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“新生”買物研 【第4回】 広告ビジネスを変容させる 欧米リテールメディアの活況と日本での可能性
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“新生”買物研 【第4回】 広告ビジネスを変容させる 欧米リテールメディアの活況と日本での可能性

“新生”買物研【第4回】は、第3回に続いて流通・小売業の経営コンサルタント矢矧晴彦さんと、米国在住の流通コンサルタント鈴木敏仁さんをお招きし、活況を呈する欧米のリテールメディアの実態や、広告ビジネスの変容、日本におけるビジネスチャンスについて語り合いました。

矢矧 晴彦氏
経営コンサルタント

鈴木 敏仁氏
流通コンサルタント

徳久 真也
博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー

垂水 友紀
博報堂買物研究所 所長
博報堂 ショッパーマーケティング事業局

オンラインを中心に
多様なメディア上で広告ビジネスが展開される

垂水
最近、リテールメディアをどのように使うと効果的なのだろうか、という問い合わせが増えてきています。博報堂買物研究所でも、生活者が店内のサイネージや流通のアプリをどのように利用しているのか実態を知りたいという理由から、リテールメディアに注目しています。
改めて、リテールメディア事業とはどのようなことを指すのでしょうか。また、どのように発展してきたのでしょうか。
矢矧
リテールメディア事業というのは、小売業が持っているメディアに広告を掲載してお金をもらうことだと考えます。

そして、リテールメディアには、オンラインチャネルとオフラインチャネルがあります。
デジタルメディアとしては、オンラインチャネル(自社ECサイト、自社アプリ、公式SNS、他社メディアなど)と、オフラインチャネル(デジタルサイネージ、スマートカートなど)があります。ECにまだそこまで注力できていない日本の小売業では、オフラインチャネルにあるダイレクトメールやチラシといったメディアも含めてリテールメディアだと捉えられています。

矢矧
アメリカを中心としたリテールメディアの進化には、いくつかのステージが存在します。(図1. 参照)

図1.リテールメディアのステージ

欧米で注目され始めたのは2015年頃、デジタルサイネージ単品の運用と広告出稿でした。そこから、スマートフォンが普及し、消費者のタッチポイントがオフラインからオンラインへ広がり、クッキー規制が進んでサードパーティーデータの活用が困難になって……と、小売業がリテールメディア事業に参入する環境変化が次々と起きました。

欧米の最先端リテールメディアでは
広告のワンストップ・バイイングが可能

鈴木
「アグリゲーター」の出現で、アメリカではリテールメディアの主戦場が、サイネージやアプリなど自社メディアであるオンサイトから、オフサイト、つまり小売業以外のメディアとの接続であるTikTok、スナップチャット、ファイヤーワークなどを活用したライブストリーミングショッピングへシフトしていくという、大きな流れがありますね。
矢矧
そうですね。世界最大のリテーラーであるウォルマートは、提携や買収によってウォルマートコネクトというリテールメディア事業プラットフォームを構築しており、現在、最も進化した5番目のステージある「アグリゲーター」(図1. 参照) に位置しています。

「アグリゲーター」は、一般的にはコネクテッドメディアといわれることが多いです。データを分析するプラットフォームと、広告主の広告効果の最適化を目指すプラットフォームDSP(Demand-Side Platform)を構築しており、顧客や購買パターンを分析し、広告や販促の立案を行い、メディア・バイイングや入札、出稿までを行います。

小売サイドとしては、広告主に対して、自社のメディアのみならず他社のメディアにまで広告を出すことが可能です。メーカーサイドからすると、コネクテッドメディアを使うことで広告出稿がワンストップでできることがメリットになります。

現在では、アメリカ大手小売業を中心に次々とオンラインチャネルとしてのメディアネットワークが立ち上がり、大きなリテールメディア市場が成立しています。(図2. 参照)

図2.

リテールメディアが活性している理由は、儲かるから

リテールメディアのアメリカでの市場規模は、21年でおよそ4兆円(310億ドル)*、ウォルマート単体でもおよそ2700億円(21憶ドル)あると言われており、今後年率25%で伸びるという予測もあります(ボストンコンサルティング,How Retail Media Is Reshaping Retail.より)。
*為替レート:\131/$

垂水
小売業がリテールメディア事業拡大を目指すのは、メーカーが持っている流通対策費以外のお財布から、お金を獲得することが可能になり、収入がアドオンされ儲かるから、と言われていますが、実際どれくらいのビジネスになっているのでしょうか。

矢矧
現在、リテール事業の粗利は7割~9割といわれています。小売事業の粗利益に占めるリテール事業の割合も、当然大きくなってきています。
矢矧
アメリカで実施されたある調査によると、広告主は、リテールメディアの使い勝手を高く評価していますし、今後リテールメディアに対してさらに支出を増やしたいといっています。
今後は、メーカーサイドが既存メディアを使ったマス広告投資や流通へのリベートを減らしていくことが予測されており、リテールメディアでの収益を確保することはこれからの小売業にとって非常に重要だと考えられます。
徳久
小売りのメーカーからの収益構造が変わっているということですね。メーカーが新たにリテールメディアへの広告費をアドオンする、あるいは、従来のデジタル販促費やマーケティング予算から一部を移行するケースが増えれば、リテールメディアを展開していない小売業は将来的に収益性の観点で差がつくと考えられます。

