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名将への「思い」をデジタル空間で共有する──オシム氏追悼試合でARプロダクト「Spatial Message」が果たした役割とは(前編)
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名将への「思い」をデジタル空間で共有する──オシム氏追悼試合でARプロダクト「Spatial Message」が果たした役割とは(前編)

旧ユーゴスラビア代表、ジェフユナイテッド千葉、日本代表などのサッカーチームの監督を務めた名将イビチャ・オシム氏が逝去したのは2022年5月1日でした。同年11月20日、オシム氏を偲ぶ追悼セレモニーと追悼試合が千葉市のフクダ電子アリーナで開催されました。博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターと、XRプロダクト開発を手掛けるMESONの共同研究チームは、そのイベントにARプロダクト「Spatial Message(スペーシャル・メッセージ)」を提供し、サッカーファンの思いをつなげる取り組みを実現させました。そのプロジェクトのメンバーに、取り組みの概要とXRの可能性について語ってもらいました。

小林 佑樹氏
MESON CEO

比留間 和也氏
MESON CTO

関根 詩織氏
MESON XRエクスペリエンスデザイナー

木下 陽介
博報堂DYホールディングス 
統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
兼博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
テクノロジスト/エクゼクティブディレクター

目黒 慎吾
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター
研究開発1グループ上席研究員 / テクノロジスト

現実空間と仮想空間を融合させる技術

──イビチャ・オシム元監督の追悼試合・セレモニーにおいて「Spatial Message」を活用した取り組みについて詳しくお聞きしていきたいと思います。はじめに、Spatial Messageの概要をご説明いただけますか。

小林
Spatial Messageは、博報堂DYグループとMESONが共同で開発したARコミュニケーション体験です。ARグラスで空間(Space)を眺めたり、スマートフォンをかざしたりすると、そこにさまざまなメッセージが表示されます。最初に世に出したのは、2020年2月に六本木ミッドタウンで開催された「未来の学校祭」というイベントでした。

「未来の学校祭」では、来場者にいくつかのデモを体験していただいたのですが、そのうちの1つに、スマホからメッセージを投稿すると、その文字が「文字柱」として空間に渦状にあらわれるというものがありました。ほかの人が投稿したメッセージや自分が投稿したメッセージがビジュアライズされ、それが空中を動いていくわけです。この仕組みをアップデートして、オシム元監督の追悼イベントを盛り上げるために活用したいという提案を採用いただいて、今回の取り組みが実現しました。

目黒
僕たちが研究活動の前提としてきたのは、現実空間と仮想空間が融合していく「サイバーフィジカル空間」 というビジョンです。「未来の学校祭」では、六本木ミッドタウンという現実空間と仮想空間を融合させて、空中に文字が浮かんだり、SNSからの投稿が施設内の店舗の前に掲示されたりする仕組みを実現させました。今回の追悼イベントでは、会場となったスタジアム内の空間と仮想空間を融合させる仕組みづくりにチャレンジしました。

──技術的にはかなり難しいものなのでしょうか。

小林
2020年の時点では実装がかなり難しい技術だったのですが、その後のテクノロジーの進化によってハードルはかなり下がりました。しかし、必要なのはテクノロジーだけではなく、ユーザーが使いたいと思える仕組み、新しい体験を得られる仕組みをつくることです。その点ではさまざまな工夫が必要でしたね。
目黒
テクノロジーとUXデザイン。その両方が求められるということですよね。今後、この仕組みをソリューション化してビジネスのフェーズに進んでいくためには、生活者発想のUXが欠かせません。今回の取り組みは、それを検証する機会でもありました。

天国にいるオシムさんに言葉を届ける

──オシム元監督の追悼イベントに博報堂DYグループとMESONのチームが関わることになった経緯をお聞かせください。

木下
オシムさんが監督を務めていたジェフユナイテッド千葉さんから相談をいただいたことがきっかけでした。オシムさんは数々の名言を残した方であり、その言葉は選手やクラブに対して人生をどう活きるかを自律して考えなさいというエピソードが多く、人生の指導者のような存在でした。また、オシムさんは、日本代表チームの監督に就任した際に、「日本サッカーを日本化する」というビジョンを掲げました。当時のサッカー界は“強国のサッカーを見習う”ことで、世界に近づくことができると思う風潮がありましたが、オシムさんは「これから日本代表を強化するにあたり、まず最初にすることは、現在の日本代表のサッカーを日本らしいサッカーにすることです。日本らしいサッカーとは、他の国にはない日本人の持ち味を最大限に生かしたサッカーをするということです。日本の特長は、敏しょう性や攻撃性やアグレッシブさ、細かい技術です。そして初心に戻らなければならない。そうすれば、日本人らしさが出るはずです」とおっしゃったのです。この追悼試合をきっかけにオシム元監督が提唱した「日本サッカーの日本化」を目指す「JAPANIZE FOOTBALL」プロジェクトのスタートにしようということになりました。そして、追悼試合にふさわしい世界観を持ちながら、かつ日本サッカーの日本化ににふさわしい企画としてSpatial Messageを活用したメッセージ投稿の仕組みをご提案したわけです。

