事業プラニングが目指す新たな広告会社の姿【vol.1】 生活者発想を起点にした事業を成功させるために
目次
現在、様々な領域でのデジタルシフトが進み、生活者インターフェース市場が次々と誕生しています。戦略プラニングを手掛ける博報堂のストラテジックプラニング局(以下ストプラ局)では、デジタルシフトの進展を追い風に、これまで地域交通サービス「ノッカル」やマイナンバーカードを活用した公共サービスパス「LoCoPi(ロコピ)」など、データやテクノロジーを活用した事業に携わってきました。
そのストプラ局が中心となって2025年春に立ち上げたのが事業プラニングを専門とする組織です。博報堂の持つクリエイティビティ、データ・テクノロジーの知見を活かし、クライアントの事業戦略・事業開発の支援、さらには博報堂の生活者発想に基づいた新事業の立ち上げを目指す新組織です。本連載ではこの事業プラニングを専門とする組織が何を目指し、どのように新事業立ち上げに取り組んでいるのかに迫ります。第一回では、組織の立ち上げを担った4人に、どのような問題意識から生まれたのか、話を聞きました。
野口 圭一郎
博報堂 常務執行役員
寺西 淳
博報堂 ストラテジックプラニング局 局長
堀内 悠
博報堂 ストラテジックプラニング局 局長補佐
兼 事業プラニング一部 部長
松本 洋人
博報堂 ストラテジックプラニング局 事業プラニング二部 部長
「広告投資時代」のプラニングモデル
──事業プラニングという新しい組織が発足したのは、2025年4月でした。発足の経緯をご説明いただけますか。
- 野口
- 僕が博報堂グループのグループ会社である博報堂プラニングハウスから博報堂本社に戻ったのは2年前でした。現在は、ストラテジックプラニング局、グロースプラニング局、統合メディアプラニング局の戦略プラニング系3部門を担当しています。
いずれの局にも「プラニング」という言葉がつきますが、その言葉が意味することは部門によって異なります。ストラテジックプラニングとは、クライアントのマーケティング戦略を支援することを意味しますが、最近ではいわゆるマーケティングファネルの前段階において、クライアントの事業自体の戦略やコンセプト、つまり世の中に届ける価値そのものを考える仕事も含まれます。この領域を僕は「プレファネル」と呼んでいます。
一方、グロースプラニングは、ファネルの中のよりコンバージョンに近い領域におけるマーケティング戦略を立案し、マーケティングの効率化を追求する仕事です。さらに、それらの戦略を実行するためのメディア活用を立案するのがメディアプラニングです。
僕の役割は、その3つのプラニング領域を一元化し、既存のコミュニケーションデザイン事業を高度化していくことです。その中で、とくにプレファネル、川上から得意先に並走するべく、具体的な「事業」に取り組むことを目的に立ち上げた新組織が事業プラニングです。

- 寺西
- 事業への取り組みには、いくつかの種類があります。クライアントの事業を支援するケース、クライアントとともにJV(ジョイントベンチャー)を組成するケース、博報堂あるいは博報堂DYグループの企業が事業主体となるケース。大きくはその3つが考えられます。
──その動きの背景にあった課題意識をお聞かせください。
- 野口
- 世の中のデジタルシフトにともなって、広告費の概念は大きく変化しつつあります。その変化に早急に対応しなければならないという危機感がありました。
従来の広告費は企業にとって一種の「経費」であり、その経費を有効に活用することがこれまでの広告活動でした。経費を使い切ることが目的の、作品的な広告制作が一般的な時代において、そのKPIは不明確で、おおむね認知度や好感度などが基準になっていました。
しかし、デジタルシフトによって広告効果がかなりの部分可視化されるようになったことによって、広告費は経費ではなく「投資」となりました。1億円の広告予算を投資したら、どれくらいのリターンがあるのか。広告活動を支援する広告会社は、それを明確に説明することが求められるようになったわけです。
そのいわば「広告投資時代」のプラニングモデルをつくるには、プレファネルとフルファネルの一元化が必要になります。どのような事業によって、どのような価値を世の中に提供し、それをどう効率的にマネタイズし、ビジネスの継続性と成長性をどう確保していくのか──。そういった、トータルなプラニングが必要になったということです。
そして、そのトータルな連結モデルにおいて重要なのは、モデルの最上流にあたるプレファネルの領域で、事業そのものの方向性や価値構造をしっかりと考えることです。広告の新時代において、ブランディングやコンバージョン効率化だけでなく、広告対象となる事業自体を開発する機能が求められるようになった。それが、事業プラニングという新組織を立ち上げた理由です。
