
~躍進するeスポーツ大会の今とこれから~コミュニティが創り出す「熱狂」と「一体感」を理解する。企業がeスポーツに関わる際の大切な視点とは
eスポーツにおいて、大会での勝利を目指す「プロゲーマー」のスキルフルなプレイを、視聴者に向けて説明したり、試合の臨場感を伝えたりして盛り上げる「ストリーマー(配信者)」は欠かせない存在です。こうしたゲーム実況は、eスポーツの文化やコミュニティの活性化に寄与し、シーンの底上げにも貢献しています。
もともとゲーム実況の経験者で、現在はさまざまなeスポーツ関連のビジネスを行うのが株式会社JCG 代表取締役CEOの松本 順一氏。
「VALORANT Challengers Japan 2025」では、オンラインの配信を手がけ、博報堂や日本テレビ放送網とともにイベントの運営に携わりました。
長年、eスポーツシーンを見てきた松本氏に、コミュニティを軸にeスポーツを考える重要性や企業担当者が関わる際の留意点について、博報堂 オーディエンスアクションビジネス局の笠置淳行が話を聞きました。
株式会社JCG
代表取締役CEO 松本 順一氏
eスポーツの“見えない部分”を伝える「ゲーム実況」の重要性
── まずは松本さんの自己紹介をお願いします。
私はアメリカへ留学していた学生時代に、インターネットを通じてゲームを楽しむ文化に慣れ親しみました。帰国後はITエンジニアとして約13年間、さまざまな開発や運用に携わってきたのですが、インターネットの世界では、大手企業がトップダウンでルールを定めるのではなく、スキルを持つ「個」が集まり、ボトムアップでルールや文化を築いていく「コミュニティの力」が強いことに感銘を受けました。
ちょうど趣味で始めたゲームの世界でもコミュニティの重要性を感じていて、同じような価値観で集まった仲間とともにコミュニティを立ち上げたんです。
すると、「コミュニティで自社製品を紹介させてほしい」といった声が次第に増えてきて、ゲーム会社の方からもコミュニティを一緒に盛り上げていきたいという要望が寄せられるようになりました。それが自然と大きくなり、ビジネスへと発展していったのです。
そこからeスポーツに特化した会社を立ち上げ、コミュニティを大切にするという方針で事業を進めてきたところ、その取り組みが評価され、2022年には日本テレビグループの一員となりました。現在は、VALORANTの大会運営において、博報堂とともに実行委員会形式で主催・推進させていただいています。
── 松本さん自身もゲームがお好きだったんですね。
私自身もゲームをプレイするのが好きで、特に当時はYouTubeやニコニコ動画といった動画サイトでゲームの「実況動画」を投稿していました。
自分がプレイしている様子を実況するのではなく、人と人が対戦しているのを実況して解説する動画のスタイルが好きで、結構な頻度で投稿していたんですよ。なので、私のルーツはゲーム実況にあるといっても過言ではないかもしれません。
── ゲーム実況を観る側の魅力はどのようなところにあると思いますか?
今回の大会でも、選手たちのたゆまぬ努力や一人ひとりの選手が持つストーリー、チームメイト同士の関係性、試合にかける思いや心境などの情報は、実況者が観ている方々に伝えることで初めて届くものです。やはり、選手たちがこの舞台に立つまでにどれほどの時間をかけて練習を積み重ねてきたのか、どんな背景を持って今この場に座っているのかといった部分は、画面だけではなかなか見えてきません。
実際のプレイシーンはもちろん魅力的ですが、その魅力を最大限に引き出し、立体的に視聴者へ伝えるのが実況者の重要な役割なんです。確かに、自分のプレイを面白く語る実況の良さもありますが、eスポーツの実況では画面越しには“見えない部分”をいかに魅力的に伝え、どれだけリアルに試合の熱狂や駆け引きを届けられるかが肝になります。
コロナ禍で自宅での動画視聴が日常化していったなかで、eスポーツ実況者の“伝える力”にも注目が集まるようになって、プレイの背景にある熱意や努力を言葉で紡ぎ出す実況スタイルが、より多くの人々にeスポーツを楽しむきっかけを与えたと考えています。
コミュニティ起点の熱狂と一体感はオフラインだからこそ生まれる
── 「VALORANT Challengers Japan」のようなオフラインイベントの魅力を教えてください。
オフラインイベントの最大の魅力は、隣にいる人と同じ瞬間に同じ感情を味わい、それによって生まれる一体感です。先ほどコミュニティは「共通の興味や価値観を持つ人たちの集まり」だとお伝えしましたが、それがオンラインだけだと本当に同じ思いを共有しているかどうか、見えにくい部分もありますよね。
でも、オフラインの場で同じ試合を観て、同じタイミングで盛り上がるのを肌で感じると、「この人たちも自分と同じ気持ちなんだ」と自然に分かり合えて、共感や繋がりがどんどん生まれていく。その繋がりが形になったものが“コミュニティ”なんです。eスポーツのファンは若年層が中心で、自分から発信することも積極的だからこそ、このような属性を持ったファン層が集まるコミュニティは、企業にとっても大きな価値があると言えるでしょう。
©2025 Riot Games, Inc. Used With Permission
私たちの主な事業はイベントや配信の企画・運営ですが、長期的に取り組んでいくパートナーの方々とは、コミュニティを意識することの重要性を必ず伝えるようにしています。コミュニティというのは少し関わったくらいでは形成されず、すぐにその効果を実感できるものでもありません。ただ、コミュニティを育てていくという明確なゴールを設定すれば、「このイベントではこんなコミュニティを作ろう」「こんなメッセージを伝えよう」といった具体的なアクションが生まれてきます。
特にVALORANT関連の大会では、その傾向がより顕著になっています。
今回の決勝に進出した4チームのうち、2チームは人気配信者の方がオーナーを務めていて、それぞれ強力なファンコミュニティを持っています。そういう意味では、単なる対戦の場というより、コミュニティとコミュニティのぶつかり合いのような“応援合戦”のような側面があると言えるかもしれません。
それぞれのファンが熱量を持って応援し、その熱が会場に集まって交わることで、さらに大きな盛り上がりが生まれる。それが今回のオフラインイベントの大きな魅力でもありました。
©2025 Riot Games, Inc. Used With Permission
── eスポーツは若年層以外にどのような層に広がっていくとお考えですか?
