ベンチャー投資を広げ、社会課題の解決につなげる イークラウド×HAKUHODO Fintex Base (連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.13)
近年さまざまなフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第13回となる今回は、株式投資型クラウドファンディングサービス「イークラウド」を提供するイークラウド 代表取締役の波多江直彦さんと、HAKUHODO Fintex Baseの山本・飯沼が、ベンチャー投資に関する現状やメリット、今後の展望などについて語り合いました。
イークラウド株式会社 代表取締役
波多江 直彦 氏
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 局長代理
山本 洋平
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 hakuhodo DXD
飯沼 美森
事業も投資も自分たちで
- 山本(HAKUHODO Fintex Base)
- 波多江さんは2018年にイークラウドを設立されたのですよね。どのような経緯で設立を決意されたのですか。
- 波多江(イークラウド)
- 新卒でインターネット広告会社に入社して、営業やマネジメント業務、当時登場したばかりのスマートフォン向け新規事業の開発などを経験した後、投資部門でベンチャー投資を経験しました。その後ベンチャーキャピタルに転職して、そこでもベンチャー投資に従事し、さらに知識と経験を積みました。
それまで経験したITとベンチャー投資を組み合わせたビジネスをやりたいと思い、「株式投資型クラウドファンディング」というサービスを手掛けることを決め、2018年7月にイークラウドを設立しました。株式投資型クラウドファンディングとは、非上場のベンチャー企業がインターネットで個人投資家から資金を募るためのサービスで、2015年の金融商品取引法等の改正を機に提供できるようになったものです。
- 山本
- 波多江さんのインタビュー記事などを拝見したのですが、イークラウドは業界最後発の会社なのだそうですね。すでに競合企業がいる領域に進出するのは難しさもあると思うのですが、なぜこの領域での起業を決意されたのでしょう。
- 波多江
- たしかに競合企業はすでに事業を手掛けていて、我々は最後発でした。でも、5~6年ベンチャーキャピタルでスタートアップの資金調達を支援してきた経験があり、クラウドファンディング業界の課題もしっかり把握していたので、後発であってもその課題を解決できればナンバーワンになれるという自信があったんです。
- 山本
- なるほど、それは強いですよね。
今年で設立からちょうど5年ですね。設立当時から事業はどのくらい拡大しているのですか。
- 波多江
- 初年度は業界シェア3%くらいでしたが、現在は30%にまで拡大しました。株式投資型クラウドファンディングに登録されているエンジェル投資家の方は、日本全体で現在10万人余りというデータがあります。エンジェル投資家としてデビューする方は日々増えているのを感じますし、株式投資型クラウドファンディングの魅力に気づく方も増加してきていますね。
リスクを踏まえ、夢ある挑戦を応援する
- 山本
- イークラウドではどのような会社が資金調達に利用しているのですか。
- 波多江
- 大きく2つのタイプに分かれるといえます。1つは生活者向け(toC)のサービスを提供している会社で、全体の6割ほどです。もう1つは夢のある先進技術の会社で、これが2割ほどですね。大学発のベンチャーなど、がんの治療薬や培養肉の基礎技術といった未来のための研究開発をしているような会社です。
- 山本
- ユーザーの年代としては、若年層~中年層が多いのでしょうか。
- 波多江
- そうですね、30~50代の男性が中心です。一定のリスクがあることが前提のサービスのため、ご登録いただけるのは現状では「20歳以上で投資の経験があり、金融資産が300万円以上ある方」としているのですが、それだけの資産があり且つリスクを許容できる方が条件になってくるのでこの年代が多くなっていますね。
また本サービスは、投資家の年齢の上限を75歳未満としています。理由はいくつかあるのですが、そのひとつに、株式投資型クラウドファンディングを実施する事業者は、顧客へ説明する手段としてオンラインしか認められていない点があります。高齢の方で金融資産をお持ちの方はたくさんいらっしゃるのですが、対面や電話でご説明することができないため、一定のITリテラシーが必要という面があるんです。
- 山本
- なるほど、そういった条件があるのですね。
投資は1口10万円ほどがベースになっていますよね。初めて利用する人には、少しハードルが高いかも、と感じました。私も興味はあるのですが、なかなか妻の許可を得るのが難しそうで・・(笑)。
- 波多江
- そうですよね、そのようなご意見があることは承知しております。将来的にはもっと小口化できたらとも考えているのですが、調達後の資本金にもよりますが株主の数が一定以上になることによる監督官庁への届出の負担などに配慮しながら、スタートアップにとってより魅力的なサービスにしていけたらと考えています。
- 山本
- 海外では、株式投資型クラウドファンディングは進んでいるのでしょうか。
- 波多江
- はい、一番進んでいるのはイギリスで、次いでアメリカですね。イギリスはかつて金融の中心であったことから、クラウドファンディングにいち早く着目して法律を整えています。このスキームの中から、時価総額1000億円以上のユニコーンと言われる企業も生まれていて、投資家も成功体験を重ねています。イギリスはクラウドファンディング先進国ですね。
- 山本
- イギリスではメジャーな資産運用の手段のひとつになっているのですか。
- 波多江
- そうですね。ただリスクの高さも十分に認知されているので、メインの投資先にしている人はほとんどいません。我々も同様の考えのもとサービスを提供していて、持っている金融資産のうちの数パーセントをベンチャー投資に回していただくのが最適なバランスだと思っています。リスクが高い商品ですし、一度投資すると中長期で保有する必要があり、流動性もありません。途中で現金化したいと思ってもできないので、余裕資金でやっていただくべき投資だと考えています。