「パートナー主義」と「生活者発想」の進化
- 寺西
- ただ待っていても広告宣伝ビジネスを受注できない今の時代、積極的に事業戦略レイヤーに飛び込むことで、単発のフィー収益に留まらない、バリューチェーン全体での中長期的な収益が見込めると考えています。
広告会社みずから事業開発にチャレンジすることで、得意先の事業戦略パートナーとしての価値を生み、川上から一気通貫でビジネスに並走していく。
これまで、我々が広告ビジネス領域で徹底してきた、「パートナー主義」の進化系とも言えます。

- 堀内
- 同時に、パートナー主義と並んで掲げているフィロソフィー「生活者発想」にも根差した取り組みでもあります。
生活者視点で徹底してきたプラニングの実績が、川上の事業戦略でも活きるのではないか。それが我々の仮説です。
従来のビジネスの発想は、プロダクトアウトが基本でした。コンセプトや技術が社内にまずあって、それを商品化していくという流れで事業開発が進んできたケースが一般に多かったわけです。
一方、僕たちはこれまで、生活者や社会が何に困っていて、何を求めているのかという視点でプラニングに取り組んできた経験があります。我々が自社事業として開発した、地域交通サービス「ノッカル」やマイナンバーカードを活用した公共サービスパス「LoCoPi(ロコピ)」などがその代表的な取り組みです。
これらは、プロダクトアウトではなく、マーケットイン、ソーシャルインの視点に基づいた事業開発で、生活者発想を武器に、構想段階からサービス開発、システム開発、社会実装まで、博報堂DYグループでやり切った事例です。社会的にも官民地域共創の成功事例として取り上げて頂くことが多く、クライアント企業様からも共創のお問い合わせを頂きます。これらの経験やスキルをクライアントの事業構想に役立てていただくこと。生活者発想をクライアントとのパートナーシップにいかして、クライアントの事業成長に寄与すること。それが事業プラニング組織の本質的なミッションであると考えています。
──クライアントに向き合う「パートナー主義」と、生活者に向き合う「生活者発想」。博報堂DYグループが掲げるその2つのフィロソフィーに立脚した取り組みということですね。

- 野口
- 生活者発想からスタートした事業は収益化できるのか──。僕たちのチャレンジをひと言で表現すれば、そういうことになります。一般的な事業活動においてまず優先されるのは、売り上げや利益を上げることです。僕も博報堂のグループ会社の社長をやっていたので、当然ながらそのことはよく知っています。
では、「売り上げや利益を上げる」ことではなく、生活者発想に立って「生活者や社会にベネフィットを提供すること」を最大の目的とした事業を成立させることは不可能なのでしょうか。不可能ではないというのが僕たちの仮説です。
もちろん、一般的な事業にも生活者発想がないわけではありません。しかし、それは事業構造がおおむね出来上がった後で加える一種の味つけのようなもので、多くの場合、生活者発想が事業の核にあるわけではありません。
僕たちはその考え方を変えて、生活者発想を核にした事業に取り組みたいと思っています。生活者発想に基づいて事業を構想し、それが生活者や社会に評価され、結果として売り上げと利益につながる。そんな事業です。その事業モデルの成功の実績をもって、クライアントの事業開発を支援する。それが、僕たちが考えている理想的な流れです。
- 寺西
- 単年度で利益を出していかなければならない組織には難しいモデルですよね。このモデルに僕たちがチャレンジできるのは、コミュニケーション領域で生活者発想を突き詰めてきたストラテジックプラニング局の一セクションであるからです。そしてそれを、コミュニケーション領域も含めたプラニング組織の真ん中で取り組むことに意味があります。
ストラテジックプラニング局には、クライアントのマーケティングコミュニケーションのプラニングを担当するグループと、自社の事業開発を主に担当するグループ(事業プラニング組織)があります。その連携によって、クライアント広告業務から共創事業開発業務への拡張、逆に、自社事業開発からクライアント業務への還元、そんなサイクルを実現することができると考えています。
広告会社として狙う新時代の「プラナー人材」
- 堀内
- 事業全体を考えた時に、広告はあくまでパーツに過ぎません。
広告会社のプラナーとして、我々には何が出来るのか、ひいては、マーケティング、広告とは何なのかを、事業全体に視野を広げて考え直す必要があると思っています。そして、当然ですが、事業全体を支援するには、我々自身にも事業開発経験が必須だと思っています。
- 松本
- 僕の仕事は入社以来、ファネル内における従来のマーケティングコミュニケーション領域でクライアントを支援することでした。一見、事業領域とは明確な境界がありそうですが、従来広告ビジネスでの構想力があるからこそ、独自の視点で、事業開発領域まで支援の領域を広げていくこともできる。そんな視点を、事業プラニング組織の発足によって得ることができました。