コミュニティを広げていく過程では、さまざまな層の人たちに向けて発信をしていくことが重要です。たとえばガジェット好きや新しいものへの感度が高い方、情報発信を日常的に楽しんでいる方々などは非常に親和性が高いと感じています。
こうした方々に向けて、自分たちがつくるコミュニティの価値や面白さを共有しながら、一緒に何かを広めていけるような企業・ブランドの方々とご一緒できるのは、非常に意義があることだと思っています。
もちろん、コミュニティを育てるには一定の時間やコストがかかりますが、企業のプロダクトやサービスをコミュニティの中で自然な形で紹介したり、一緒に活動したりすることで、相互にとってプラスになる関係性が築けると考えています。そうした取り組みを継続的に行うことで、より強く、より広がりのある「発信力を持ったコミュニティ」が育っていくのではないでしょうか。
担当者の「好き」が成功の鍵。eスポーツビジネスの抑えておくべき勘所
── eスポーツのコミュニティと相性の良いのはどのような業界・業種でしょうか?
やはり「インフルエンサーを活用したい」と考える業界とは非常に相性が良いと感じていますね。少し意外かもしれませんが、化粧品業界などはまさにその一例です。実際のところ、eスポーツの選手たちはアスリート以上に「見た目」や「セルフブランディング」に気を遣う方が増えています。
試合中、選手たちがステージに上がってプレイを終えると、すぐに専属のスタイリストが身だしなみを整えるといった光景が当たり前のように行われているんですよ。
©2025 Riot Games, Inc. Used With Permission
さらに、試合後にはブースに立ってファンとの交流の時間を設けるなど、選手とファンが直接触れ合える場を意識的に作っています。こうした体験が、選手たちの自意識やモチベーションを高め、それがさらにファンの熱量につながっていきます。そして、選手たちは毎日配信を行うため、そこでも自分の感情や個性を出すことができます。
©2025 Riot Games, Inc. Used With Permission
ファンからしても、配信をいつも見ているからこそ、リアルで選手たちに会った時にはより親近感を感じられるわけです。そのため、eスポーツの熱烈なファンは、従来のアイドルやスポーツ選手のファンに引けを取らない、あるいはそれ以上とも言えるほど、確かな存在感を持っていると思います。
eスポーツファンの特徴として挙げられるのが「距離感の近さ」です。いわゆる“雲の上の存在”のような遠いスターではなく、自分が応援してきた選手が成長し、晴れ舞台に立っているといった感覚が強いんですね。私自身、さまざまなイベントに関わってきたなかで強く感じるのは、「濃いファン」が最初の熱量を支えているということです。
その熱量に引き寄せられるように、徐々にライト層の関心も集まり、ファンの裾野が広がっていきます。こうした構造の中で、企業がeスポーツに関わると、単なる広告以上の意味を持つようになります。ファンにとっては、自分の応援しているものを支えてくれる企業は、「一緒に戦ってくれている仲間」のように映るんですよ。
特に飲食やPC関連など、生活に密接したカテゴリではその傾向が顕著です。
例を挙げると、ゲーミングPC「GALLERIA(ガレリア)」は、eスポーツへの積極的な支援を発信していて、ファンの間でも非常に好意的に受け止められています。ファン側としても、「どうせPCを買うなら、eスポーツを応援してくれているGALLERIAを選ぼう」という気持ちが芽生えやすくなります。これは、“お得意様”ではなく、“恩返し”のような関係性に近いと言えます。
このようなファンと企業のつながりは、野球やサッカーといった伝統的なスポーツ業界ではあまり見られません。一方で、バスケットボールのBリーグでは選手・ファン・スポンサーが一体となった密接な関係が構築されつつあるように、eスポーツもまさにファンとの距離が近いからこそ、競技スポーツというよりも共感を基盤とした新しいエンターテインメントだと考えています。
── 企業側がeスポーツに関わるうえで大切なことは何ですか?
