
デジタル時代の「新・ブランド論」【第7回】 「束ねる価値」はブランドではなく、“人“が担っている
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第7回では、ここまでの議論を踏まえ、インフルエンサーなどの他者を参考にして購入に至る場合の「共感」について掘り下げていきます。
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<プロジェクトメンバー>
(写真右から)
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
杉谷 陽子氏
上智大学経済学部経営学科 教授
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
ブランドは生活者の“共感”にかかわれない?
- 米満
- デジタル時代のブランドについて議論する本連載ですが、前々回、前回は、調査を通して感情購買といった点を分析してきました。今回のテーマは「共感」についてです。感情が盛り上がって買うということだけでなく、その感情は他者に対して広がりを持っていると考えられます。そこで重要な役割を果たしているのが、「共感」ではないかと。
- 西村
- 今回はまず、私自身の体験からお話させてください。先日、友人のすすめで、初めて男性用化粧品を使ったところ、ほんの2-3週間で効果が表れて驚いたということがありました。友人が様々な製品を自分で試した上で、自信を持って紹介してくれるので、「間違いない!」とリスト通りに購入したのです。これこそ、以前議論した(※第3回、第4回)“信頼性”だと実感しました。
- 柿原
- ブランド側のメッセージよりも、信頼する友人の力のほうが大きいわけですね。
- 西村
- そうですね。ただ、ブランド力も無関係ではありません。やはり知っているブランドや大手のブランドだと買う抵抗は低い一方、知らないブランドや海外ブランドなどだと少しは調べたりしましたが、知らないということよりも友人の言葉に共感し、信頼しました。
- 柿原
- そんなに効果があるなら、今、私もカートに入れておこうかな(笑)。
- 西村
- 今ここで感情や共感が伝染しましたね(笑)。
買い物と、感情の関係については、石淵先生の書籍『買物行動と感情 -- 「人」らしさの復権』(関西学院大学研究叢書)にとても濃く書かれていると思います。2019年の書籍ですが、発行後の反響や、新しい観点の意見などはありましたか?
- 石淵
- 本書では、あくまで「実店舗の買い物行動を分析している」とことわりを入れているのですが、やはり「デジタルはどうなのか」というご指摘いただいて。そこまでカバーできればと思っていた矢先にお話をいただいたのが、この「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクトでした。
- 西村
- デジタルをいったん外したのは、実店舗とはまったく違っているからですか?
- 石淵
- はい、その点が大きいですね。今回のテーマでもありますが、メーカーの視点で考えたとき、ECだと、消費者の情報摂取や感情にかかわりにくいように思ったのです。その時点では既存の買物行動研究にどう組み込んでいいのかが、なかなか見通せなかったので書籍では控えたのですが、考えていることはいろいろとありました。
- 西村
- メーカーがかかわれない次元の話が入ってくる、と。その感覚は広告会社の現場も持っています。これだけ情報があふれる中で、買物に関わる一次情報がもっとも載っているはずのメーカーサイトを見てもらうことが難しくなっている。その前提でマーケティングを組み立てなければいけない難しさが顕在化しています。だからこそ、メーカー側からどうやって生活者の感情を盛り上げられるかは、クリエイターやプラナーの腕次第になっている現状があるわけですが、一方でそこに再現性がないことも課題になっています。
- 澁谷
- メーカー側がかかわれない領域をひとことで括ると、カスタマー同士、生活者同士の情報摂取がデジタル環境においてはメインになっている、ということではないでしょうか。
- 米満
- おっしゃる通りですね。その一方で、それと並行しながらメーカーが直接的に生活者にかかわれる領域をできるだけ多く創り出そうというのが、D2Cのビジネスモデルだともいえそうです。D2Cブランドがパーパスや世界観を大事にするのも、感情や共感とつながる部分が大きいからでしょう。デジタルだからコントロールできる領域と、逆にコントロールできない領域がある。そこが難しくもあり、おもしろくもありますね。
価値は「束ねる」から「分解する」に向かっている?
