AIエージェントがもたらす“超パーソナル”の未来像 ────「ad:tech tokyo 2025」レポート
AIエージェントの進化により、ユーザーごとに最適化された“1対1のブランド体験”が現実味を帯びてきています。情報提供、レコメンド、接客など、あらゆる接点がパーソナルに再定義される中で、AIエージェントを使いこなすにはどのような視点が必要でしょうか。また、活用に後れをとっている印象の日本企業は、どのような観点で導入を促進するとよいのでしょうか。
本稿では2025年10月22~24日に開催されたアドテック東京2025の公式セッション「AIエージェントがもたらす“超パーソナル”の未来像」の模様をお届けします。
立浪洋子氏
日本マイクロソフト株式会社 Microsoft 広告事業本部 アカウントディレクター
上崎理会子氏
ドットデジタル カントリーマネージャー
飯沼美森
株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 CX&サービスプラニング部 マーケティングプラニングディレクター
モデレーター:友澤大輔氏
パーソルテンプスタッフ株式会社 最高マーケティング責任者
AIエージェントとはそもそも何か?
- 友澤
- 今回のセッションでは、大きく3つのテーマについてお話しした上で、ディスカッションできればと思います。一つ目は「AIエージェント」。2つ目は「超パーソナル」。そして3つ目に「その未来像とは」。
早速、AIエージェントについてですが、実はこのようなカオスマップができるくらいに広がっています。しかし、そもそも「AIエージェント」を説明できる人はまだ多くないのではないでしょうか。

- 友澤
- そこで、今日は実践者の方にお集まりいただいているので、自己紹介を兼ねて、ご自身が思うAIエージェントとはどんなものなのか、まず聞いてみたいと思います。では飯沼さんからお願いします。
- 飯沼
- 博報堂で、マーケターとクリエイターの両方の視点から、IMCやUI/UXなどの領域を担当しています。AI活用もその一つで、今はチームメイトAIプロジェクト「CX AI STUDIO」において、生活者をバーチャル上に作って対話したり、販売員のような人格を付与したりする取り組みをしています。
AIエージェントは、私は「イマジネーションパートナー」だと思っています。正しいことを教えてくれるのではなく、自分の思考の幅を外に広げてくれる相手かな、と。仕事では事例収集や壁打ちを通して、資料のたたき台を出すのに使っています。プライベートでは冷蔵庫の中身から、献立の作成を頼んだりしています。

- 友澤
- 仕事だと、初版やたたき台を作るのが難しかったりしますが、AIが「適切に叩けるたたき台」を明確に出してくれるのは大きいですね。では上崎さん、どうぞ。
- 上崎
- もともと海外での仕事歴が長く、日本に戻ったタイミングでShopify Japanの立ち上げを行い、今はドットデジタルの日本事業を立ち上げをしています。ドットデジタルはいわゆるマーケティングオートメーションプラットフォームで、AIも含めたインテグレーションを推進しています。私自身はコマース業界が長かったので、その観点から今日はお話しできればと思います。
AIエージェントは、私の中ではもう一言で「コラボレーター(協力者)」です。AIエージェントが、買い物ができる時代になってきて、自分で買い物しなくてよくなる。このコラボレーターという言葉が最も当てはまるかなと。リサーチするときはPerplexityを使い、娘の誕生会のプランニングなどにはChatGPT、そしてClaudeは「言葉で話しかけてほしいとき」に使っています。Claudeは「がんばってるね」など励ましてくれるので、落ち込んでいるときにおすすめです(笑)。

- 友澤
- なるほど(笑)。やっぱりパーソナリティが違うんですね。では立浪さん、お願いします。
- 立浪
- サイバーエージェントを経て昨年にMicrosoftにジョインし、広告営業を担当しています。Copilot広告のグローバルチームにも参加していて、日本市場における導入促進にも取り組んでいます。
私が思うAIエージェントは「人間の右腕」ですね。外部ツールと連携し、目標達成に向けて自律的に考えて動いてくれる伴走者です。たとえば仕事ではCopilotとTeamsを連携させて、ミーティングの議事録を作成し、参加者にメールする下書きまで生成してもらったりしています。プライベートでは、旅先での効率的な動き方を聞くなど、いろいろなことに使っています。

