2020年上半期チャートから見るTikTok起点型ヒット~ ヒットの鍵は、参加したくなる“余地”と共感をつくる”余白”~
消費者動向やメディア動向をもとに、コンテンツの消費動向の調査や新規事業の支援などを行う、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズの共同プロジェクト、コンテンツビジネスラボ。現在、彼らが取り組んでいるのはビルボードの総合チャートを構成する、CD売上枚数やストリーミング、Twitterなどのデータから見える、ヒット予測研究だ。第4回となる今回のコラムでは、2020年上半期チャートを通じて見ることができるヒットの傾向について解説する。
※billboard JAPANの転載記事です。
Billboard2020年上半期チャートから見えるストリーミングシーンの変化
2019年の日本のストリーミングトップチャートは、1アーティストにつき複数の楽曲がランクインし、それらがロングヒットする、という傾向があった。しかし、2020年上半期を振り返ってみると、ストリーミングチャートはやや流動的になってきているように思える。今までチャートに名前を見かけなかったような、新たなアーティストたちの楽曲が急上昇し、トップチャートに並び始めたのである。彼らの楽曲は、気がつくとOfficial髭男dismやKing Gnu、あいみょんの楽曲を抜いているのである。ストリーミングシーンで指数関数的ヒットを見せた、YOASOBI、瑛人、yama、Rin音、それぞれの音楽ジャンルはバラバラだが、ひとつだけ共通点がある。TikTok起点でのヒットであるという点だ。
<表1: 2020年に新たにストリーミングチャートTOP100に入ったアーティスト>
表1は、2020年に新たにストリーミングチャートTOP100に入ったアーティストの中で、ストリーミングチャートの過去最高ランクが50位以内のアーティストの一覧である(2020/6/8までの最高チャートを記載)。この17アーティストのうち、半数以上はTikTok週間楽曲ランキングで過去に10位以内を獲得している。( TikTokにおける再生回数や影響力などを総合的に判断して生成された国内週間楽曲ランキング“TikTok HOT SONG Weekly Ranking”より) いかにストリーミングトップチャートとTikTokトップチャートが似てきているかということがわかる。
<図1: YOASOBI『夜に駆ける』のBillboard各指標推移+TikTok再生指数推移>
Billboardチャートの各指標の推移と、TikTokの再生指数の推移を照らし合わせてみると、TikTokとストリーミングが相互作用しているようなかたちで上昇をしているように見える。4月上旬にTikTokの再生指数の最初の急上昇が見られるが、その直後の4月20日付のチャート発表のタイミングで、YOASOBIの『夜に駆ける』はストリーミングチャートで21位から15位にまで急上昇している。さらに、次の5月中旬のTikTok急上昇の直後にストリーミングチャート指標も上がり幅が大きくなっており、グラフには記載していないが直後の6月1日付のストリーミングチャートでは初めて1位を獲得している。このように、TikTokの再生指数の上昇によりストリーミングチャートがジャンプアップしていく様子が見られた。TikTokでのヒットは、ストリーミングでのヒットをもう1段階アップさせるのに効果的な起爆剤となっているのかもしれない。今後、他のアーティストに関しても、これらの指標がどのような推移をするのか見守っていきたい。
そもそも、TikTokユーザーはどんな人たち?
まず、コンテンツビジネスラボが毎年実施している「コンテンツファン消費行動調査2020」(2020年2月実施)の調査結果から、TikTokユーザーがどのような人たちなのかを見ていきたい。本調査によると、TikTokは、調査対象者全体の利用率は5.1%程度であるものの、10代女性の利用率に限っていうと、30%を超えるサービスとなっている。
<図2:性年代構成比率>
さらに、図3を見てみると、ライブ配信サービスや、ライブやフェスなどのリアルイベントといった、ライブイベントについても音楽利用層全体に比べ利用率が高く、リアルタイムでコンテンツを楽しむことも好きであることもわかる。 他にも、TikTokユーザーのうち、ライブ配信での投げ銭を行なったことがある人は23.3%(音楽利用層全体は6.0%)と高い数値が出ており、今後、TikTokでライブ配信機能が正式に実装されれば、ライブイベントはさらに盛況となるかもしれない。
また、TikTokユーザーのYouTube利用率は81.9%と高く、約半数は毎日利用している。そして、ストリーミングサービスに関しても、約半数が利用している。(各サービスの利用率を図4に示す。)
このように、SNS利用率の高さと、YouTube、ストリーミング利用率の高さが、TikTok起点のコンテンツがその他の動画チャートやストリーミングチャートに影響を与える要因なのではないかと推察される。
<図4: 音楽関連サービス利用率>
TikTok起点型ヒットの鍵は、参加したくなる“余地”と共感をつくる”余白”
【参加の”余地”がもたらす、他プラットフォームとの親和性】
TikTok起点でヒットした楽曲の共通点に、TikTok以外のSNSや動画プラットフォームとも相性がよく、楽曲に参加しやすい”余地”があり、動画コンテンツとして様々な場所にシェアしやすい、という点が共通している。
