「常時接続時代」のコミュニケーション──メディア活用の革新 【アドテック東京2021レポート】
デジタルはさまざまなものをつなぐ技術ですが、デジタルマーケティングとテレビを始めとするマス広告は現在でも分断されているケースが少なくありません。企業と生活者がデジタルによって「常時接続」するようになったこの時代に、これまで別々に進められてきたコミュニケーションをどう融合させていけばいいのでしょうか。媒体社や広告会社で働いた経験のある事業会社のマーケティングの2人のプロと、博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/博報堂DYホールディングス常務執行役員の安藤元博が語り合いました。
本稿では11月1日、2日に開催されたアドテック東京2021のセッション「常時接続時代のコミュニケーション;メディア活用の革新」の模様をお届けします。
友澤大輔
SIWフェロー
イーデザイン損害保険 CMO
加藤勤之
オープンハウス
社長室長 兼 総合推進本部長 広報宣伝部長 兼 事業開発部長
モデレーター
安藤元博
博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/博報堂DYホールディングス
常務執行役員
広告の本質的価値とは何か
- 安藤
- デジタル技術によって企業と生活者が「常時接続」するようになったこの時代に、メディア活用とはどうあるべきか。それがこのセッションのテーマです。まずは、それぞれの現在の取り組みについてお話ししていきたいと思います。
私たち博報堂DYグループは、「AaaS(アドバタイジング・アズ・ア・サービス)」という広告・メディアビジネスの新しいモデルに注力しています。博報堂DYグループは企業のマーケティングを支援する立場から、DX(デジタルトランスフォーメーション)やイノベーションが必要であるとクライアントに言い続けてきました。しかし翻って自分たち自身を見ればもちろん、博報堂DYグループ自体の、あるいは広告ビジネスのDXやイノベーションそのものも大きく進めなければなりません。
ご存知のように、例えばモビリティにおいてはMaaSという形でDXが進んでいます。MaaSは車そのものではなく車による「移動」にまつわることがらを本質的価値と捉え、それをサービス化するモデルです。広告はもともとサービス業といわれますが、実態としては広告枠の売買手数料が収益の大きな部分を占めています。「枠」そのものはあえて言えば「モノ」のようなもので、ビジネス自体の「サービス」化を考えるならまだ進化の余地がある。では、広告の本質的価値とは何か。生活者や世の中に何らかの「変化」をもたらすことです。その価値そのものを企業に提供しようというのがAaaSの基本的な考え方です。その実現のために、メディアビジネスの3要素であるプランニング、バイイング、モニタリングを一つの基盤の上で回していくモデルをつくり、さまざま試みを続けています。
- 加藤
- オープンハウスは、主に戸建て住宅を販売している総合不動産会社です。私が入社したのは3年前ですが、その時点では、デジタル施策とテレビ広告はまったく別の部署が担当していました。私が取り組んだのは、デジタルと広告を同じ部門が担う体制をつくるとともに、PRを活用して商品の機能をしっかり訴求することでした。
PRに取り組んでみてわかったのは、PRとデジタルは「指名検索」によって結びつくということでした。PRでオープンハウスの住宅の特徴を伝えることで、「東京」「新築」「徒歩」といったワードではなく、「オープンハウス」での検索が増えるわけです。指名検索には契約に至る確率が高いという特徴があります。指名検索の伸びはPRを本格的に始めてから5倍にもなりました。
さらにPRの効果として、住宅購入時に資金面などで頼りにされることが多い親世代の皆さんにオープンハウスのブランドが浸透し、親からの推奨でオープンハウスの住宅購入を決めるケースが増えたことも挙げられます。
- 安藤
- デジタルと非デジタルを掛け算しながら、ターゲットとのコミュニケーションを複層化したということですね。
マーケティングDXとは「言葉」と「指標」を統合すること
- 友澤
- 私はマーケティングのDXにおいて何より大事なのは、「言葉を揃えること」だと考えています。例えば、テレビ広告のKPIを「認知率」や「リーチ」とし、一方のデジタルを「CPA」や「クリック率」としたままでは、いつまでたってもテレビとデジタルの施策が融合することはありません。異なるメディア、異なる施策の間の言葉を揃えて、指標を統合することがマーケティングDXの本丸である。社内だけでなく広告会社などのビジネスパートナーといかに同じ言葉で語り、同じ指標を目標にできるかが、DXが進んでいるかどうかの判断軸になる──。そう考えて、成果指標を統合するマーケティングミックスモデリングづくりにこの2年の間取り組んできました。
もう一つ、私が重視しているのは、施策にキャッチフレーズをつけることです。今の会社で力強く言い続けているのは、「視える化・言える化・直せる化」です。DXは「視える化」を実現することだと言われますが、「視えた」としても、その背景に何があって、何が課題かを「言う」ことができなければ意味がないし、さらに「言えた」ことを受けて、施策や組織を「直す」ことができないと意味がありません。
- 安藤
- それぞれの要素をしっかり関連づけていくことが必要なのでしょうね。「言える」ように「視る」。「直せる」ように「言う」。あるいは「直し」ながら「視る」。そうやってサイクルを回しながら、よりはっきりと「視える」ようにしていく。そのような取り組みがDXの価値を生み出していくのだと思います。
- 友澤
- おっしゃるとおりです。どういうアクションをするかを意識しながら「視える化」するとうまくいく場合が多いですね。逆に「視える化」の段階で、正しいか間違っているかを議論し出すと前に進めなくなります。まずはやってみて、うまくいかなかったら「直す」。そのときに何の変数が重要かを把握する。そんな考え方が求められます。
メディアに求められるスピードと柔軟性
- 安藤
- 最近のメディアの変化についても、意見をうかがっていきたいと思います。
- 加藤
- コロナ禍では、緊急事態宣言の途中と解除後でコミュニケーションを変えなければならない場合がありました。CMの流し方も臨機応変に変えていくことが求められたのですが、放送局によって対応はまちまちでしたね。クイックで柔軟に対応してくださる局もあれば、すぐに動けないという局があったのも事実です。ただ、全体的に見れば、メディア側の動きは以前よりもかなり柔軟になっているように思います。
