「投げ銭」から読み解く生活者の消費心理 Fintertech x HAKUHODO Fintex Base (連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.4)
近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな体験や価値を考える記事を連載でお届けします。 第4回となる今回は、投げ銭サービス「KASSAI」を運営するFintertech プロダクトマネージャーの大島卓也さんと、HAKUHODO Fintex Baseの山本が、日本における投げ銭市場の現状や展望などについて語り合いました。
Fintertech株式会社 Digital Asset Group プロダクトマネージャー
大島卓也氏
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三プラニング局
山本洋平
“好き”からはじまった投げ銭サービス開発
- 山本
- Fintertechはブロックチェーンなど新たな技術を活用した次世代金融事業を行うことを目的に2018年4月に設立されたとのことですが、大島さんはどのような経緯で参画されたのですか。
- 大島
- Fintertechは証券会社グループが設立したベンチャーなのですが、グループ内でメンバーの公募があったんです。私は当時同じグループでSEとしてシステムコンサルティングに携わっていたのですが、ブロックチェーンに関連する特許を取っていたりとブロックチェーンの知識や経験があったこともあり手を挙げたことがきっかけでした。
- 山本
- それで参画が決まり、投げ銭サービス「KASSAI」の開発に着手されたのですね。なぜ投げ銭サービスを提供しようと思われたのですか。
- 大島
- Fintertechに参画した時に最初に言われたのが、「好きなことをやっていい。新たな事業を0から考えて欲しい」ということでした。私はアニメと漫画が大好きなのですが、以前から「アニメ業界も苦しく、DVDなどが売れれば大丈夫という状況ではなくなってきたらしい」と耳に挟んでいました。それで、恩返しの想いも込めてアニメ・漫画業界の助けになるようなサービスを作れないだろうかと考えました。
- 山本
- なるほど。そこからどのようにサービスを検討していかれたのですか。
- 大島
- アニメの業界構造を調べ、いろいろなプレーヤーの方からお話を聞き、業界の現状を研究しました。その中で、アニメを見ておもしろい!と思った視聴者が何らかの形で支援したいと思ってもその手段がないことに気づき、作品に対する応援の気持ちや、続編への期待を込めてお金を払うシステムを構築できないだろうかと考えました。
アニメは3カ月程度で入れ替わる作品が多いので、その間にエンジニアを雇ってシステムを開発する、さらにそのシステムの保守を行うというのは現実的ではありません。ですので、各現場で使えるようなサービスを我々が作って提供すればいいのではないかと考えました。共同利用するプラットフォームのような形も考えたのですが、それだと作品にサービスの色が付いてしまうので、それを避けるためにSaaS形式で企業やプロジェクトごとに提供する形にしました。
- 山本
- 最近ではいろいろなリアルタイム動画配信サービスに投げ銭の機能がありますよね。独立系のものもあれば、既存のSNSサービスに機能追加されたものもあったり。そういったものとKASSAIはどう違うのでしょうか。
- 大島
- アニメの場合、視聴者は必ずしもリアルタイムで楽しんでいるわけではなく、ストリーミングサービスで空いている時間に見ている人も多いですよね。そう考えると、リアルタイムの動画配信に対して投げ銭をするようなスタイルは、アニメにはマッチしないんです。
またリアルタイム配信の場合、自分がした投げ銭に対して視聴者が期待するのは、配信者本人の生の反応ですよね。「認識してくれた」「名前を呼んでくれた」といったことが嬉しい。でもアニメは制作物なので、リアルタイムに反応することは難しいんです。
リアルタイムでお礼を伝える代わりに、どういったリターンが喜ばれるだろうかと検討し、アニメが好きな人には「投げ銭をした人だけが持っているグッズ」といった限定性を喜ぶ方が多いので、モノでお返ししようと考えました。もちろん実際のモノを用意したり送付したりするのが大変という場合もありますので、サンクスメールなどデジタルデータを返礼品とすることにも対応しています。
- 山本
- なるほど。リターンがあるという点ではクラウドファンディングも投げ銭サービスに含まれると思うのですが、いかがでしょうか。
- 大島
- 定義が重なる部分はありますね。ただ投げ銭と違うのは、クラウドファンディングは資金調達を目的としている点です。目標額や期限があり、形式にもよりますが、お金が集まらなかったらプロジェクトを実施しません。
- 山本
- 記事ごとに価格を設定しているブログサービスも投げ銭の一種ということですね。大島さんは、「投げ銭」の定義をどのように考えていらっしゃいますか。
