでしょうか。バーチャル空間で言葉が可視化され、蓄積していくこのプロダクトの可能性をプロジェクトメンバーたちが語り合いました。

前編はこちら

小林 佑樹氏
MESON CEO

比留間 和也氏
MESON CTO

関根 詩織氏
MESON XRエクスペリエンスデザイナー

木下 陽介
博報堂DYホールディングス
統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
兼博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
テクノロジスト/エクゼクティブディレクター

目黒 慎吾
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター
研究開発1グループ上席研究員 / テクノロジスト

XRによって人と人をつなげ「共体験」を生み出す

──オシム元監督追悼イベントにおけるSpatial Message活用で、とくに画期的だったのはどのような点だと思われますか。

小林
UGC(ユーザー参加型コンテンツ)を上手に活用できたこと、その結果としてサッカーファン、オシムファンの間にバーチャル上でのコミュニケーションが生まれたこと。その2点だと思います。
目黒
僕も同感です。僕たちがXRの研究を通じていつも考えてきたことは、XRを閉じられたものにしないということです。XRによって人と人をつなげ、そこに「共体験」を生み出す。それが、僕たちが目指してきたことです。それを今回の取り組みである程度実現することができたと思います。
関根
UXの観点から見ると、「マルチモーダル」を活用できた点に1つの画期性があったように思います。XRは現実世界ではできない体験ができるので、ユーザーの皆さんの最初の一般的な反応は「びっくりした」とか「すごい」というものです。でもそれが強すぎると、こちらが提供したい「喜び」「楽しさ」「感動」といった価値を実現できずに終わってしまいます。そこで今回は、視覚に訴えるモードだけではなく、音楽で聴覚に訴えるモードを用意して、ビジュアルの前にサウンドでXRの世界に入る道筋をつくるという手法を採用しました。また、最後にオシムさんの肉声というサウンドを用意することによって、体験に完結性をもたせました。視覚と聴覚によって体験への没入度を高め、感動や高揚感を増幅させる。そんな工夫ができたことが大きかったと思います。

比留間
追悼試合という、その場、その時にしかない体験の価値をバーチャル上で拡大することができたのがこの取り組みの画期性だったと僕は考えています。スタジアムから見える空という「空間」にメッセージを表示させるというUXも新しかったと思います。
木下
スタジアムという場所があり、追悼というシチュエーションがあり、その場所でXRによってストーリーをつくり、そこに共感を生み出す──。それが今回の取り組みの意味でした。そう考えれば、XRというテクノロジーを軸とした総合的な企画だったと言えます。その総合性をつくり出すことができた点に画期性があったと思いますね。

現地で検証することの重要性

──今回のプロジェクトの中で新たな発見はありましたか。

小林
僕たちはXRのプロですが、その技術をもってサッカーファンの心をどう捉えるかという点ではチャレンジャーでした。そのチャレンジを成功させるために、早めにプロトタイプをつくって、それを実際に動かしながらディスカッションを重ねていきました。それが結果としてプロジェクトの成功に結びついたと思います。初めての取り組みにおいては、早い段階でプロトタイピングを行い、実際に「やってみる」ことが重要である。そんな発見がありましたね。
目黒
現地に足を運んで検証することが絶対に必要だというのも、再認識しました。スタジアムに行ってみて初めてわかったのは、試合前の時間帯は西日が非常に強いということでした。日照が強すぎると、ARグラスでコンテンツを見るのに支障が出ます。それに早い段階で気づけたのは幸いでした。
関根
事前の現地検証をしていなかったらたいへんなことになっていたと思います。あの気づきがあったから、日照を遮る工夫をすることができました。一方で、音響の面では誤算がありました。試合当日はスタジアムの中にいろいろな音が大音響で響いていて、XRのサウンドが聞き取りにくいという問題が発生しました。あれは想定外でしたね。
目黒
XRを使う場合、デジタルツインを使って事前検証するという方法もありますが、イベント当日の日照条件や音環境などをデジタルツインで事前構築するのは現段階では困難です。やはり事前の実地検証と対策は必須だと思います。
比留間
当日の現場の動きを想定したシミュレーションを行ったのも重要なポイントだったと思います。どこにテーブルを設置するのか。スタッフは何人いてそれぞれがどう動くのか。人々の動線はどうなっているのか──。それを検証しながら、対策が必要な要素を洗い出しました。

