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“新生”買物研 【第3回】 先行する欧米の小売業に学ぶデータビジネスの現状と課題
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“新生”買物研 【第3回】 先行する欧米の小売業に学ぶデータビジネスの現状と課題

“新生”買物研【第3回】は、アメリカ在住の流通コンサルタント鈴木敏仁さんと、流通・小売業の経営コンサルタント矢矧晴彦さんをお招きし、先行する欧米の小売業で繰り広げられている最新のデータビジネスについてお話をうかがいます。小売業のデータビジネスの最前線では何が起きているのか?日本はそこから何を学ぶことができるのか?生活者とデータの関係はどうあるべきか?など、データビジネスを推進する上で役立つ視点をお届けします。

鈴木 敏仁氏
流通コンサルタント

矢矧 晴彦氏
経営コンサルタント

徳久 真也
博報堂 ショッパーマーケティング事業局長
ショッパーマーケティング・イニシアティブ® リーダー

垂水 友紀
博報堂買物研究所 所長
博報堂 ショッパーマーケティング事業局

発展したEC上で加速する、欧米の小売業のデータビジネス

垂水
欧米の小売業のデータビジネスは日本より進んでおり、規模も大きく、小売業の新たな収益源となっています。具体的には、どのように展開されていますか?
鈴木
あらゆる経済活動でデータ化が進み、情報とモノがつながるIoTの時代になり、データビジネスは、もはや小売業に限らずさまざまな領域で不可欠です。
そのような中、私は、アメリカに30年以上住んで小売業の変遷を見続けています。アメリカの小売業はECの歴史が日本に比べてずいぶんと長いわけですが、近年はECがさらに発展してデータビジネスが勢いを増しているのです。

なぜ小売業がデータビジネスをするのか?というと、その目的は多岐に渡ります。
商品を仕入れて売る、PBを開発する、メーカーにデータを販売する、さらにはビジネスの多角化、そして、需要予測や発注予測の精度向上、顧客のショッピング体験の向上、ビジネスプロセスの効率化、などが挙げられます。

矢矧
日本の小売業では、ECの歴史が短いですし、データの整備や分析プラットフォームに関して課題を感じるケースが度々あります。今まで分析に使っていなかったPOSデータを提供されてもうまく活用できなかったり、データビジネスを行う前の準備段階で、お金も手間もかかる小売業がまだまだ多い、というのが日本の現状だと思います。

買物以外の情報を紐づけたショッパー分析で、広告ビジネスを推進

垂水
ECを中心にしたアメリカの小売業のデータビジネスで、企業が注力しているのはどの様な動きでしょうか。
鈴木
アメリカの中でも、小売業のデータビジネスの流れに大きな影響を与えているのがアマゾンとウォルマート*1です。まず、アマゾンですが、そのビジネスモデルに関して、消費者向けのECビジネスよりも、近年は法人向けのAWS(Amazon Web Services)や広告といったデータビジネスが好調です。
*1アメリカのアーカンソー州に本社を置く世界最大のディスカウントチェーン
矢矧
BtoCではなくBtoBで儲けないといけない、ということが明らかになると、店頭やECで商品を売るという従来のビジネスモデルだけでは生き残りが厳しいという考えになりますね。
鈴木
そうですね。実際に、それに気づいた他の小売業が、アマゾンに追いつけ追い越せということで戦略的にデータビジネスや広告に注力しているのが今のアメリカです。

ではアマゾンがどのようにデータを活用しているかというと、自社で扱うことができるユーザーデータ、例えば好きな映画、音楽、ゲーム、読書などの行動データや、テレビ視聴、自身のヘルスケア状況などを、どんどんECの購買データに紐づけて、広告事業を強化しています。2022年には米フードデリバリーサービスとの提携もスタートして、外食データの取り込みも始めました。ユーザーデータにポテンシャルがあるということは確かです。

垂水
購買のデータだけでなく、そこにたくさんのユーザーデータを掛け合わせることで、BtoBビジネスにおいてデータの価値が上がるということですね。

鈴木
特に、広告ビジネスを考えた際、広告主であるメーカーに対して、「ショッパーのいろいろなデータを持って分析しています」といえることは強みになります。例えば、ゲーム上に広告を出したい広告主に対して、ゲームユーザーの特性を理解したうえでメディアや広告を売ることが可能になりますから。
徳久
ウォルマートなどリアル店舗主体の小売りは、インストアとECの購買データを組み合わせる動きもあるようですが、その動きは加速していますか。
鈴木
そうですね。アメリカでは、ショッパーを理解するためには、ECの購買データだけでは不十分だ、最終的にはECとインストア両方のデータを持つほうが有利だ、という考えが台頭しています。