日本のリテールメディアは、まずはインフラ整備から

垂水
日本でも、最近リテールメディアの注目度は高まっており、業界紙で特集されたり、大規模なサイネージの設置が行われたりしています。リテールメディアは、今後どのように発展していくのでしょうか?
矢矧
小売業、広告主、顧客の期待は三者三様だと思われます。小売業では、リテールメディア事業は儲けにつながりますが、一方で、事業を行うには高額な初期投資やデジタル人材の確保が必要で、ハードルが高いというのが現状です。

また、広告主からすると、リテールメディアが多様化したとしても、あくまでも売り場での露出とセットでの話になってくるでしょう。広告を出ているのだから棚を増やしてください、扱い店舗を増やしてください、ということはセットになると思います。本当のリテールメディアになるには、売場とセットでなくても広告を出したいと思ってもらわないといけないのでしょうが、まだまだそのレベルには至っていません。

そして、消費者の立場からすると、「有益な情報が届くのはうれしいけれど、興味のない情報は届けないでほしい」という思いはますます強くなると思います。消費者は、店舗に行くのもアプリをインストールするのも、モノを買うために行うのであって、広告のシャワーを浴びたいわけではないので、ここをはき違えないようにしないといけません。

垂水
日本では店頭サイネージに注力している企業が多いのが現状です。効果としても、テレビとサイネージを掛け合わせた時の認知率の上昇など広告効果を謳っています。お客様は「広告のシャワーを浴びたいわけではない」というのはまさにおっしゃる通りで、生活者が思わず見たくなるような、有益だったり、楽しんだりできるコンテンツを作って配信していくことが大切だと考えています。

また、欧米ではECを中心にしたオンラインでのマネタイズが活発ですが、日本はオンラインへの注力がしづらい理由があるのでしょうか。

矢矧
日本でも一部の企業はオンラインのリテールメディアに注力しはじめていますが、まだまだ多くの企業ではオンラインよりも店頭に意識が向いていると思います。正直なところ、現状はリテールメディアのベースとなるEC事業の強化から始めなければならない小売業が多く、EC事業を始める前の投資や準備が煩雑であるため、ためらうような環境もあると思います。
徳久
アメリカと違い日本は店舗網が発達しているのも一つの要因だと思います。日本でオンラインに注力しているのは、EC化率が高い大手家電量販店が多いですね。

生活者が本当に必要な買物アプリとは何か?

徳久
日本の場合、オンサイトのECサイトよりも、まず、アプリに着手する傾向があります。自社のアプリを立ち上げて、ユーザー数を増やしてCRMを行いながら、アプリ上の掲載面を広告メディア化していく話が比較的多いと感じています。
鈴木
アプリの重要性がアメリカとは違いますね。アメリカの場合はECと併せてアプリが存在しますし、アプリの作り込みやUI設計が非常によく考えられたものになっています。
矢矧
テスコでは15年ほど前からすでに、アプリにショッピングリストを入れて店でチェックインすると、どの通路の何番目の棚の何段目に欲しい商品があるかがわかるものがありました。

今では、AR機能が搭載されていて、スマホを通路にかざすとリストの商品がどこにあるかをナビゲートしてくれて、さらに、商品にカメラを向けると、ECサイトに載っている詳細な商品情報を見ることができるところまで進化しています。

垂水
日本のリテールメディアを想定した場合、広告会社としてどういった働きかけができるでしょうか。
矢矧
例えば、ECが弱い小売業に対しては、スマホアプリの機能を拡充する中で効果的な広告を入れていく、といったモデルは可能性があるのではないでしょうか。
徳久
生活者目線に立つと、「買物リスト」機能は便利ですよね。広告メディアを構築することを第一義にするのではなく、「生活者目線ではこういう機能があると助かる、うれしいかも」という視点で生活者に役立つ機能を提供し、結果的に利用するユーザー数が増えて、広告メディアの価値が高まることを目指すのが重要かと感じています。
鈴木
ウォルマートのアプリは、モードの切り替えができます。ふだんはECモードで、店頭に行くと買物モードに変わってマップが出てきて、買物リストがあればそれに沿った買物をナビゲートしてくれます。

