『音楽の未来』レポート 博報堂「コンテンツビジネスラボ」~サブスクリプション時代における消費行動の変化とヒット予測とは?
株式会社ニューズピックスとBillboard JAPANによる、これからの音楽のあり方について考える【音楽の未来~NOW PLAYING JAPAN~】が、2019年8月から10月にかけて、全3回開催された。10月7日に開催された第3回目のカンファレンスでは、過去2回に引き続きモデレーターとして音楽ジャーナリストの柴那典氏を迎え、博報堂のプロジェクト「コンテンツビジネスラボ」で生活者の意識・行動を研究する博報堂 研究開発局 GMの木下陽介氏と、同局研究員である谷口由貴氏の3名が登壇。サブスクリプション時代における消費行動の変化とヒット予測をテーマにセッションが繰り広げられた。
※billboard JAPANの転載記事です。
サブスクリプション・ユーザーは世帯年収が比較的高い、有望なマーケティングターゲット
- 柴 那典
- 音楽のこれからを話すときは、3年くらい前までだと、「これからはストリーミングの時代になる」という結論で終わることが多かったですが、去年ぐらいから、それは未来ではなく現実になっています。ですので、日本ではまだまだCD市場が大きいですが、ストリーミングがこの先普及していくことに関しての議論はいらなくなった前提で、その先の話をしたいと思います。まず木下さんと谷口さんの調査で、音楽・映像・スポーツなどの様々な分野にあるサブスクリプションのサービスでは、ユーザーの消費意識に特性があることが分かったそうですが、そのあたりを教えてください。
- 木下 陽介(博報堂 研究開発局 GM)
- 簡単にデータを交えながらお話ししたいと思います。音楽のプラットフォームは色々あると思うので、OR条件でくくって調査すると、2019年2月では2,889万人がストリーミング・サービスを利用していて、CDやダウンロードで購入している人よりも多くなっています。そして、CD・ダウンロード・ストリーミング利用者の重なりを見てみると、ストリーミングのみの利用者が全体の音楽利用者の中で約半分を占めています。これを見るだけでもストリーミング・サービスがかなり音楽のインフラになってきたことが感じ取れると思います。
- 木下
- 次に、どのような人がストリーミングを使っているかを性・年代で見てみると、30代・40代も多いのですが、男性10代・20代と女性10代・20代が全体の4割を占めており、比較的若い人が使っていることがわかります。さらに特徴的なのが、ストリーミング・ユーザーの世帯年収が普通の音楽利用層と比較すると高いことです。
- 木下
- つまり、ストリーミングは音楽ファンにとって重要なインフラとなり、さらに若年層の利用者が多く、実はその人たちはお金を持っているターゲットであることがわかります。若年層を攻略するにあたっては、“若者はお金がない”という点がマーケティングにおいて課題になっているのですが、実は「サブスクリプション×若者」だと比較的お金を持っていることになります。ですので、ビジネスをする上で非常に重要なターゲットなのではと思っています。
- 柴
- お金を持っているからサブスクリプションのサービスに毎月1,000円払えると考えることもできますね。
- 木下
- そこもあると思います。ただ、無料でストリーミングが利用できる場合もあるので、全然お金が取れないのではないかという話を結構聞くのですが、意外とそうではないことが今回の調査で分かります。
- 柴
- 音楽業界では、10~15年前くらいから「音楽にお金が払われない」とよく言われていました。ですが、これは僕の肌感覚ですが、払わない人は昔から払わないと考えています。テレビの歌番組を見ていた人もテレビにお金を払っていたわけではないですし、宇多田ヒカル『First Love』は約700万枚売れてメガヒットになりましたが、700万人というのは当時の人口で考えると大体100人中7人です。なので、そもそも音楽にお金を払う人はボリュームゾーンではないというのが僕の考えです。ですので、サブスクリプションはお金を払うゾーンに選ばれていると僕は捉えています。
- 木下
- 僕らも最初に調査していたときには、“vs CD”みたいな構図になるのかなと思ったのですが、実はそうではなかったというのが大きなポイントかなと思います。
- 柴
- サブスクリプション・ユーザーの消費意識に関して、もう少し詳しく教えてください。
- 木下
- こちらもデータを基にお話ししていきたいと思います。これは先ほどの世帯年収の話と関わってきますが、音楽に対して年間どれくらい支出しているのか聞いたところ、サブスクリプション・ユーザーは音楽利用層の約1.5倍と、かなり大きな金額になっています。さらに我々の調査では、どこにお金を使っているのかを、放送・マルチデバイス(有料課金)・リアルイベント・パッケージ・レンタル・雑誌・グッズなどに分けて調査したところ、非常に面白いのが、有料デバイスの課金だけでなくリアルイベントのライブやパッケージ、そしてグッズにもお金を払っていることが分かります。また、音楽以外のコンテンツにもお金を払っているか調査したところ、ゲームであったりスポーツであったりタレントであったりと色々なところに支出していて、コンテンツ全般への支出に明るい層であることが分かります。さらに、ユーザーの意識で特筆すべきなのが、「今まで利用していなかった新しいコンテンツを利用することが増えた」という声や、レコメンドの精度に関しては色々言われているものの「コンテンツ提供サービスのレコメンドを利用することが多い」という声が普通の利用層より多いことです。
- 木下
