ポストコロナ時代のコマースDXの見取り図──最新版「DX Map Commerce」をめぐって(後編)
コロナ後のアメリカのリテール業界の動向を踏まえてつくられた「業種別DX Map Commerce2023」。そのコンセプトの核となっているのが、「顧客接点の改修」と「統合的な顧客体験の創出」です。座談会の後編では、「新しいエコシステム」「メディア」「組織」の3つのテーマについてメンバーたちに話してもらいました。
長谷川 恭平
グローバルマーケティングDX推進局
中川 愛理
グローバルマーケティングDX推進局
西岡 豪
グローバルマーケティングDX推進局
徳久 真也
ショッパーマーケティング事業局 局長
ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー
小田 塁
ショッパーマーケティング事業局
コマースDX推進グループ ビジネスプラニングディレクター
藤田 顕士
ショッパーマーケティング事業局
三牧 和弥
ショッパーマーケティング事業局
トレードマーケティング推進グループ
有名百貨店や有名ブランドが”リコマース市場”に参入
──最新版「DX Map Commerce」では、ポストコロナ時代に求められるコマースが6つの型で整理されています。ここからは4つ目の型である「エコシステムの再構成」についてお聞きしていきたいと思います。
- 西岡
- NRFでは、中古品や新古品が流通する「リコマース市場」の議論が注目を集めていました。2026年には、市場規模が21年比で7倍くらいになるという予測もあるそうです。これまでも中古品の流通店舗や個人間の取引を中心としたリユース品売買の市場はありましたが、アメリカでは、有名百貨店や有名ファッションブランドなどがこの分野への参入を始めていて、百貨店が新古品を販売する店舗ブランドをつくったり、ブランド自身が商品の品質状態を細かく記載した中古品販売専門のECサービスを立ち上げたりする動きが盛んになっています。また、リユース品に特化したECマーケットプレイスも登場しており、商品の仕入れについては例えばファッションレンタルのサービスと提携、さらに顧客の利便性を考えて後払いシステムをつくったり、AIでリユース品に最適な価格づけをしたりする事業者も出てくるなど、生活者がよりリユース品を手軽に・安心して手にする環境が整ってきています。リユース品の取引が、新たなプレイヤーの参入、デジタル接点やテクノロジーを活用したサービスによって進化し、「リコマース市場」として大きな市場を形成させていく取り組みを「エコシステムの再構成」という言葉で捉えました。
──リコマース市場が活性化している背景には、SDGsを重視する生活者のマインドもありそうですね。
- 西岡
- おっしゃるとおりです。まだ使えるものを有効利用するなどして、SDGsに貢献したいと考える生活者は、とくにアメリカでは非常に増えていると思います。
- 中川
- メーカーやリテール事業者としても、リコマース市場に率先して参入し、サステナビリティを重視した取組を推進することが、生活者へのアピールになっていますね。
- 長谷川
- 企業としての姿勢を見せるだけでなく、商品が流通する仕組みを整備して、確実に収益を上げるモデルをつくっている点が、これまでにはなかった新しい動きです。
- 西岡
- リコマースのモデルに関しては、自社ですべてを完結させるケース、ブランドと小売事業者が協業するケース、レンタル事業者からリユース品を仕入れるケース、決済プラットフォームや在庫管理販売プラットフォームを活用するケースなど、いろいろなパターンがあります。そのぶん市場の裾野も広がっていると言えます。
- 長谷川
- リコマースビジネスにおいて重要なのは、信頼性です。「新品ではないけれど質のいい商品」をしっかりセレクトし、購買者の信頼を獲得しなければなりません。その点で、「有名ブランドが選んだリユース品」や「有名デパートが品揃えしているリユース品」であれば、確かな信頼を得ることができます。その点が従来のリサイクル市場とは異なるところです。
リテールメディアをいかに価値化するか
──5つ目の型が「メディア価値の改良」ですね。
- 藤田
- 小売事業者がメディア事業を展開するリテールメディアが日本でも広く認知されるようになっています。NRFでもリテールメディアについて熱く語られることを予想していたのですが、意外なことにリテールメディアをテーマとしたセッションは一枠しかありませんでした。アメリカではリテールメディアはすでに定着していて、特別なものではなくなっているということなのだと思います。事実、アメリカのリテールメディア市場は2024年には8兆円規模になると予想されています。これは日本の総広告費を上回る規模です。
一方で、一枠しかなかったリテールメディアのセッションには世界中のあらゆる国の人たちが列挙して押し寄せていました。世界中の関心を集めるテーマであることは間違いありません。
