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地球の未来を支えるアグリテック【Media Innovation Labレポート44】
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地球の未来を支えるアグリテック【Media Innovation Labレポート44】

近年スタートアップが続々と登場し、大企業の取り組み事例も増え、注目度が高まる「アグリテック」。その概況と今後の可能性について、Hakuhodo DY ONE 兼 Media Innovation Labの永松範之と高橋二稀に、博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 兼 Media Innovation Labの大野光貴が聞いていきます。

■農業を取り巻くさまざまな課題に応じ、続々生まれているアグリテック

大野
今回のテーマはアグリテック(Agritech)です。普段Media Innovation Labが扱う内容とは少し毛色の異なるジャンルとなりますが、なぜ今この分野に注目しているのか教えてください。
永松
現在Hakuhodo DY ONEでは、デジタル広告やデジタルマーケティングにとらわれずに、企業の成長につながるDXや、生活者との関係性強化につながる幅広い領域の研究を強化推進しています。その一環として私たちが着目したのが、昨今さまざまな領域で進化を遂げている農業分野です。生活者にとって非常に身近な「食」に紐づく農業分野において、日本ならではのどんな課題があるのか、またそれに対して実際にどのようなソリューションが生まれているのか、改めて調査することになりました。
大野
農業に関しては、日本だけでなく世界中でさまざまな課題が見られると思いますが、具体的にどのような課題が挙げられますか。
永松
日本の場合、農業経営の観点では、少子高齢化に伴う労働力不足の課題があります。また新規就農にあたって壁を感じる人が多かったり、農業に従事していても、耕作地の減少や分散に直面する農家が増えています。生産の観点では、日本の場合は低い食料自給率といった課題がありG7の中で最低水準となっています。流通の観点では、フードロスの課題も近年深刻化しています。
世界では、輸出規制や異常気象による食料安全保障上のリスクが増大していたり、人口増加による飢餓問題、CO2排出による地球温暖化への影響、デジタル対応の遅れといったさまざまな課題が起きています。
大野
まさにさまざまな課題が顕在化している状態ですね。その解決策として注目されている“アグリテック”とはそもそもどういったものなのでしょうか。
永松
アグリテックとは農業(アグリカルチャー)と技術(テクノロジー)を合わせた造語で、農業の生産性や経営課題に対して活用される新しい技術を指します。たとえばドローンやロボット、植物工場など、生産や収穫を支援していく技術や、AIやビッグデータを活用し、作物の成長状況をリアルタイムで監視分析し、栽培方法を最適化していくといった技術もあります。また、農業で排出されるCO2の削減といった社会課題に対応する技術や、農業経営や財務、あるいは流通などの領域をカバーする技術なども登場してきています。
大野
農業の生産の現場から、その後のプロセス全体をカバーする技術がすでに存在するわけですね。ではそれらのアグリテックが、先述のさまざまな課題をどう解決しようとしているのか教えてください。
高橋
労働力不足といった課題に対しては、AIやドローン、ロボティクスを使った作業の効率化、高度化の取り組みが進められています。また海外では、特に生産現場で生じるCO2の排出量削減を目指す、脱炭素を意識した事例が多いですね。中でも再生エネルギーを活用したソリューションが多い印象です。経営や流通においては、AIによる最適化に取り組む事例がかなり増えています。たとえば生成AIを使って、チャット式でより簡単に経営管理ができるようなソリューションも出てきています。

大野
農業というと、先端テクノロジーとは少し縁遠いような印象を持っていましたが、むしろその逆ですね。テクノロジーを積極的に活用し、変革を起こそうとしているプレイヤーがそれだけ出てきていることに驚きます。

■スタートアップが続々参戦。ニッチな課題に応じて生まれる多種多様なソリューション

大野
アグリテックに参入するスタートアップも増えていると聞いていますが、どのような課題に対してどのような技術が使われているのか、代表的な例をいくつか紹介していただけますか。
高橋
まず生産における課題として、作物が特定の栄養を吸い上げてしまったり、生育に大量の水を必要とすることで、周辺の土壌や水環境に影響を及ぼしてしまうことがあります。それに対し、生産する作物そのものを改善する、あるいは生育過程を改善する対策が進められています。まず、作物そのものを改善する方法として知られるのはゲノム編集です。通常ですと種子の開発には一定の時間を要しますが、アメリカの種子開発スタートアップ、INARI Agriculture社は、遺伝子をAI分析してシミュレーションし、短期間でも土壌に合った環境に優しく、かつ収穫量の多い種子を開発し農家に提供しています。
続いて、過程の改善として最も大規模なものに、植物工場があります。ただ現状では葉物の生産が主流で、コストと販売価格が見合わないといった課題もあります。そんな中、日本のスタートアップのOishii社が、受粉の難しさという課題を解決し、糖度が高く質のいい日本のイチゴを海外の植物工場で生産することに成功しています。太陽光発電、再生エネルギーを使用したり、水の循環システムを整えるなど、環境への配慮も行っており、さらには消費地の近郊で生産することで流通におけるCO2削減にも取り組んでいます。