- まとめますと、やはりストリーミング・サービスのユーザーは新しいアーティストとの出会い求めていることが分かります。これまでの10代への音楽マーケティングといえば、やっぱりCMソングやドラマのタイアップでした。そこから新しいアーティストを知り、CDを買い、ファンになった人はライブに行くという感覚だったと思います。ですが今、ストリーミング・サービスがまず音楽の基地みたいになっていて、そこで音楽を聴いてからグッズを買ったりCDを買ったりライブに行ったりするのが音楽行動の基本になっているのではないかということが1つ仮説として出てきます。なので、ストリーミング・ユーザーに対してアーティストのエンゲージメントを高めることが出来ていれば、CD・グッズ・ライブへの消費喚起は十分に可能だと考えています。さらに、ほかのコンテンツへの消費意欲も高いので、コンテンツコラボレーションみたいな企画も有効だと思います。
- 柴
- 僕からの補足ですが、音楽ストリーミング・サービス自体がプラットフォームを指向している動きがあります。例えばSpotifyは、自身が推すニューカマーをセレクトしたライブをやっています。また、日本ではローンチされていないですが、海外ではYouTube Musicからチケットやグッズが買うことができる導線もあります。つまり、ストリーミング・サービスでアーティストを聴くことは、そのアーティストをお気に入りに登録することにつながり、そこから登録したアーティストの音源以外の情報がユーザーに届くようになっています。なので、ストリーミング・サービスはひとつのハブになっている。その結果としてCDはTシャツやポスターなどと並んでグッズの1つになると僕は思っているのですが、そのあたりはいかがでしょうか。
- 木下
- ここはディスカッションしたいポイントになってきますが、今でもストリーミングを解禁していないアーティストがいたり、ストリーミングとVRなどの先進的なテクノロジーを使ってエクスペリエンスを提供するような事例が少なかったりすると僕は思っていまして。Billboard JAPANさんとSPACE SHOWER TVさんが企画・制作しているライブイベント【NOW PLAYING JAPAN】では、音楽ストリーミング・サービスで最も再生数の多い1組がイベントに出れるという企画をやっているのですが、例えばそういったストリーミングを絡めたライブイベントに来た人にしか買えないプレミアムCDをセールスすることをリンケージする、そういった事例がまだまだ足らないなと思っています。そのあたり、柴さんのご意見を伺いたいなと思っています。
- 柴
- ストリーミング・サービスは日本だと2015年くらいにローンチされて、CMなどではストリーミング・サービスのキャッチコピーとして「聴き放題」という言葉が使われていたと思います。聴き放題ということ自体はサービスの打ち出しとしてもちろん正しいのですが、実は魅力はそこではないと僕はずっと思っていまして。「ストリーミング・サービスだと何百万曲が聴き放題」と言われても、実際に何百万曲も聴けないですよね。むしろ、まだ知らないけど聴いたら好きになるタイプの音楽にどう出会わせてくれるのか、そして、その導線をサービス側がどう提供してくれるのかがリスナーにとってすごく重要なはずです。CDを売るのとストリーミングで聴いてもらうのはどちらもアーティストやレーベルにとって利益になる以上、新曲と出会い、ファンになってもらうための導線がまだしっかり整備されていないという状況は問題提起としてありうると思います。
- 木下
- ストリーミングのランキングの上位にどのようなアーティストがいるのかとか、こんなプレイリストに入っている曲は何なのかとか、レコメンドで新しい曲を教えてもらうとかの情報をリスナーは本当に求めているんですよね。ここは、今までのテレビ番組の主題歌と同じ構造だと思っているので、この先どのように工夫していくのか議論が必要です。加えて、ストリーミング・ユーザーはSNSを比較的使っているというデータが出てきているので、例えばハッシュタグを使って何かマーケティングするなどといった新しいことを考えていく必要があります。
コンテンツビジネスラボとは
独自調査「コンテンツファン消費行動調査」の知見をもとに、近年企業のニーズが高まっているコンテンツを起点とした広告やビジネス設計の支援を行う専門チーム。独自に提唱する「コンテンツファン発火モデル」を用いて、企業やコンテンツホルダーが実施するコンテンツを起点とした広告コミュニケーションの設計支援や、新規事業・サービス展開のマーケティング支援等を行っている。博報堂のマーケティングプラナーと研究開発職員、博報堂DYメディアパートナーズのコンテンツビジネス開発の専門家などで構成されるメンバーは、スポーツ、ドラマ、アニメ、ゲーム、音楽など、さまざまなカテゴリの熱心なファンでもあり、コンテンツに対する豊富な知見と情熱を有している。
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柴 那典音楽ジャーナリスト
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博報堂 研究開発局 木下グループ グループマネージャー
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ グループマネージャー2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より現職で、現在データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、Vision-Graphicsシリーズ, m-Quad, Tealiumを活用したサービス開発、得意先導入PDCA業務を担当。またAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。
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博報堂
研究開発局
研究員2017年博報堂入社。研究開発局で研究員として、データを活用したマーケティングサービス開発、生活者DMPを活用した生活者研究を行っている。注力研究領域は若者研究やAI技術を用いたマーケティング研究。また、コンテンツビジネスラボのメンバーとして、コンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット予測等にも従事。