「データ」と「現場の熱」が、AIとの共創を実現する ―人間の創造性を高める社内改革の勘所とは
博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO 兼 Human-Centered AI Institute代表の森 正弥が、業界をリードするトップ人材と語り合うシリーズ対談「Human-Centered AI Insights」。
今回は、パナソニック コネクト株式会社でAIアシスタント「ConnectAI」の全社実装を牽引する執行役員CIOの河野 昭彦氏をお迎えし、博報堂DYグループのAI人財育成を担う博報堂DYホールディングス 荻野 綱重と共に「AIとの共創」をテーマに人間の創造性を高める社内改革について議論を深めました。
企業競争力の源泉は「自社のデータ資産」と「現場の実践」
- 森
- 本日は、河野さんがパナソニック コネクトで全社的なAI導入を推進されてきた中で、企業の生産性向上にAIをどう活かしてきたのか、その推進プロセスや難しさ、今後のロードマップなどについて伺えればと考えています。
まずは自己紹介と現在取り組まれている内容をお伺いできますか。
- 河野
- 私は長年パナソニックに在籍し、最初の約10年は家電事業に携わった後、IT部門でグローバルサプライチェーンのSCM導入と需要予測の高度化に取り組みました。2019年からパナソニック コネクトに移り、多岐にわたるBtoB事業に関わっています。
現在は社内の情報システム全般を統括し、2つのアジェンダに注力しています。
・システムのモダナイゼーション:基幹システムの刷新(長期的な投資)
・働き方改革:ワークフローの見直しや情報活用の改善(即効性のある業務改革)
テクノロジーの急速な進化と基幹システム刷新の時間的ギャップを埋めるため、当社では社員がすぐに使える"武器"としてAIを導入し、業務変革を推進してきました。
また、AI活用を進める中で「最終的な競争力は自社のデータ資産が決める」と確信しています。基幹システムの刷新と業務プロセスの見直しを進め、「プロセス整備→データ品質向上→AI活用促進」という好循環が生まれることで、企業全体のDXを一段階引き上げることができるのです。

- 森
- データを起点にプロセスを整流化し、さらにそのプロセスから質の高いデータが生まれていく。これはまさに、サプライチェーンそのものの考え方に近いアプローチだなと感じました。
この発想は、河野さん自身のキャリアの中でビッグデータを使ったサプライチェーン領域を経験されてきたことが背景にあるのでしょうか?
- 河野
- 確かにその影響もあると思いますが、それ以上に社内のITへの取り組み全体を「どこに向けて収束させるのか」という思いが強いですね。AIも基幹システムも手段であり、「信頼できる良質な情報を持ち続け、組織全体で活用できる循環を生み出し続けること」が本質であり、競争力の源泉だと考えています。
- 森
- 大きな枠組みで捉えると、AI活用も企業全体の流れの一部なんですよね。
- 河野
- おっしゃる通りで、1つのテーマだけで取り組んでもなかなか全社に波及していきません。まずはデータ基盤をしっかり整え、そのうえでAIの使い方を現場で工夫してもらうことが重要だと考えています。いわば「魚を渡す」のではなく「釣り方を伝える」ように、試行錯誤を通じて価値を創出する文化を育むことを目指しています。
- 森
- ありがとうございます。続いては、荻野さんの自己紹介もお願いします。
- 荻野
- 私は博報堂に入社後、営業や人事を経て、2022年から働き方改革を推進する部署でRPAやAIによる業務効率化に従事しました。2024年から博報堂DYホールディングスBPR推進部で社員へのAI利活用推進を主導しています。
- 森
- 私は、AI活用による生産性向上や業務効率化だけでなく、社員のキャリア形成まで含めて考えていく必要があると考えています。最近では「人事こそがDXの主役になるべきだ」という議論も本当に増えてきました。