木下
プロトタイピング、ディスカッション、現地検証、対策立案。そういった流れをうまくスケジューリングできたことが大きかったですね。この経験は、次の取り組みにも間違いなくいかされると思います。

XR活用における課題とは

──一方、取り組みの中から見えてきた課題がありましたらお聞かせください。

目黒
1つは権利処理ですね。オシムさんの写真や肉声をコンテンツの中で使っていいのかどうかを確認する作業が必要でした。今後権利物にもXR技術を用いて従来とは異なる使われ方・見せ方が試される事例は増えていくように思いますが、今回のような権利処理のプロセスはどこにも発生するはずです。XRにおける権利利用のモデルをつくっていく必要があると思います。

木下
サッカーの場合、例えば肖像権は、クラブ、Jリーグ、選手の事務所、今回はオシムさんの家族など、ケースによってさまざまな帰属先があります。今回は幸いスポーツビジネス界の経験や交渉先とのネットワークがあったので権利処理は比較的スムーズでしたが、交渉するのに数ヶ月以上かかることも考えられます。XRのクリエイティブのアイデアがあっても、知財を使えなかったり、権利者の思いに反するものだったりしたら、そのクリエイティブは実現しません。目黒君が言うように、博報堂DYグループのようなIPホルダーとの経験を持つ立場がXRやメタバースにおける知財利用の幸せな形やユースケースを率先してつくっていかなければならないと思います。
比留間
もう1つの課題は、体験人数だと思います。今回、XRを体験してもらえた人の数は当初想定していたほどではありませんでした。ARグラスはまだ一般に普及していないので、こちらでデバイスを用意して、使い方を一人ひとりに説明しなければなりませんでした。スマホを使う仕組みだったら、もっと多くの人に体験してもらえたと思います。XRがもっと広がっていくためには、デバイスの普及が必要だと感じました。

過去と現在と未来を言葉でつなげていく

──今後、Spatial Messageでどのようなことに取り組んでいきたいと考えていますか。

木下
Spatial Messageは、人々の思いを言葉にして残していくことができるプロダクトです。スポーツやエンターテイメント以外では、例えば企業の周年イベントや冠婚葬祭といったメモリアルなイベントでの用途がありうると考えています。また、メタバースと組み合わせて、その場にいない人がメッセージを寄せられる仕組みをつくることも可能です。ポテンシャルは非常に大きいと思いますね。
小林
Spatial Messageには、「思いを増幅する」という機能があります。その機能を使って、場所、モーメント、人などに対する思いを広げ、共有し、未来につないでいく。そんな使い方ができるといいと思っています。

