データドリブン経営時代の採用試験―博報堂のデータ人材戦略【前編】
※本記事は『Insight for D』(インサイト フォー ディー)に2017年9月19日に掲載された記事を、許可を得て転載しています。
記事内容の要約
- 博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの新卒採用「Bコース」では、毎年異色の試験問題が出題される
- 試されるのはデータに隠されたヒントを読み解く力。これまで広告業界を志望してこなかったタイプの人材からの応募も期待
- 求める人材はデータ領域のスペシャリストではなく、“粒ぞろいよりも粒違い”という方針に沿った多様な個性
「暗号文を解読せよ」
「最強のじゃんけん10,000手を提出せよ」
「○×クイズ大会で優勝せよ」
「推しのどうぶつを選挙で当選させよ」
一見すると突拍子もない問いに見えるが、これは広告会社である博報堂/博報堂DYメディアパートナーズが新卒採用で出題する試験問題だ。両社は新卒採用において、基本的なプラニングスキルを問う「Aコース」の設問と並んで、高度なデータ分析や数学センスを問う「Bコース」という問題を選択式で提示している。広告会社である博報堂/博報堂DYメディアパートナーズがそのような問題による試験を行うことには、さまざまな狙いがあるという。その狙いを担当者に聞いた。
国家戦略のひとつでもあるデータ関連人材の育成
データに基づいて経営判断をくだす「データドリブン経営」という言葉が象徴するように、現在、マーケティング分野をはじめ、さまざまな業界や領域においてデータ活用が広がっている。このような状況のもと、データサイエンティストといった新しい職業が花形として注目されているものの、データ分析のスキルを持った人材の不足が大きな課題になっている。
政府としてもインダストリー4.0に対応するための人材としてデータサイエンティストの育成と確保を重要視しており、総務省が統計力向上サイト「データサイエンス・スクール」(*1)を開設するなど、国をあげてデータ分析を担う人材育成に取り組んでいるが、まだまだ人材は不足しているというのが実情だろう。
そのため、企業にとっていかにしてデータ活用にたけた優秀な人材を確保できるかは重要な課題であり、待遇や育成強化、グローバル人材を含む幅広い募集など、各社の人事戦略がこれまで以上に重要となっている。
新卒採用試験に「じゃんけん大会」や「暗号解読」を出題
大手広告会社である博報堂(*2)と博報堂DYメディアパートナーズ(*3)(以下、博報堂グループ)は、2015年度採用からユニークな新卒学生の採用コースを設けたことで注目されている。それは、「Bコース採用」と呼ばれるものだ。
新卒学生を対象にした総合職採用であることは変わりないが、Bコース採用の特徴は、応募者に一風変わった試験が課される点だ。
たとえば、2017年度の採用試験で出題された「超○×クイズ」。この問題は、応募者たちがエントリー時に回答した全60問の○×アンケートの回答データがベースになっている。応募者は、一部が「?」で伏せられた状態の回答データを手に入れ、伏せられた「?」が○なのか×なのかを予想することに挑戦する。「?」の数は実に16,000問。1問1問答えるのはほぼ不可能な○×クイズに挑まなければならないのだ。
2016年度には、出す手によって獲得点数が異なるジャンケンをほかの参加者と1万回行って勝率を競い合う「初夏のAIじゃんけん大会」、2015年度には、一見文字化けに見える問題文を解読するという「暗号問題」が出題された。
また最新の2018年度新卒採用は、どうぶつの国のおうさまを決める選挙、「どうぶつせんきょ」がテーマだ。応募者は、それぞれ「ゴールデンモンキー」「ジャイアントパンダ」「ダイオウイカ」の3種の立候補者いずれかのプロデューサーとなる。そして自分の推す候補者を当選させるための広告戦略を練り、互いに得票率を競い合ったという。
どの問題も、一見するとどう取り組めばよいのか頭を悩ます内容だが、いずれも共通しているのは、「データ」というヒントが与えられている点だ。
たとえば「じゃんけん大会」では、応募者はほかの参加者のじゃんけんの手を一部データとして見ることができる。このヒントから応募者は、ほかの参加者が採用している戦略の傾向を読み取り、その上をいく戦略を編み出すことが可能だという。
「超○×クイズ」では、「?」で伏せられていない部分の回答データがヒントだ。一般的にアンケートの設問は、互いに少しずつ相関している。設問の間の相関関係をデータから読み解くことができれば、たとえ「?」で伏せられていても一定の精度で○×を予想できるという仕掛けだ。
データのなかに隠されたヒントを読み解く――それがBコース採用試験で応募者が試されていることの正体だ。
こういった採用があらわすように、同社ではデータサイエンティストのような素養を持った人材を専門家として採用しているのだろうか。
「スペシャリスト採用? いいえ違います」
Bコース採用の意図について、博報堂人事局人事部マネジメントプラニングスーパーバイザーの西本裕紀氏は次のように述べた。
「Bコース採用は、単にデータ利活用のスペシャリストを求めているわけではありません」
意外とも思える回答だったが、ではこのような特殊な採用試験を実施しているのはなぜなのか。西本氏は、その意図を次のように説明してくれた。
「新卒採用は、博報堂と博報堂DYメディアパートナーズが合同で行っており、2社とも採用や人材育成に関して“粒ぞろいより粒違い”という方針を持っています。これは、人材の多様性を確保することが、異なる視点や新たなアイデアを育む素地(そじ)となり、結果として組織を強くするという考えがあるからです。そのなかでも、さらに毛色の異なる人材を採用するために生まれたのがBコースというわけです。
