データ・クリエイティブ対談【第14弾】 技術とインターフェースをいかにデザインするか(前編) ゲスト:芝浦工業大学 益子宗教授/博報堂DYホールディングスCAIO 森正弥
広告領域に限定されないデータやテクノロジーの活用方法、そこから生まれるクリエイティブなどについて識者の皆さんと語り合う連載「データ・クリエイティブ対談」。今回は、芝浦工業大学・デザイン工学科の教授に昨年就任された益子宗氏、博報堂DYグループのAI領域のトップである森正弥、この連載のホストである篠田裕之の3人が、テクノロジーへの向き合い方や、アカデミアにおける研究のあり方などについて語り合いました。
益子 宗氏
芝浦工業大学
デザイン工学部 デザイン工学科 教授
森 正弥
博報堂DYホールディングス
執行役員/CAIO
篠田 裕之
博報堂DYメディアパートナーズ
メディアビジネス基盤開発局
豊かなコミュニケーションを実現するインターフェース
- 篠田
- 益子先生は、一昨年まで国内IT大手の研究開発部門で働かれていたそうですね。
- 益子
- 大学院博士過程を卒業後に研究開発部門に配属になり、コンピュータービジョンやHCI(ヒューマン・コンピューター・インタラクション)などの研究を行っていました。その後モバイル事業に注力して、次世代通信技術を活用したサービス企画、事業企画などを担当しました。新しい技術を使ってこれまでになかったユーザー体験や価値を創出する仕事です。
当時私が手掛けた企画の1つに、東京のアパレルショップの店員が、デジタルサイネージを介して遠隔地にいるお客様のファッションをコーディネートするシカケがあります。
工夫したのは、店員とお客様のコミュニケーションをいかにスムーズにするかといった点でした。リモートの接客には、どうしても心理的な距離感が発生してしまいます。そこで、感性工学の専門家の意見を聞きながら、ユーザフレンドリーなCGアバターを用いてコーディネートをアドバイスしたり、音声のピッチを変えたりしながら、より心地いいコミュニケーションを実現できる方法を模索しました。
- 篠田
- リモート接客は心理的な距離がでてしまうというデメリットを、リモート接客だからこそ可能なアバターキャラクターで解決しているわけですね。
- 益子
- そうですね。服をリコメンドする場合も、誰が、どんな声で、どのような表現で推奨するかによって相手の受け取り方は変わってきます。それから、産学連携の一貫で「レビューくん」という商品リコメンドシステムづくりにも関わりました。これは、店舗で商品のバーコードをスキャンすると、ECサイトに寄せられたその商品へのコメントを「レビューくん」というキャラクターが読み上げてくれるシステムです。「レビューくん」には、「グッドレビューくん」と「バッドレビューくん」という二つの人格があって、前者はポジティブなレビューだけ、後者はネガティブなレビューだけを読む仕組みにしました。
- 篠田
- 複数のレビューの内容をポジネガでまとめて人格を分けてキャラクター化するのがユニークだと思いました。ネガティブなレビューも伝えるんですね。
- 益子
- 一見ネガティブな情報であっても、商品の特性についてより深く知ることができるし、購買者の判断にも幅が生まれます。
- 森
- 商品を売る側から見ると、グッドレビューだけのほうがいいようにも思えますが、実際にはグッドレビューとバッドレビューの両方を提示した方が売り上げが上がるという研究結果もあります。いろいろな情報を参照したうえで購買を決定したいという人が多いということなのでしょうね。
アカデミックとビジネスの中間でやりたいことをやる
- 篠田
- 子どもの頃から研究者を目指されていたのですか。
- 益子
- 親が工学系の教員だったのですが私自身は子どもの頃は研究者という職業を意識したことはありませんでした。今思えば、コンピュータや電子工作キットが転がっており、日常的に新しい技術に触れる機会がありました。大技林とか広技苑といったゲームの裏技の本を読んで攻略するのも好きでした。論文を読む感覚ですかね(笑)。
テクノロジーの面白さに目覚めたのは大学に入ってからです。一番衝撃的だったのはMR(複合現実)の技術でした。画像処理系の研究室紹介の時にMRグラスをかけた瞬間に、それまで何もなかった空間に物体が出現するという技術をじかに体験してから、プログラムや画像処理、コンピューターグラフィックスなどへの興味が一気に高まりました。
もう1つ、デジタル空間がもつ大きな可能性に気づいたのも大学時代でした。
私はインターネット黎明期の大学時代にオンラインゲームに熱中していて、カードゲームなどで対戦した見知らぬ人たちとすごく仲良くなる経験をしました。それからダーツも好きで、ダーツに関するブログも書いていました。そのブログを通じてたくさんのダーツ仲間とつながることができて、見知らぬ土地でも実際に会って一緒に対戦することもよくありました。今では当たり前かもしれませんが、デジタル空間での出来事が現実に影響を与えることがあるんだ──。そんなことを強く感じて、デジタルの領域で研究活動をしてみたいと考えるようになったわけです。