流通同士の競争が激化している中でも、ウォルマートとターゲット*2は既にその中から一歩抜け出した、という論調もあり、現にウォルマートは、メーカーに対して、「インストアとECの両方のデータを持っている」ということを強みとして訴求しています。
*2アメリカのミネアポリスに本拠地を置く大手ディスカウントストア

徳久
ウォルマートのインストアとECの売り上げの比率はどのくらいなのでしょうか。
鈴木
売上高に占めるEC比率は12%前後です。700億ドル前後という規模なのですでに大きな数字です。

小売業が広告を売る時代
加速するデジタル広告の内製化とメディアの多様化

垂水
日本は、EC化率が伸びているとはいえまだ10%に届きません。日本の小売業は店頭主体からスタートしたウォルマートをベンチマークしている企業が多いと思いますが、どのようにしてデータビジネスを拡大させているのでしょうか。
鈴木
大きな変化は、ここ2、3年で起きています。ターニングポイントとなったのは、アマゾンが2018年に広告の売上ではじめて10億ドルを突破したことでした。その直後、ウォルマートのCEOマクミロン氏は「我々の広告ビジネスはまだ小さいが大きくできるはずだ」と言及しており、以前から存在していた自社のメディア事業専門会社をウォルマート・メディアグループ(WMG)と改称しました。

さらに、その翌年2019年には、ウェブサイトのデジタル広告の内製化がスタートしました。そして、広告主となるメーカーを集めて行ったカンファレンスで、「リアルとデジタルの巨大な顧客データを持っているわが社は、デジタルでの顧客データしか持っていない競合よりも価値がある」と、データビジネス上の強みを宣言しました。そして、先のウォルマート・メディアグループ(WMG)を、現在のウォルマートコネクトという名称に変えたのです。

徳久
小売業で広告の内製化を実現しているのはすごいですよね。日本では、まだ市場の立ち上げ期ということもあり、我々のような広告会社等と連携して進めていくことの方が多いです。それに比べると、米国ではかなりスピード感もってやっている印象を受けました。

鈴木
ウォルマートでは、先端の広告テクノロジーを持つ企業の買収も行っており、内製化によるメリットをアピールしました。また、他の小売業では、GAFAクラスのリテール担当役員をヘッドハントしているケースもあるようで、広告内製化に必要なデジタル技術構築は相当スピード感をもって行っています。

データビジネス事業を進める小売業界では、ECテクノロジーの内製化は標準装備となり、その延長線上でデジタル広告も内製化する動きが加速しています。さらに、彼らが販売できる広告が、自社のみならず他社のメディアまで含めて非常に多様化しています。

広告の大きな分け方としては、ECやアプリなどの自社メディアを使う“オンサイト型”、TikTokなどの外部メディア活用を使う“オフサイト型”、デジタルエージェンシー活用する“デジタルエージェンシー型”、そして、ドアダッシュやインスタカートといった業界を横断してデータを収集できるプラットフォームを使う“マーケットプレイス型”があります。これらの中でも、“オンサイト型”と“オフサイト型”を組み合わせるなど、自社以外の広告メディアを活用する動きが高まっています。

そこで、広告主となるメーカーが頭を悩ませているのが、多様化するメディアへの対応です。実際に、アメリカでは、CoE(センターオブエクセレンス)を持つ消費財メーカーは96%に上ると言われています。CoEとは、広告、営業、企画といった幅広い部門から、広告や販促を担当していた人材を選抜して、より効率よく効果の上がる広告を打つにはどうすればいいか、を考えるいわば特命係のことです。

徳久
CoEは日本にはない新しい取り組みですね。日本では宣伝部が広告宣伝費、営業部が個別流通対応のための販促費と予算は分断されていており、営業企画部が一部横断で見ているメーカーがありますが、広告と販促のベストミックスを全体で考えるという動きはまだ少ないですね。