- 大島
- 「感謝もしくは応援したいと考えてお金を払うこと」だと考えています。ですので、単純にリターンが欲しくてお金を払うのは投げ銭という要素は薄いと思っています。気持ちを伝えるのが前提であって、リターンはあくまでおまけに近い感覚ですね。
コロナ禍で高まる応援意欲
- 山本
- コロナ禍で行動が制限されるようになって、「投げ銭」というワードの検索回数が急激に増えたそうです。以前はアイドルなどを応援する手段として用いられることが多かったようですが、最近はそれ以外のさまざまなコンテンツも投げ銭で応援したいという意向が高まりつつあると聞きます。
アニメ・漫画業界を応援したいとの思いからKASSAIの開発にいたったとのことですが、それ以外にどのようなジャンルにサービスを提供されていらっしゃいますか。
- 大島
- 本当に多岐に渡っていますね。アニメ以外で最初にサービス提供したのはあるラジオ局でした。無観客ライブをやる際にチャリティ活動を行いたいとご相談いただき、実現しました。また、ある旅行会社からは、「海外の現地ガイドをお願いしている人がコロナ禍で仕事がなくて困っている。Webセミナーを開催して現地のことを話してもらうので、その際に応援の意味を込めて投げ銭できるようにしたい」というご相談をいただきました。
スポーツ領域では、無観客になった女子ゴルフの大会のチャリティイベントでご利用いただいたこともあります。特設サイトが立ち上がり、返礼品として選手のサイン入りグッズが用意されました。
それから地域を応援するためにKASSAIを活用いただいた例もあります。昨年の夏にある地域でオンラインイベントが実施され、夏祭りなどコロナ禍でリアルでの開催が中止になったイベントが配信されたのですが、その際に投げ銭もできるようにして、リターンとして地元の特産品が送られました。
- 山本
- 私、そのオンラインイベントを楽しく拝見しました!投げ銭ができるようになっているのを見つけてやってみようかなと思ったのですが、少しハードルを感じてやめてしまったんです。「この投げ銭は誰のためにどう使われるのだろうか」と考えてしまいまして・・・大多数の方が、まだ寄付と一緒の感覚があり、使用用途が不明確だとやはり二の足を踏んでしまっている気がしています。
- 大島
- 投げ銭していただいたお金の使い道も記載はしていたのですが、少しわかりにくかったかもしれません。そのご意見は重要ですね。今後に活かしていきたいと思います。
投げ銭という新たな市場は若者を取り込めるか
- 山本
- 日本における投げ銭の市場規模はどれくらいあるとお考えですか。
- 大島
- 以前、アニメや制作物などエンターテインメントへの投げ銭の市場を把握するため15~40歳の1万人を対象に調査を実施したのですが、「熱烈に応援したい特定のアーティストやクリエイターがいますか」と聞いたところ、約5割の人が「いる」と答えました。そのうち「投げ銭をしてみたい」と回答したのは約7割でした。
「投げ銭をしたことがある」と答えた人は全体の5.7%で、投げ銭にいくら使っているか聞いたところ、年間で平均1万3000円でした。この調査結果から、創作物を対象とした投げ銭サービスの国内潜在市場規模は2300億円程度ではないかと推定しました。これはコロナ禍前の数字です。
コロナ禍で「自分の大切なものがなくなってしまう可能性がある」と感じ、「応援するなら今しかない」と思われている方はたくさんいらっしゃるでしょう。実際に制作物に限らず、地域創生や旅行などさまざまな分野で投げ銭サービスが利用されるようになっています。投げ銭に近い市場は個人寄付金だと思うのですが、個人寄付金市場は2016年で7800億円です。右肩上がりなので、おそらく現在は1兆円を超えているのではないでしょうか。今後デジタル化が進むと、投げ銭市場は我々が算出した数字以上に拡大する可能性があると考えています。
- 山本
- 我々は昨年9月に、コロナ禍で生活者の意識がどのように変化したのかを把握するため「お金や金融サービスに関する生活者意識調査」(20~69歳の男女1万人を対象)を実施したのですが、「好きな商品や芸能人などに対して、直接、金銭的なサポートをしたい」と答えた人は16.3%でした。まだ認知度もあまり高くないと思いますので、ニーズを感じると今後拡大していく可能性があるとみています。
- 大島
- 私たちの調査は50代以上を対象にしていないため、全体ではそれくらいかなと肌感覚として感じますね。投げ銭は、全体のニーズとしてはそこまで高くないものの、ある一部の層は強く求めている、といったものだと思います。
KASSAIを提供し始めた当初は若い人の利用が多いのかなと思っていたのですが、実際は40代の方が多いんです。まだ経済的に余裕のない方にとっては投げ銭のハードルは高いということだと思います。
- 山本
- 我々も先ほどのような調査結果が出た背景を、まだ投げ銭サービスがあまり認知されていないことに加えて、好きな人を応援するだけの金銭的・心理的余裕がないことがあるのではないかと分析していました。20~30代に投げ銭をしてもらうためにはどんなことが必要だと思われますか。