マーケティングコミュニケーションの取り組みで培ったクライアントとの関係をより上流に向かって深めていき、そこで事業そのものの支援をしていく。その事業支援の経験をいかして、博報堂の自社事業を新たに開発していく。そんなサイクルもつくれると思っています。

──総合広告会社の新しい役割を示すチャレンジとも言えそうですね。
- 野口
- そう思っています。僕は30年以上博報堂DYグループの一員として働いてきましたが、技術革新や社会構造の変化は私たちがこれまで提供してきた専門性を進化させる機会だととらえています。
テクノロジーの進化によって、誰もがクリエイティブを発信できるようになり、従来広告会社の専門領域であったクリエイティブ、コミュニケーション、メディア活用などのスキルはある意味汎用化してしまったのが現代です。
そうなった時に、広告会社のプラナー職種の存在意義が縮小していくのではないかという危機感がありました。広告会社が向かうべき方向は1つしかないと僕は思っています。クライアントとの距離をこれまで以上に縮め、クライアントとのパートナーシップを深化させていくことです。
そのため、プラナーには、前線、つまり「フロントライン」に立つことを強く求め、得意先出向人材などの取組をしていました。
その中でも、フロントラインの先に立ち、得意先と自社をけん引していく人材「フロンティア人材」として明確に目に見えていたのが堀内のグループでした。
既に実績のある堀内のポジションや業務を、会社において「事業プラニング」という形で明解にすることが、将来迫るプラナー価値の縮小の危機に対する、一種のアンサーでした。
事業の本質的な価値を活かす次のマーケティングの在り方への挑戦
- 堀内
- 実は、広告会社が得意先の事業経営レイヤーに取り組むことは、現代の広告潮流にもマッチしています。
現代生活者にとって、広告は忌避対象になりつつあり、15秒の世界に集約された作品的表現は、どうも嘘っぽく見えてしまう時代になってきています。
その時、本質的に価値がある広告やマーケティングの在り方は何なのだろうか。
その答えの1つが、表現ではなくファクトに寄り添い、実在する事業そのものを広告対象とする考え方だと思っています。
それを僕は「Authenticマーケティング」と呼んでいます。Authenticとは「本物の」とか「信頼できる」といった意味です。
例えば、事業担当者のインタビュー、製造現場のレポート、その企業ならではの技術の解説といったコンテンツを、広告枠にとらわれずに発信する。特に、その製造や技術や事業を支えるヒトの想いや情熱を伝えていく。15秒の時代には難しかったかもしれませんが、デジタルは無限大。コアだけど熱量のあるものに焦点をあてる事が、事業の価値を伝播させていく構造づくりに寄与します。そうなると、クリエイティブも「広告づくり」ではなく「取材」や「ドキュメンタリー」に近いものになるかもしれませんし、事業の本質に生活者が触れる新たなパスにできるはずです。
ひょっとすると、事業開発への情熱そのものがコンテンツになり、その商品や企業のファンづくりにも還元していくかもしれない。そんな転換もまた、事業プラニング組織のチャレンジの一つになると思います。

確かな成功事例を3年以内につくりたい
──事業プラニング組織が発足してからの具体的活動の内容をご紹介ください。
- 松本
- これまでおつき合いのあったクライアントに事業プラニングの考え方をご紹介する取り組みをまずは進めてきました。多くのクライアントからよい反応をいただいています。
事業のこれからの方向性や、商品やサービスの展開の仕方で悩んでいらっしゃるクライアントは少なくありません。それに対して「生活者発想での事業構想」という考え方をご提示すると、そこから一気に発想が広がっていくというケースがいくつかありました。
クライアントの従来の事業を社会課題解決の視点や生活者発想で捉え直せば、ユーザーや取引先との関係性がこれまでより深まったり、広がったりする。そんな手ごたえを得はじめています。
- 堀内
- 以前から、「ノッカル(公共ライドシェアの日本第一号モデル)」や「ロコピ(マイナンバーカード多目的利用の日本第一号モデル)」のような事業開発がなぜ可能だったのかというお問い合わせをよくいただきます。この半年ほど、事業プラニングの文脈の中で、構想~社会実装のステップ、ビジネス構造など、色々な知見を共有させて頂くと同時に、まだ構想段階のものが多いですが、クライアント企業様との事業開発も始まっています。
