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「マーケティング・ミックス・モデリング」活用のポイントとこれからの方向性 ─Advertising Week Asia 2024より
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「マーケティング・ミックス・モデリング」活用のポイントとこれからの方向性 ─Advertising Week Asia 2024より

マーケティング&広告業界で最大級のグローバル・プレミアイベント「アドバタイジングウィーク・アジア2024」。昨年に引き続きリアルとオンラインで開催された今回も、各界の最新の知見に触れる刺激的で魅力的な数多くのプログラムが実施されました。

注目を集める「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」。この方法を上手に活用してマーケティング施策を最適化していくにはどうすればいいのでしょうか。
本稿ではMMMに取り組んでいる事業会社、MMMの研究を進めてきたプラットフォーム、そしてMMMの導入と運用を支援する広告会社。その三者の視点でMMMの活用ポイントを掘り下げました。

佐藤 満紀氏
花王 DX戦略部門DX戦略デザインセンター
データマネジメント部長/データ知創戦略センター チーフデータサイエンティスト

中原 啓智氏
グーグル・アジア・パシフィック
シニアマーケティングエフェクティブネスリサーチマネージャー
コンシューマーアンドマーケットインサイツ

<モデレーター>
宮腰 卓志
博報堂 
データサイエンティスト/チーフディレクター

MMM活用の3つのプロセス

宮腰
「マーケティング・ミックス・モデリング(MMM)」は、ポストCookie時代の有力な広告効果検証手法として大きな注目を集めています。MMMを活用することで、マーケティング施策とその成果の関係を可視化することが可能になります。

ただし、MMM活用には落とし穴もあります。MMMでデータを検証する際には、有用なデータを集めるモデルとそれを検証するモデルをつくる必要があります。博報堂とGoogleの共同検証によると、それぞれのモデルの構造にずれがあると、検証結果に10倍以上の誤差が生じる可能性があります。

モデルづくりは、MMMを運用するマーケターや分析者に委ねられています。マーケティング施策と生活者の行動の関係、必要とされるデータの最適な選択と生成、そしてその数式化。以上の3つのポイントを踏まえて、正しいモデルをつくらなければなりません。
こういった視点を踏まえて、花王でMMMに取り組んでいらっしゃる佐藤さんから、MMM運用のポイントをご説明いただきたいと思います。

佐藤
MMMの活用には「データ準備」「分析と解釈」「アクション」の3つプロセスがあります。まずはモデルをつくり、それに適合するデータを準備しなければなりません。例えば消費財の場合、データは一般に週単位で集計されます。したがって、1年で52週、2年で104週ぶんのデータがあることになります。
しかし、そのデータをすべて使うわけではありません。MMMを使う場合は、分析で評価したい因子(変数)は準備した時系列の10分の1程度にするというガイドラインがあります。つまりデータを準備するだけでなく、クレンジングをして実際に分析に使うデータを生成する必要があるということです。そこに多くの作業工数がかかることになります。

次のプロセスが、データの分析と、その結果の解釈です。
そこでは分析スキルだけではなく、事業ドメインに関する深い知識が必要とされます。さらに、その解釈を具体的なアクションにつなげていく必要があります。マーケティング施策を改善し、アクションを起こし、さらにその結果を分析してモデルを最適化していく。そういった継続的な取り組みが必要とされます。

「適切な人材の起用」と「体制の整備」が不可欠

宮腰
MMMのモデリングには「正解」がないと言われます。より正解に近いモデルに近づけていくための視点を、グーグルの中原さんからご説明いただけますか。
中原
3つの視点があります。
「データの識別」「データの多様性の確保」「因果推論の導入」です。
まず、「データの識別」からご説明します。売上構造を説明するデータは、それぞれのビジネスによって異なります。例えば消費財の場合は、価格、マーケティング施策、顧客接点、小売店の棚の移置、リテール側との交渉のロジック、物流などに関わるさまざまな要因があいまった結果として売り上げが上がり、利益が得られることになります。そのすべての要因に関わる精度の高いデータを集めてMMMで分析すれば、利益を上げるための道筋が明確になるでしょう。しかしそれは現実的ではないし、モデルも極めて複雑なものになります。したがって、対象とする商品の利益構造を決めるいくつかの要因を見極めて、それに関わるデータを集めて整備する必要があります。