──具体的にはどのような仕組みだったのですか。

木下
この追悼試合に観に来るファンは比較的サッカーに関する知識やリテラシーが高い方が多いと思ったので「日本人らしいサッカーの武器とは何か?」「オシムさんの言葉が自分の人生に与えた影響は?」「今後日本サッカーの日本化のためにどういう貢献がしたいか?」といった少しサッカーコアファンの心を刺激する内容の3つの質問を用意して、それに簡単に回答できる仕組みをつくりました。「自分の人生に与えた影響」というサッカーとは無関係に見える質問も先程お話した、オシムさんの言葉が選手やサポーターの意識を変えたり、人生に影響を与えたりすることがしばしばあったからです。

その質問に対する答えをスマホから投稿して、ARグラスをかけて空間を見ると、投稿した言葉がビジュアライズされて、文字柱の中でほかの人たちの言葉と一緒にらせん状に渦を巻いて昇っていく──。今回つくったのはそんな仕組みでした。言葉が昇っていくという趣向には、天にいるオシムさんにメッセージを届けるという意味合いがあります。

小林
実施したのは、スタジアム内のコンコースの特設ブースでしたね。そこにARグラスを置いて、来場した皆さんに自由に参加していただきました。

──技術的に工夫したポイントをお聞かせください。

比留間
「未来の学校祭」におけるSpatial Messageの活用法は、美術館のインスタレーションに近いものでした。館内を歩きながらARを体験して楽しんでもらうというコンセプトです。それに対して今回は、試合の前にARに触れてテンションを高めてもらうという狙いがありました。そこで、ARの展開を3分程度のショートムービーのようなつくりにして、ストーリーをもたせる構成にしました。そのストーリーづくりに技術的な工夫が必要でした。開発期間はひと月程度とかなり短かったのですが、過去の開発の経験から、時間がかかる工程がどのあたりにあるか見当をつけることができたので、短期間で満足のいくクオリティを実現することができました。

「追悼する気持ち」と「高揚感」を共存させる

──UXで工夫したのはどのようなところでしたか。

関根
最適なUXをつくるために私が最初にしたのは、オシムさんに対するサッカーファンの「思い」を知ることでした。SNSを見たり、熱烈なサッカーファンでもある木下さんや目黒さんのお話を聞いたりする中からわかったのは、オシムさんが本当に多くの人たちに愛されていて、振る舞いや言葉や精神性のようなものが、サッカーの枠を超えて人生観や仕事観に影響を与えたということでした。そして、亡くなられたあともその影響は続いていると感じられました。

それをSpatial MessageのUXに表現するために私が考えたキーワードが「プロローグ(序章)」でした。そこには2つの意味がありました。1つは、サッカーファンの皆さんがこれからもサッカーを愛しながら前を向いて生きていくためのプロローグという意味です。そのためにオシムさんの写真や言葉をあらためて振り返って、オシムさんに背中を押してもらうような体験を実現させたいと思いました。もう1つは、ARを体験したあとに始まる追悼試合へのプロローグという意味です。そこに向けて気持ちを高揚させる演出が重要だと考えました。

──それをストーリーとして表現したわけですね。

関根
そうです。起承転結を考えて体験の流れをつくりました。まずオープニングは、オシムさんの写真や名言をじっくり眺めて、思い出を味わってもらう。そのあとで文字柱が出てきて、続いて質問が提示され、それに答えると、その言葉が可視化されて文字柱に吸い込まれていく。そしてその言葉が天に向かって散っていき、オシムさんの名言と混じり合って、最後はオシムさんの肉声で「ブラボー!」という声が聞こえる──。そんなストーリーでした。

木下
オシムさんは選手をあまり褒めなかったのですが、素晴らしいプレイをしたときは「ブラボー!」と言うのが常でした。選手たちはみんな、その言葉を聞きたくて頑張ったそうです。AR体験の最後で、その「ブラボー!」という肉声を聞くことができるのは、演出上の非常に重要なポイントでした。
関根
自分の言葉がオシムさんに届いて、最後にオシムさんに激励されるというイメージです。「追悼する気持ち」と「高揚感」は、普通はあまり共存しない感覚だと思います。それを3分くらいの時間の中で、一連の流れとして結びつけることができたのが今回の取り組みの大きな成果だったと思います。