リテールメディアの中心はECサイトの広告やアプリ活用がメインでした。NRFのEXPOにはスマートカートやサイネージのブースが多く、まさにこれから発展していく手法と感じられました。スマートカートは基本的一人一台ずつ使うものなので、パーソナライズされた情報を届けるのに向いています。一方のサイネージは商品と連動させた広告メディアとしての活用に可能性があると言われていましたが、どうしても店内の風景の一部になってしまう傾向があり、これまではあまり成功例がありませんでした。
アメリカの大手リテールの例で面白いと思ったのは、サイネージを店頭の商品と連動させず、キャンペーン情報などを流すという方法でした。シンプルに人が集まる小売の売り場を告知媒体として使うことはかなり有効だと思いました。
現在では、小売事業者が手がけるメディアはすべて「リテールメディア」とひと括りにされていますが、今後は、プライベートメディアとしてのアプリやスマートカートと、パブリックメディアとしてのサイネージというふうに、用途や特性によってより細分化されていくのではないかと考えています。
- 長谷川
- サイネージを告知メディアとして使う場合でも、そこでどのような情報やコンテンツを流していくのが効果的かを判断するためにはデータが必要です。足を止めてもらい、画面を見てもらうために、顧客データからより有効な方法を見極めていくということです。その点では、店頭サイネージはいわゆる屋外メディアなどとは違った使い方ができそうな気がしますね。
「顧客体験」を軸とした新しい組織のあり方
──最後に、6つ目の「体験を繋ぐ組織/企業再編」についてご説明ください。
- 長谷川
- 企業がDXを進めるにあたってしばしばぶつかるのが組織の壁です。この壁は、顧客体験を軸としたコマースを実現しようとする際の障害にもなります。例えば、EC、店舗統括、データ管理などを別々の部門が担う体制になっていると、統一した顧客体験をデザインすることは困難になります。
購買チャネルを多様化していく過程では、チャネルごとの担当部門が必要でした。今後は、それらのチャネルを顧客体験起点で統合的に連携させていくことが重要になると僕たちは考えています。つまり、「体験を繋ぐ組織再編」が必要だということです。アメリカでは、従来のCMO(チーフマーケティングオフィサー)をCXO(チーフエクスペリエンスオフィサー)という役割に変えて、顧客体験を統合していこうという動きもあります。このような発想が今後は日本でも求められるようになると思います。
- 藤田
- 最近はメーカーも自社ECなどで直接的な顧客接点を設けるようになっています。「体験を繋ぐ」取り組みは、リテールだけでなく、顧客とつながろうとするあらゆる企業に求められる取り組みと言えそうですよね。
- 小田
- 実際、クライアント支援をしていると、マーケティング部門とセールス部門の視点がことなったり、連携もうまくいっていないというケースがみられます。そういった部門間の溝を埋めていくことは、自社内の動きだけではかなり難しいと思います。我々のような第三者がお手伝いすることで、組織をよりよい形に改善し、その組織を基盤として顧客体験のアップデートを軸にしたビジネス成長図っていく──。そんな流れを実現できるといいですよね。
- 三牧
- 組織そのものを変えることが難しい場合は、例えば、クライアント側の、マーケティング部門とセールス部門と博報堂のチームが三角形のフォーメーションをつくって、顧客体験を創出する戦略を一緒につくっていくといった方法もあると思います。いろいろな形で「体験をつなぐ」支援をしていきたいと考えています。
多くの人が幸せになるコマースの形を
──今回のDX Map Commerceは、アメリカのトレンドを反映してつくったとのことでした。この方法論をASEANや日本のマーケットにどう適用していくか。お考えをお聞かせください。
- 中川
- ASEANの市場は、特に3つ目の「Web3.0の関係づくり」との相性がいいと考えています。コロナ禍を経てオンラインコマース市場が拡大し、ソーシャルコマースの利用も盛んになっています。中でも先に触れたショッパーテイメントの領域は、アメリカや日本以上に進んでいます。インドネシアなどの国は若年人口が多く、これからもその層の人口は増えていくとみられています。ソーシャルコマース、ライブコマース、メタバースといった新しい手口・コマース体験が生活者に柔軟に受け入れられながら、どんどん拡大していくと思います。
- 西岡
- ASEANでは、コマースにおけるゲーミフィケーションの要素が受け入れられやすいと感じています。ゲーム的な楽しさを通じて、ブランドと出会ったり、コミュニティに参加したりする動きをつくっていくことができると思います。引き続きASEANでも新たなデジタル技術を取り入れた活動の深化は進んでいくと考えます。
- 中川
- アメリカの方法論をそのまま全部踏襲するのではなく、ASEAN独自の生活者環境やニーズを捉えながらローカライズしていくということですよね。同じことが日本市場に関しても言えるのではないでしょうか。
- 長谷川
- 5つ目の「メディア価値の改良」の視点で言うと、ASEANにおいてリテールメディアはこれからの領域です。アメリカと違って、リアル店舗を展開している事業者が自社のデジタル接点を配信面としてネットワーク化したり、顧客データを活用したマーケティングサービスを提供するなどのアプローチでリテールメディアに本格的に参入している例はまだほとんどありません。この領域には今後の成長が非常に期待できると思いますね。