労働力不足の課題に対しては自動化による負担軽減策が模索されていますが、日本のスタートアップ、Legmin社が、日本の多様な地形に対応する農薬散布ロボットを開発しています。GPSとセンサーで畝の形などを認識し、自動走行できるというもので、埼玉県深谷市ではアグリテックの賞を受賞。行政と連携してサービス展開しています。

永松
経営の視点からは、まずは財務面での支援事例があります。日本のスタートアップ、Degas社は、サブサハラのガーナで所得格差問題に取り組んでおり、農作業データや衛星データを活用してAIで与信を推定し、肥料や種子といった物資の支援を行うソリューションを提供しています。また、その他にも実際に生産された農作物とその市場価格についてAIで予測を行い、その金額に応じて融資を行うというソリューションも登場しています。

脱炭素、カーボンクレジットの発行によって収益化を行う事業もあります。たとえば日本のフェイガー社は、牛のメタンガスの削減等によってカーボンクレジットを発行し、流通サポートまで行っています。

農村振興の分野でも、いくつか注目のスタートアップが存在します。アグリメディア社は、都会在住者に農地の貸し出しを行い、レジャー感覚で農業体験をしてもらうといったサービスを提供。同社は休耕地の有効活用だけでなく、農業専門の求人サービスを通じて人材支援を行っているほか、自治体と連携し農地の利活用を事業として請け負っています。

流通、特にトレーサビリティの側面からは、日本のファームノート社が牛にセンサーデバイスをつけて健康状態を管理し、育成から出荷までを一括管理するソリューションを開発しています。

大野
作物を作る前の土壌、シーズのところから、生産、流通の最適化、そして農業経営そのものに至るまで、すでにそれだけのソリューションが出てきているのですね。アグリメディア社など、農業という専門に閉じられていたコンテンツを外部に開かせていくような試みもある。いずれの企業も創立まだ10年経つか経たないかぐらいがほとんどのようですから、やはりここ数年の急速な技術発展に下支えされ、こうした動きが活発化しているのでしょうね。

では大手企業の取り組みはいかがでしょうか。

高橋
はい。まず食品系企業のアグリテック活用事例には、生産と経営の2方向があります。
生産面では、国内企業が海外の生産地にもアグリテックを活用し、流通の自動化を進めている例が複数あります。灌漑や施肥においてデータを基にした自動化システムを導入したり、収穫に自立型ロボットを導入しています。経営面では、特に外資系の企業においてはサプライチェーンの健全化や社会的インパクト経営も重要になってきているため、データ経営やトレーサビリティの成長支援プログラムを提供し、農業経営体の支援を行う企業もあります。特に農業知識が不足している発展途上国では、金銭的支援と効率的でサステナブルな農法の指南をし、長期的な視座で支援を行っています。

消費財系企業、特にトイレタリー企業などはBtoBの化学事業も行っていますので、効率的な散布方法も含めて地球環境に配慮した新しい農薬や肥料を開発し、農業分野に展開している企業もあります。

永松
あとは機械メーカーです。AIやデータを使ったスマート農機と言われるような農業機器が登場してきています。またトラクターや田植え機、コンバインなどの農機を、有人監視下ではあるものの無人で自動運転できる技術の開発を進めています。収穫ロボットの開発や植物工場のシステム開発を進めているメーカーもあります。また、鮮度保持やフードロス削減を支援するコンテナ開発が進められていたり、赤外線センサーなどを使い、賞味期限を個数単位で細かく管理することでフードロスを削減する機械も登場してきています。

IT業界では、自社の通信インフラとセンサーと連携させ、データ収集、分析を行って最適な栽培方法を提案するIoTソリューションを提供している会社もあります。またクラウドと連携し、農業データのデータ基盤としての活用など農業分野に特化したサービス提供も行っています。

大野
農業の変革という意味ではスタートアップも大企業も目指す方向は一緒だと思いますが、違いがあるとすれば何になりますか。
高橋
スタートアップの方が、ニッチな課題に対応している印象はあります。そして課題がはっきりしている感じはありますね。顕在化している課題に対し、具体的なソリューション開発につなげていくスピード感はスタートアップならではの強みかもしれませんね。