「思い」を可視化してつなげるプロダクト

目黒
追悼セレモニーの参加者は、みんな何らかの形でオシムさんに心を動かされたことがある人たちだと僕たちは考えました。何度か話に出てきたように、オシムさんはサッカーだけではなく、選手やファンの人生に影響を与えた人でした。だから、参加者の皆さん一人ひとりがオシムさんに対して伝えたい言葉があるはずだし、彼が提唱した「日本サッカーの日本化」というビジョンに対する意見も持っているはずです。その思いや言葉をいかに引き出すか。それがUXの重要なポイントでしたね。
小林
同時に、AR体験を楽しんでもらうというのも大切な視点でした。自分が投稿した言葉がビジュアライズされて空間に残るだけでなく、ほかの人たちの言葉を見ることができるのは純粋に楽しい体験だし、それが同じ思いをもった人たちとつながる体験にもなる。そんなUXづくりを僕たちは目指しました。
目黒
「つながる」というのは、Spatial Messageの本質的な機能であると言っていいと思います。セレモニーへの参加者の誰もがオシムさんへの思いを抱えていたとしても、それを直接語り合うことは難しいと思います。しかし、Spatial Messageでたくさんの人たちの言葉が可視化されることで、思いがつながっていく。それは今回のイベントに限らず、あるいはスポーツやエンターテイメントに限らず、さまざまな場面で活用できる機能であると僕たちは考えています。

後編に続く)
Spatial Message in 「オシム元監督追悼試合」 ダイジェストムービーはこちら

2023年5月31日~6月2日(アメリカ時間)に開催される世界最大のXRカンファレンス「AWE USA 2023」にて、「Spatial Message」を展示することが決定致しました。詳細はこちらよりご確認ください。

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  • 小林 佑樹氏
    小林 佑樹氏
    MESON CEO
    大学にてネットワーク工学、大学院にてソフトウェア工学を専攻。
    大学院卒業後、MESON創業。エンジニアバックグラウンドを活かしながら複数のXRプロジェクトに携わる。
    MESONが主催する日本発グローバルコミュニティイベント「ARISE」のオーガナイザーも務め、XRコミュニティの醸成にも取り組む。
  • 比留間 和也氏
    比留間 和也氏
    MESON CTO
    WebエンジニアからiOSエンジニアを経てUnityエンジニアへ。VRに惚れ込みコロプラに入社し、仮想現実チームにて様々なVRゲーム開発に従事。代表作としてDaydream向けゲーム「Nyoro The Snake & Seven Islands」をリリース。もともとVRを世に広めたいという思いからコロプラに入社したが、なかなか広がりを見せない中ARが広まり始め、VRよりARのほうが先に世に広めやすいと感じ、MESONへ入社。現在はXRエンジニアとしてAR/VRを世に広めるべく様々なコンテンツ開発に携わる。
  • 関根 詩織氏
    関根 詩織氏
    MESON XRエクスペリエンスデザイナー
    國學院大学法学部法律学科卒。大学在学中に独学でデザインを学び、UI/UXデザイナーとして複数社に携わる。卒業後は、Rettyにてアプリ内キャンペーンを担当。より人々の未来の生活を変えるプロダクトを作りたいという思いから、2018年11月よりMESONに入社。PORTALなどARプロダクトのUI/UXデザインを中心に、グラフィックデザイン、ブースデザインなど幅広い領域のデザインを担当。デザイナー向けUnityの記事を執筆するなど、MESONでのプロジェクトを通して習得したスキルやARにおけるデザインの知見を発信している。
  • 博報堂DYホールディングス 
    統合マーケティングプラットフォーム推進局 局長
    兼 博報堂テクノロジーズ マーケティングDXセンター 副センター長
    テクノロジスト/エクゼクティブディレクター
    2002年博報堂入社。
    2010年よりマーケティング・テクノロジー・センターで、生活者データをベースにしたマーケティングソリューション開発業務を担当。
    2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャーとのアライアンスを担当。
    グループ横断のプロジェクトhakuhodo-XRのサブリーダー。
    2023年4月より現職。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター
    研究開発1グループ上席研究員 / テクノロジスト
    University College London MA in Film Studiesを修了後、2007年に博報堂入社。
    2018年より現職。現実空間と仮想空間とを統合した「サイバーフィジカル空間」における次世代サービスUX、体験デザインについて研究。

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