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「1億総データアナリストの時代」がやってくる ―『デジノグラフィ』著者インタビュー【デジノグラフィ・トークvol.11】
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「1億総データアナリストの時代」がやってくる ―『デジノグラフィ』著者インタビュー【デジノグラフィ・トークvol.11】

「ビッグデータはデータサイエンティストが扱うもの」という時代は過去のもの。いまや、ビッグデータそのものも、ビッグデータを分析するツールも、どんどん「民主化」されています。博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、そんなオープンなデータとツールを駆使した、いわば万人向けのビッグデータ分析法として「デジノグラフィ」を提唱。そのエッセンスを解き明かした書籍『デジノグラフィ インサイト発見のためのビッグデータ分析』を2021年3月に出版しました。デジノグラフィが持つ大きな可能性やその分析手法について、著者である生活総研の堀宏史、酒井崇匡、佐藤るみこに聞きました。

堀 宏史 博報堂生活総合研究所 所長代理
酒井 崇匡 博報堂生活総合研究所 上席研究員
佐藤 るみこ 博報堂生活総合研究所 上席研究員

「生活者の実像」を可視化する手法

――まず、「デジノグラフィ」とは何かを教えてください。

「デジノグラフィ」とは、デジタル空間上のビッグデータを「エスノグラフィ※1」の視点で分析し、生活者の見えざる価値観や行動様式を発見するための手法です。われわれは「デジタル上のタウンウォッチング」と呼んだりしています。

※1:エスノグラフィ=文化人類学や社会学で用いられる、フィールドワークによる行動観察

デジノグラフィが生まれた背景としては、生活がどんどんデジタル化し、センシングの技術も発達していく中で、これまでわからなかった情報が大量に可視化されるようになったということが挙げられます。いまや、人の位置情報はもちろん、どこでどんな買い物をしたかといったことまで「見える」時代になったのです。

生活総研では長年、生活者洞察に取り組んできました。そして今、宝の山のような、これまで見えていなかったデータが目の前にある。だったら、これらをきちんと分析に取り込んでいけば、これまでにないような面白い発見ができるに違いない……そんな発想で誕生したのが、デジノグラフィなのです。


――従来のビッグデータ分析とは、どのように違うのでしょうか?

酒井
データには「ロング(LONG)」「シック(THICK)」「ビッグ(BIG)」という3つの視点があります。ロングは長期時系列のデータ、シックは“厚い”という意味の単語ですが、インタビューやタウンウォッチングなどの定性的なデータを指します。そして最後がデジタル空間上に日々蓄積されていく大量のデータ、ビッグデータです。

従来、この3つはマーケティング分野でも異なる用途で使われてきました。

ビッグデータの場合、主な用途は「効果効率の向上」です。つまり、「こういう興味関心を持っている消費者には、この広告を当てていこう」といった具合に、広告業界においては広告配信を最適化するために活用されてきました。しかし、単なる消費者という枠を越えた「生活者」の実像を探り、新たなインサイトにつなげるという目的でビッグデータが活用されるケースは、ほとんどありませんでした。

一方、生活者の実像を探るのは、ロングデータやシックデータが得意とするところです。僕たち生活総研でも、1992年から隔年で実施している「生活定点」を始めとする各種調査や、インタビューやタウンウォッチングなどのアナログな手法で「人間」を掘りつづけてきました。反面、ビッグデータの領域にはほとんどタッチしてこなかったという反省があります。

デジノグラフィは、生活総研がこれまで培ってきた視点でビッグデータを分析することで、生活者の実像を浮かび上がらせることを目的としています。

ビッグデータ分析のカギは「視点の切れ味」

――具体的には、どのような分析手法があるのですか?