■アグリテック×広告会社で実現!?美味しくて安全で楽しい、サステナブルな食の未来

大野
こうしたアグリテックは、今後農業にどういった変化をもたらすと考えられますか。
高橋
DXが進み、これまで属人化していた工程がデータに紐づいたり自動化することによって、安定した生産に繋がるのではないでしょうか。作物自体も、また流通も改善していけば、フードロスの課題解決にも繋がりそうです。また気候変動、温暖化に強い品種の開発や、リジェネラティブ農業などサステナブルな農業の形もどんどん広がっていくかと思います。
永松
それから、IT企業に限らずスタートアップにおいても、生産から流通、さらに経営まで含めて、データの活用が進んでいます。これまで農家が個別で記録し、生産に活用してきたようなデータを、もっと大規模に、多彩に収集できるようになっている。それらのデータに基づいて農業全体を変革していくという動きは、今後も続いていくと思います。
大野
ありがとうございます。
では私たち広告会社にとってこうしたアグリテックや農業分野とどう連携し、パートナーシップを築いていけるでしょうか。
高橋
1つは、サステナビリティ経営やESG経営における支援があります。
食品系企業や行政だけでなく、小売りも含めて、サプライチェーンの健全化に寄与することはできるのではないでしょうか。また都市圏の企業の場合、農業とのコラボレーションやキャンペーンを通じて、生活者に自然との触れ合いを促したり、サステナビリティ経営に関する企業姿勢をアピールすることもできるでしょう。そうした支援は十分にできそうです。
永松
我々グループとしても、中期経営計画で“「クリエイティビティプラットフォーム」への変革”を掲げており、企業と生活者の価値創造についても謳っています。既存のマーケティング領域にとらわれずに、こうした食の未来を広告会社としていかに作っていけるかが問われるのではないでしょうか。

社会課題解決という視点もあれば、スタートアップと農業分野でのイノベーションを共創していくという視点もあります。またマーケティングデータに限らず、農業の生産から流通、販売まで、サプライチェーンのデータをいかに活用していくかという視点もあります。いずれも我々グループとして貢献できる領域は大きいと考えます。

大野
そうですよね。これからますます、自社の領域だけでビジネスを行っていくのではなく、異なる強みを持つプレイヤー同士が力を合わせることで生活者や社会の課題をより良い方法で解決していくことが出来るはずですし、そうすることで新しいビジネスを創出することにも繋がりますね。

それから、これまでの農業はBtoBの視点でとらえられていたかと思いますが、本来はBtoBtoCのはずで、今後はますますその視点の転換が求められていくと思います。ピーマンを一つ作るにしても、生活者がどうピーマンを食べたいか、どんなピーマンを食べたいかから逆算し、生産していくということ。作る人、流通させる人、売る人、買う人が分断されていたサプライチェーンから、それらをシームレスに繋げ循環していくのも、我々にできることのような気がします。

永松
ある意味、農業というカテゴリーはこれまでマーケティングらしいマーケティングがなされてこなかった分野かもしれませんね。直売といった形で生産者と生活者が直接繋がる仕組みであったり、農地のレンタルなどを通じて生活者との接点が作られていく動きもありますから、より良い生活者と農業の関係性を作っていくという点において、広告会社としてもできることはありそうです。
大野
確かに、生産者と生活者の間にコミュニケーションが生まれることによって農作物により親しみを感じてもらえるし、生活者の声を生産者が聞けるということで、新しい農業のスタイルが出てくるかもしれない。そういうお手伝いもできるかもしれません。
永松
最近は農業インフルエンサーといった方もいらっしゃるので、連携していくことも可能そうです。
大野
生活者としてはどうしても価格が安い方に手が伸びてしまいますが、その作物が生まれて届けられるまでのストーリーに触れられるようにし、新しい付加価値をつけることで、選ばれる選択肢を増やすこともできそうです。国内外に日本の高品質な農産物を届けていくために、農作物をブランド化し、希少価値やストーリーをつけていくことも、広告会社ができる領域の一つなのかもしれないですね。
永松
農産物にいかに付加価値をつけるかといった話は完全にマーケティングの領域ですよね。トレーサビリティといった観点でのデータ活用はこれまでも注目されてきましたが、もう一歩踏み込んで、マーケティングの観点でどうデータを活用していくかについては、大きく可能性が開かれていると思います。
大野
実際に口に入るものだからなおさら作った人の顔が見えたり、どういう場所でどういうふうに作られているかがわかった方が安心できるし味わいも変わってくる。食はある意味エンターテインメントですから、アグリテック×広告会社の掛け合わせで、安くて安全で、かつ食べて美味しい、そして楽しいものに発展させられるといいかもしれません。

お2人とも本日はありがとうございました!

※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂DYメディアパートナーズとHakuhodo DY ONEが、日本、シリコンバレー、アセアンを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。

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  • Hakuhodo DY ONE 新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局長 兼 Media Innovation Lab

  • Hakuhodo DY ONE 新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局 広告技術研究室 兼 Media Innovation Lab

  • 博報堂DYメディアパートナーズ ナレッジイノベーション局 兼 Media Innovation Lab