- 篠田
- お話をうかがっていると、産学含め様々なフィールドに進まれる可能性があったと思います。その中で最初のキャリアとしてIT系企業を選んだのはなぜだったのですか。
- 益子
- 先ほどお話ししたファッションコーディネートの仕組みづくりは、実は大学時代から取り組んでいました。このシステムをオンラインショッピングに導入して、デジタル空間上で商品を試着できるようにしたら面白いのではないか。そう考えたのがECを運営する会社に入社した1つの理由です。動きの早いIT系のビジネスなら、そういう発展途上の技術にもチャレンジをさせてもらえるのではないかと思いました。
ところが、入社してそのアイデアを事業部の皆さんに話したら、「実ビジネスに導入するのはなかなか難しい」と言われました。私が開発したシステムでは、画像合成などのクオリティが低すぎる。使えるサービスにするには、すべてのアイテムの3Dデータをつくり、写真を撮り直す必要があるが、コストがかかりすぎて現実的ではない──。そんなことを言われて、入社早々に野望がついえました(笑)。これが形を変えて遠隔ファッションコーディネートの仕組みになるまで数年かかりました。
- 篠田
- 企業内の研究開発部門であれば、新しい技術やアイデアを実ビジネスの中で検証していくこともできますよね。
- 益子
- それは大きな利点です。とはいえ、実際に収益を生み出しつづけている運用中のサービスの中で新しい概念を検証するのは容易ではありません。一時的にでも売上が下がってしまうと事業部としてのKPIが達成できませんから。なので、私の場合は現行の事業に貢献するための研究スタンスを必ずしもポジティブに捉えていたわけではありませんでした。とはいえ、アカデミックの世界で100%勝負しても猛者は沢山いて、かといってビジネスで100%勝負しようとしても巨人たちとの勝負は正直厳しい。だからその中間的なポジションが自分には合っていると考えました。なので、前職で私が行ったほとんどのプロジェクトが、そんなポジションだったと言えます。今は大学というアカデミックの場に身を置いていますが、これまで進めてきた研究活動の多くが企業とのコラボレーションをベースにしたものです。アカデミックとビジネスの世界の両方に同時に関わり続けるというスタンスは、これからも維持していきたいと思っています。
- 篠田
- 私は民間企業の社員として産学連携の研究プロジェクトなどに携わっています。その点では、前職の益子先生のお立場と共通しています。しかし一企業人としては日々の仕事に追われることが多く、短期スパンでの成果を求められる案件も少なくありません。中長期的な視野をもって研究を進めながら、短期的な価値も生み出していくというのは簡単ではないと肌身で感じています。益子先生にはぜひ、「アカデミックとビジネスの中間でやりたいことをやる」というスタンスを確立していただきたいですね。
手間がかかっても「飽きない」ほうがいい
- 森
- 研究者は知識やスキルを日々アップデートしていく必要があります。この1年半ほどの間に、LLM(大規模言語モデル)があっという間に一般の生活者レベルで活用できる技術になりました。今後もテクノロジーはどんどん進化していくでしょうし、研究者はそれにいち早くキャッチアップしていかなければなりません。そう考えれば、最新の情報が集約される大学という場に身を置くことには大きなメリットがあるのではないでしょうか。
- 益子
- おっしゃるとおりですね。一方、大学の先生も実は時間があまりなくて、自分の勉強や研究がなかなかできなかったりもするんです。デザイン工学科では、研究室に毎年十数人の学生が配属されます。それぞれが個別に研究テーマを設定するので、数十個の異なる研究の指導を同時にしながら、授業や学内外の業務もして、空いた時間で情報収集や勉強をしなければなりません。あと、予算確保のための準備も。大学の中に入ってみて、大学の先生の忙しさを初めて知りました。
- 森
- 昔の大学の先生は、研究室で1つの大きなテーマを設定して、そのテーマを構成するパーツの1つ1つを学生たちに担当してもらうという感じでしたよね。益子先生は、そういう方法はとらないのですか。
- 益子
- 大きなテーマとしては、フィジカルとデジタルの境界をあわくする体験をデザインすることです。ただ、技術がどんどんコモディティ化しているので、個々のパーツの研究というよりは、それら技術をどのように掛け合わせて、再編集するかを考えるというスタンスです。私はもともとすごく飽きっぽくて、テーマが1つだとすぐに飽きてしまうんですよ。だから、学生が10人いたら10個の異なるドメインやテーマのプロジェクトが同時に動いているという状況の方が自分には向いていると思っています。