- 西村
- 大手メーカーのD2C参入は、ますます重要になってきていますね。当然、小売りを介するよりリーチする人数は少なくても、それだけ濃い方々がリピートしてくれるから成り立つ。利益率もずっと高いですから、今後のメーカーが目指す姿のひとつなのかなと感じます。
冒頭でお話しした男性用化粧品ですが、特に気に入った製品がありました。このままいけば、そのメーカーの立派な“ファン”になりそうで、そうなるとメーカーサイトの直販で買うようになる気がします。なので、きっかけは友人やSNSなどを介した形であっても、直接つながる顧客になる道はあるのだな、と。メーカーからすると、種をまくような感覚かもしれないです。
- 澁谷
- 今、そのメーカーの製品はいくつ使っているんですか?
- 西村
- ひとつですね。
- 澁谷
- なるほど。今の時代、ひとつよかったから別のも買うというクロス購買はあまり実現しない状況があるように感じています。私自身は、ブランドには「束ねられた価値」があると思うのですが、消費者行動の授業で学生と話をすると、その感覚がほぼないようです。以前実施したインタビューでも同様の発言がありましたね。
束ねた全体で価値を見出されるものは、実際には数多くあります。例えば、ブランドの複数製品のラインアップ、小売店の品ぞろえ、音楽アルバムもそうですね。それが、単体で流通するオンラインでは通用しなくなり、バラバラになっています。あるメーカーの製品が気に入っても、他の製品には特に興味を示さない人が多くなっているのではないでしょうか。
- 柿原
- 本当にそうですね。企業やブランドも「束ねることで価値を生み出す」ということがやり難い時代になっているのかもしれません。
- 米満
- かつてはブランドにも親と子があり、束ねられているからこそ支援と貢献という関係性が成り立ちブランド全体として成長するというのは、ある種の定説だったと思います。一方で、今はブランド名や企業名すら意識されにくくなっている中で、「おすすめされたコレひとつで十分」「余分なものはいらない」と感じる人が増えているように感じます。
- 柿原
- 例えば電化製品をシリーズで使うと連動してシナジーが生まれる、などのメリットがあるなら別ですが、そうではない大半の製品は単体で消費されるわけですよね。ブランドは集合体としての価値があり、こんなストーリーがあり、これがブランドコミュニティで共有されていく…というのは理想的なマーケティングの形のひとつではありますが、とても長い道のりを経ないと実現できないですよね。
- 澁谷
- 昔はSNSなどのネット上の情報もありませんし、良し悪しも深くはわからないから、なんとなくまとめ買いを選んでいた部分もありました。
- 柿原
- まさに、それです。なんとなく束ねられているところに、昔は信頼のよりどころがあったのだと思います。家電など、ラインアップが豊富だと「いろいろ出していて、いい会社なのだろう」と感じられていた。でも、それが通じなくなってきているのが今ですね。
- 澁谷
- 新聞や雑誌も、コンテンツを束ねて、その中で強弱をつけて提供することに価値がありました。一方、ネットニュースは記事単位で流通するので、束ねる価値を感じるシチュエーションそのものが消えています。
- 米満
- もはや分解されていることの方が、価値が高いこととして生活者には理解されてそうです。先ほど例があがった音楽も、かつてはアルバム全体でコンセプトを作り、ストーリーとして曲順を構成するという時代もありましたが、1曲ずつに分解されている。他者がつくったプレイリストや切り抜きなどの2次創作からアーテイストやオリジナルを知るという人も増えていますね。
束ねた価値は、企業ではなく他のユーザーから感じる
- 西村
- その前提で、いわゆる音楽配信サービスは1曲ずつを“つまみ食い”というか、一人ひとりが好きにプレイリストをつくれるようになっています。そういうプラットフォームは人気がありますね。
- 澁谷
- そうですね。自分で束ねるから、あるいは誰かのおすすめを頼りに束ねるから、提供側の関与は不要、という感じですね。誰かのおすすめを利用するのは、ある意味でタイパが良いです。音楽なら、そのジャンルで手っ取り早く「知っている風」になれる。束ねた価値を、提供側ではなく同じユーザーから得ているのですね。
- 西村
- ECサイトや関連サービスが提供している、インフルエンサーなどの購入品リストもかなり人気があるそうです。
- 柿原
- 今の例でいうと、西村さんが「ほかのラインアップも買ってみようか」と思った化粧品メーカーについては、既にブランド・エクイティが形成されているからそういう発想に至ったのかもしれませんね。
一方、ブランド・エクイティと呼ばれるものを受け取らずに育った人たちには、そうした流れは適用できないのかなと思いました。自分の好みを、どう広げているのでしょうか?