データを使ったパーソナルなアプローチがますます可能に
ただし超えてはいけない境界線が存在する

垂水
小売業はあらゆるデータを蓄積することで、今までにない広告事業を展開していますが、データ分析と広告への活かし方をもう少し教えてください。
矢矧
アメリカのクローガー*は、ID POS分析を得意とする子会社を設立して、データ分析を強化したリテールメディア広告事業を推進しています。
*アメリカオハイオ州シンシナティで開業した全米最大のスーパーマーケットチェーン
垂水
具体的にはどうような分析をしているのでしょうか。
矢矧
まず、出発点は、お客様の購買データをグループ分けする、いわゆるクラスター分析でした。例えば、日本では、昼にジャンボメンチカツ弁当と一緒にトクホのお茶を買う、“なんちゃって健康系”というクラスターが存在しますが、そういったクラスターに応じて広告を打つというイメージです。現在では、カスタマージャーニー上で、どのタイミングでどの広告を打つとどのクラスターの人がどのくらい反応するか、というところまでデータで把握しており、それらを広告ビジネスに活かしています。

また、インストアでのカスタマージャーニーのデータ分析ができるようになるということで、より買物体験の上流で顧客へアプローチすることが可能となりますから、ロイヤルカスタマー戦略にもつながっています。

鈴木
データビジネスの進むアメリカ小売業では、媒体とデータの多様化は止まりません。データの多様化の一例では、アマゾンがインストアで取り組むジャスト・ウォーク・アウト(JWO)がありますが、これはお客さんの手の動きまでデータで把握しています。

また、今アメリカでは、買物リストをスマホのアプリ内で作成しておくと、店内のスマートカートと同期してマップが出て売り場を誘導してくれるコネクテッド店舗があります。買物リストも小売業にとってはデータの宝物です。

矢矧
インストアにおけるスマホは自分のプライベートエリアという感覚がありますね。その画面に出てくる情報が、今、探しているものに関連する情報や、その時の自分にとって必然性があるものであれば、「おっ?」と目を引くと思います。
鈴木
ただ、どこまでパーソナルに広告やプロモーションを打っていいのか、やりすぎるとお客さんは引いてしまいますから、やはりその境界の見極めは重要だと思います。
矢矧
買物研で、「煩わしいと感じる心理的な境界を探る調査」をするのはおもしろそうですね。
スマートカートにしてもスマホにしても、きっと、1日に何回、何秒も広告に接すると煩わしいと感じる、といった境界線があると思います。これはある種サイエンスの世界ですから解明可能でしょうし、今後のデータビジネスにすごく役に立つと思います。
垂水
境界線調査は面白いですね!私たちがデータビジネスを行う上での基本的な生活者インサイトとして重要ですし、小売業とは違う広告アプローチができれば強みにもなります。ぜひチャレンジしてみたいと思います。
本日は貴重なお話ありがとうございました。
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  • 鈴木 敏仁氏
    鈴木 敏仁氏
    流通コンサルタント
    在米30年以上、ロサンゼルス在住、米国流通小売業界の情報発信
    連載/著書
    米国流通現場を追う(日経MJ) 2009~
    鈴木敏仁のアメリカントレンド(ダイヤモンドチェーンストア) 2008~
    月例ライブストリーミング:『グローバル流通最新トレンド』(https://grtseminar.peatix.com
    「アマゾンvsウォルマート ネットの巨人とリアルの王者が描く小売の未来」(ダイヤモンド社) その他多数
  • 矢矧 晴彦氏
    矢矧 晴彦氏
    経営コンサルタント
    20年以上、消費財メーカーや流通業を担当し、日本および東南アジアでのコンサルティングサービスを提供
    『ホワイトカラーの生産性向上の業務革新』(共著、本能率協会マネジメントセンター)
    『テスコの経営哲学を10の言葉で語る』(翻訳、ダイヤモンド社)
    ほか流通業界専門誌などに多数寄稿
  • 博報堂 ショッパーマーケティング事業局 局長
    博報堂DYグループ9社横断戦略組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ®」リーダー
    2005年に博報堂入社。流通・消費財メーカーを中心に、マーケティング戦略立案、クリエイティブ開発、データドリブンマーケティング等に従事。2014年よりデータ・テクノロジーを活用した新規事業/サービス開発を推進。自社事業、得意先とのJV立上げ、複数のソリューション企画・開発・グロース実績あり。2021年より現職。
  • 博報堂買物研究所 所長
    博報堂 ショッパーマーケティング事業局
    2016年博報堂中途入社。化粧品、日用品、飲料、健康食品など消費財のマーケティング戦略、商品開発、サービス開発に従事。
    2022年より現職。「買物インサイト」を起点に、新しい買物を生み出すソリューションを提案・実行する実践的研究所を運営