比留間
映画やアニメの聖地巡礼などにも活用できそうですよね。特定の場所でファンの皆さんがSpatial Messageに言葉を書き込んで、思いを共有するといった使い方です。活用シーンを増やして、このプロダクトの価値を多くの人に知ってもらいたいと思います。
関根
バーチャル空間の中に、みんなで何かをつくっていくといった使い方もできると私は考えています。クラフト的な要素を加えて、一人ひとりがちょっとずつ何かを加えていって、形ができあがっていくといったイメージです。毎回空間を訪れるごとに形が変わっていく面白さや、共同作業の楽しさを体験できる。そんな仕組みづくりにチャレンジしてみたいです。
目黒
自分は「言葉を残していく」という点に大きな可能性を感じています。ある場所に多くの人の言葉が堆積していって、過去と現在と未来が言葉でつながっていく。そこにコミュニケーションの可能性があるような気がします。今回は、「追悼」というシチュエーションと「スタジアム」という場所を組み合わせた取り組みでしたが、組み合わせには無限のバリエーションがあります。例えば、学校を舞台に卒業生からのメッセージが時間を超えて在校生に届けられたり、災害の被災地に暮らす方とそこを訪れる方との想いが重なることで何かアクションが生まれるきっかけになることもあるかもしれません。そんな可能性を追求してきたいと考えています。
小林
ビジネスの文脈で考えれば、データマーケティングに使えるツールにもなりそうです。言葉を残していくことによって、例えばキーワードの変遷をトレースすることが可能になります。ある時期にはこんなワードが多かったけれど、それがある時期から減っていった──。そのような動きを追うことによって、生活者のマインドの変化や市場の潮流を把握できると思います。
目黒
今回の追悼イベントで僕たちが目指したのは、これまで研究のフェーズにあったSpatial Messageをソリューション化し、ビジネスのフェーズに進める道筋を探ることでした。その一歩を踏み出すことができたと感じています。今後、さまざまなプレーヤーと協力させていただきながら、Spatial Messageの可能性を広げて、新しい価値を生み出していきたい。そう考えています。

Spatial Message in 「オシム元監督追悼試合」 ダイジェストムービーはこちら

2023年5月31日~6月2日(アメリカ時間)に開催される世界最大のXRカンファレンス「AWE USA 2023」にて、「Spatial Message」を展示することが決定致しました。詳細はこちらよりご確認ください。

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  • 小林 佑樹氏
    小林 佑樹氏
    MESON CEO
    大学にてネットワーク工学、大学院にてソフトウェア工学を専攻。
    大学院卒業後、MESON創業。エンジニアバックグラウンドを活かしながら複数のXRプロジェクトに携わる。
    MESONが主催する日本発グローバルコミュニティイベント「ARISE」のオーガナイザーも務め、XRコミュニティの醸成にも取り組む。
  • 比留間 和也氏
    比留間 和也氏
    MESON CTO
    WebエンジニアからiOSエンジニアを経てUnityエンジニアへ。VRに惚れ込みコロプラに入社し、仮想現実チームにて様々なVRゲーム開発に従事。代表作としてDaydream向けゲーム「Nyoro The Snake & Seven Islands」をリリース。もともとVRを世に広めたいという思いからコロプラに入社したが、なかなか広がりを見せない中ARが広まり始め、VRよりARのほうが先に世に広めやすいと感じ、MESONへ入社。現在はXRエンジニアとしてAR/VRを世に広めるべく様々なコンテンツ開発に携わる。
  • 関根 詩織氏
    関根 詩織氏
    MESON XRエクスペリエンスデザイナー
    國學院大学法学部法律学科卒。大学在学中に独学でデザインを学び、UI/UXデザイナーとして複数社に携わる。卒業後は、Rettyにてアプリ内キャンペーンを担当。より人々の未来の生活を変えるプロダクトを作りたいという思いから、2018年11月よりMESONに入社。PORTALなどARプロダクトのUI/UXデザインを中心に、グラフィックデザイン、ブースデザインなど幅広い領域のデザインを担当。デザイナー向けUnityの記事を執筆するなど、MESONでのプロジェクトを通して習得したスキルやARにおけるデザインの知見を発信している。
  • 博報堂DYホールディングス 
    統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
    兼 博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
    テクノロジスト/エクゼクティブディレクター
    2002年博報堂入社。
    2010年よりマーケティング・テクノロジー・センターで、生活者データをベースにしたマーケティングソリューション開発業務を担当。
    2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャーとのアライアンスを担当。
    グループ横断のプロジェクトhakuhodo-XRのサブリーダー。
    2023年4月より現職。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター
    研究開発1グループ上席研究員 / テクノロジスト
    University College London MA in Film Studiesを修了後、2007年に博報堂入社。
    2018年より現職。現実空間と仮想空間とを統合した「サイバーフィジカル空間」における次世代サービスUX、体験デザインについて研究。

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