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対談〈AI PARTNERS〉第4回──「上位概念シフト」を推進するツールとしてのAI
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対談〈AI PARTNERS〉第4回──「上位概念シフト」を推進するツールとしてのAI

博報堂DYグループのAI研究の拠点「Human-Centered AI Institute」の代表である森正弥が、AIをテーマにしてグループのキーパーソンと対話する連載〈AI PARTNERS〉の第4回をお届けします。今回は、博報堂DYグループにおける新事業創造やワークスタイル改革に取り組んでいる西山泰央を招き、西山が考える「上位概念シフト」とAIの関係について語り合いました。

西山 泰央
博報堂DYホールディングス執行役員
博報堂取締役常務執行役員
博報堂DYメディアパートナーズ取締役常務執行役員

森 正弥
博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
Human-Centered AI Institute代表

「上位概念シフト」が求められる理由

西山
はじめに、僕の問題意識をお話ししたいと思います。

博報堂DYグループのカルチャーを示す言葉に「クリエイティビティ」と「別解」があります。これまでの前提を壊してでも、新しいものを生み出していくこと。そして、これまでとは別次元の解を世の中に提示していくこと。それが、僕たちが育んできたカルチャーです。

一方、森さんが代表を務めておられるHuman-Centered AI Instituteが掲げられているように、Human-Centered、すなわち「人間中心」もまた、博報堂DYグループのカルチャーを示す言葉だと言えます。そういったカルチャーをベースにAI活用を推進していくにはどうすればいいか。キーワードは「上位概念シフト」だと私は考えています。
いままで、日常の業務に取り組み、その規模を拡張していくことだけで経済や社会が発展していくことができる時代がありました。しかし、社会構造が大きく変化し、気候変動も進み、人々の生活が不安定になっている現在、これまでと同じやり方ではビジネスも、世の中の仕組みも立ち行かなくなっています。

そこで必要とされるのが、上位概念シフトです。私たちはこれまで、マーケティングやクリエイティブを通じて、企業の価値を向上させ、企業の課題を解決することに取り組んできました。その仕事に引き続き取り組みながらも、一方で視座を高め、さまざまな企業課題、社会課題を俯瞰する目をもつこと。部分最適から世の中の全体最適に視野を広げること。そうして自分たちが生み出せる価値を拡大していくこと──。それが、私が考える上位概念シフトです。それによって、私たちはこれまで以上に企業活動や社会課題解決に貢献できるようになり、博報堂DYグループの価値も高まっていくはずです。その上位概念シフトとAIを上手に組み合わせることが、これからの重要なテーマになると私は考えています。

上位概念シフトとは、さまざまな問題を包括的に捉える視野をもつことである。そう考えればよろしいですか。
西山
包括的な視野をもち、かつそれをビジネスの中で実装して、具体的な価値を生み出していくこと。そうお考えいただければよいと思います。

もう一つ、AIを活用したワークスタイル改革も重要な取り組みです。仕事の中でAIを有効に活用するには、これまでの業務を一度棚卸しすることが必要です。自分にどのようなスキルがあるのか。これまでどのようなナレッジを蓄積してきたのか。仕事のどこに無駄があるのか──。そういったことを可視化することで、どこにどうAIを活用するのが最も効果的かが見えてきます。そのような棚卸しによって、個々人の仕事の効率化が図れるだけでなく、チーム全体のパフォーマンスを上げていくこともできると思います。
そういった取り組みは、「仕事の上位概念シフト」と言っていいと思います。仕事の上位概念シフトによって、個々のメンバーとチームの能力が拡張し、一人ひとりのモチベーションが向上することが期待できます。

必要なのはクリエイティブな「問い」

AI活用によって上位概念シフトを目指すというのはたいへん興味深いビジョンだと思います。AIは人の能力を拡張できるテクノロジーと言えます。従来の業務をAIに支援してもらうことによって仕事の生産性を上げるだけでなく、AIの力を借りることでこれまでできなかった領域にまで手を出していくことができます。例えば、文章を書くことが得意な人が、生成AIを活用することによって文章をイラスト化したり、音楽にしたりする。その拡張に大きな可能性があると僕は考えています。それは自らの仕事をより広い視野で見ることにもつながり、かつ実践により具体的な価値も生み出す。すなわち、仕事の上位概念シフトと言えるのではないでしょうか。
また、インサイトを深掘りする作業にもAIは活用できます。人間が見つけた生活者や企業のインサイトをAIに学習させて、人間が発見できなかった独自の視点や考え方をアウトプットしてもらう。そこから上位概念シフトの具体的な方向性を見出していくこともできると思います。
西山
先日森さんが登壇されていたフォーラムで、AI活用において重要なのは「問い」であるという話題が出ましたよね。上位概念シフトを目指すには、問いを研ぎ澄ますことが必要だと私は思っています。その点についてもお考えをお聞かせいただけますか。

