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海外から始めるデータドリブンマーケティング、成否を分けるのは「体制構築」
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海外から始めるデータドリブンマーケティング、成否を分けるのは「体制構築」

今、“データドリブンマーケティング”の潮流はグローバルで進行しています。欧米や日本ではもちろん、中国・インド・ASEAN諸国という多様な文化を擁するアジア圏でも同様です。日系企業の海外マーケティングでもデータドリブンマーケティングがベースになりつつありますが、現地の市場や生活者について知見を確保したり、システムを提供するパートナー企業を把握したりと、日本での展開とは異なるハードルが多いのが実情です。本稿では、海外でのデータマーケティングを成功に導くカギであり、経営者やCMOの大きなテーマにもなっている「マーケティングスタック(マーケティングテクノロジースタック(Marketing Technology Stack)=マーケティング基盤)」について、博報堂データドリブンマーケティング局でグローバルデータドリブンマーケティングに携わる林政博と淮田哲哉が解説します。

ひとつのソリューションでまかなえる時代は終わった

我々は数年前から日系企業の海外でのマーケティングスタックを構築・運用するお手伝いをさせていただいていますが、この2、3年でマーケティングスタックの重要性は急激に増していると感じています。背景にあるのは、ひとつのソリューションや1社のベンダーのツールですべてをまかなえる時代ではなくなっていることです。細分化した領域で優れたソリューションがいくつも登場している中、現地の多様な生活者に対応するためには、ベンダー任せにせずに企業側が主体的に各領域で必要なシステムを選んで組み合わせることが、最適なマーケティング環境を構築することになります。その点で、スタック=積み重ね、という意味がますます重要になっているのです。

ただし、なにもシステムを組み合わるだけが“マーケティングスタック”ではありません。むしろ、システムだけでは乗り越えられない壁が、データドリブンマーケティングの運用において海外では数多く存在します。国内でも同じですが、一見万能に思えるソリューションを導入したところで、体制やワークフローがあいまいだったり、現場での本当に細かい判断基準が明確になっていなかったりという理由で、肝心の運用が立ち行かないケースが多く散見されます。また、こういった運用を支援するパートナー企業を見つけるのは日本に比べると簡単ではありません。

そこで我々がお手伝いさせていただく際は、システム選び以上にグローバルの体制づくりを大切にしています。後に詳説しますが、日本とローカルの融合をベースに、経営層と現場という縦の融合、そしてマーケティングと販売や営業といった部門間の横の融合がポイントになってきます。またもうひとつ大切にしているのは、システムから始めないことです。システムありきで体制やワークフローを検討するのは本末転倒です。そうではなく、ビジネスゴールから設計していくことが、しっかりと機能して狙う成果を上げられるマーケティングスタック構築には必要不可欠です。

博報堂データドリブンマーケティング局 林政博

デジタル化の波が一気に押し寄せているアジア

我々はグローバルでも現地拠点と密にやり取りをしてクライアントをサポートしていますが、やはりこの数年で案件数が多いのはアジア圏です。まず、アジアの市場環境の変化を紹介すると、前提として「デジタル化の波が一気に押し寄せている」ことが大きいです。年齢層が若く、新しい仕組みが物凄いスピードで取り込まれ、使いこなされています。裏を返せば、日本以上にデータドリブンマーケティングが有効といえるかもしれません。そうした状況を把握し、地域ごとの文化や環境へローカライズしながら、ブランドメッセージの統一などグローバルでの水平展開もおこなう、独自と水平のバランスの見極めが求められます。

現地企業の判断も、非常にドラスティックです。決済ひとつにしても、日本であれば「高齢者やスマートフォンを持っていない人への選択肢も用意しなければならないから、、、」といった逡巡があるところ、そうした感覚がありません。先日訪れた中国のとあるカフェでは、現金はおろかWeChat Payすら扱ってくれず、注文も決済もすべてアプリで成立していました。日常生活の中にアプリやQRコードが浸透しており、キャンペーンやプロモーションでも日本以上に使われているので、これらの生活者向けの施策と連動する形で、マーケティングオートメーションやDMP、CDPといったソリューションの認知や導入も広がっています。