AIを「超パーソナル化」し、別人格を会議に加える
- 友澤
- AIエージェント以外にも、AIアシスタントやコンシェルジュなど似たような名前もありますが、どう違うとお考えですか?
- 立浪
- AIエージェントは、自律性が高いと思います。会話の文脈を理解し、人間が指示していないプラスアルファの答えをくれるのが特徴だと考えています。
- 友澤
- たしかに、以前はこちらの要望に回答する感じですが、最近ではAI側から選択肢や提案を出してくれたりしますね。
ちなみに私は、自分のパーソナルトレーナーが完全にAIなんです。年間の体重や体脂肪の変動、食事についても、すっかり頼り切りです。今日セッションを聴いていただいている皆さんも、AIに相当データを預けたり、逆にAIのリアクションから学んだりすることも増えているのではと思います。それをどうビジネスに生かすかが今日のテーマですが、では、次の「超パーソナル」とは何かについてうかがいたいと思います。
- 飯沼
- 私の解釈は、「自分の外に自分の頭脳を作ること」です。先ほど立浪さんがお話しされた「自律性」に重なりますが、自分の思考の幅を広げるから、自分の意思決定とまったく同じ形で物事を進めていくことも、もちろんできるだろうと考えています。
超パーソナルって、人間とAIがより密接になる、かつ皆が自分の外に頭脳をつくるということかなと思っています。たとえば、私たちとクライアント、それから博報堂らしいプラニングができるような人格を持つAIと一緒に打ち合わせをしたり、極端にネガティブな人格のAIを投入して、人間では難しい忖度しない意見を聞くことで、アイデア出しを深めたりしています。

- 飯沼
- この場合、AIによるたたき台をもとに人間が決めていくのではなく、もはや「1名」として意見を聞くフェーズに入ってきていると思います。
- 友澤
- こちら側に忖度しない存在、ネガティブなAIを作ってバーチャルチーム化するのは、同質化したチームの視野狭窄を防ぐために非常に有効ですね。では上崎さん、いかがでしょう?
- 上崎
- 私たちのツールは、お客様に「探さなくてよくする」ことがゴールです。AIレコメンドにより、そのお客様が欲しい、パーソナライズした商品をこちら側から出していく。たとえばメルマガで、従来のように事業者側がおすすめしたい商品を紹介するレコメンドより、AIのレコメンドの方がはるかにコンバージョンが良いというデータも出ています。なので、レコメンドは完全にAIに任せられるようになっています。また、コンテンツが適しているかどうかといったことをフィードバックする機能もあります。
それから、以前はメルマガなら開封されたか、クリックされたか、という軸でしか見られませんでしたが、AIによって開封などだけでなくその先での購入の有無まで、すべてを横断して可視化できるようになりました。こうしたことが、パーソナライズに大きく寄与していると思います。
- 立浪
- 「超パーソナル」の要素は、私としては大きく「文脈理解」「リアルタイム性」「複数AIとの連携」の3つがあると思います。
文脈理解については、過去のやり取りや個人の価値観などをAIが学習した上で、答えを返してくれることですね。リアルタイム性は、天気や、特定場所の混雑状況、今どういう感情なのか、といった瞬間のデータに基づいて提案してくれること。そして複数AIとの連携は、たとえばAppleのヘルスチェックやGoogleカレンダーなどとの連携によって、より個人を横断的に理解して回答してくれる、ということです。
Copilot広告では、チャット画面での会話の文脈を理解し、広告の導入文や画像を自動生成しています。これも、超パーソナルな広告体験だと思います。
日本企業にAIエージェントが浸透していくには?
- 友澤
- AIエージェントの活用は、グローバルで進む一方、日本市場での導入は遅れているという見方もありますが、どうでしょうか?
- 上崎
- たしかに、そう思います。ロンドンにある本社のCEOが来日した際、「日本はロンドンの10年前を見ているようだ」と話していました。あくまで一意見ですが、今日挙がったキーワードのように「右腕」「パートナー」のように使っていかないと、リソース不足、人口が増えていない現実がある中で、もっと遅れてしまうという危機感があります。
- 立浪
- 日本的なカルチャーとして、AIに対する抵抗感が強いという印象はあります。先ほどお話したように、AIは自律性があり文脈を理解しているので、こちらが予期しない回答をすることも大いにあります。その点は、意図しない挙動を好まず、事前に計画されたもの以外を受け入れにくい部分がある日本企業には、抵抗があるのかもしれません。
「テストアンドラン」、まず始めてみて、失敗から学び、改善し続ける意識をもう少し持てるといいかもしれないですね。
- 友澤
- なるほど。では、どうしたら日本企業がもっとAIエージェントを使って躍進していけるでしょうか?
- 飯沼
- 「何のために使うのか」を、あまり定めきらない方がいいのかもしれないです。たとえばクリエイティブ評価のためにAIエージェントを導入しても、他の評価にも転用できたりもするので、適用範囲を広げながら使いこなしていく。
自分の思考を外部化して、“AIエージェントの自分”をつくる人はまだ多くないかもしれませんが、一人ひとりが進めていくと、業務として実行に踏み切るヒントにもなるのではと思います。
- 立浪
- いきなり大きく舵を切らず、本当にスモールスタートでいいので、まず小さく始めてみることが大事だと思いますね。こんなに便利なんだという成功体験を実感してもらい、それが積み重なっていくのが、チームや組織での活用への近道ではないでしょうか。
- 上崎
- あとは、AIの会社さんにお願いしたいのが、日本の言語に合わせたローカライズです。日本語は、英語に比べてAIの回答がクリアさや表現で劣るケースがあると感じます。AI提供側がもっと日本に寄り添ってくださることも、導入が進む一つのポイントだと思います。