酒井
例えば、我々がよく活用する手法の一つに「ボーダーライン分析法」があります。これは年齢や時間、気温といった量的な指標を軸に設定してデータを分析した際に、状況が変わる境目となる特定の閾値(いきち)を見つけようというものです。

以前、スマートニュースと共同で行った分析では、同サイトの美容カテゴリー記事のPVランキングを、35歳から60歳まで1歳刻みで抽出しました。すると、読者の年齢が上がるほど「ショートヘア」を含む記事がランクインしていることが見えてきました。このケースでのボーダーラインは「47歳」で、この年齢を境にショートヘアへの関心がぐっと高まっていくことがわかります。

この分析では、アンケートなどに答えてもらうのとは違い、人の「無意識の行動」がこのような形で見えたことに大きな手応えを感じました。想像していた以上に、本音は行動に出るのだなと思いましたね。
佐藤
ビッグデータというと、n=1(個人)の声が抜け落ちてしまうのではないかというイメージがあるかもしれません。ですが「更新頻度が多い」という特性を生かして、1人の対象者を長期にわたって継続的に追うことができるのもビッグデータの特徴です。

ある30代の主婦のコロナ前後の投稿を追跡した調査では、コロナ下で生活や心境がどのように変化していったのかをビビッドに浮かび上がらせることができました。このように「個人の顔が見える」アプローチも取りうるという点について、デジノグラフィを評価してくださる方もいて、嬉しかったですね。

酒井
ビッグデータから新しい発見ができるかどうかは、分析手法の切れ味にかかっています。視点の設定が甘いと、わざわざ分析しなくてもわかっていたような、当たり前の結論で終わってしまう。まあそういうこと「ダヨネ」……というわけで、僕たちはこの現象を「ダヨネの壁」と呼んでいます

「ダヨネの壁」を突破するために大切なのは、どうにかして面白い発見をしてやろうという好奇心と、試行錯誤を楽しむ心を忘れないこと。

なお、『デジノグラフィ』では、先ほどの「ボーダーライン分析法」を含む、汎用性の高い10の分析技法を紹介しているので、ぜひ参考にしてみてください。

「1億総データアナリストの時代」がやってくる

――デジノグラフィを実践するのに、特別なスキルは必要ないのでしょうか?

酒井
近年、ビッグデータ分析はかなり民主化されています。

分析ツールについては、プログラミングのスキルがなくても直感的に操作できるようなツールが有償無償で利用できます。また、分析のベースとなるデータソースも、検索データ、位置データ、購買データなど、各種のオープンなビッグデータが提供されています。

ビッグデータ分析というと身構えてしまうかもしれませんが、検索データのボリューム推移を見ていったり、品目ごとの購買データを眺めたりするだけでも、いろいろな発見はあるものです。

先日、あるクリエイターの方がとても面白いお題を出してくれました。「違い」というキーワードと共に検索されている言葉にはどんなものがあるか?というものです。

検索ワード分析ツールで調べてみたところ、いくつもの興味深い事例が出てきました。「貴社と御社」「スワイプとフリック」「日射病と熱中症」「戦力外と自由契約」……世の中の人が区別がつかなくて困っているものはこんなにたくさんあるのか、と気づかされます。

こういう新しい発想は、データドリブンな人たちというより、外周にいる人たちが持っていることのほうが多いんですよ。

佐藤
私自身も営業出身なので、最初からデータ分析の専門家というわけではなかったのですが、検索ワード分析をいろいろ触っているうちに気づいたことがありました。

「使い方」というキーワードとセットで調べられている言葉を見ていると、「御中」や「各位」といった言葉の使い方を調べる人が多い。しかも、2020年に入ってそのボリュームが急増しています。つまり、コロナ渦中で言葉へのセンシティビティが増しているという実態が見えてきたのです。自分なりの視点でビッグデータから生活者の意識変化を発見できたということに、デジノグラフィの間口の広さを感じました

もちろん、エクセルでデータ分析ができるくらいの基本的なスキルは必要ですが、それ以上に重要なのは、そこに「新しい視点」を組み合わせることだと思います。

テッキーなアナリストがゴリゴリ処理していくタイプのデータ分析とは違い、「何でもあり」なのがデジノグラフィ。方法論が確立しているわけではなく、トライアンドエラーを繰り返しながら発展している段階です。その意味では「未開の地」なので、ぜひ職種を越えて、営業やクリエイティブの人たちなどに参入してほしいですね。冗談ではなく、これからは「1億総データアナリストの時代」になると思います。

「第三者」の視点が新しい価値を生む

――今後、デジノグラフィはどのように発展していくと思いますか?