博報堂グループが定める中期経営計画においても“生活者データ・ドリブン”マーケティング対応力の強化などが挙げられており、ビジネスの成長領域として人材の採用も新卒・キャリア採用も含めて、強化していることには間違いありません。ただ、Bコースについてはさまざまに存在する学生の個性の1つとして捉えているつもりです。データ分析や解析の技術を利用した難問に対して楽しみながら挑戦心をかきたてられたり、自分なりに道筋をつけてアプローチできたりする学生は、これまでの広告会社の募集方法ではなかなか志望業界の選択肢としては検討されてこなかったのでは、と思っています」
Bコース設置の目的は従来にない「粒違い」な人材を集めることであり、決してデータサイエンティスト予備軍をつくるスペシャリスト採用が趣旨ではない。そのため、データ分析の技術が優れていたとしても、同社が求めるそのほかの基準に満たない場合は採用を見送ることもあるという。あくまでも総合職としての採用であり、実際に入社後の配属先もあらゆる部署に配属される可能性があるそうだ。
それでは、Bコース採用に応募してくる学生にはどのような特徴があるのか。
「傾向としては、比較的理系出身者が多いです。金融会社のアクチュアリー(*4)をめざしていた、研究室の推薦でメーカーに進むつもりだった、などです。もともと広告にさほど興味はなく、本当は自分の専門領域に沿った進路を選択するつもりだったけれど、問題が面白かったので受験してみて、そのうちに弊社に興味がわいてきたという学生は、一定数存在します。多様な学生が受験してくれたという意味では狙いどおりでした。
もちろん、統計などのスキルがあれば解ける問題なので、文系学生も一定数はいます。一部の専門知識に偏らない問題を出しているつもりなので、文系・理系に関係なく、難しい問題に立ち向かって試行錯誤のできる人にチャレンジしてほしいと思っています」(西本氏)
西本氏の話を聞く限り、たしかにBコースは、これまでにない人材――博報堂/博報堂DYメディアパートナーズの表現でいえば“粒違い”の採用に一役買っているようだ。
Bコースを突破した社員は何が違う?
Bコースは2015年度採用から実施されている。配属先や担当する仕事は、ほかの社員と同様に総合職として扱うため区別していないというが、他の社員との間で何らかの違いや影響は生まれているのだろうか。その点について、博報堂研究開発局研究員の熊谷雄介氏は次のように語った。
「Bコースは、正解のない答えに対してどうアプローチすべきか考えられる人材を見つけられるように設計しています。これまでの採用者のなかからは、そうした意図や期待に応え、クライアントとビジネスを進めるためのデータ分析ツールや、広告会社としての新しい武器や資産になり得るツールを開発できる人材が育っています」
また、Bコースの問題を突破して入社した社員が社内に与えている影響について、博報堂研究開発局研究員の坂井良樹氏はこう話す。
「“粒違い”という文脈でいうと、何かのコンテストやスポーツの大会で優勝した人、あるいは、デザイナー志望者であればすば抜けて絵がうまい人、といったように、自分にない能力やパーソナリティーを持っている人はリスペクトされますよね。Bコースでの採用も同様で、他の採用者にはないスキルというか、能力を持っているんです。そういう人材は一緒に仕事をしたいと思いますし、組織としても新たな引き出しができるので楽しいです。同期だけではなく先輩社員にも影響を与えており、すごくいい化学反応が起きています」
Bコース採用は、理系出身者が多く、難問に対して熱意を持って取り組み、すでに新たな分析ツール開発でも成果を出し、ほかの人にはないスキルを持っている――話を聞くと、結果としてはデータ活用のフィールドで活躍している社員も多く、広告会社のビジネスモデルの変容にも大きく寄与しているようにも思える。
後編では、Bコース入社組によって生み出される組織のシナジーはどのようなものか、またデジタル時代のマーケティングの専門家集団として求められるものは何かについて掘り下げていく。
この記事の後編を読む
注釈:
(*1)「データサイエンス・スクール」(外部サイト)
(*2)「博報堂」(外部サイト)
(*3)「博報堂DYメディアパートナーズ」(外部サイト)
(*4)「アクチュアリー」:数理の専門家。保険会社や官公庁などで、保険や年金の料率設定などに携わる。高度な数学的素養が要求される。
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博報堂人事局人事部マネジメントプラニングスーパーバイザー2009年に博報堂に入社。コーポレートコミュニケーション局(現・PR戦略局)にて食品会社、通信会社、飲料会社などの広報・情報戦略の立案、PRプラニングなどを担当。その後、TBWA HAKUHODOや博報堂広報室などを歴任し、2015年より人事局人事部にて新卒採用などを担当。
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博報堂研究開発局研究員大手通信会社研究機関を経て2015年に博報堂に入社。研究開発局にて機械学習技術を用いたマーケティング領域、特にメディアプラニングにおける研究開発に従事。2016年より新卒採用Bコースの企画・運営に携わる。主に書くプログラミング言語は Ruby。
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博報堂研究開発局研究員2014年に博報堂に入社。研究開発局にて統計科学や機械学習領域のマーケティング応用の研究に従事。2015年より新卒採用Bコースの企画・運営に携わる。主に書くプログラミング言語は Python。