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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第1回】  生成AIで沸く半導体にみる社会課題と産業の結節点(前編)
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【WE AT連載・産官学で挑む社会課題とビジネス 第1回】 生成AIで沸く半導体にみる社会課題と産業の結節点(前編)

博報堂ミライの事業室は、新規事業開発をさらに推し進める一手として、東大や京大などと共同で一般社団法人WE AT(ウィーアット)を設立しました。WE ATは、グローバルな社会課題に挑むスタートアップや未来の起業家を産学官連携で後押しするためのイノベーションエコシステムづくりを進める法人です。本連載では、WE ATの理念や取組に共感いただいているゲストとの対話を通じて、社会課題解決の新規事業を両立するヒントを探ります。第一回は、生成AIで注目を集める半導体分野の第一人者として、2024年度から東大特別教授に就任された黒田忠広先生と同研究室の小菅敦丈先生を訪ね、ミライの事業室でスタートアップ協業やエコシステム推進に取り組む秋本とWE AT事務局長諸岡が、社会課題やエコシステム、産業づくりについて語らいました。

黒田 忠広氏
東京大学 特別教授

小菅 敦丈氏
東京大学大学院工学系研究科
附属システムデザイン研究センター 講師

秋本 義朗
博報堂 ミライの事業室 室長補佐兼事業開発部長

諸岡 孟
博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
一般社団法人WE AT 事務局長

半導体産業の「森」と「花」

諸岡
黒田先生は、2024年3月に東京大学大学院の教授職を退任されて、東大にまだ10人前後しかいない特別教授に就任されました。半導体の世界では知らない人のいないキーパーソンであり、僕もお邪魔させていただいた3月の最終講義は、広々としたホールにあふれかえるほど多くの参加者が来場していました。講演の最後をご家族へむけたメッセージで締めくくっていて、黒田先生のお人柄のにじみ出る素晴らしい会でした。
黒田
その節は参加いただきありがとうございました。わたしの専門である半導体分野は、いま再び熱気を帯びてきて、ありがたい限りです。
諸岡
黒田先生は、昨年『半導体超進化論──世界を制する技術の未来』という著書も出版されています。半導体産業の勉強も兼ねてさっそく拝読させていただきました。
黒田
ありがとうございます。あの本は中国、台湾、韓国でも出版されて、最近英語版も出ました。たくさんの人に読んでいただいているようです。

とくにアジアの人たちに読まれているのが嬉しいですね。というのも、アジアは半導体の重要なマーケットであるだけでなく、世界の半導体コミュニティの中心地だからです。TSMCの創業者であるモリス・チャン、AMDの会長兼CEOのリサ・スー、エヌビディアの社長兼CEOのジェンスン・フアン──。大手半導体メーカーのトップはみなアジア人です。

諸岡
『半導体超進化論』には、「半導体産業の森」という表現が出てきますね。「森」は多様性の比喩であり、今後の半導体産業は多様性に基づいた共存共栄を目指していかなければならないと説かれています。また、「花」の比喩もとても印象的でした。自然界に花が誕生し、鮮やかな色や香りで虫をひきつけることで、森は急速に豊かになっていった。花が増えることで、虫の種類も増え、それを捕食する鳥や哺乳類も増えていった。それが自然界に起こった現象である。同じように半導体の世界にも多様性の中心となる「花」が必要である──。そう先生はおっしゃっています。

博報堂ミライの事業室は、新規事業開発やスタートアップ支援に取り組んでいます。なかでもWE ATにおいて僕たちが大事にしていることは、多様なプレーヤーがつながり合うエコシステムによって新しい価値を生み出していくことです。まさに先生が「森」という言葉で表現されていることを僕たちも目指しているわけです。では、僕たちが実現しようとしている森における「花」とは何か。それを見つけていかなければならないと、著書を拝読してあらためて思いました。先生は、半導体産業における「花」とは、具体的にどのようなものであるとお考えですか。

黒田
「花」とは何かを僕が明示すべきではないと思っています。それは、これから半導体づくりを担う次世代の人たちが見つけるべきものだからです。僕が「これが花だよ」と言ってしまったら、彼・彼女たちの発想の幅を狭めてしまうことになります。