我々が自社事業として開発しているのは、社会課題解決を目標として生まれる、新たな官民地域共創市場の事業です。社会課題解決と事業をうまく結びつけたいという思いは多くの企業がお持ちだと思います。しかし、その具体的な方法論を編み出し、事業を実現させることができているケースは極めて少ないのが現状です。その道筋を自分たちだけでなく、クライアント企業様とともにより大きなスケールで見出していく取り組みを続けていきたいと思っています。
──今後の事業プラニング組織の活動の見通しと、そこにかける思いを最後にお聞かせください。
- 寺西
- 博報堂DYグループは、生活者や社会の課題を中心において自ら事業をつくることができる会社である。そのことを具体的に示していくことがこれからの大きな目標です。すでに、「ノッカル」や「ロコピ」といった事業はあります。こういった実践をさらに増やしていきたいと思っています。
一方、クライアントが抱えている個別課題をマーケティングコミュニケーションによって解決していく支援も依然として重要な取り組みです。クライアントの課題に寄り添いながら、事業の新しい方向性を見出すご支援をしていくこと。多様なリソースを上手に掛け合わせて、その活動を軌道に乗せていきたいですね。
- 松本
- 僕の現在の仕事はクライアントの個別課題の解決が中心ですが、その中から生活者発想に基づいた事業構築支援につながる道があると思っています。企業が手掛けるあらゆる事業は、何らかの形で生活者や社会の課題を解決することにつながっています。クライアントが抱える課題を解決し、クライアントの事業をよりよいものにしていく流れの中に「生活者発想の事業」「社会課題解決事業」の芽が必ずあるはずです。それをクライアントとともに見つけていくことが僕自身のこれからの目標です。
- 堀内
- 若い世代のメンバーと接していて感じるのは、みんな「世の中のためになることをやりたい」と真剣に考えているということです。私たちは、具体的な地域フィールドとともに推進する、官民地域共創のプロジェクトをたくさん抱えています。具体的なフィールドで、社会的価値を創造する事業づくりと、その方法論を確立していきたいと考えています。

- 野口
- 確かな成功事例を3年以内につくること。まずはそこを目指していきます。現在の取り組みの中からそれが生まれるのかもしれないし、まったく新しいところから実現するかもしれません。
博報堂のプラニング部門が生活者発想で新しい事業をつくり、それが生活者や社会のベネフィットに確実につながる。そして、そこで得られた経験や知見をクライアントの新しい事業構想にご提供していく。そんな「三方よし」の形をつくっていきたいと思っています。
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博報堂 常務執行役員1989年博報堂入社。マーケティング局でのブランド戦略立案や新商品開発支援を基盤に、職種横断組織の事業開発・統合型マーケティングの推進に携わり、複数の大型ブランド案件を統括。2014年に株式会社博報堂プラニングハウス代表取締役社長に就任。2022年、執行役員として博報堂本社に帰任後、2023年よりストラテジックプラニング局局長。現在、博報堂常務執行役員として、マーケティング・ブランド戦略領域を統括しながら、プラニング人材の育成と新たな企業価値創出に取り組む。
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博報堂 ストラテジックプラニング局 局長1992年博報堂入社。入社以来、一貫してマーケティング領域業務に従事。同領域における本社マネジメント組織を経て、再度現場組織(ストラテジックプラニング局)局長に着任。自動車、通信、飲料、食品等、担当得意先多数。特に、得意先事業に伴走するパートナー型業務推進を得意とする。
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博報堂 ストラテジックプラニング局 局長補佐京都大学工学部地球工学科卒、同大学院社会基盤工学専攻修了。2006年博報堂入社以来、一貫してマーケティング領域を担当。事業戦略、ブランド戦略、商品開発、デジタルマーケティングなど、マーケティング領域全般の戦略立案から統合プロデュースまで、多様な手口で市場成果を上げ続ける。
近年は、自社事業立上げやDXソリューション開発など、広告会社の枠を拡張する業務がメインに。
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博報堂 ストラテジックプラニング局 マーケティングプラニングディレクター広告制作会社を経て、2018年に博報堂に入社。マーケティング戦略立案、ブランド戦略構築、経営理念やパーパスの策定、商品/サービス開発などの業務を担当。川上と川下、戦略と戦術、構想と実装をシームレスにつなぎ、組織や立場を超えた合意形成へと導くことを得意とする。