- 飯沼(HAKUHODO Fintex Base)
- 登録条件を設定されているのも、このような考えに基づいているのですね。
大切なのは、経営者の人となりや企業文化を知ること
- 山本
- これまで成立した案件数はどのくらいになりますか。
- 波多江
- 25件くらいですね。目標達成率は95%以上です。
- 山本
- 1つの企業が、複数のクラウドファンディングサービスを活用して資金を集めることはあるのでしょうか。
- 波多江
- 法律的には可能なのですが、実際は運用が難しいので1つのサービスを利用するケースが多いですね。個人の投資家が株式投資型クラウドファンディングで投資できる金額は、1社当たり1年間で50万円までと法律で決まっています。そのため1つの企業が複数のサービスで資金を募ってしまうと、同じ投資家が複数のサービスで投資して上限の50万円を超えてしまう恐れがあるんです。
- 山本
- そうなると、どんな案件を持っているかが、他のサービスとの差別化ポイントになるわけですね。
- 波多江
- そのとおりです。当社の場合は、私が前職でベンチャー投資に携わった中で培った知見や目利き力があることと、約50社のベンチャーキャピタルと提携し構築したネットワークが強みになっています。そのネットワークを活用し、ベンチャーキャピタルから優れた企業を紹介してもらう機会も多くあり、現状では約7割の案件がベンチャーキャピタルが投資している会社です。
- 飯沼
- サイトのUIもきれいですよね。情報の構成も工夫されていて、投資家の興味を引く内容になっているのではないかと感じます。
- 波多江
- 募集ページは当社の社員を中心に内製化しています。コンテンツについても、投資家からアンケートを取るなど、投資家はどういった情報を求めているのか注意を払いながら作成しています。ただ投資家の方は、事業の独自性や特許の数などに関する情報を求める傾向が強いように感じます。投資判断の基準は人それぞれなのですが、私の経験からすると投資先の判断においては、経営者の人となりやその企業に何かを生み出しそうなカルチャーがあるか、といったことも見てほしいと考えています。そのため、経営者の生の声を伝えられるようにインタビュー動画を制作し、募集ページの一番目立つ場所に掲載しています。
- 飯沼
- 投資先の事業が中長期的にどう拡大していくかを判断するためには、「何をするか」だけでなく「誰がするか」も重要な指標になるのですね。
スタートアップへの第三の関わり方として
- 山本
- 投資家の方へのヒアリングを通じてみえてきた新たなニーズなどはありますか。
- 波多江
- 当社のサービスは現在20歳以上の方でないとご利用いただけないのですが、「これは未来に対する投資だから、自分の子どもの名義にすることはできませんか」とご相談いただいたことがありました。今後そういったこともできるように、ルールの改定も検討していきたいと思っています。
- 山本
- スタートアップの未来を作るだけでなく、子どもの社会を見る目を育てることにもなりますよね。お話をうかがって、学校での金融教育の中にエンジェル投資も入れてほしいなと感じました。今後、日本でエンジェル投資が広がっていったとき、社会はどのように変わると思われますか。
- 波多江
- 日本において起業する人はまだまだ少ないですし、スタートアップに転職する人もそれほど多くなく、現状ではスタートアップに関わっている人は本当にわずかしかいません。そのため、第三の関わり方として当社のサービスを提示し、スタートアップに関与する人を増やしていけたらと考えています。さまざまな社会課題の解決に向けて取り組んでいるスタートアップがたくさんありますし、そういったところに投資という形で関わることができる道を作れば新たなつながりが生まれ、社会課題解決にもつながっていくのではないかと思っています。
- 飯沼
- 株式投資型クラウドファンディングは、企業と生活者の新しい関係のあり方だと感じました。課題先進国である日本で、生活者が社会課題の解決に貢献できる手段があるということはとても大切だと思います。
- 山本
- 社会課題の解決を目指す企業に投資する、ということはすごく意義のあることですし、それを子どもが体験できればとてもいい金融教育になると思います。資産運用も金融教育も、日本は欧米よりもかなり遅れてしまっていますが、さまざまなお話をうかがい、イークラウドのサービスはそういった状況を変える可能性を秘めていると感じました。
本日はありがとうございました。
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波多江 直彦 氏イークラウド株式会社 代表取締役慶應義塾大学法学部卒。新卒でインターネット広告会社に入社し、子会社役員などを経て、投資を担当。その後、ベンチャーキャピタルでパートナーとして投資活動に従事。インターネット広告会社でのITビジネスの経験と、ベンチャーキャピタルでの投資経験を武器に、2018年7月にイークラウド株式会社を創業、代表取締役に就任。
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HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 局長代理新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するチーフイノベーションディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門3度受賞
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HAKUHODO Fintex Base/博報堂 hakuhodo DXD2018年博報堂入社。入社後はマーケティング職として飲料、教育、コンテンツ、アプリサービスなどのコミュニケーション戦略やブランド開発、CRM戦略を担当。信託銀行、損害保険会社などの金融領域業務も幅広く従事している。