もちろん、僕が「森」や「花」という言葉で表現した考え方は広く共有してきたいと考えています。これまでの半導体産業は、弱肉強食の世界でした。勝者の条件はキャピタルインセンティブ、つまり資本力です。膨大な資本を投下できる国や企業が勝つ。それが半導体産業のルールでした。競争に勝つためには投資をどんどん増やさなければならない。しかも半導体にはシリコンサイクルと呼ばれる景気変動の波があるのでリスクも大きい。景気がいいときには30%の儲けが出るけれど、悪いときには30%の損失を出してしまう。そんな投機性の高い世界が半導体産業です。マグロ漁のような荒っぽいビジネスなんですよ、半導体産業は。

秋本
釣れれば大儲けできるけれど、一匹も釣れないかもしれないということですね。
黒田
そう。しかも、荒海に漁に出たら船が難破する可能性もあるわけです。そんな弱肉強食のルールによって産業規模が指数関数的に拡大していくのが本当にいいことなのだろうか。どこかで必ず破綻するのではないだろうか。それが僕の問題意識です。

ひと握りの強靭な存在が勝ち残って、周りはそれに付き従っていくというのはダーウィンの進化論的なイメージです。しかし、世の中の仕組みは必ずしもそうはなっていません。僕たちが生きている世界はもっと多様なものです。それを僕は「森」と表現しました。そして、森の多様性をつくったのは「花」である、と。花は虫に蜜を提供するだけではありません。虫に花粉を運んでもらうことで、自らの生存範囲を広げています。花は多くの虫を集めるように進化し、それに合わせて虫も進化する。そのメカニズムは「共進化」と呼ばれています。さらに、その共進化の過程で、花の成長のサイクルが一気に短縮されるという突然変異も起こりました。受粉してから花が咲くまでに1年かかっていたのが、1カ月に縮まった。これによって多様性が急速に広がっていったわけです。

これが、僕が考えるこれからの半導体産業の進化のイメージです。特定の強者が半導体製造のイニシアチブを握るのではなく、多くの人が自分たちのニーズに合わせて半導体をつくり使えるようになる世界になっていかなければならない。しかも、そのプロセスはアジャイルでなければならない。短い時間で半導体がつくれるようにならなければならない──。それがあの本で僕が伝えたかったことです。

森もエコシステムも、オープンであることが求められる

諸岡
小菅先生は、黒田先生がおっしゃる「半導体の次世代」を代表するおひとりです。小菅先生は半導体の現状をどう見ていらっしゃいますか。
小菅
僕が学生だった2010年代は半導体産業がどん底の時代で、「どうして半導体なんか研究するの?」とか「え、半導体メーカーに就職?」とよく言われました。しかしその後、AIがブームとなり、半導体需要が一気に拡大しました。現在の半導体産業はいわば太い幹になってきています。そこにどういう花が咲くか、多くの人が注視しています。

東大からも自動運転車を開発するスタートアップなどが誕生し、半導体にあらためて注目が集まっています。今後、半導体が必要とされる技術分野はどんどん拡大していくと思います。技術力と人材力が今後はますます重要になると考えています。

秋本
分野が拡大するということは、「森」の外にいる異なる強みをもつ人材にも入ってきてもらう必要がありそうです。
小菅
その通りです。たとえば、僕が指導している研究室には8人のメンバーがいますが、そのうちの7人は台湾、韓国、中国、バングラディシュから来た留学生です。半導体研究において最も進んでいるのはアメリカですが、アメリカの大学の半導体研究者の多くも国外から来た人たちです。日本が半導体の世界で再び存在感を獲得していくためには、留学生のパワーが絶対に必要です。今後もたくさんの留学生に日本に来てもらえるよう、オープンで魅力的な研究環境をつくっていく必要があると思っています。
黒田
言ってみれば、「花の蜜」を求めていろいろな人材がアジア各国から日本に集まってきているということですよね。小菅先生が言うように、その人たちのためにオープンで魅力的で、かつアジャイルな研究体制を整備しなければなりません。日本に来てから10年後にようやく半導体の世界で活躍できるというのではお話にならない。2年、3年くらいで世界の最先端で力を発揮できるようになれば、たくさんの優秀な人材が日本に来てくれるようになるはずです。
秋本
留学生の中には、卒業後に母国に帰る人も多いのですか。