AIエージェントがパーソナル化した先の未来像
- 友澤
- 最後に、AIエージェントがパーソナライズした先の未来像について少し話せればと思います。シリコンバレーのキーパーソンの方の話を紹介すると、AIが導入されると、AIが全て分析・サポートするため、もはや検索しない時代が来ると言われています。比較検討することすらせずに購入まで至る状況が、近い将来に来る、と。
- 立浪
- 興味深いですね。私は「AIvs人間」ではなく、「AIと人間」というタッグになると捉えています。先日のOpenAIの発表でも、ChatGPTの中でSpotifyのアプリが使えたり、ショッピングができたりと、複数のサービスをAIが横断し、人間の強力なサポーターへと進化しています。AIは人間の持つ判断力とか想像力を最大化する、さらに強力なパートナーとして伴走してくれるようになると思います。
- 上崎
- まったく同感ですね。私も、AIの並走によって、より人が人らしく生きられる未来が来ると考えています。煩雑なタスクをAIが自律して担ってくれて、ワークライフバランスが改善し、人は人間力や想像力というところにもっと時間と労力をかけられるようになるでしょう。
- 飯沼
- 私も同じように思います。人間にとって煩わしい意思決定はAIがやってくれて、自分が本当にしたいこと、選びたいことだけを厳選できるような共存の仕方ができると思います。
- 友澤
- ありがとうございました。AIエージェントと、それによるパーソナライズとは何なのかを話していただきましたが、たぶん1、2年するとAIを冠したセッション自体がなくなって、当然のように使っている状況になると考えています。経営層やマーケターの皆さんには、AIエージェントを自分の言葉で言語化していただくことが第一歩だと思うと同時に、小さく育てることも考えていただきたいと思いました。
もはや検索がなくなるこの状況の中で、事業、会社、広告、サイトの中をどうするのか、ぜひ皆さん、いろんなツールを使ってみていただきたいと思います。
この記事はいかがでしたか?
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立浪 洋子日本マイクロソフト株式会社 Microsoft 広告事業本部 アカウントディレクター2006年にサイバーエージェントへ入社し、「Amebaブログ」や「ABEMA」などの自社メディアにおける広告商品の新規開発およびセールスを担当。インフルエンサーマーケティング、コンテンツマーケティング、メタバース広告、動画広告、IP活用、リアルイベント、リテールメディア、DSP運用など、多岐にわたるデジタルソリューションを駆使し、ブランディングからパフォーマンス領域まで一貫したマーケティング戦略の立案と実行を推進。
2024年より日本マイクロソフトにてMicrosoft AdvertisingのAccount Directorとして、Bing検索広告やMSNなどのオーディエンス広告のセールスを担当。Copilot Adsのグローバルチームと連携し、日本市場におけるGTM(Go-To-Market)戦略の策定と推進もリードしている。
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上崎 理会子ドットデジタル カントリーマネージャーオーストラリアのモナッシュ大学卒業後、日本最大級アパレル店舗の海外支店立ち上げや、アメリカ大手IT旅行会社での勤務を経て、2017年にshopify日本事業立ち上げメンバーとして、事業開拓・プロダクト・パートナーシップ・広報・マーケティング・ローカライズなど、多岐に渡り担当。2019年に退社後ISSHONI LLCを創立。海外の投資家や大手ECプラットフォーム、大手企業のマーケティング部門に向け、市場開拓やECのコンサルティング&アドバイザリーなど幅広く支援する。2023年にDotdigitalに入社。現職。
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株式会社博報堂 CXクリエイティブ局 CX&サービスプラニング部 マーケティングプラニングディレクター2018年博報堂入社。マーケティング部門からキャリアをスタートし、広告マーケティング、商品開発、ブランディングなどを担当。現在はマーケター/クリエイター両人格としてユーザーインサイトとCXで事業をつなぎ、長期事業戦略、サービス開発、UXUI設計、AI活用、CRM開発、IMC戦略~エグゼキューションまで設計しています。
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友澤 大輔パーソルテンプスタッフ株式会社 最高マーケティング責任者様々なメディア企業等を経て2021年4月に東京海上ホールディングスデジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート兼イーデザイン損保CMOに就任。一貫してデータを活用したマーケティング施策、また各種マーケティング施策のデジタル化の推進を通じて、顧客体験の変革を実践。またそうしたマーケティング施策を通じて組織変革や企業変革を実践する。
2024年4月からパーソルテンプスタッフ 執行役員CMOに就任。


