AI技術×生活者発想で、コミュニケーションは進化する!<後編>
IoTとAI技術(Artificial Intelligence Technology、以下AI)は人間をより深く理解するためのツールであると、Preferred Networks(以下、PFN)社長の西川徹氏は言います。その技術は、生活者とのコミュニケーションのあり方をどのように変えていくのでしょうか。西川社長と博報堂DYホールディングス取締役常務執行役員の中谷吉孝が語るマーケティングの未来。その後編をお届けします。(前編はこちら)
「広告」とは異なる新しいコミュニケーション
- 中谷
- インターネットの普及とIoTの進化によって、人の行動履歴を膨大なデータとして取得できるようになりました。これは、博報堂DYグループが一貫して大切にしてきた「生活者発想」をより強化する基盤ができたことを意味します。データによって生活者の行動をより深く知ることができるようになったからです。では、それによって私たちの本業である広告・マーケティングビジネスはどう変わっていくのか。その点については、まだまだ未知数のところが多いと感じています。
- 西川
- 私は、IoTの本質はサイバーとフィジカルの境目をなくすところにあると考えているんです。さまざまなデバイスがインターネットにつながるということは、そのデバイスのすべてがフィジカルな世界に生きる生活者とサイバー空間のインターフェースになるということですよね。そこからデータを取得できることはもとより、そのインターフェースを通じてこちらからアクションを起こしていくこともできます。
課題は、今後激増していくその多種多様な接点において、生活者が必要とする情報を、いかに生活者が心地いいと感じるタイミングで発信していくかです。その情報は、これまで「広告」と呼ばれていたものとは違った何かになっていく可能性があると思います。
- 中谷
- 情報がうまく伝わるだけでなく、それによって生活者が便利にならなければならないし、ビジネスの観点から見れば、それが購買などの行動にダイレクトにつながっていかなければならない。そう考えると、確かに「広告」という言葉では表現できない新しいコミュニケーションが生まれる気がします。ひと言でいえば、あらゆる接点で生活者に「情報刺激を与える」ということですが、そのためには「人を理解する」ということに改めて取り組まなければならないのでしょうね。
深層学習が隠されたインサイトを導き出す
- 西川
- その人間理解において深層学習が力を発揮することになるのだと思います。深層学習の強みは、雑多な情報をひとまとめにして分析できる点にあります。個々のデータを分析して、個別に解答を出していくのではなく、異なる種類のデータをいっしょくたにして分析する。それによってデータ間の潜在的な関連性を見いだすことができるのが深層学習が持つ可能性です。人間の内面の奥深いところにある琴線に触れるようなコミュニケーションの方法が、そこから見つかるかもしれません。
- 中谷
- 人間には見出せないような共通性や法則を深層学習が発見する可能性があるわけですね。
- 西川
- ええ。データの処理能力という点で、AIは人間をはるかに上回っています。人間が読み解くのが困難な異なる種類の膨大なデータを短時間で処理し、分析することが可能です。
例えば、私たちはがんの研究に深層学習を活用しています。これまでの経験で、一種類のがんではなく、いろいろながんの情報をまとめて入れ込むことによって分析の精度が上がるケースがあることがわかっています。異なるがんの共通性を機械が勝手に見出してくれて、そこから新しい視点が得られるわけです。これはおそらくマーケティングの領域でも同じで、異なるデータからこれまで見えなかった生活者のインサイトが導き出される可能性があると思います。
- 中谷
- 人間が面白いのは、同じ人に同じメッセージを発しても常に同じ反応が返ってくるわけではないという点です。時間や場所や気分などの要素が変わることによって、反応や行動も変わってきます。いわば「モード」が切り替わることで人は変化するということです。ということは、より積極的で、ものが欲しいというモードになっている人に有効にメッセージを発することができれば、購買などのコンバージョンにつなげられるということです。それを私たちは「HOT度」という言葉で表現しています。HOT度が高まっている人にどういうアプローチをすればいいのか。それを見極めるツールとしてAIをうまく使うことができれば、マーケティングの精度は格段に向上すると思います。
- 西川
- 人間特有の曖昧さや複雑さに対応するコミュニケーションの方法を、AIを活用して見出していくということですね。
- 中谷
- ええ。これはおそらくまだ誰も取り組んだことのない領域です。ここで成果を出すことができれば極めて画期的であると考えています。
テクノロジーと生活者をつなげていく
- 西川
- AIの波は、20数年前のインターネットの波と同じくらい大きなもので、これからの人々の生活に間違いなく大きな影響を与えていくと思います。AIの技術者である私たちは、たんに技術に磨きをかけていくだけでなく、AIが社会に受け入れられていく道筋をつくっていかなければなりません。それができれば、社会がAIを前提に設計されていくという動きも進んでいくはずです。
博報堂DYホールディングスとの協業は、AIを社会に馴染ませていくという点で非常に重要な意味をもっていると私は考えています。なぜなら、私たちは技術についてはある程度わかっていても、どういうものが生活者に受け入れられるかということをよくわかってはいないからです。その点について、まさしく生活者発想を重視してきた博報堂DYグループのみなさんに教えていただかなければならないと考えています。テクノロジーと生活者をつなげ、社会を本当に便利にしていくために力を合わせていきたいですね。
- 中谷
- AIとIoTの普及が進む現状は「第四次産業革命」と呼ばれています。私はこの「革命」によってこれまでのルールがいったんご破算になり、「さあ、ゼロからやってみろ」と言われていると感じています。
現在のビジネスを引き続き成長させていくことはもちろん大切ですが、これまでの枠組みにとらわれない斬新な発想で新しいビジネスを創り出していくことも必要です。私たちが長年培ってきた生活者発想をベースにしながら、PFNに最新技術を学ばせていただき、トライ&エラーを繰り返して未知の領域を開拓していきたい。そう思います。この革命は長い革命となるでしょう。これからもお互いの強みを掛け合わせて、チャレンジを続けていきましょう。
<終>
この記事はいかがでしたか?
-
西川 徹Preferred Networks代表取締役社長 最高経営責任者東京大学大学院情報理工学系研究科コンピュータ科学専攻修了。IPA未踏ソフトウェア創造事業「抽象度の高いハードウェア記述言語」採択、第30回ACM国際大学対抗プログラミングコンテスト世界大会19位。大学院在学中の2006年に起業、株式会社Preferred Infrastructureを設立。2014年、IoTにフォーカスしたリアルタイム機械学習技術のビジネス活用を目的とした株式会社Preferred Networksを設立。独自技術により、IoT時代に相応しい新たなネットワークアーキテクチャの確立を目指す。
-
博報堂DYホールディングス取締役常務執行役員博報堂の研究開発系で長く活動し、平成20年研究開発局長に就任。また平成22年博報堂DYホールディングス内に設立されたMTC(マーケティング・テクノロジー・センター)の初代室長に就任。データ、テクノロジー関連の開発・実用化促進を進める。現在、博報堂DYホールディングスおよび博報堂の取締役常務執行役員として、生活者DMPなどのデータドリブンマーケティング領域と、マーケティングシステム領域での様々な活動を主管し、その能力強化とビジネス推進を担っている。