
デジタル時代の「新・ブランド論」【第9回】 “無意識的”な検索の広がり-情報の信頼性の拠り所はどこにあるのか?
目次
SNSなどデジタル環境の変化に伴い、生活者の情報選択・購買・消費行動は大きく変化しています。また、様々なテクノロジーの登場によって、企業の行うデジタルマーケティングも日々進化しています。その一方で、長期的な視点に立った企業と生活者との絆づくりである「ブランド」はどうでしょうか?デジタル時代において、改めてブランドとは、ブランディングとはどうあるべきなのか──そんな問題意識からスタートした「デジタル時代の新・ブランド論」構築プロジェクト。
本連載では、マーケティング、消費者行動論、社会心理学などに精通した研究者と博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センターのメンバーによって進められているプロジェクトをご紹介します。
第9回では、博報堂 メディア環境研究所による調査を軸に、生成AIで検索ができるようになった時代の検索行動と消費行動を議論しました。
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<プロジェクトメンバー>
(写真左から)
石淵 順也氏
関西学院大学商学部 教授
柿原 正郎氏
東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授
澁谷 覚氏
早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表
杉谷 陽子氏
上智大学経済学部経営学科 教授
米満 良平
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター GM 上席研究員
西村 啓太
博報堂DYホールディングス
Human-Centered AI Institute 所長補佐
本プロジェクト共同代表
生活者は、AI検索で「検索」しているのか?
- 西村
- 今回は、「生成AIと情報探索・買物行動について」をテーマとしました。これまで研究会の中でも生成AIについて何度か議論になったことがありました。また、澁谷先生、柿原先生にはこちらの「有識者と考える〈生成AI〉の未来」(https://seikatsusha-ddm.com/serialization/14125/)でもご協力を頂きました。
- 米満
- ここまでの研究会の調査だけでなく、博報堂のメディア環境研究所(以下、メ環研)のレポート「AI時代の『検索』どうしてる?最前線」の内容なども交えて、ディスカッションを進めていければと思います。まずは、現時点でAIが検索としてどのくらい使われているか、気になりますね。
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博報堂メディア環境研究所「検索サービス利用実態意識調査」
調査概要:全国15~69歳、1317サンプルに対し、2025年1月28日~2月4日に調査
https://mekanken.com/contents/7739/
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- 西村
- 全体として「検索行動」は95.6%の人が実施していて、その大半が「検索エンジン」を使っていましたが、動画検索、SNS検索も半数以上の人が実施していました。AI検索は、26.7%(検索実施者ベース)となりました。また、若年層ほど、SNS検索やAI検索など、様々な検索方法が浸透している状況がありました。10-20代だと、AI検索を実施するのは47.4%と半数近くに上っています。
- 石淵
- AIでの検索や質問の投げかけというのは、検索エンジンとは求めるものや使うシーンが異なる印象を持っています。先日、あるAIの研究会で耳にしたのは、子どもに勉強を教えるAIエージェントの話です。単に知りたいことを回答してくれるというより、アドバイザーや執事に近い感じがする、という意見が出ていました。
目的なく検索する、“無意識化”する検索
- 澁谷
- この調査では、そのような使用も「検索」に含めているのでしょう。ただ、厳密には検索とは違う側面もありますよね。AIに対してだと、文章で質問しますね。消費者の「検索している」という意識とともに、「検索」の定義も変わってきているように感じます。
- 西村
- ついAIに聞くような形式で、検索エンジンにも文章を入れてしまったりしています(笑)。本調査では各検索の魅力を聞いていますが、AI検索の魅力として「専門的な情報がわかる」「単語だけでなく文章で質問できる」ことが上位に挙がっていました。また、まさに先ほど石淵先生がおっしゃったとおり、それぞれの存在感として、AI検索は「執事」「アドバイザー」に近いという結果が出ていました。
一方で、特に若年層において、表示された情報を読み込んだり深掘りしたりせず「AIの要約で満足」という人が多いのは気になりますね、10-20代だと、54.4%に上っていました。30-40代も43.6%でそれなりに高いです。これは、メ環研のほうで、今回の調査からわかったトピックの一つ目として「省力化する検索」とまとめています。例えば、いちいち検索しなくていいように、興味のあるキーワードを頻繁に検索したり、それに詳しい人とつながったりすることで、自然と情報が集まるような状況にしている、といった傾向がありました。
2つ目のトピックとして「リアクション化する検索」と挙げていて、40代以下の人は特に、反射的に検索することが多い傾向があるようです。そして3つ目のトピック「無意識化する検索」では、目的なく検索することも増えているとありました。特に10-20代では、「目的なく『おなかすいた』『さみしい』など気分を入力することがある」に、45.8%の人があてあまると答えていました。
検索エンジンとSNS検索の強みと弱み
- 西村
- 今のモードの話だと、AI検索はまだ「意識的なモード」だろうという感じがしますね。まさにSNS検索が、反射的や無意識的な検索に該当しそうだと思いました。検索しているという意識がないというか。
- 澁谷
- そうですね。全体の回答で、SNS検索をしている人は57.1%と出ていましたが、検索しているという意識がない「検索」を含めれば、実際にはもっと多い気がします。
- 杉谷
- SNSでの検索って、個人的には精度がまだ低い気がするんですね。これは検索エンジンの検索のアルゴリズムと異なり、アルゴリズムによって個々人に最適化されているんでしょうか?