小菅
例えば台湾からの留学生の中には、熊本のTSMCの工場や横浜のTSMCデザインセンターに就職する人が少なくありません。TSMCが日本を拠点の1つにしてくれたおかげで、日本への留学生が増えているという側面もあります。中には、大学入学と同時にTSMCジャパンから内定をもらっている人もいます。TSMCは台湾では国家的企業ですから、TSMCの拠点がある国ならご家族も安心して送り出せるのだと思います。
黒田
日本は半導体の豊かな森になりつつあるということですよね。だから、お金だけではなく、頭脳も集まってくるわけです。

産業を強くするのは人材:リスキリングセンター長としての挑戦

秋本
人材といえば、黒田先生は、福岡にある半導体リスキリングセンターのセンター長も務められています。これも人材育成の取り組みの1つということでしょうか。
黒田
そうです。僕は45年近く、民間とアカデミアの立場で半導体産業の栄枯盛衰を見てきました。半導体の歴史にはひととおり「四季」があったと言えます。僕が大学を卒業して半導体業界に入ったときは春でした。これからの半導体産業への期待に多くの人が胸を膨らませていました。その後、熱い夏がやって来て、半導体づくりは一気に過熱しました。僕が民間企業から大学に移ったのは2000年ですが、その頃から秋が始まりました。さらに秋は深まり、小菅先生が学生だった2010年代に厳しい冬の時代を迎えました。そしてこの数年で季節が一巡して再び春がやってきたわけです。

もう一度春が来て、どうなったか。かつて、「鉄は国家なり」と言われた時代がありました。その後、石油の価値が高まりました。現在、国家にとって最も重要な戦略物資はシリコン、つまり半導体になりつつあります。半導体の質と量が、経済も含めた国家の安全保障を左右する時代になっています。わが国の政府も半導体メーカー支援に乗り出しました。半導体メーカーには、かつての半導体産業を支えたベテランたちが集結しています。しかし、その人たちはみな50代以上です。半導体産業が冬の時代を迎える前にノウハウを蓄積した人たちです。それより若い30代、40代の人材は非常に少ない。これが今の日本の半導体業界の大きな課題です。

その課題を解決するのが半導体リスキリングセンターのミッションです。働いている30代、40代の人たちが半導体について学び直そうとするときに、大学に入り直すのは現実的ではないし、そもそも大学に入る必要もありません。大切なのは、学歴ではなく「学習歴」です。半導体業界で活躍しようとする人たちは、大学の卒業証書ではなく、半導体リスキリングセンターで学んだという証書をもって半導体企業の扉を叩けばいいのです。

福岡半導体リスキリングセンターの詳細はこちら →→ https://reskilling.ist.or.jp/

秋本
熊本ではTSMCの工場が稼働し、福岡にはリスキリングセンターがある。九州は日本の半導体のメッカになっていますね。
黒田
福岡県には、半導体関連の中小企業がおよそ400社あります。また、半導体のユーザーである大手メーカーの拠点もたくさんあります。リスキリングセンターに来る人たちの多くは、そういった企業の社員です。現役で働いている人たちですから、仕事を休んで勉強をするわけにはいきません。ですから、センターでは仕事の空き時間にオンラインで講習を受けたり、休日にイベントに参加できたりする仕組みを用意しています。さらに福岡県は、中小企業の社員のリスキリング費用を全額支援する方針を打ち出しています。
諸岡
なるほど。まさに産学官が一体となって半導体産業人材の強化を推し進めているわけですね。

産業を強くするのは人材:大学理事長としての挑戦

諸岡
もう一つ人材の観点で、黒田先生はこの4月に熊本県立大学の理事長に就任されています。とても興味深いアクションだと思います。
黒田
九州で半導体産業を担う人材を育成していきたいという思いがありました。先にお話ししたように、30代、40代の人材に必要なのは、働きながらリスキリングできる仕組みです。一方、10代、20代で半導体について一から学ぼうとすれば、やはり大学に入ってしっかり勉強するのがいい。もちろん、学歴ではなく学習歴を得るためです。

熊本県立大学は、1994年まで女子大でした。そういう歴史のある大学で半導体人材を育成することには大きな意味があります。日本の半導体産業には、女性が極めて少ないという問題があります。日本の半導体メーカーで働く人のうち、女性の割合は10%程度です。これは理系にそもそも女性が少ないからとされていますが、とある半導体メーカーの日本法人では最近採用した100人のうち40数人が女性でした。採用する側の意識や方針が変われば、女性の登用を増やすのは可能ということです。

