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「あなたのファン理解は、本当に正しいか?」 ~専門家が解き明かす「推し生態系」と、熱量を成長に変える新常識~
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「あなたのファン理解は、本当に正しいか?」 ~専門家が解き明かす「推し生態系」と、熱量を成長に変える新常識~

「推し活」「ファンダム」―。熱狂的なファンが生み出す巨大なエネルギーは、いまやエンタメ業界を越え、あらゆるビジネスにとって無視できない成長エンジンとなりつつある。しかし、その熱量の正体とは何か? どうすれば事業の成果に繋げられるのか? この根源的な問いに、博報堂の「知見(=生態系分析)」と、博報堂DYベンチャーズの投資先スタートアップであるユートニックの「実践(=データプラットフォーム)」という二つの異なる視点から迫ります。

エンターテインメント業界向けのデジタルインフラ「U Dom(ユーダム)」を開発・運用し、博報堂DYベンチャーズの投資先でもある株式会社ユートニック。ファンダムマーケティングの最新動向や事例、その可能性などについて、ユートニック代表の常田俊太郎氏、メディア環境研究所の森永真弓に聞きました。

常田 俊太郎
株式会社ユートニック 代表取締役

森永 真弓
株式会社博報堂 メディア環境研究所 上席研究員

猪倉 丈史
株式会社博報堂DYベンチャーズ

5つのクラスター分類から見る推しの生態系

猪倉
「推し活」という言葉が一般化した現在、「ファンダム」と呼ばれる巨大な熱量の塊はあらゆるブランドサービスにとって事業成長の新たな鍵となりつつあります。博報堂DYベンチャーズはまさにこのファンダムの可能性に着目し、先日、株式会社ユートニックへの出資を決定しました。 本日は、長年生活者のメディア行動を分析してきた博報堂メディア環境研究所の森永さんと、株式会社ユートニックの代表常田さんに、ファンダムマーケティングの今と未来についてうかがっていきたいと思います。森永さん、まさに今、多くの企業がファンの熱量をどう事業に活かすか頭を悩ませていますが、その「ファン」という存在、一括りにはできない難しさがありますよね。この巨大な熱量の塊を、どのように分析されているのでしょうか?

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森永
ファンダムと一口に言ってもその性質は異なります。私たちは「コミュニケーションの積極性(縦軸)」と「対象への距離感(横軸)」、さらに「攻撃性の有無」を加え、ファンを以下の5つのクラスターに分類しました。

烈(れつ)民: いわゆる「強火勢」。布教や距離を詰めることに熱心で、正義感が強く攻撃性も高い層です。
熱(ねつ)民: 認知されたい欲求が強く、情報発信も盛んですが、「烈」に比べて攻撃性は低めです。
想(そう)民: 徹底して一人で楽しみ、周囲との交流は乏しい層です。理想像が強く、期待とズレると不満を持ちやすい傾向があります。
活(かつ)民: コミュニケーションが盛んで、周囲をどんどん勧誘してくれる「推し活の輪を広げる震源地」。運営にとって一番ありがたい層です。
温(おん)民: 熱量は低めで受動的。争わず、遠くから楽しむ「サイレントマジョリティ」です。

猪倉
なるほど、非常にクリアな分類ですね。企業としては、特に新規ファンを連れてきてくれるという「活民」のような存在は、本当にありがたいと感じます。一方で、影響力の強い「烈民」との付き合い方も悩ましい。こうした異なる性質のファンが、実際にはどのくらいの比率で存在するのか、非常に気になります。
森永
出現比率で最も多いのは「温民」です。性年代別では、「烈民」は若い男性に多く、年齢とともに落ち着く傾向があります。一方、女性は30~40代から「温民」が増えます。「活民」は若年層と女性に多いのが特徴です。若年層ほど「周りを引き込みたい」「語り合いたい」とコミュニケーションをセットで楽しみますが、上の世代や女性は「距離を保って楽しみたい」という傾向が見えてきます。
猪倉
ありがとうございます。この分類は、マーケティング施策を考える上でも示唆に富んでいますね。特に企業としては、「どのファン層が、実際にビジネスに貢献してくれるのか」という点が最も知りたい部分かと思います。課金額やタイアップへの反応といった観点では、データから何が見えていますか?
森永
課金面で最も貢献度が高いのは、実は「活民」です。「熱民」も課金率は高いですが、「烈民」は一部の重課金者が支えているものの、中央値は低めです。タイアップへの反応も、「活民」は「起用してくれた企業の商品を買う」など非常にポジティブです。一方、「烈民」は攻撃性は高いものの、彼らに嫌われないようにしておくことはマーケティング上重要です。
猪倉
非常に実践的なヒントですね。では、この5つの生態系を理解した上で企業がまず意識すべきは、やはり「活民」を増やし、「烈民」をいかにマネジメントするか、という点に集約されそうですね。
森永
その通りです。「活民」は「裏側(練習風景やオフショット)」を好み、「烈民」は「運営方針の詳細な説明」や「直接会える機会」を求めます。SNSで裏側を見せて「活民」を満足させつつ、「烈民」に対しては誠実な情報発信を行う。ただし、「烈民」の要望に応えすぎると排他的な空気が強まるため、バランスを取りながら両輪を回していくことが重要です。