- 河野
- AI活用には社員へのトレーニングが欠かせませんし、採用面でもそうしたスキルを持つ人材を迎える必要が出てきます。そう考えると、AIの推進と人事領域は、かなり近いテーマになってきていますね。
- 森
- 採用のあり方も、AIによる生産性向上を前提に見直されつつあります。
AIがさらに高度化する未来を見据えると、単なる人員調整にとどまらず、「AI時代にどのようなスキルを持つ人材を、どのポジションに配置するか」という長期的な戦略やビジョンに基づいた人材採用をあらためて考えていく必要があります。
- 荻野
- 人事が採用要件を作る際、通常はハイパフォーマーの特徴から逆算して要件を言語化しますが、近年の潮流を見るに、現時点のスキルだけで判断する採用は、限界を迎えるのではないでしょうか?未知の領域に飛び込み、アンラーニングしながら新しいケイパビリティを獲得することに貪欲な人を採らないといけない。そんな視点で、採用設計そのものを見直していければと考えています。
技術進化の速いAI時代には、継続的に学び続ける能力が求められる
- 河野
- 生成AIへの専門性が高くても、次のテクノロジーが来たときについていけなければ意味がありません。我々も、技術進化の速いIT分野では、技術は常に変化するという前提で「継続的に学び続ける能力」を重視しています。
企業側も、コンシューマ技術を社内へスムーズに導入できるように、利用のハードルを下げるべきだと思っています。当社の「Connect AI」はスピードを優先し、社員がすぐに使えるシンプルな設計になっていますが、裏側では複数のAIエンジンを頻繁にアップデートしています。
こうしたなか、私は全社員の「活用率を上げること」よりも、やる気と課題意識の高い層にリソースを集中投下する「良い意味でのえこひいき」が重要だと考えています。

- 森
- AI時代においては、従来のように使い方の説明会を開いて慎重に進めていては、激しい変化に追いついていかない。だからこそ、UI/UXは徹底的にシンプルにして、まずは触れる環境を整えていくことが大事になってきます。
そういうなかで、AIを使いこなす人や部門を優先的に支援することは合理的で、皆が自然と前へ進み続ける仕組みづくりを実践されてきたのだと感じました。
- 河野
- 当社では、フラットでPDCAを早く回し、チャレンジを奨励する文化をつくろうという方針で、カルチャー改革に取り組んでいます。これがあったので、汎用型生成AIが世の中に登場した時も「まず使ってみよう」と、経営層もブレーキをかけるのではなく、迅速に導入が進んだのです。
当然その後には、AI倫理やコストといったネガティブなフィードバックもありましたが、それは使ってみたからこそ改善できるわけで、細かな検証から入っていたら絶対に前に進みません。企業は「会社として何を使っていいのか」を明確に定めて、良いテクノロジーを会社の環境で安全に使えるようにしておくことが、組織全体にとって一番良いことだと思っています。
- 森
- LinkedIn創業者のリード・ホフマン氏が提唱する「ブリッツスケーリング」という成長手法では、とにかくスピードを最優先し、自分たちのやっていることが“恥ずかしい”と少し感じるかどうかが大事だといいます。つまり、先陣を切っているからこそ、恥ずかしいと思うのはスピードを武器に成長している証なんだと。
河野さんのお話はこの考え方とすごく重なるところがあると感じました。
- 河野
- 私自身、「生成AIの流行りに乗らないで、他にやるべきことがあるだろう」と言われ、本当にこれでいいのかと迷うこともありました。しかし、そもそも生成AIを使う前に否定するのは違いますし、まずは触ってみる・試してみるという姿勢でいたんです。PoCだけやっていても前に進まないわけで、最終的にはとにかく場数を踏むしかないんです。そうやって一人ひとりが生産性を上げていけば、最終的には会社全体、ひいては日本全体の生産性が上がっていく未来につながるのではないでしょうか。
AIをきっかけに、人間同士の結びつきが強くなる
- 荻野
- ちょうど生産性の話がありましたが、HCAIの調査で、50代のAI利用率が10%台とかなり低い結果が出たことを背景に、今年度博報堂DYグループ全体で「若手が上の世代にAIを教える企画」として、「AIメンタリング」制度を実施しました。
もしかしたら、経営層の中には「若手に教わるなんて恥ずかしい」という方もいたかもしれませんが、実際に触ってもらうと皆さん夢中になり、議論も一気に深まりました。
この状況を振り返ると、AIをきっかけにして「人と人の距離が近くなる」という現象が起きています。AIというテクノロジーが人間関係を遠ざけるどころか、逆に結びつきを強めてくれる。そうした気づきを、この取り組みから得ることができました。