より多くの業界や職種とコラボし、使えるデータの種類が増えていくことで、デジノグラフィ自体がもっと多角的になるだろうと考えています。

現に今も、あちこちのデータホルダーと新しく協働してパートナーを拡大しているところです。デジノグラフィ的なフィルターを通せば、各業界が持っているデータから思いがけない発見を得ることもできるはずです。

データホルダーの方がよく言われるのは、ビッグデータの活用で施策の最適化は可能だが、なかなか新たな気づきにまで辿り着けない、という課題です。そこに、「第三者」である私たちの視点や問いを提示したときに、新しい発見が生まれるという実感を強く持っています。

たとえば、メルカリ総合研究所と共同で行った研究では、「生活者はどんなモノを、人生のどんなタイミングで融通しあっているのか?」という問いのもと、フリマアプリ「メルカリ」の取引データから、商品カテゴリーごとに出品者と購入者の年齢分布を分析してみました。

すると、「ベビーカー」の取引では、出品者と購入者の年齢分布の線が、きれいに2歳分ほどズレており(出品者のほうが年上)、先輩ママから後輩ママへ「おさがり」するカテゴリーだということが見えてきます。

一方、お茶やコーヒーなどの嗜好品では、若年層から年長者へと「逆おさがり」する傾向が見られ、贈答品を自宅で使い切れない下の世代から上の世代へとモノが循環している様子が見て取れました。このような、現代の「おさがり文化のリアル」を可視化できたのは大きな収穫だったと思います。

デジノグラフィでは、A業界のデータをB業界の人が見ることによって新たな価値が生まれることがよくありますし、逆もまたしかりです。あるいは、A業界とB業界のデータを組み合わせることでも、新しいものが見えてくる。今後も、もっと多くのデータホルダーの方に参加してほしいと願っています。

酒井
僕としては、今後、デジノグラフィがリサーチの「基本動作」になるといいなと思っているんです。

デスクリサーチでは、最初のステップとしてまずネットで検索しますよね。それと同じような感覚で、「Googleトレンド」などの分析ツールで検索ワードの人気推移を調べてみたり、「V-RESAS※2」で人出の多さを見たりしてみる。あるいは、お客さんの声をテキストデータで集めていたら、それを文章解析ツールにかけてみる。こうした動作がスタンダードになれば、とても面白いことになると思います。

※2:V-RESAS=新型コロナウイルスの流行抑制と経済再活性化のための情報提供を目的として、各企業から提供された人流データや消費データを一元化しているサイト

会議や打ち合わせでも、その場で検索したり、ツイートを見たりすることで、議論が活性化することがありますよね。

同じように、何か問いが立ち上がったときに、その場で分析して、その場でシェアできるのはビッグデータの長所です。アンケート調査などの場合、発注して回答が戻ってくるまでに、どうしてもタイムラグが発生してしまいますから。

プランニングプロセスの最初の段階で、さまざまなデータを即時的に分析できれば、新しい発見やアイデアにつながるはずです。これは、今後のマーケティングの新たなスタンダードになっていくのではないでしょうか。

 

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  • 博報堂生活総合研究所 所長代理
    1993年博報堂入社。得意先のデジタルマーケティングに関わる業務に従事。2019年より現職。カンヌライオンズ、スパイクス、アドフェスト、ロンドン広告祭、文化庁メディア芸術祭グランプリなど受賞歴多数。
  • 博報堂生活総合研究所 上席研究員
    2005年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。2012年より現職。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。
  • 博報堂生活総合研究所 上席研究員
    2004年博報堂入社。飲料、食品、製薬、化粧品など様々な企業の商品開発、コミュニケーション戦略立案、ブランディング業務に従事。2019年より現職。