データが拓くファンビジネスの最前線

猪倉
森永さん、ありがとうございました。ファンという存在を解像度高く捉えるための、まさに「推し生態系の地図」を手に入れたような感覚です。常田さん、この非常に示唆に富んだ地図を手に、企業はファンとどう向き合い、具体的なビジネスをどう動かしていけばいいのでしょうか。そのための具体的な「コンパス」や「ソリューション」について、ぜひお話を伺いたいです。
常田
はい。その「地図」を実ビジネスで活用するためのプラットフォームが、我々が提供するU Dom(ユーダム)です。私からは会社の概要と、弊社が導き出したスーパーファンの実態、あるいはファンを育成して離脱を防ぐためにどういった施策を展開、提供しているのかお話します。我々はエンタメやIPアーティスト、クリエイターのエンパワメントをミッションにしたスタートアップで、主にU Dom(ユーダム)というオールインワンのファンダムプラットフォームを展開しています。

現状は、たとえば音楽のアーティストで言うと、フォロワーが何人か、男女比率などはわかりますが、それ以上の解像度がなかなか上がっていきません。チケットやグッズも販売プラットフォームが別々でデータが取れず、Aさんという一人のファンがどんな人で、どんな行動をとっているかは統合的に見えてきません。そうした、これまでできていなかったファンのマネジメントの部分を解決できるような仕組みとなります。

猪倉
なるほど。ファン一人ひとりの解像度を上げることが、全ての第一歩だと。つまりU Domは、これまでバラバラだったチケット販売やファンクラブといった顧客接点を一つに束ねることで、初めて「個」としてのファンを可視化できる、ということですね。
常田
まさにおっしゃる通りです。その上で、具体的なサービス構成としては、まずはチケット販売、EC、ファンクラブ運営など1つ1つのマネタイズポイントを統合的に提供するマネタイズサービス。また、データを1箇所に集めることで提供できるCRMサービスがあります。そして、データ分析をベースに資金のリスクを取っていくサービスという3軸で構成しています。

IPからアーティスト、声優やアイドルなど、すでに幅広いジャンルで導入いただいていますが、具体事例を挙げると、たとえばある女性アーティストでは、ファンクラブやグッズ、チケット販売まで360°の機能を備えたファンダムシステムを運営しています。1つのサイト、同一アカウントで決済などすべてが完結するので、UX的にもスムーズで、データも1箇所にたまり分析しやすいという利点があります。またソニーミュージック・アーティスツとはデジタルトレーディングカードアプリを展開しています。トレーディングカードのデジタル版として、アプリ内で集めたり、交換したりするシステムを展開しています。そのほか、横浜市や千葉県香取市とは、観光客にその土地のファンになっていただき、街中を回遊していただくスタンプラリー的施策の取り組みも行っています。

猪倉
アーティストだけでなく、IPコンテンツや地方自治体まで。まさに「ファンダム」という熱量が存在する、あらゆる領域に応用できるわけですね。
常田
今後予定しているのは、売り上げ保証型ファンクラブの立ち上げです。ファンの集団に対して、どれぐらいの与信があるかをデータ分析し、我々がリスクを取りながらクリエイターの制作資金調達を伸ばしていくようなサービスです。

具体的にどういったデータを分析し、どういった施策につなげているのかお話する前に、前段として、去年の秋頃にユニバーサルミュージックが打ち出した「スーパーファン戦略」に触れさせてください。スーパーファンというのは、特定のアーティストやそのコンテンツに対して、平均的なファンより深く関与したり、お金を落としたりするファンです。スポティファイなどのプラットフォームや店舗などの商流を介すのではなく、D2Cという形で直接グッズなどの商品を売り、ARPUを上げていくのだと世界1位のレーベルが宣言したのです。D2Cはツアーや小売よりも非常に利益率が高いという背景もあり、スーパーファンという概念が非常に業界で話題になりました。