- 西村
- その役割を、プレイリストや購入品リストが担っているといえそうです。誰かの“お気に入り”の選択を、丸ごと拝借する。入口は自分と同じユーザーでも、一定数はブランド自体に惹かれていく展開があるでしょうが、やはり入口はモノやサービスやその情報量が多すぎて、一人では判断できないのかなと思いました。
- 柿原
- そもそも西村さんは、それまで興味がなかった男性用化粧品についてなぜ「買ってみようかな」と思われたのですか?
- 西村
- きっかけは、子どものメガネを買ったついでに、自分のも新調したことでした。少し明るいものを選んだら、気持ちが明るくなったんですね。それで、たまたま友人に勧められた化粧品を買ってみたところ、効果を実感して。そうしたら今度は服も明るくしたくなったんです(笑)。そこでまた服のブランドや他人のリストを見たりして、芋づる式に買い物しています。
プレイリスト型消費を加速させる「ディドロ効果」
- 杉谷
- 今の一連のお話で、「ディドロ効果」を思い出しました。ある商品の購入をきっかけに、それと統一された関連商品もほしくなる心理現象を指しますが、まさに今の西村さんの状態ですよね。他の例を挙げますと、スピーカーを買い換えたらオーディオ回り一式やデスクなども変えたくなる、とか。男性用化粧品は最近とても活性化してきた市場なので、今ならビギナーの方もいろいろと選べます。それが、西村さんのような例を加速させていると思います。
- 米満
- ディドロ効果は、同じブランドで全部そろえたくなるといったことに限らず、ブランドやカテゴリーの枠を超えて生じうるものなのですね。
- 杉谷
- はい、そうですね。ひとつを新しくすると、ほかもそれにそぐうものに変えたくなる、という心理だとされています。
- 西村
- 私の体験はたまたまリアルでしたが、同じことがデジタル上でも起きやすいというのが、近年の購買行動の変化として新しいところかなと思います。
- 澁谷
- ディドロ効果が言われるとき、家具類、オーディオ関係、などたいていはどのカテゴリーでマッチするかが前提になっています。でもデジタルだと、もしかしたら波及するレベル感が、新たに形成されるのかもしれないですね。
- 西村
- それが、プレイリストなのかもしれないし、リアルでは見られない「この人の購入品紹介」などのコンテンツなのかもしれない、と。特に動画だと波及のレベルが強そうですね。
- 米満
- 今回は具体的なエピソードから共感だけでなく、価値の分解、プレイリスト、ティドロ効果…などについて議論して来ました。次回も引き続き「共感」と購買行動について議論を進めていればと思います。
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澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
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柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
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石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
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杉谷 陽子氏上智大学経済学部経営学科 教授慶應義塾大学商学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。上智大学経済学部経営学科助教、准教授を経て、2019年より現職。専門は消費者心理学、ブランド論、マーケティング論。日本商業学会関東部会理事、日本マーケティング学会常任理事、消費者行動研究学会理事。日本商業学会『流通研究』編集委員、消費者行動研究学会『消費者行動研究』副編集長等を歴任。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。