
デジタル時代の「新・ブランド論」【第6回】大規模定量調査から読み解く!―デジタル時代における「感情」起点の買物行動の実態②
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第6回では、前回に引き続き、大規模アンケート調査をもとにした情報接触や購買行動の変化を議論していきます。
第5回はこちら
<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
感情起点の買物に満足したら、人生の幅が広がる?
- 西村
- ここまでの議論では、大規模アンケート調査を元に、感情と購買がどのように結びついているのか、3つの軸でパネルを分類して結果を分析してきました。今回は、感情起点の買物の情報源や、情報の広がりについて見ていきたいと思います。
何らかの情報源をきっかけに、感情が盛り上がって買物して「楽しかった!」という正のフィードバックがあると、学習を通じてその人のメインの購入ルートになっていく、ということがあるのでしょうか。
- 石淵
- そういう側面がとてもあると思います。感情を起点に買物や体験をして、それがプラスだったら、人生の選択肢が広がったと感じ、自己の確立にも役立ってくる。心理学者のバーバラ・フレドリクソン氏が提唱する「拡張-形成理論」では、ポジティブな感情が思考と行動のレパートリーを拡張することで能力が形成され、この繰り返しで人は成長する、と説いています。まさに、感情起点の購買が、その人のメインになっていく流れに合致しますね。
- 西村
- なるほど。心が動くことを通して成長するというのは昔からそうだったように感じますが、消費者行動やブランド論の観点からは感情があまりフォーカスされていなかったのかもしれません。
- 石淵
- ブランド論は、基本的に企業側が顧客を戦略的に囲い込もうとする狙いがありますが、一方でフレドリクソンの新しい経験を重ねることで人生の幅が広がるという理論は人の心理に着目したもので、視点の違いがあります。両者を取り入れることで、今のデジタル時代における買物行動やブランドを捉え直すことができるのかもしれません。
認知が先か?感情が先か?
- 西村
- 具体的に、どういった情報源に感情が動かされるのかを探った、「Q.いちばん感情が盛り上がった商品やサービスを買うと決めたとき、そのきっかけとなる情報源は何か?」という質問を見てみます。意外にも、SNSでの非インフルエンサーの情報が、最も参考にされていました。次いでSNSのインフルエンサー、インターネット記事と続きます。インフルエンサーというより、一般の人の情報や、感情が高ぶっている様子が信頼性につながっている結果がありました。
※数字は%表記、感情起点での買物経験者1924ssの回答、MA回答のうち上位項目を抜粋して掲載
- 柿原
- SNSが感情起点の購買の要因になっているのはうなずけます。そもそもSNSを受動的に眺められる隙間時間は、プライベートのリラックスした時間であって、「オフ」のモードですよね。だから、感情が盛り上がりやすいオケージョンにあるといえます。
- 西村
- そうですね。加えて、インフルエンサーよりも非インフルエンサー、一般の方の投稿が参考にされているのは、前の議論(※第3回、第4回)でも挙がった、信頼性が重視されている現れだと思います。気になるのは、そもそも全く知らなかった商品やサービスにも反応するのか、ということですね。
たまたまSNSなどで特定の商品やサービスの情報が流れてきて、感情が盛り上がったら、認知から購入まで一気に進むということはありそうです。そうすると、まず認知して、理解して、という従来のファネルの順序とはまったく独立した事象になりますよね。
- 石淵
- 非常に難しいですね。心理学や消費者行動論の世界で、認知が先なのか、未認知から感情だけで購買まで動くのかというのは、昔から議論がありました。現在は、感情と認知はやはり独立だとされていて、その前提で行動や選択には相互に影響しているという考え方が主流になっています。
- 西村
- 逆に、まったく感情が動かずに購入に至ることもあるのでしょうか?