猪倉
業界の巨人がそのように舵を切った、と。そうなると、もはやファンとの直接的な関係構築(D2C)は、全ての事業者にとって避けては通れないテーマになりますね。ただ、「言うは易し」で、いざ自社でやろうとしても何から手をつければいいか分からない、という担当者も多いのではないでしょうか。
常田
まさしく、そこに我々の価値があります。我々も同様の分析を日常的に行っています。とあるアーティストの場合、アプリに登録した人の半分が何もお金を使わないライトファンで、10万円以上を費やすスーパーファンは10%ぐらいであることが分かっています。商材の構成を見ると、スーパーファンは沼属性が高いガチャなどの商材にも非常に課金していますし、グッズを事前購入する人の比率も高いことがわかっています。こうした商材は幅広く買ってもらえるよう、スーパーファン向けやライトファン、ミドルファン向けをバランスよく混在して提供していくことが重要かと思います。またSNSへのコメントを見ると、スーパーファンの方がコメント率は高いですが、母数を見るとライトファンの比率人数の方が多かったりします。同じ金額を出していても、行動特性には違いがあるということです。

ではどんなファンがスーパーファン、コアファンになるのでしょうか。たとえば、あるアーティストのファンを見ると、フリーライブを見てファンになった方たちが、その後コアファンやスーパーファンに育つ率が高いことがわかりました。フリーライブは具体的な効果が見えにくい部分もありましたが、分析結果を受けて、やはり定期的に行う意味があるとわかった。「ファンに育てていく」という考え方と同じように、最初から推し活に積極的な性質の人に、いかに入ってきてもらうかを考えることも重要だということです。

猪倉
非常に示唆的です。つまり、ファンの「獲得人数」という量だけでなく、「将来スーパーファンになりうるか」という熱量の質まで見極めて、獲得施策を評価すべきだ、ということですね。
常田
はい。我々のデータは、まさにその判断を可能にします。そして、ファンを質で見るという観点は、逆に、どういう人が離脱してしまうかも分析しています。ある例では、ファンクラブの解約率をいろんな軸で見ていく中で、イベント抽選に当たるか、落ちるかというのが一つの大きなポイントになっていることがわかりました。なおかつ、抽選に申し込みをしていない人の方が意外と解約していなくて、逆に温度感が高くても、「全然当選しない」からやめるという人が多かった。
猪倉
それは非常に衝撃的なデータですね。良かれと思って厳正な抽選にすることが、かえって最も熱量の高いファンを傷つけ、失うリスクに繋がっている、と。これは多くの事業者が頭を抱える問題ではないでしょうか。
常田
おっしゃる通りです。ですので、少なくとも我々のデータは、退会率を低減させるためにはある程度の配慮が必要であることを示唆しています。

また、チケットやグッズ、ファンクラブを総合して提供しているので、これまでの消費の平均と、今後の期待率を掛け合わせたLTVも算出できています。ここまで算出して、ファンをマネジメントしているケースは今のところ多くはなく、弊社ならではの特徴となっています。

猪倉
ありがとうございます。ファンの解像度を上げ、LTV(顧客生涯価値)まで可視化することで、打つべき施策の精度が格段に上がる、と。最後に、常田さんが見据える、このファンダムマーケティングのさらなる可能性について、一言いただけますか。
常田
はい。今後はAIによる分析をさらに強化し、人間の目では気づけなかったインサイトを発見していくことになるでしょう。最終的には、クリエイターやブランドが、ファンという最も大切な資産をデータに基づいて的確にマネジメントし、持続的な成長を遂げる。我々はその未来を実現する、最高のパートナーになりたいと思っています。