- 大島
- やはり少額の投げ銭を可能にすることだと思います。現状オンライン決済にはそれなりの手数料が発生するため、決済額を少額にすることは難しいんです。少額の決済が可能になるようにお金の流れを変えていくことが、若い世代に投げ銭を浸透させていく上で非常に重要だと考えています。
投げ銭文化は日本に定着するか。投げ銭行動の背景にある生活者心理とは
- 山本
- 海外で投げ銭サービスがいち早く浸透している国はありますか。
- 大島
- 親和性が高いのは、チップ文化が根付いている欧米かと思います。先ほどお話しした地域のオンラインイベントは海外からも投げ銭があったんですよ。日本発のコンテンツをグローバルに展開する上でも、投げ銭は非常に可能性があると思っています。
- 山本
- リアルイベントでは繋げないところを繋ぐことができるんですね。すごく将来性を感じます。
一方で、日本の「投げ銭」という言葉はお金を払う側と受け取る側のヒエラルキーをイメージさせてしまう側面もあるので、サービスを浸透させる上で障害にならないか心配なのですが、どう思われますか。
- 大島
- 確かに「投げ銭」という言葉を使うことを敬遠される企業もいらっしゃいますね。そういったイメージを避けるため、ある案件では「スポンサー募集」としたケースがありました。
- 山本
- なるほど。欧米と比べるとそこまで日常的ではないものの、日本にも「お賽銭」という日ごろの感謝を金銭で伝える文化があるので、投げ銭という行為自体には親和性があるかと思うのですが、やはりカテゴリーの名称は非常に重要ですよね。応援と同時に感謝の気持ちを伝える手段でもあるという価値を多くの人に感じてもらうことも、投げ銭を広めていく上で重要になると感じています。
- 大島
- そう思います。KASSAIには投げ銭をされた方が贈り先へメッセージを書く欄があるのですが、実際に「こんなに素晴らしい機会を作っていただきありがとうございました」「元気になりました」など、感謝のコメントがたくさん送られています。今後もより多くの方に、感謝や応援の気持ちを伝える手段として投げ銭をしていただけるようサービス設計していきたいと思っています。
- 山本
- そういったお話を聞くと、やはり「応援」の根底にあるのは「感謝」なんですね。投げ銭行動にいたる生活者の動機には、事業・サービス開発のヒントが多くあると感じています。感謝の先に応援という行動が生まれることから読み解くと、企業や事業・サービス・コンテンツが生活者にとっていかに必要不可欠な存在と思われてきたか、楽しい気持ち・幸せな気持ちにさせてくれる存在と思われているか、といった観点が肝なんだと思います。企業は近視眼的に応援を押すのではなく、中長期的な目線で“恩”を感じてもらえる存在になれるよう事業やサービスを設計していくと、投げ銭市場もさらに拡大していくかもしれませんね。
最後に、大島さんの今後の展望を教えてください。
- 大島
- KASSAIで実現したいと思っているのは、「誰かにとって大切なものの持続可能性を高める」ことです。活動やサービスなどの持続可能性を高めるために必要なのは、お金とモチベーションだと思います。投げ銭は、そのお金を得るための重要な手段のひとつになると考えていますし、KASSAIを通じてメッセージを伝えることでモチベーションの向上にも繋がると考えています。今後はデジタル通貨など新しい技術の動向も注視して必要なものがあれば積極的に取り入れ、新たな投げ銭文化を作っていけたらと思っています。
- 山本
- 今回お話をうかがって、Fintertechは投げ銭という新たな市場づくりに挑戦されているんだなとひしひしと感じました。今後、我々も生活者にその価値を伝えるだけでなく、「応援」による企業と生活者の循環社会の実現に向けて取り組んでいきたいと思います。
本日はありがとうございました。
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大島 卓也 氏Fintertech株式会社 Digital Asset Group プロダクトマネージャー新卒で大手証券会社グループのSIerに入社。営業、システムコンサルティング、システム開発保守など、システムに関連する業務を幅広く経験する。
2018年10月よりFintertechへ異動。投げ銭サービス「KASSAI」をゼロから立上げ、現在はプロダクトマネージャーとして事業全体を統括する。
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HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三プラニング局 ストラテジックプラニングディレクター新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するストラテジックプラニングディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門2度受賞。