- 澁谷
- 何らか、緊急で困っているときなどはありそうですね。
- 石淵
- そうですね。感情は「ショートカット」として機能している側面がありますので、その事象がどれだけ大切で、どのくらい即断が必要なのかによるのではないかと思います。
- 柿原
- 同感です。まさにモードですよね、感情が絡まない理性的なモードなのか、それとも感情や経験が効いてくるモードなのか。SNS等の浸透によって後者がメインになりつつあるとしたら、企業がこれまで戦略を立てていた従来のファネル構造は短絡的になってしまうのかもしれません。逆に、どうしたら快感情を蓄積できるのか、ということを考える必要がありそうです。
本音こそ感情を揺さぶるポジティブ要因
- 澁谷
- そうすると、インフルエンサーではない人からの情報が信頼性として重視されているのも、インフルエンサーからの情報は“対価をもらって宣伝しているんだな”と思ったら盛り上がった感情が冷めてしまうから、という見方もできそうですね。
- 柿原
- そうですね。それもひとつの学習効果かなと思います。SNSで流れてきたフローの情報を“おもしろそう”と思ってリンクに飛んでみても、広告・PR案件だったんだとわかると、そうした情報を扱うインフルエンサーに対して“ちょっと気を付けなければ”と身構えるところがあります。それが重なると、その経験の学習効果として、リアルな口コミをより大事にしようと思うのではないでしょうか。
- 西村
- とてもよくわかります。いわゆる素人の投稿のほうが本音であると感じられるし、本音こそ感情を揺さぶるポジティブ要因になっているのかなと思いました。
- 柿原
- リアルな口コミには、買物の成功体験だけでなく、失敗の情報も多く含まれますよね。それを学習して、賢く失敗を回避する傾向もありました。
- 西村
- まさに前回触れたように「Q.商品やサービスを選ぶときに『失敗したくない』気持ちで選ぶ」という質問に対しては、43%ほどの人があてはまると答えていました。前述の、理性的な買物と感情起点の買物について、失敗情報を冷静に受け止めて判断するのは、前者が働くといえるのかもしれません。
- 澁谷
- やはり失敗情報が出てくると、感情は盛り下がりますからね。
- 石淵
- 現代のブランド論を改めて考えたときには、その本音を起点としたポジティブな感情をブランドとしていかに貯めていくかがとても重要だと思います。特に、ある瞬間にある情報に接触したことで感じた”面白い!“”楽しい!“という快感情の記憶と、実際の購入時の感情の差をどれだけ少なくできるか、ということを考慮する必要があるのではないでしょうか。
単なる情報共有ではなく「体験の共有」が重要
- 米満
- 一方で、情報共有自体には、かなり重きが置かれているという結果もでていましたね。
- 西村
- そうですね。「Q.感情が盛り上がった商品やサービスを買う際の盛り上がりや、購入後の感想を、周囲の人に対してやSNSなどで共有したか」は、若年層やSNS利用頻度が高い層ほど高い数値が出ていました。SNSを1日6時間以上使っている層では、実に73%の人がYESと答えました。
※感情起点での買物経験者1924ssの回答
- 柿原
- 学生を見ていても、単純な情報共有ではなく「体験の共有」が大事のようですね。企業としては「何をシェアしてもらうか」という視点が重要になると思います。例えば、とある飲料ブランドでは、学生アンバサダーの制度を設け、アンバサダーを通して研究室などに冷蔵庫ごと貸し出して、その飲料のトライアルを広げるという施策を行っています。また、学生アンバサダーが参加したり、主催したりするイベントもあるようです。そこでは、体験した人がSNSで投稿し、そこから興味関心や購入意欲が広がっていく・・・という構図ができています。
- 西村
- 研究室のつながりのような、既にあるコミュニティの中で広がっていくのは強いですよね。それが単なる情報ではなく体験だと、感情を伴うから、購買促進の効果が期待できそうです。
- 石淵
- その学生アンバサダー制度は、「皆で盛り上がっているところの写真をSNSに投稿する」ことが促されているんですよね。商品体験が完全に快感情と結びつくように設計されているわけです。
- 西村
- 購入だけでなく、情報や体験の共有にも、感情が大事になっているのですね。
ブランド名は覚えていなくても、「何かよかった」は残る
- 西村
- 最後に、その他の生活意識について見ていきたいと思います。「Q.仕事以外のプライベートな時間にスマホで見る情報は、楽しい・おもしろい・気持ちいいと思う」という問いに、あてはまると答えた人は32%と一定数存在していました。こうした生活者は、SNSを眺めること自体が目的になっているのですね。
さらに、「Q.最近買った商品やサービスで『買いたい』と思った情報源を覚えていない」「Q.その商品やサービスの企業やブランド名を覚えていない」についても、一定の層が覚えていないと答えており、SNSの利用頻度が多いほどその傾向が強いことがわかりました。
- 澁谷
- 企業やブランド名は覚えてはいないけれど、「何かあれよかったな」という体験は脳裏に残るのですね。機能や価格ではなく、感情ベースで記憶していそうです。今回の調査全体を通して、一部の層にとってはSNSでの情報接触は心地良く「快」であり、それ以外はあまりやりたくない、検索行動などとても負荷がかかって大変・・・という像が浮かび上がってきました。
- 西村
- 不快感情を避けたいというのは、「Q.普段から、楽しい・面白い・気持ちいいなど良い気分であり続けたい」という問いに40%近い人があてはまると答え、特に感情購買や感情共有をする人、SNSヘビーユーザーだと55%と高く出ていたことからもうかがえます。SNSのフィードという、自分のパーソナルメディアに居続けたい意識がありそうですね。
本連載の第3-4回で見てきたデプスインタビューに続き、第5-6回での量的な分析も、生の声の裏付けになる部分が多く手応えがありました。
- 米満
- さて、前回今回と、定量調査の結果をもとにして、特に感情を軸にしたデジタル時代の生活者の購買行動について議論してきました。ありがとうございました。次回からはまた新たなテーマでみなさんと議論を行っていきたいと思います。
【生活者の「感情」起点の買物行動実態を探る定量調査:実施概要 】
調査地域:1都3県
調査手法:インターネット調査
調査対象:20~49歳 男女個人 10,409人
調査企画分析:博報堂DYホールディングス
※SNSヘビーユーザーは「毎日6時間以上見ている」と回答した646ssのデータを掲載
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澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
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柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
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石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長補佐
本プロジェクト共同代表The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動)。