2つ目の「データの多様性の確保」とは、変化要因を可視化するために欠かすことのできない視点です。例えば、去年のキャンペーンシーズンにテレビとYouTubeとSNSとを活用した広告キャンペーンを展開し、今年も同じくテレビとYouTubeとSNSを使ってキャンペーンを行う。しかも、予算配分は同じ──。
このようなケースでは、去年と今年の売り上げに変化があったとしても、何がその要因であったかがわかりません。変化に作用した要因を明らかにするには、メディアを変えたり、予算配分を変えたりして、意識的に差分をつくっていく必要があります。それが「データを多様化する」ということです。

3つ目の「因果推論の導入」も重要な視点です。データ分析においては、相関関係と因果関係がしばしば混同されます。では、相関関係と因果関係とはどう違うのでしょうか。

例えば、「アイスの売り上げ」と「水難事故の発生件数」が同時期に増えたとします。
この場合、2つの現象には相関関係があることになります。しかし、アイスを買って食べた人が海や川で溺れるということが頻繁に起こるとは考えられません。となると、そこに別の要因があると見るべきです。考えられるのは「気温」です。気温が上がると、アイスを買う人が増え、海や川に行く人も増えるので事故の発生率も上がる。そんな想定が成立するでしょう。この場合、「気温」と「アイスの売り上げ」、および「気温」と「水難事故の発生件数」には原因と結果の関係、すなわち因果関係があることになります。

これが相関関係と因果関係の違いです。
MMMのモデルをつくるにあたっては、商品の売り上げに対する「因」の要素を見極めることが重要なのですが、一般に「因」が何であるかを知ることは困難です。そこで私たちは、「検索量」をMMMに活用する方法を考えました。検索ワードは人々の関心度に関連しています。検索ワードが増えるということは、そのワードに対する人々の関心度が高まっているということです。関心度が高まっている時に広告を出稿することがありますが、売上への寄与を考える時には、広告による純粋な貢献と単に関心度が高まっていることによる貢献を分離する必要があります。

MMMを活用する際は、以上のような視点を踏まえる必要があります。しかし、それらを実行するには、「適切な人材の起用」と「体制の整備」が不可欠です。相関と因果の違いを理解して最適なモデル構築ができるマーケター。データ分析と解釈のスキルのあるデータサイエンティスト。そして、分析に基づいたマーケティング施策を実行できる組織。それらがMMM活用の鍵になると思います。

MMM運用チームの独立性をいかに確保するか

佐藤
たいへん重要なご指摘だと思います。
近年、BRM(ビジネス・リレーションシップ・マネジメント)という考え方が重視されるようになっています。IT領域とビジネス領域の関係を強固にする取り組みのことです。MMMの運用にあたっても、BRMが必須です。データやテクノロジーとビジネスをいかにブリッジするか。それができる人材をどうアサインするか──。それが多くの企業にとっての課題だと思います。
宮腰
中原さんはグローバルでのMMMの活用事例を多数ご覧になってきたと思います。MMM活用に成功している企業には、どのような傾向があるのでしょうか。
中原
MMMはマーケティング効果を可視化して、それを予算配分などの意思決定にいかすための手法です。そう考えれば、MMMは企業のコアファンクションの1つになりうると言えます。海外では、MMMを意思決定に活用して成果を収めている企業がたくさんあります。そういった企業に共通しているのは、MMM運用チーム、とりわけ分析チームに強い権限を与えていることです。CEOのコミットによって分析チームが独立性を保ち、ビジネスの現場にとって耳が痛い分析結果が出た場合でも、それを率直に伝え、改善を促す。そのような取り組みが成果につながっています。
宮腰
最後に、グーグルのMMMソリューションをご紹介いただけますか。
中原
グーグルが力を入れているのは、グローバルのさまざまなMMM事例のリサーチをまとめたレポートのご提供です。海外企業の取り組みは、一般に日本より2、3年先行しています。レポートをご覧になって、ぜひ先進的なMMMの活用法を知っていただきたいと思います。

さらにグーグルはそういったリサーチを踏まえて、オープンソースのMMMソリューション「Meridian」を開発しました。近日中にリリースする予定になっています。
グーグルの検索量データをもとにした精度の高い因果関係の推定、YouTube広告のリーチ&フリクエンシーのデータを用いた分析、従来の売り上げや利益のリフトテストとMMMのリフトテストの整合性の担保といった機能をご提供していきます。

宮腰
私たち博報堂も、MMMソリューションの導入や運用をサポートしています。ぜひ、多くの企業の皆さんにMMMを活用しいただき、確実な成果につながるマーケティングを実現していただきたいと思います。
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  • 佐藤 満紀
    佐藤 満紀
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