まず、TikTokで作成した動画コンテンツのシェア。TikTokユーザーの構成比率を見てみると、10代女性が多くなっているが、この年代はInstagramの利用率は63.3%と高い(調査対象者全体は31.0%)。実際に、若年女性がInstagramにTikTokで撮影・編集した動画を載せているのをよく見かける。TikTokより多くのユーザーをかかえるInstagramへのバイラル的な拡散が、楽曲のヒットの一助となったのではないだろうか。
さらに、他の動画再生プラットフォームへのシェア。TikTok内での撮影・編集・投稿のみならず、TikTokで流行している楽曲の「弾いてみた/歌ってみた」動画は、YouTubeなどの動画投稿サイトやInstagram、TwitterといったSNSなど、様々な場所に投稿されているのを見かける。これは、上述のように、TikTokユーザーのYouTube利用率やSNS利用率の高さとも関係ありそうだ。このように、TikTok外でもヒットする楽曲は、他プラットフォームとの相性のよさがありそうだ。
その上で、「弾いてみた/歌ってみた」動画増加の背景にあるのが参加しやすい”余地”と考えられる。わかりやすい例だと、星野源の『うちで踊ろう』は、TikTok内だけでも1万本以上の動画に使われており、星野源のギターと歌声だけのシンプルな動画に、自分たちで真似やアレンジをして、個性を付け加えている動画が多く見受けられる。瑛人の『香水』についても、YouTubeやTikTokで【女性目線の】【歌下手の】【カップルで】など、いろんな人がアレンジを加えた動画を投稿している。ステイホーム期間であったこととも相まって、このような参加したくなる”余地”のあるコンテンツほど使われ、拡散されやすい傾向がある。
【解釈の”余白”がもたらす、いろいろな共感】
TikTokでは、楽曲がメインコンテンツというわけではない。むしろ、ユーザー自身の生活や恋愛体験といった“コンテクスト”がメインコンテンツ。つまり、background musicではなく、context musicの方がシェアしたい、と思われやすいはずだ。(“背景”という言葉にも、”コンテクスト”という意味はあるが。) SNSを見てみても、瑛人やRin音の楽曲の歌詞に共感するという声が多い。また、コンテンツファン消費行動調査2020の「音楽に対する重視点」を見てみると、若者ほど「歌詞」や「世界観/コンセプト」に対する重視度が高いことがわかる。
<図5: 年代別の音楽に対する重視点>
さらに、様々なシチュエーションに解釈できる歌詞により、幅広い共感を得られていることも、拡散に一役買っているだろう。実験的に、YOASOBIの『夜に駆ける」について、どういうシチュエーションの曲だと思うかと友人たちに尋ねてみたところ、”高嶺の花の女性に対する男性の片思いの曲”、”見えない不安に2人で立ち向かっている曲”、”闇を抱えた彼氏と彼女が2人で補い合う曲”、”カップルが喧嘩しても最後は仲直りする曲”…など、面白いことに、全員バラバラな答えが返ってきたのである。これは、「あえて具体的なシチュエーションを描かず、抽象的な歌詞にする」→「リスナーが、個々人の今までの経験や、その時置かれている立場、持っている悩みに合う単語を、歌詞の中から拾って組み合わせて解釈する」→「私のことだと思えて共感」という構造になっているためではないかと考えられる。実際に、何も知らない状態で楽曲を聴いた後に、『夜に駆ける』の元となった小説を読むと、一気に歌詞の解像度が上がるのがわかる。 このように、2020年上半期チャートのストリーミングシーンのヒットの背景には、余白のある歌詞にすることで、幅広い共感を獲得し、リスナーが拡大していったということが考えられるのではないだろうか。
6月28日に開催された、ビルボードジャパンとTikTokによる生配信ライブ【Billboard JAPAN|TikTok Special Live Streaming #MusicCrossAid】
では28万人以上もの人たちがTikTokでのライブストリーミングを楽しみ、盛況に終わった。今後も、TikTokにおける音楽ヒット動向には注目していきたい。
(※1) コンテンツビジネスラボとは
独自調査「コンテンツファン消費行動調査」の知見をもとに、近年企業のニーズが高まっているコンテンツを起点とした広告やビジネス設計の支援を行う専門チーム。企業やコンテンツホルダーが実施するコンテンツを起点とした広告コミュニケーションの設計支援や、新規事業・サービス展開のマーケティング支援等を行っている。博報堂のマーケティングプラナーと研究開発職員、博報堂DYメディアパートナーズのコンテンツビジネス開発の専門家などで構成されるメンバーは、スポーツ、ドラマ、アニメ、ゲーム、音楽など、さまざまなカテゴリの熱心なファンでもあり、コンテンツに対する豊富な知見と情熱を有している。
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博報堂 研究開発局 研究員2017年博報堂入社。コンテンツビジネスラボのメンバーとして、エンタメ領域のコンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット予測等にも従事。また、若者研究やAIを用いたマーケティング研究を行なっている。ARcloudを用いたサービス開発にも携わる。