海外から先行するマーケティング改革

そうした現地の変化の一方で、日系企業のマーケティングに対する向き合い方も変化しています。大きな点は、これまで断絶しがちだった購買の前と後を一気通貫で把握し、費用対効果を明らかにしたいという経営層のニーズが高まっていることです。どのセグメントにどのメディア・素材でいくら分の広告に接触してもらえれば、いくらの売上が確保できるのか、実測値ベースで計画し管理できれば、経営計画や投資判断をより正確におこなえます。
様々なソリューションにより、今では顧客行動をかなり精緻に可視化できるようになりました。購買の一歩手前まで、コミュニケーションの因果の詳細な把握と予測・検証ができるようになっていますし、実際にマーケティング・コミュニケーションの中ではネット広告やデジタル施策の効果測定指標が充実してきています。一方で購買後のプロセスは、これまでも販売数の計測と管理がおこなわれてきました。この2つは、ECに関しては早い段階から統合管理されてきましたが、オンラインで完結しない業種についても同様の動きが拡大しつつあります。

特に海外でのマーケティングで特徴的なのは、日本国内本社よりも海外拠点のほうが組織がコンパクトで、数値の管理などにおいても部門間のハードルが低いことが多く、上記のような一気通貫での数値の把握や体制づくりがしやすいことが挙げられます。日本本社と違って組織自体が新しく、既存のシステムとの干渉も少ないため、システム導入の決断のスピードも早く行える場合もあります。加えて、ひと昔前に比べて経営層が説明責任を問われることが増えているので、テクノロジー的に購買前後をつなげやすいという点に加えて、意識の点でもマーケティング投資をしっかり評価してPDCAを回してどんどん改善していこうという動きが加速しています。
決裁者が比較的若いことも、推進力のひとつの要素だと思います。こうした事情から、国内本社に比べて知見も実績も少ない海外の組織のほうが、むしろデジタル時代に合った組織を構築してデータに基づいて売上を伸ばし、そこで模索・確立した新しい手法を逆に日本本社で採用する……といったケースも生まれています。

実行に落とし込むには膨大な決定事項がある

とはいえ、スムーズに運んでいる例は多くはありません。直近で我々のクライアント企業や、新たにお声かけいただいた企業の課題を聞くと、現実的な悩みとして次のような話が挙がります。

「現実的な悩みの一例」

個別の業種業態によっては、まだまだあります。当然ながら、これらに対する唯一の答えは存在しません。各社の状況と、進出する各国の状況に応じて、最適解はケースバイケースです。
前述のように、「テクノロジーで可視化・連携できるのだから、一気通貫で見て投資判断をすればいい」という考えは、概念としては皆が理解できるものだと思います。ですが、それをいざ実行に落としていくには、概念だけではなかなか進まないものです。

ASEANにおけるメーカーの事例

先にひとつ、事例をご紹介したいと思います。システムだけでなく、システムと人手によるオペレーションを組み合わせたワークフローの重要性が際立っていたケースです。
ASEANに拠点を持つ、あるメーカーは、過去に現地であらゆるキャンペーンを実施してきたものの、その計画と結果を“売上貢献”として明確に数値管理できておらず、施策からの客観的な学びを得られないままキャンペーンを繰り返す自体に陥っていました。経営層はこれをコストの浪費ではないかと問題視しており、その解決をCMOが担っていたものの、現場組織では、マーケティング、商品開発、製造、営業、販売、CRMなどの組織が、海外ではよくある顕著な縦割りになっており、部分最適・改善には着手しているものの、各組織のローカルスタッフへの浸透も難しく、根本的な策を講じられる状態にありませんでした。
我々はCMOとディスカッションを重ね、デジタル化やデータというテックな要件にいきなり入るのではなく、まずは商品発売に際したマーケティングストラテジーやターゲットの規定、KPIの設定を行うことでビジネスゴールを明確化しました。
次に、そのゴールに向かうためには販売やコミュニケーションでどのような施策を実施する必要があるのか、そしてそのためにはどの様な体制と基盤が必要かを検討しました。