- 友澤
- 私は以前メディア側で働いていましたが、これからのメディアには動きの速さがいっそう求められるようになると感じています。また、マス、デジタルを問わず、クライアントや広告会社とチームになって広告効果を最大化していくという志向をもったメディアがこれからは成長していくのではないでしょうか。
- 安藤
- メディア、クライアント企業、そしてもちろん広告会社。その三者がともに変わっていく必要があるし、実際に変化は始まっていると思います。もう一点、常時接続時代の体制づくりについても考えをお聞かせください。
- 友澤
- これまで、いろいろな企業でマーケティングの体制づくりに取り組んできましたが、やはりクライアントと広告会社はパートナーとして共創していくべきであるというのが今のところの結論です。デジタルテクノロジーが進化したことで、企業側で多くの施策をインハウス化できるようになりました。しかし、インハウス化には、マーケットの変化に社員がついていけなくなるという大きなデメリットがあります。一方で、広告会社に依存しすぎると、ノウハウが社内に蓄積しなくなります。従来の受発注の関係を超えて、社内外のメンバーがワンチームになり、同じ目標に向かって進んでいくことで、それらのデメリットを解消できると思っています。
- 加藤
- どの企業も人材不足に悩んでいて、採用がたいへんであるという事情もありますよね。その点でも、外部の優秀な人材と連携をとっていくのはいいやり方だと思います。ただし、ワンチームになると企業とクライアントの緊張関係が徐々に緩んでいくという側面もあります。成果報酬などの仕組みを導入して、いい緊張関係を保っていくことが必要かもしれません。
大切なのは「やってみる」こと
- 安藤
- 以前は、広告会社は短いスパンで案件を受注するケースが多かったように思います。しかし、常時接続の時代にそのようなやり方はそぐわなくなっています。完全なインハウスでもなく、外部に完全に委ねるのでもない、新しい時代に合ったチームづくりが求められているということなのだと思います。それが、加藤さんが言う「緊張感のあるワンチーム」ということなのではないでしょうか。
- 友澤
- そう思います。企業側は外部の力を積極的に受け入れていき、パートナーにはフォーメーションや人材の面でしっかりコミットしていただく。そんな形でチームがつくれればいいですよね。
- 安藤
- 広告会社側でも人材育成にいっそう力を入れていく必要がありそうです。最後に一言ずついただいて、このセッションの締めとしていきたいと思います。
- 加藤
- オープンハウスは、私が入社したときは年商3900億の会社でしたが、3年経って8050億まで成長しています。さらに2年後には1兆円という目標を掲げています。企業が成長するにしたがって、組織づくりやコミュニケーションの方法は変わっていくと思います。一つの型にこだわらず、頭を常にフル回転させて、新しいやり方にそのつどチャレンジしてきたいと考えています。
- 友澤
- イーデザイン損保が属する東京海上グループは、企業広告で「挑戦の数だけ、保険がある。」というコピーを掲げています。私自身グループの一員として、新しいことにどんどん挑戦していきたいと考えています。保険会社は業法上、他社との連携が難しい面もあるのですが、広告会社や他の企業の皆さんと上手に連携の仕組みをつくって、これまでにない取り組みをぜひ実現させたいですね。
- 安藤
- 今日話されたことは、おそらく多くの方々に納得していただける内容ではないかと思います。その意味では、私たちは当たり前のことを話してきたのかもしれません。しかし、「当たり前だけれど実行されていない」ことが実は多いのだと思います。大切なのは、「やってみる」ことであり、やれることはまだまだたくさんあります。これからも、いろいろな立場の皆さんとともに、まだやられていないことに果敢に取り組んでいきたいと思います。
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友澤 大輔SIWフェロー
イーデザイン損害保険 CMO1994年にベネッセコーポレーションに入社。その後、ニフティ、リクルート、楽天などを経て、2012年にヤフーに入社。マーケティングイノベーション室を新設。18年10月にパーソルホールディングスへ転じ、19年4月より現職。グループ全体のデジタル変革を推進するために中期事業計画策定から各社協働PJなどを推進。2021年4月に東京海上ホールディングスデジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート兼イーデザイン損害保険CMOに就任。
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加藤 勤之オープンハウス
社長室長 兼 総合推進本部長 広報宣伝部長 兼 事業開発部長東京工業大学理学部数学科卒。2002年博報堂入社、外食、菓子、化粧品メーカーの営業を中心に、労働組合委員長を経て、経営企画や新規事業開発、働き方改革部長などを務める。
2018年12月オープンハウス入社、マーケティング本部 副本部長。2019年10月マーケティング本部 本部長就任、現在は、社長室、広報宣伝部、事業開発部の責任者を務める。
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博報堂/博報堂DYメディアパートナーズ/博報堂DYホールディングス
常務執行役員1988年博報堂入社。以来、主にマーケティングセクションに在籍し、数多くの企業の事業/商品開発、統合コミュニケーション開発、グローバルブランディングに従事。現在、博報堂DYグループの“生活者データ・ドリブン”マーケティングの中核推進組織を率いる。ACC(グランプリ)、Asian Marketing Effectiveness(Best Integrated Marketing Campaign)他受賞多数。著書『マーケティング立国ニッポンへ―デジタル時代、再生のカギはCMO機能』『デジタルで変わる広報コミュニケーション基礎』(共著)。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了(社会情報学)。