- 柿原
- そうですね。検索キーワードに基づいて表示されるランキングのアルゴリズムとSNSとは、精度と更新頻度がまったく異なります。前者は相当、リソースを割いてモニタリングや学習を入れているので精度が高いですが、SNSだと、検索して上位表示されるものが必ずしも関連性が高いわけではないと思います。
- 杉谷
- ありがとうございます。そうすると、この調査でSNS検索をされている人は、その検索結果で満足しているのか、というのがとても気になりますね。
- 柿原
- その通りですね。それは検索エンジンの強みと弱みの話にもつながってくると思います。昔は検索エンジンのアルゴリズムやサイトインデックス情報の更新頻度は高くなかったので、例えば天気情報やスポーツの試合結果などはSNSのほうが速く正確でした。今はだいぶ改善されてきたものの、まだ、信憑性はさておき情報の鮮度という点ではSNSのほうが強いのではないでしょうか。
- 西村
- トレンドを追うにはSNS、という結果は先の調査でも出ていますね。リアルタイムな情報を得るにも適していると言えます。その点で消費行動との関係を考えると、SNSは能動的に検索せずともタイムラインに情報が流れてきますよね。なので、消費行動におけるそうした情報受領のインパクトがあると感じます。
情報の「探索」と「検索」の垣根がなくなる
- 柿原
- 先ほど「無意識的な検索」という話が上がりましたが、まさに「そもそも検索と意識していない『情報探索』が広がっている」と言えると思います。若い人たちは、延々と情報が流れてくるフィードというSNSのインターフェースに慣れているから、検索しようという意識も検索している意識も薄いのはうなずけます。でも、例えば自分がフォローしているインフルエンサーがあるレストランに関する投稿をあげていて、それをいいなと思ったらイイねやブックマークをする、というのも一種の情報探索・情報収集ですよね。
- 西村
- そうですね。我々が重ねてきた議論も、たまたま流れてきて目に留まる情報を得たタイミングで消費行動がどうなるか、そこにおける信頼性について話し合ってきました。
- 澁谷
- いわゆるインフォメーションシーキングでは、「情報探索」と「情報検索」は分けて議論されています。検索というのは、それこそキーワード検索ですが、タイムラインに出てきた情報を「よさそうだな」と思うのは「検索」とは違いますが、「探索」ではありますね。
- 柿原
- エクスプロレーション(exploration:探索)とエグザミネーション(examination:検査、評価)を行ったり来たりしているのが、情報探索の実態なのだろうと思います。いったんいろいろなものを広く探索・収集して、利用するかどうかは脇に置いておく。ただ、意思決定に近づくほど、マーケティング的にいうとファネルが進むほど、やはり評価し取捨選択して絞りこまないといけません。その段階では、複数キーワードで検索したり違うサービスと比較したりしているのだと思います。ただ、消費者がこの2つを明示的に切り分けて行動しているかというと、そうではないんでしょうね。
- 澁谷
- もしその評価段階にAI検索も使われるなら、キーワードを区切って入力する検索エンジン方式と、文章で質問するAI検索方式だと、だいぶ結果の違いが大きくなりそうです。文章の中に、キーワードがたくさん入ってきますから。
- 西村
- そこで面白いなと思うのは、前に柿原先生と対談させていただいた際、検索エンジンで検索するにもリテラシーが要りますね、という話が出たんです。いわんやプロンプトをや。AI検索はより難しい気がするのですが、意外と皆さん使うんだな、と。プロンプトを書くというより、話し言葉のような自然言語で入力できるのがいいのでしょうか。
- 澁谷
- そうでしょうね。自然言語での検索に慣れてきたと言えそうです。
情報の信頼性をどう捉え、何を拠り所にしているか
- 米満
- これまでの議論からプロンプトを活用した検索も含めて「情報探索」は形を変えつつも残っているますが、購買意思決定のプロセスにおいて「評価」のステップが生活者からより外部化しているような印象を持ちました。自分自身で比較検討し、評価するのではなく、SNSでインフルエンサーの判断をそのまま採用したり、AIの回答に委ねたりする行動が増えているように思います。
- 西村
- そうかもしれないですね。検索エンジンとSNS検索がハイブリッドになっている今、AIがどう入ってくるかによって、そのプロセスがどうなるかが変わりそうです。
調査の結果に戻りますが、そもそも信頼できる情報やコンテンツはなにかという設問で、10-20代が総じて各情報源に対する反応が低めでした。その中で他の年代より「参照した人の数が多い情報を信頼する(15.2%)」「フォロワーの数が多い人の情報を信頼する(14.0%)」や、拡散数が多い、芸能人やタレントからの情報、などが高くなっていました。いちばん高いのは、他の年代と同様に「企業の公式情報」ですが、他の年代と比べるとかなり低い傾向です。これは、そもそも全体的に信じていない中で、ある程度プラットフォーマーの仕組みに委ねているのか、それとも情報の信頼性を気にしていないのか……。
- 米満
- 「信頼性は気にしていない」と答えた割合は11.7%で他の年代ともあまり変わらないので、気にはするのでしょう。参照した人が多い、フォロワーが多いなどといった選択肢が挙がるのはデジタルネイティブ世代の特徴と言えるかもしれません。信頼という意味では、AIの情報はまだ低いですね。