上記の検討プロセスを通して、以下がテクノロジーを活用して基盤化すべき優先要件との見解に至りました。

  • ユーザーID単位のオンライン行動データと、購買履歴やイベント来訪のオフラインデータの統合
  •  統合データの活用ができる仕組みの構築と、キャンペーン流入者の購買を可視化
  • 常時運用できる体制の構築

その上で、マーケティング部門以外のローカルスタッフの方々からもヒアリングを重ね、現在どの組織がどのようなデータを取得しており、どんなシステムを導入し、どのようなワークフローでデータ分析や管理がされているのかを把握しました。これらのデータや仕組みは大事な既存リソースなので、有効に組み込みながら、また人の手によるオペレーションのほうが効率的な部分など、変更が難しい/変更しないほうがいい要素を見極めながら、そのメーカーのローカルスタッフの方々が実際にオペレーションできる持続稼動が可能なマーケティングスタック=マーケティング基盤を設計しました。

この企業の場合、具体的に購買の可視化を最優先して、すでに一部の組織で活用が始められていたPaaS(Platform as a Service アプリケーションを構築・稼働させるためのプラットフォームを、インターネットを介して提供するサービス)環境上のデータベースに統合し、オンライン行動から店頭購買までの各ファネルの顧客人数やプロフィール分布などを集計できる環境を整え、その集計・分析の現地ローカルスタッフ体制を構築しました。結果、経営層にはキャンペーンでの流入と売上を連携して提示できるようになり、施策の評価や変更の判断、生産計画などのへのフィードバックが迅速におこなえるようになりました。

現在はマーケティングオートメーションを導入し、コミュニケーションの自動化や、IoTサービス開発にも取り組んでいます。

海外マーケティングスタック構築の具体的なプロセス

例えば我々が入らせていただく場合は、以下の図のようなプロセスで海外のマーケティングスタックの構築と運用を進めています。

海外マーケティングスタックの構築と運用プロセス

クライアント企業の中で要件定義やストラテジーの検討が進んでいる場合は、中央の「開発」の段階から始めます。開発を推進する上で重視しているのが、我々もメンバーに加わる会議体の設計です。実施施策の開発と並行して具体的なステップを細かく洗い出して現実的なワークフローを組み、システムで効率化・自動化する部分とオペレーションに頼る部分の両方を検討してマーケティングスタックの構造をクライアントの様々なセクションから参画するプロジェクトメンバーの方々と共に検討を重ね設計します。そしてシステム開発と導入、オペレーションの設計と体制整備を経て、実際の施策実施、評価改善のサイクルを回すという運用に入っていきます。

その前段として、企業内でビジネスゴールが明確になっていない場合は、図の左端の「現状把握と方針整理」から関わらせていただいています。冒頭で我々が重視する2点「関係者間の融合」「ビジネスゴールから考える(システムから始めない)」をご紹介したように、大きなシステムを入れて一気に“箱”をつくり、後は企業に返す方法は取っていません。体制を含めて運用が海外でも長期的に機能するように、最初はクイックな実証実験やPoC(Proof of Concept)を行い、現地に最適な方法を選択・設計するので、リスクも最小限に抑えます。だからこそ、進出するなら一刻も早い方がいいということも言えます。

博報堂データドリブンマーケティング局 淮田哲哉

海外マーケティングスタック構築の5つの重要な点

ここまでの事例やプロセスの中で、部分的には触れてきましたが、改めて海外のマーケティングスタック構築において我々が重視している点を5つにまとめました。

「博報堂が重視する5つのポイント」

これらに対し、ネイティブのスタッフを含めて各国に精通したメンバーを中心に、ワークフロー、ビジネスコンサルティング、ストラテジー、システム、データ、メディア等の各専門領域のメンバー編成で取り組んでいます。グローバルは各国ごとに市場環境も異なり、日本の知見の活用にも限りがあるので、各国での実践を応用しながらナレッジを開発しています。