授業も同じです。昔は教科書どおりに教えるのが常道でしたが、今はPBL(Project Based Learning)という方法が推奨されています。日本語では「問題解決型学習」とか「課題解決型学習」と呼ばれるやり方です。学生一人ひとりに考えさせる授業スタイルで、そのぶん水面下での準備に時間も手間もかかるのですが、このやり方が私は好きです。
また、プロジェクト演習8という私が担当する授業では、四半期ごとに異なる企業に協力していただいて授業の内容を構成しています。当然準備はたいへんだし、日々のコネクションづくりも必要になりますが、このやり方は私自身「飽きない」という大きなメリットがあります。手間がかかっても学生とともに自分自身も成長できる方がいい。そう思っています。
- 篠田
- 例えば電子回路の授業などであれば、知識自体に長い歴史があって、教え方も確立しているので、去年使った教材を今年も使うことができると思います。でも、益子先生のプロジェクト演習のやり方の場合は、すべてを1から考えなければならないし、アイデアや資料の使い回しもできないわけですよね。本当にたいへんだと思います。
- 益子
- プロジェクトのテーマも多様ですしね。去年の最初のプロジェクト演習のテーマは「オンラインアパレルショップ」でした。2つ目が「小売店舗」で、3つ目は「保護猫カフェ」です。今年は1つ目が「車載インフォテインメントシステム」で、2つ目が「赤ちゃん」です。この振れ幅はちょっとやばいですよね(笑)。先日は、実際にたくさんの赤ちゃんと保護者の方に芝浦工大に来校頂き、学生たちが考えた「赤ちゃんの好奇心に気づくためのシカケ」の可能性を探索することができました。(2024年のプロジェクト演習の様子はこちら)
課題やニーズを自分たちの感覚で捉える
- 森
- プロジェクト演習のテーマは学生が自由に決められるのですか。
- 益子
- デジタル技術によって使い勝手やクオリティが向上する仕組みやサービスが世の中にはたくさんあります。そういうものを独自の視点で見つけて再編集しようというのが大きな課題で、そこに適合するテーマであれば何でもありです。ファッション、鳥獣被害の軽減、自動運転、VTuber、図書館、温泉──。私自身、学生時代から今までいろいろなテーマのプロジェクトに関わってきました。学生にも自由な視点と発想でテーマを選んでほしいと思っています。
- 森
- 温泉をテーマにしたプロジェクトとはどのようなものだったのですか。
- 益子
- 神戸の大学生と一緒に行ったプロジェクトです。温泉の混雑具合を可視化するシステムで、脱衣所のかごに重量センサーをつけて、1つのかごに荷物が入っていたら1人とカウントする仕組みにしました。さらに、それをネットワーク越しに旅館の各部屋の行灯(あんどん)と連動させて、風呂が混んでいたらランプが赤く点灯し、空いていたら青く点灯するようにしました。
- 森
- お風呂で人を直接センシングするわけにはいかないから、かごにセンサーをつけたわけですね。素晴らしいアイデアだと思います。
- 益子
- 温泉に限らず、プロジェクトには制約条件がつきものです。その条件をむしろアイデアの種にすることが大切だと思っています。
- 篠田
- 行灯をインターフェースにするというのも、温泉旅館にまさにマッチしたアイデアですよね。技術的な仕組みとインターフェースを場所の特性に合わせてデザインする。そんな試みと言えると思います。
- 益子
- 場所の特性や課題を、その場に足を運んで直接感じ取ることが重要だと考えています。このプロジェクトでも、学生たちと一緒に温泉旅館に行って、フィールドワークをしたり、現場で働いている方々にヒアリングをしたりしてポイントを探っていきました。
- 森
- 旅館の女将さんに「課題は何ですか?」と尋ねても、具体的な課題が出てくるとは限りませんからね。自ら課題を発見していくプロセスはとても大切だと思います。
- 益子
- 自分たちの感覚で潜在的な課題やニーズを捉えるということですよね。そこからすべてが始まると思います。プロジェクト演習で「保護猫」をテーマにしたときも、学生たちと保護猫カフェに行って、みんなで3時間くらい猫と戯れました。そして、そのときに感じたことや考えたことをベースにアイデアを出してもらい、それをめぐってみんなでディスカッションを重ね、プロジェクトの方向性をさぐっていきました。もちろん直接的な体験がすぐにいいアイデアに結びつくわけではありませんが、体験なしで優れたアイデアが生まれることはないと私は思っています。
(後編に続く)
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益子 宗氏芝浦工業大学
デザイン工学部 デザイン工学科 教授
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