熊本県立大学のWebサイトはこちら →→ https://www.pu-kumamoto.ac.jp/

半導体業界には、人材は工学部から採用するものだという固定観念があります。しかし例えば、半導体製造に必要とされるデータサイエンスのプロを育成する場合、出身学部が工学部である必要はありません。さらに言えば、これからの半導体人材はすべてが理系でなくてもいいのです。

諸岡
雇用側と学生側の事情や考え方をどちらも把握することができれば、お互いにとってよりよいマッチングが実現し、半導体産業の人材強化を前進できる。そのための理事長就任という側面もあるのでしょうか?

黒田
もちろんそのことだけが理由ではありませんし、それに単に人材を送り込むと言ってしまうのは語弊があります。ただ、企業側と学生側の双方を俯瞰できるようになることは重要だと思います。
諸岡
僕らのWE ATの取組においても、スタートアップや起業家が来てくれるのを待つのではなく、現在運営中のグローバルピッチイベント「WE AT CHALLENGE 2024」でエントリーを呼び掛けたり、起業家育成プログラム「WE AT Camp」を開催したりと、あの手この手で接触機会づくりをしています。スタートアップや起業家のリアルを最前線でキャッチアップし続けないと、どのような後押しが求められているかもわからなくなってしまいます。

WE AT CHALLENGE 2024の詳細はこちら →→ https://we-at.tokyo/challenge/
WE AT Campの詳細はこちら →→ https://we-at.tokyo/news/102

黒田生産工場の現場を知る、大学の現場を知る、それぞれの最前線を理解し続けることはとても大切です。

(後編に続く)

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  • 黒田 忠広 氏
    黒田 忠広 氏
    東京大学 特別教授
    熊本県立大学 理事長
    東芝研究員、慶應義塾大学教授、カリフォルニア大学バークレー校教授、東京大学教授を歴任。研究センターd.labと技術研究組合RaaSを設立。技術研究組合LSTCの設計技術開発部門長。福岡半導体リスキリングセンター長。2024年より東京大学特別教授、および熊本県立大学理事長。米国電気電子学会と電子情報通信学会のフェロー。半導体のオリンピックと称される国際会議ISSCCで60年間に最も多くの論文を発表した世界の研究者10人に選ばれる。著書の『半導体超進化論』は、英語、中国語(簡体字と繁体字)、韓国語に翻訳されている。
  • 小菅 敦丈 氏
    小菅 敦丈 氏
    東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター 講師
    慶應義塾大学電子工学科にて近接場結合を用いた半導体集積回路設計技術の研究に従事。2016年9月に博士課程を修了。日本学術振興会特別研究員を経て、2017年4月に株式会社日立製作所入社。ロボットや産業機器向けエッジ AI技術の研究開発に従事。2020年にソニー株式会社入社。新規イメージセンサ向け AI技術の開発に従事。2021年より東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター講師。AIが招く電力危機を解決するべく低消費電力 AIプロセッサ技術、3次元チップ集積技術の研究開発に取り組む。慶應義塾大学大学院博士課程修了、博士(工学)
  • 博報堂
    ミライの事業室 室長補佐兼事業開発部長
    慶応義塾大学法学部卒業。2002年博報堂入社、ビジネスプロデュース職として、大手日用品メーカー、通信会社を中心にマーケティング・コミュニケーション全体のプロデュース・提案に従事。2022年ベンチャーキャピタルWiLへの出向を経て、「ミライの事業室」に着任。
  • 博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
    一般社団法人WE AT 事務局長
    1983年生まれ。東大計数工学科・大学院にて機械学習やXR、IoT、音声画像解析などを中心に数理・物理・情報工学を専攻し、ITエンジニアを経て博報堂入社。データ分析やシステム開発、事業開発の経験を積み、2019年「ミライの事業室」発足時より現職。技術・ビジネス双方の知見を活かした橋渡し役として、アカデミアやディープテック系スタートアップとの協業を通じた新規事業アセットの獲得に取り組む。東京大学大学院修士課程修了(情報理工学)。

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