上記において特に要になっているのは、先のプロセス図の中央でも紹介している、3の会議体の設計です。会議体は大きく2種類設定することが多く、毎週~隔週レベルで討議する現場レベルの会議と、毎月~隔月で情報共有し意志決定をあおぐ経営レベルの会議があります。特に前者では、先ほど述べたような駐在スタッフと現地スタッフ間、また部門間の乖離をなくし、ワンチームに融合させて着実にビジネスゴールに向かえるように推進していきます。

当然、両会議体の間も密にして、情報や指示の齟齬やタイムラグがないようにフォローしていきます。一般的にコンサルティング会社やマーケティング支援の会社などでは、現地駐在の経営層とは密ですが、現場レベルのオペレーション構築まで関与することは稀です。ですが、上層部と話をしていれば現場担当者まで話が伝わって実行されるかというと、そうとは限らないので、こうした2つの会議体の連携で進めています。

立場を超えて上下左右を融合させることこそ、マーケティングスタックがその先に機能するための要件です。同時に、戦略構築からエクゼキューションまでを人的なオペレーションを含めてサポートしてきた博報堂ならではの強みが発揮される点と自負しています。
どうしても、同じ会社内の当事者同士では密になりにくい部分も出てきます。そこに我々のような外部が入ることで、その客観的な視点や知見が活かされるだけでなく、それぞれの間をつなぐ媒介としても機能します。また、駐在スタッフがいずれ帰国することを踏まえると、人が変わってもノウハウを共有しPDCAを円滑に回す上でも、外部の存在は役立つと考えます。

グローバルのダイナミズムと、近未来のマーケティング変化のトレンド

最後に少しだけ、アジアおよびグローバルで起こっているトレンドについて触れたいと思います。
まずアジアについては、マーケティングやテクノロジー進化のスピードが、加速しダイナミズムが増していっています。アリババやテンセントを始めとするEコマースやOMO(Online Merges Offline)、またそれに続く、DiDi(滴滴)やMeituan(美団)、小紅書などのサービスが続々と誕生し、アジアやインドでも、GrabやGojek、OlaやPaytmなどモビリティサービスやデリバリー、電子決済サービス企業が続々台頭し、欧米でもサブスクリプションやDtoC(ダイレクトtoコンシューマー)企業の流れなど、生活者の日常生活行動が大きく変わる動きが、世界同時進行で進んでいます。

こうした近未来のビジネス変化も踏まえて、我々は日々各国の拠点でクライアントのビジネスをサポートしています。製造業などすでに我々の構築・運用実績のある業種を中心に、一連のプロセスのソリューション化もおこなっております。
今後も知見を蓄積し、随時発信していきますので、お役立ていただければと思います。

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  • 博報堂 データドリブンマーケティング局 グローバルデータマーケティンググループ
    1997年博報堂入社 情報システム部門、対得意先向き合いのインタラクティブ部門、CRM専業子会社への出向など、入社以来、常にシステム・デジタル・データに関わる業務に従事し、現在はグローバルでのクライアントのマーケティングスタック構築の支援や博報堂現地拠点のマーケティングシステム基盤強化を担当している。
  • 博報堂 データドリブンマーケティング局 局長代理 グローバルデータマーケティンググループ グループマネージャー
    博報堂のフィロソフィーである生活者発想を軸に、デジタルやデータを活用したマーケティング領域の戦略プランニング、マネジメント、事業開発、イノベーション、グローバル展開を担当。自動車、IT、精密機器、エレクトロニクス、EC、化粧品業界を中心に、デジタルシフト、データ分析、DMP活用、データ基盤構築、組織開発など、マーケティングの高度化を支援。アジア、中国、インドの海外業務やテクノロジー動向にも精通。