「勘と経験」の時代は終わった。データが拓く、ファンビジネスの最前線

猪倉
森永さん、常田さん、ありがとうございました。森永さんからはファンを理解するための新しい「地図」が、そして常田さんからはその地図を手に進むための「コンパス」が提示されました。ここからはお二人の知見をぶつけ合うことで、ファンダムマーケティングの未来をさらに深く探っていきたいと思います。では早速ですが、 ユニバーサルが掲げるスーパーファンという概念と、森永さんが提起された5つのクラスタリングをどのように接続させられるでしょうか。
森永
スーパーファンは、「熱民」「烈民」「活民」の中に存在する、極端にお金を使う層の集合体だと考えられます。攻撃性が高い人もいれば、平和的な人も混在しているため、金額だけで区切ると非常に扱いづらい層になる可能性があります。
常田
定義によると思いますが、先ほどの分析でいうと、平均課金額は半年間で18万なので、スーパーファンといいつつも定義としてはおそらくそこまで高額の課金額を想定してはいな いと思っています。とはいえ、「烈民」「熱民」「活民」が入り混じった集団であることは確かで、そこをどう分類しどうバランス取っていくかというのは、テーマとして面白いと思いました。
猪倉
アーティストのイベント当落選による離脱について、視聴者から「公式が購入制限を設けると、新規ファンが冷めたり炎上したりしかねない。そこのバランスをどうとるべきか」といった悩みをお持ちの方もいらっしゃるかと思います。どういったアドバイスができるでしょうか?
森永
コンテンツビジネスは離脱する人もいるので常に新規ファンを欲していますが、既存の「烈民」が新規を遠ざけることもあります。彼らに不満を持たせず、いかに目立たせないようにマネジメントするかがポイントになります。
常田
会員権ランクみたいなものも、センシティブに考えた方がいいですね。たとえば1年ごとにリセットされる仕様にすれば、一定の新規も入りやすくなります。また、その後のLTVも考えて落選者フォローの施策を別途考えるというのも、現実的なアプローチだとは思います。
猪倉
ありがとうございます。最後に、ユートニックと博報堂DYグループとどういう連携、価値提供できる可能性があるか、ご意見をください。
常田
U Domにどんどんデータが貯まっていくことで、さまざまな得意先のニーズに合致した、ユーザー集団の姿などが見えてくると思います。そのデータをお使いいただくことで、タイアップの提案など、一段階解像度を上げられるはずです。クリエイターやミュージシャン側にとっても、これまでファン層とクライアントのマッチングがあまりうまくできてこなかったのが事実です。両社の連携から、そこを滑らかにつないでいくようなビジネスができると面白いかなと思います。
森永
タイアップや商品設計の際、U Domのデータにあるユーザーの財布事情やライフスタイルは、最適解を導くための大きなヒントになるはずです。
猪倉
ありがとうございます。お二人の知見が繋がることで、未来の可能性が無限に広がりますね。それでは最後に、この記事を読んでいるマーケターや事業担当者の皆さんへ、一言ずつメッセージをいただけますでしょうか。
森永
データによって、ファンの熱量を解像度高く理解できる時代になりました。まずは自社のファンを「生態系」として観察し、対話を始めることが第一歩です。
常田
ファンダムは、もはや閉じた世界ではなく、あらゆるビジネスの成長エンジンです。皆さんのビジネスとファンの熱量を繋げるお手伝いができることを、我々も楽しみにしています。
猪倉
ファンダムマーケティング、ファンダムソリューションの推進に必要なのは、やはりファンの解像度をしっかりと上げるということですね。またそれぞれのクラスターに合わせたコミュニケーションや価値を提供することで、熱量を最大化しつつ、より良いファンとアーティストの関係性を作っていく。そのPDCAサイクルを回す際のデータプラットフォームとして、U Domは非常に有効だと感じています。博報堂DYグループは、ユートニックのような先進的なパートナーと共に、この新しい領域を切り拓いていきたいと思います。 本日はどうもありがとうございました。
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  • 常田 俊太郎
    常田 俊太郎
    株式会社 ユートニック
    代表取締役
    東京大学工学部卒。戦略系コンサルティング会社・コーポレイトディレクション(CDI)にて、中期経営計画策定や事業DDなどの戦略案件にプロジェクトマネージャーとして従事した後、2018年に株式会社ユートニックを共同創業。また、ヴァイオリニストとしてアレンジやレコーディングなどの活動も展開し、音楽業界と深い繋がりを有する。
  • 株式会社博報堂
    メディア環境研究所 上席研究員
    通信会社を経て博報堂に入社し現在に至る。コンテンツやコミュニケーションの名脇役としてのデジタル活用を構想構築する裏方請負人。テクノロジー、ネットヘビーユーザー、オタク文化、若者研究などをテーマにしたメディア出演や執筆活動も行っている。 自称「なけなしの精神力でコミュ障を打開する引きこもらない方のオタク」。
    クチコミマーケティング協議会(WOMJ)運営委員。
    著作に「欲望で捉える デジタルマーケティング史」「グルメサイトで★★★(ホシ3 つ)の店は、本当に美味しいのか(共著)」がある。
  • 株式会社博報堂DYベンチャーズ ベンチャー・キャピタリスト
    2014年博報堂DYメディアパートナーズ入社。ストラテジックプラニング職として、ダイレクトマーケティング/メディアプラニング/PDCAマネジメント業務に約4年間従事。2017年からはメディアプロデュース職として、新聞社/出版社アセットのセールスやソリューション開発、DX支援を約7年間担当。2024年より博報堂DYベンチャーズに出向し、キャピタリスト業務に従事。