eスポーツのような新しいエンタメコンテンツに対し、戦略的なアプローチを設計することも大切ですが、私たちがよくお伝えしているのは、担当者自身がeスポーツを好きになるということです。
これはシンプルなようで、実は非常に効果があって、担当者自身が本当に好きで応援していると、自然と発信の仕方やメッセージに説得力が生まれ、その熱量がファンにダイレクトに伝わるからです。
以前、企業の方にアンケートをお願いしたことがあるのですが、「私はこのコンテンツを応援しています」と担当者自身の言葉で発信してもらったことで、ファンの反応が劇的に変わったんですよ。
なので、私たちは企業に対して、「まずは社内にeスポーツのコンテンツが好きな人がいないか探してみてください」と提案しています。
特に若い世代が多い企業であれば、必ずと言っていいほど、社内にeスポーツやゲームの配信文化に詳しい方がいると思います。
eスポーツが好きな社員がいると、リアルなファンの目線から意見を聞くことができますし、eスポーツとの自然な関わり方や支援の仕方を一緒に模索していくことができます。これはマーケティング戦略を立てる以上に、長期的で本質的なファンとの繋がりを生む第一歩になると感じています。
eスポーツがもたらす社会的価値と学校教育での可能性
── 今後のどのような展望を描かれていますか。
eスポーツをエンターテインメントとして、さらに突き詰めていきたいと考えています。現状でも高齢者のフレイル予防など、すでにいろんな文脈で注目されていますが、私自身が特に広げていきたいのは学生にとってのeスポーツの価値です。
eスポーツにはレギュラーも補欠もなく、「全員が主役になれる環境」があります。インターネットとデバイスさえあれば、いつでも練習や対戦ができますし、地理的な制約や天候も関係ありません。これは、従来のスポーツでは難しかった全員参加型の部活動を実現できるのではと思っています。
特に、都市部で校庭が狭かったり、生徒数が多かったりする学校ほど、eスポーツを導入するメリットがあると思います。
eスポーツは努力やチームワーク、戦略的思考など、リアルのスポーツと同じように学べる要素がたくさんあり、さらにeスポーツには正解がないからこそ、チームで最適解を探り、実行していくことが求められる。このような創造性と試行錯誤のプロセスこそが、教育的にも大きな意義を持つと考えています。
また、近年のeスポーツは1人で黙々とプレイするのではなく、ボイスチャットなどを活用して仲間と会話しながら進めるのが主流です。
それは学校の友達同士で遊ぶ場合でも、自然と「対話の頻度」や「コミュニケーション対象の広がり」が増えます。特にチーム戦で勝つためには、自分の意見を的確に伝えたり相手の話を傾聴したりしながら、冷静に対応していく力が必要不可欠になります。こうした協調性や問題解決力は、ひいては対人関係や自己肯定感の向上にもつながるわけです。
そのため、今後は学校教育や部活動の選択肢として、eスポーツをもっと当たり前の存在にしていきたいですし、その先に若い世代がスポーツを通じて学び、繋がり、自己表現できる新しい可能性が広がっていると信じています。
── 最後に広告会社の博報堂が大会運営を行うメリットをお聞かせください。
日本のメディア業界の最先端を走る日本テレビや博報堂といった企業が、eスポーツという新しい分野に参入し、業界を盛り上げようと積極的に取り組んでいること、私たち現場の人間にとっても非常に心強く感じています。特に年齢層の高い層や、これまでゲームやeスポーツに馴染みのなかった方々に対しても、「社会的に認められている」という印象を与えられるのは非常に説得力があります。
学校との連携においても、日本テレビがeスポーツに参画したタイミングを機に、高校や教育機関の理解度・関心が一気に高まりました。やはり、「ゲームは子どもの遊び」というような偏見や誤解を払拭するためには、信頼性の高い企業やメディアとの連携が不可欠ですし、それが何よりも保護者や教育関係者への信頼感や安心感を与える材料になります。私たちも相応のプレッシャーを背負いながら、責任ある立場として、しっかり業界を前に進めていきたいと思っています。
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松本 順一株式会社JCG
代表取締役CEO米国の大学を卒業後、通信会社や外資系企業でエンジニアとしてのキャリアを重ねる。2013年、eスポーツ事業「JCG」を創設し、2017年に株式会社JCGを設立。その後、同社代表取締役として数度のM&Aや資金調達を経て、2023年に日本テレビグループ入り。eスポーツ大会・イベントの企画・運営、eスポーツを活用したコミュニティ構築など、eスポーツを活用したい企業に向けたサービスを展開している。
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博報堂 オーディエンスビジネスアクション局 局長テレビや動画広告ビジネスを中心とした広告・マーケティングビジネスおよび各種コンテンツビジネスなどに従事。
投資領域の業務や新戦略推進業務の戦略広報なども担当。
現在は「オーディエンスアクションビジネス局」の責任者として、テレビ局などとの新規事業やIP開発業務を推進している。