- 藤田
- コロナ後のリアル回帰の中で顧客体験をどう再構築していくかがNRFの大きなテーマでした。これは日本のコマースにおいても重要なテーマになっていくと思います。日本の小売業は、物価や電気代の高騰、生活者の決済ツール活用が増えたことによる手数料の支払いが増え、利益が圧迫されている状況にあります。小売業単体での利益維持が難しくなっており、小売業以外でのビジネス(リテールメディア等)で「どうやって儲けるか」という意識が非常に強くなっています。そういった意識はもちろん大切ですが、そこにフォーカスしすぎてしまうと、「買物体験の創出」という視点を見失ってしまうことになります。日本のリテールメディアはまだまだ発展途上ですが、収益化だけではない、買物体験を軸としたリテールメディアの開発が必要だと感じています。多くの人が幸せになるコマースの形をどうつくっていくか──。そんな視点をクライアントにご提案するために、このMapを使っていきたいと考えています。
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グローバルマーケティングDX推進局2012年博報堂入社。TBWA HAKUHODOにてブランド・コミュニケーション戦略の立案に従事した後、博報堂買物研究所を経て、現在は主にインドネシアなどASEAN地域を中心に、生活者価値を起点とするデータマーケティングの推進やデジタルを活用した顧客接点開発・統合化、コマース/リテールDXソリューションの開発などを通じて、企業のDX推進を支援。
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グローバルマーケティングDX推進局2020年博報堂入社。ストラテジックプラナーとして、グローバル領域における消費財・小売・食品業界等の企業のデジタルマーケティングを推進。顧客の購買/行動データを活用して、EC・オウンドメディア・OMO領域を中心としたマーケティングの高度化を支援する。
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グローバルマーケティングDX推進局2023年博報堂中途入社。事業会社にてブランドのグローバルでのデジタル戦略立案から実装まで多岐に渡るプロジェクトを経験し、現在はインドネシアやASEAN地域で企業のグローバルでのDX推進を支援。EC・CRM・POS、OMO領域にも精通し、マーケティングDX領域においてグローバルネットワークを駆使しながら課題解決に向けた取組を推進。
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ショッパーマーケティング事業局 局長
ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年よりデータ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発を推進。自社事業、得意先とのJV立上げ、複数のソリューション企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。
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ショッパーマーケティング事業局
コマースDX推進グループ ビジネスプラニングディレクター2019年博報堂中途入社。マーケティングリサーチ会社や大手ECモールでのキャリアにおけるデータ・ドリブンな事業支援経験をもとに、様々な企業のEC事業戦略策定から施策の実行にいたるフルファネルでのコンサルテーションに従事。
「HAKUHODO EC+」のメンバーとしても、グループを横断したEC業務対応やソリューション開発を推進。
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ショッパーマーケティング事業局
リテールDX推進グループ大学卒業後、CRMプランニング企業、外資マーケティングサービス、リテールメディアスタートアップを経て、株式会社博報堂入社。
POS/ID-POS分析を起点としたショッパー分析、リテールメディアの開発並びにセールスのキャリアを活かし、メーカー、リテールに対するリテールメディアの普及に従事。
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ショッパーマーケティング事業局
トレードマーケティング推進グループ外資系消費財メーカーを経て、2022年博報堂中途入社。ストラテジックプラニング職。『ブランドマーケティングとトレードマーケティングの融合』をテーマに、マーケティング戦略策定・IMC開発から、「配荷方程式™」をはじめとしたショッパー・トレードマーケティング領域の課題解決型ソリューション開発まで幅広い領域の業務を推進。