- 河野
- 面白いですね。パナソニック コネクトでも、共通の課題に対して協業する際に部門間でなかなか連携しにくい場面があったのですが、AIや新しいテクノロジーという「武器」が手に入った瞬間、これまで距離のあった部門から「AIでこういう業務も変えたい」と前向きな相談が一気に増えて、今までにない動きがここ数年で起きています。まさに、AIが人と人の距離を縮め、テクノロジーを通じて部門同士のつながりが強まっているのを現場でも実感しています。
- 森
- 「AIメンタリング」制度について補足すると、実は若手と経営層の双方向でダイナミズムが生まれているんです。
経営層は視座が高く、AIの進化を見据えたうえで「うちの会社はこう変わるべきだ」「業界全体や日本はこう動く」といった未来を意識した話が自然と飛び出します。メンターである若手社員はAIを教えるかわりに、経営層の視点を直接聞ける貴重な機会になるわけです。
また、この制度を運用し、副産物が2つありました。1つは、経営層に一発で伝わる資料をメンターが本気で作ることで、結果的に全社員が理解しやすい資料ができあがったこと。もうひとつは、組織全体に「AIを自分の武器にしよう」という雰囲気が自然と広がっていくこと。要は、組織を動かすうえで経営層と若手を直接つなぐ構造が非常に強い推進力になると言えるわけですね。
- 荻野
- メンターの人選においては、「AIに詳しい人」よりも「現場の担当領域に近い人」を意識しました。AIのエキスパートが専門用語を使って教えようとすると、ついていけなくなってしまう。でも、例えば営業の担当役員なら、その役員が担当していた得意先を現在担当している若手をAIメンターにアサインすると、お互いに文脈や背景を共有できているので会話が一気にスムーズになります。スキルよりも「関係性」やフラットに動けるメンターであることが、「AIメンタリング」制度の鍵だと思っています。
人とAIの共存を考えるうえでは“熱”が大事になる
- 森
- パナソニック コネクトでは、イノベーションを加速させ、新たな価値を創造するための「共創パートナー」としてAIを位置づけていますが、AIとの具体的な向き合い方や与えている役割について教えてください。
- 河野
- 私たちは、AIを「パートナー」や「アシスタント」と捉え、最終的な判断やラストワンマイルの意思決定は人間が担うという軸を大切にしています。AIが提案書を作成しても、最後に顧客の心を動かすのは人間の価値だと考えているからです。
また当社では、5~6年前に知財・法務・セキュリティを統合した「データ利活用チーム」を設立し、ガバナンスやセキュリティ面の判断を一括で担える体制を整えました。この土台があったからこそ、生成AIの活用ルールや判断基準を社内で整備し、社外への提案時にも通用する「生成AI利活用ガイドブック」が誕生しました。生成AIにはリスクもあるので、こうした基準や考え方を隠さず、オープンに示していく姿勢です。

- 荻野
- 「人とAIがどう共存していくべきか?」と問われたら、個人的には「熱」が大事だと考えています。人にしかできない部分というのはアナログで、手触りがあって、温度があるわけです。
そんななかで、透明性が高くてわかりやすいガイドラインがあると、自信を持ってAIの知識やアイデアを広めることができ、人の持つ「熱」がしっかりと伝わっていきますよね。

- 河野
- 最近ではAIエージェントという言葉が独り歩きし、まるで「魔法の杖」のように期待されていますが、現実にはワークフローやドキュメントがなければ機能しません。私たちはその内容をまとめた「やさしいAIエージェント入門」というガイドラインを公開しています。