垂水
まずは店舗で使えるうれしいアプリになって、それが家ではECに使える、そのアプリ一つあれば、どこでも自由に効率よく買物ができれば最高ですね。

買物にまつわるパーソナルスペースを
きめ細やかに攻略していく

徳久
日本では再び店頭デジタルサイネージ導入の機運が高まっているのですが、どう思われますか。
鈴木
雑誌のタイアップ広告のように、ブランドの世界観を訴求するような使い方をするのはどうでしょうか。
徳久
販促型ではなく、ブランディング型でサイネージを活用するという視点は面白いですね。日本では売場内サイネージの設置数がまだ少ないということもあり、ブランディング目的で出稿する企業は少ないように感じています。ブランディングを目的とするのであれば一定程度のメディアの広さと、TVCMなどの使いまわしではなく、滞在時間が短い店頭でも生活者に届く短尺コンテンツへの再編集が必要だと思います。一方で、現在の活用目的のメインである販促型も売上リフト効果は確認ができています。ある店舗の実証実験では、レジ前ではなく、売場サイネージにて単品訴求型の広告展開を行うをと、サイネージ非設置店舗と比べて売り上げが上がった、3カ月間放映し続けることで店舗での商品販売シェアが上昇した、といった結果も出ています。
矢矧
サイネージを設置をすれば初速は上がりますし、数カ月流し続けることでお客さんからの問い合わせで扱いが増えますから、店側が欠品しないように努力もします。そういった効果も含めてのサイネージ効果ということはできるかもしれません。
徳久
なるほど。おっしゃるように広告訴求効果以外の要因による影響が含まれていることを認識した上で、評価をすることが大切ですね。店内での広告をトリガーに、広告を届きやすくする=生活者をより”惹き付ける”アプローチは何か考えられますか?
矢矧
以前、自分がサイネージの前に立った時だけ、指向性のあるスピーカーから音が流れてくるという経験をしました。それは面白いと思いました。

また、ふだんは売り場ごとに違うコンテンツを流しているのに、ある時一斉に店中が同じ広告に変わるサイネージもあり、それもインパクトがありました。山手線のトレインジャックみたいな感じです。ただし、完全に同期させるためには専用機械が必要だそうで、初期投資がかなり必要なようです。

鈴木
自分にだけ流れてくるサイネージは面白いですね。あとは、アパレルのコーディネート指南など、買物に説明販売が効果を発揮するものにはサイネージの映像が活用できるかもしれませんね。
徳久
そうですね。いかに「店頭」という滞在時間が限られたモーメントに合わせた体験設計を工夫していくのか、音声・尺数・展開方式・コンテンツなどをの最適な組み合わせを地道に探っていくことが重要ですね。。加えて、より生活者にメッセージが届きやすくするためには、サイネージはレジ前や棚上などの“パブリックエリア”に設置するものという固定観念から、レジスキャン機能を搭載したアプリとサイネージを連動させてして、よりお客さんの関心空間に近い、手元の“パーソナルエリア”に適応させていく、この視点の変換が重要なのだと思いました。
矢矧
スマホにしてもサイネージにしても、パーソナルエリアにアプローチする際にはどこまでが許容範囲なのか、その見極めは大事です。

そういう点でも、リテールメディア事業を推進する上では、インフラの整備はもちろん不可欠ですが、同時に、広告に対する自社ポリシーや自主規制ルールを設けることがとても重要になってくるでしょうね。例えば、スマホにはこのタイミングでしか広告を出さないとか、一日に広告を出す頻度を制限するとか、そういった一線を越えないルール作りです。お客さんにとって煩わしいと思われるメディアになることは避けなければなりません。

垂水
自主規制の視点は広告会社としてすごく大切な視点ですね。
メディアの多様化と共に買物体験も変わっていくという新しい視点をたくさんいただきました。買物研としてもリテールメディアの動きをウォッチしながら、生活者の新しい買物体験を後押ししていきたいと思います!
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  • 鈴木 敏仁氏
    鈴木 敏仁氏
    流通コンサルタント
    在米30年以上、ロサンゼルス在住、米国流通小売業界の情報発信
    連載/著書
    米国流通現場を追う(日経MJ) 2009~
    鈴木敏仁のアメリカントレンド(ダイヤモンドチェーンストア) 2008~
    月例ライブストリーミング:『グローバル流通最新トレンド』(https://grtseminar.peatix.com
    「アマゾンvsウォルマート ネットの巨人とリアルの王者が描く小売の未来」(ダイヤモンド社) その他多数
  • 矢矧 晴彦氏
    矢矧 晴彦氏
    経営コンサルタント
    20年以上、消費財メーカーや流通業を担当し、日本および東南アジアでのコンサルティングサービスを提供
    『ホワイトカラーの生産性向上の業務革新』(共著、本能率協会マネジメントセンター)
    『テスコの経営哲学を10の言葉で語る』(翻訳、ダイヤモンド社)
    ほか流通業界専門誌などに多数寄稿
  • 博報堂 ショッパーマーケティング事業局 局長
    博報堂DYグループ9社横断戦略組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ®」リーダー
    2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年よりデータ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発を推進。自社事業、得意先とのJV立上げ、複数のソリューション企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。
  • 博報堂買物研究所 所長
    博報堂 ショッパーマーケティング事業局
    2016年博報堂中途入社。化粧品、日用品、飲料、健康食品など消費財のマーケティング戦略、商品開発、サービス開発に従事。
    2022年より現職。「買物インサイト」を起点に、新しい買物を生み出すソリューションを提案・実行する実践的研究所を運営