- 柿原
- 情報のクレディビリティを、何をもって感じるか、というところだと思いますね。そもそも50-60代の人たちが新聞を信じているのも、何をもって信じているかというと「新聞は信じられるものだ」ということを信じているのだと思います。本当にそれが正しいかというよりも、そういうパーセプションが築かれているということでしょう。
方や、若い人には単に「新聞やテレビが信頼できる」というパーセプションがない、という違いなのかなと。なので、自分にとってわかりやすいクレディビリティの判断基準として「フォロワー数」や「有名人かどうか」などを用いているのではないか、という気がしますね。
- 米満
- AIの情報もそういうパーセプションが今後できる可能性は多分にありますね。
(後編<第10回>へつづく)
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澁谷 覚氏早稲田大学大学院経営管理研究科 教授
本プロジェクト共同代表東京大学法学部卒業、東京電力(株)に勤務。慶應義塾大学でMBAを取得。同社退社後に慶應義塾大学で博士(経営学)を取得。新潟大学助教授、東北大学教授、学習院大学教授、レンヌ第一大学ビジネススクール客員教授等を歴任。学習院大学では2020~21年に国際社会科学部長を務めた。2022年より現職。
この間、情報通信サービス、IT系を中心に、食品、住宅、エンターテインメント等多くの企業において、特にデジタル・マーケティング戦略、顧客分析、ブランド構築、人材育成等の策定、実行支援を数多く経験。日本消費者行動研究学会会長、『消費者行動研究』編集長、日本商業学会『JSMDジャーナル』編集長、日本マーケティング学会『マーケティングジャーナル』副編集長、等を歴任。
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柿原 正郎氏東京理科大学経営学部国際デザイン経営学科 教授関西学院大学経済学部卒業、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス博士課程修了(Ph.D. in Information Systems)。関西学院大学商学部講師・准教授、Yahoo! Japan研究所研究員、Google(東京およびシンガポール)リサーチ統括(検索領域・APAC)等を経て、2022年4月から現職。専門は経営情報システム、ユーザー行動分析。Google在職中から続く研究テーマは、デジタル環境下における消費者の情報探索行動。最近は、eスポーツやVTuber等のエンターテイメントコンテンツビジネスにおける消費者行動についても研究を進めている。
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石淵 順也氏関西学院大学商学部 教授関西学院大学商学部中途退学(大学院飛び級入学のため)。同大学商学研究科博士課程後期課程修了。博士(商学)。福岡大学商学部専任講師、助教授を経て、2006年4月関西学院大学商学部助教授(現准教授)、2011年4月より現職。専門は、消費者行動論、マーケティングリサーチ、商業論。特に、買物行動、消費者行動における感情の働き、商業集積の魅力などを研究。主著に『買物行動と感情―「人」らしさの復権』(有斐閣, 2019年)。日本消費者行動研究学会理事、日本マーケティング学会常任理事、日本商業学会理事、日本マーケティングサイエンス学会学会誌編集委員等を歴任。
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杉谷 陽子氏上智大学経済学部経営学科 教授慶應義塾大学商学部卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。上智大学経済学部経営学科助教、准教授を経て、2019年より現職。専門は消費者心理学、ブランド論、マーケティング論。日本商業学会関東部会理事、日本マーケティング学会常任理事、消費者行動研究学会理事。日本商業学会『流通研究』編集委員、消費者行動研究学会『消費者行動研究』副編集長等を歴任。
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博報堂DYホールディングス
Human-Centered AI Institute所長補佐
本プロジェクト共同代表The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
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博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センターGM 上席研究員マーケティング・リサーチ会社勤務の後、株式会社博報堂にてストラテジックプランニング・ディレクターとして、事業・ブランド戦略立案から顧客獲得、コミュニケーションに関するプラニングに従事。VoiceVision、ブランド・イノベーションデザイン局にて、生活者共創やユーザー・イノベーションを専門に、コミュニティ・プロデューサーとしてプロジェクト推進を行う。2021年より博報堂DYホールディングスにて、マーケティング実践領域の研究開発に従事。経営学修士(MBA)。博⼠後期課程。大学非常勤講師(マーケティング、消費者行動、ブランド戦略)。