この理解が社内に浸透することで、「データを整えるなら業務の棚卸しから始めよう」といった、より建設的な議論が生まれることを期待しています。
AIに“ツッコミ”を入れてもらうことで創造性が高まる
- 森
- ガイドライン策定やラストワンマイルの支援など、品質・倫理を担保する取り組みこそがパナソニック コネクトのAI普及の後押しになっていると思いました。河野さんの思い描く未来の方向性、どのようなロードマップやビジョンを描かれているのかについてぜひ伺いたいです。
- 河野
- 現時点で明確なロードマップは策定していませんが、まずは各AIツールを徹底的に使い倒し、「AIに何を任せられるか」という実践的な検証が不可欠だと考えています。色々なAIを触って試してみることで得た知見をもとに、標準化の議論を進めていくのが鍵になるんですよね。
さらに大事なのは、技術を受け入れるための文化や組織づくりです。5年もすれば「生成AI」という言葉が日常に浸透し、技術そのものだけでは差がつかなくなるでしょう。そのため、次に来る別のテクノロジーにいかに素早く対応し、活用の先手を打てるかが肝になると捉えています。
- 森
- 「人間中心のAI」という考え方では、人の創造性をどう高めるかが重要だと捉えていますが、社員の暗黙知を生かすAIの使い方やDXの取り組みにおける工夫などについて、何か事例やお考えはありますか。
- 河野
- 日本企業ではベテラン社員が退職すると属人的なノウハウ、いわば暗黙知がなくなってしまうということが大きな課題になっています。当社では、そういった暗黙知を確実に取り込む必要があると考え、様々な取り組みを始めています。
一例として、製造や物流の現場では熟練者の動作や手順を数値化し、体系化する取り組みが成果を見せ始めています。現在、大阪のパーツセンター(倉庫)ではピッキングのスピードやミスの差を映像から分析し、優秀な人の動きをマニュアル化しているところです。こうしたやり方を技術職やコールセンターなどの他部門にも展開することで、暗黙知の蓄積をより加速できると考えています。
最近では自分のAIクローンを作って、そのクローンに業務を任せる取り組みを行っている企業もありますよね。もし、複数のAIクローンをつくり、それぞれに役割を担わせることができれば、ベテランのノウハウを丸ごとAIクローンとして残すことも可能になるかもしれません。
- 森
- 実は博報堂DYグループでも「森AI」など、いくつか自分の分身のように使えるAIが出てきています。自分の代わりに資料のたたき台を作ってもらい、自分は新しいアイデアを考える、自分を2倍、3倍に拡張するような働き方ができるようになってきました。
「森AI」を使っていると、自分自身に“ツッコミ” を入れる、入れられるような感覚になるんです。この感覚が重要で、AIにフィードバックする、あるいは逆にフィードバックしてもらうことで「もっと良いものを出そう」と、自然と質が上がっていくんです。それを繰り返すことで、自分の思考がさらに深まり、想像以上に創造性を高める効果があると思っています。

- 荻野
- 私は生成AIツールの画面を5タブずつ開き、それを3つのモニターで同時に使っています。議事録作成、企画書の検討、スプレッドシートのAI関数処理などを並行で走らせると、シングルモニターで作業していた頃と比べて、体感では15倍くらい生産性が向上していると実感していますね。
そう考えると、AIを同時並行で動かしていく力は、これからの時代に必要なスキルのひとつになるのではと考えています。
- 河野
- AIとの対話は、自分の周りの人間の働き方にも影響すると思います。例えば、経験の浅い社員が資料を作成するときも、上司がゼロから細かく教えるのは大きな負担ですが、社員がAIとの対話で叩き台を作り、その案に対して上司が“ツッコミ”を入れる形で修正していけば、チーム全体の生産性やクオリティの向上につながります。
人間はゼロから教えるのは苦手だけど、何かに対して指摘や訂正を入れることは得意です。なので、このやり方はとても理に適っており、生成AIの本質的なメリットと言えるのではないでしょうか。

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河野 昭彦パナソニック コネクト株式会社 執行役員 ヴァイス・プレジデント CIO
IT・デジタル推進本部 マネージングダイレクター1992年松下電器産業入社。社内IT部門でSEとしてシステム開発、グローバルSCM推進やデータ分析部門の立ち上げなどを経験。2022年4月より現職。社内業務のIT化、コンサルティングやデータ活用支援に従事する。
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博報堂DYホールディングス 執行役員Chief AI Officer,
Human-Centered AI Institute代表1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。
内閣府AI戦略専門調査会委員、経産省GENIAC-PRIZE審査員、日本ディープラーニング協会顧問、慶應義塾大学 xDignity (クロスディグニティ)センター アドバイザリーボードメンバー。
著訳書に『ウェブ大変化パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイトトーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。
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博報堂DYホールディングス
テクノロジーR&D戦略室・BPR推進グループ2003年博報堂入社。営業にて領域を経験後、2012年より人事領域へ移り、新人事制度の設計やタレントマネジメントシステムの導入を推進。2022年よりテクノロジー領域へ転身し、BPRやAI/DX推進を担当する。現在は人事室、DX推進室、テクノロジーR&D戦略室などを兼務し 、データドリブン人事やAI活用によるDX推進、HDYグループのBPR推進をリードしている。GenAI HR Awards 2025準グランプリ、CIO 30 Awards Japan 2025 AI賞、2025年度第43回IT優秀賞(経営・業務改革)。