生成AIに使われているLLM(大規模言語モデル)は、汎用性を目指してつくられたものです。LLMの大きな特徴は、「問いに対してより一般的と思われる回答を出す」点にあります。ジェネラルな質問をすればジェネラルな答えを返す。それが現在の生成AIです。したがって、AIにエッジの効いた答えを出してほしいのであれば、問い自体にエッジを効かせなければなりません。それが、AI活用において問いが重要である理由です。

もっとも、生成AIの研究も進展しています。例えば多くの生成AIはセマンティックサーチの機能を実装するようになり、インターネットを通じて広範囲の情報源からリアルタイムで情報を集めてきて回答を出してくれます。また2024年9月にオープンAI社が「o1」と呼ばれる新たな生成AIを発表したことによって、フェーズが変わりつつあります。o1はいわゆる因果推論AIと呼ばれるもので、タスクを分解し、公理や定理、法則など、明らかな事柄から出発してサブタスク、そしてタスクに至る道筋を導き、実行するものです。これらの技術の進化によって、凡庸ではないクリエイティブな答えを導くことも可能になってきました。

とはいえ、問いが重要であることに変わりはありません。クリエイティブな答えを生むのはクリエイティブな問いです。その問いの立て方に、博報堂DYグループの力が発揮されると僕は思います。

西山
最近は、「AIエージェント」の可能性もよく語られています。仕事のコマンドをAIに与えると、自動でアウトプットを出してくれるのがAIエージェントです。今後、多くのプレイヤーがAIエージェントへの取り組みを加速させると思われます。私たちが独自のAIエージェントをつくる場合も、やはり問いが大事になりそうですね。
そう思います。問いとは、AIを駆動させる「最初のひと筆」です。そのひと筆のクオリティがAIエージェントのクオリティを決めると言えます。そこが大きな差別化ポイントになるのではないでしょうか。

広範な改革を実現するためのエコシステム

西山
上位概念シフトには、さらにその先の目標があると考えられます。持続可能な未来を実現するために、既存の社会システム、習慣、政策、カルチャー、投資のあり方などを変えていく。そんな目標です。博報堂DYグループの中には、将来的には政策提言をできるような会社になることを目指していきたいと考えているメンバーもいます。私もそうあるべきだと思います。

広範な改革を目指していくために必要なのは、さまざまなプレイヤーが連携するエコシステムをつくることです。そのための社団法人をつくろうというプランも現在進んでいます。

エコシステムのコアプレイヤーは、イノベーティブな技術をもったスタートアップです。例えば、蛇口から出る水力を高め、洗剤を必要としない皿を開発することで、洗剤による環境負荷を低減する仕組みをつくったスタートアップがあります。一方、窒素循環モデルを応用して、生ごみから肥料をつくる技術を開発したスタートアップがあります。台所で洗剤を使わなくなれば、生ごみをそのまま肥料に転換することができます。これは技術と技術を組み合わせるエコシステムによって可能になることです。さらにその先に肥料のユーザーである農業法人などが加われば、より大きな循環モデルができるでしょう。それは新たな社会インフラになるはずです。

エコシステムを基盤とした新結合が、新しい価値を生む。それを事業化することで、ビジネスが成立する。そのビジネスは海外に展開できる可能性もある──。そんなふうに考えられます。

しかし、エコシステムが拡大していくと、技術と技術の組み合わせが多様化し、マッチングが複雑になっていきます。どのような技術を組み合わせれば、どのような価値が生まれるのか。その判断も難しくなっていきます。そこにAI活用の可能性があると私は思っています。AIなら技術と技術の最適なマッチングをたくさん発見してくれるし、人間が思いつかなかったような組み合わせも提案してくれるでしょう。

マッチングはまさにAIが得意とする領域ですね。同時に、AIもまたエコシステムを形成するテクノロジーの1つであると考えることも可能だと思います。

AIはさまざまな技術と融合することによってより大きな力を発揮するテクノロジーです。わかりやすいのは自動運転車です。自動運転車は、AI、センサー、ネットワーク、バッテリーなど多種多様な技術の組み合わせによって成立しています。AIだけでは生み出せなかった社会価値を創出しているのが自動運転車であると言ってもいいと思います。

エコシステムの中で、「AI×サムシング」のさまざまなパターンをつくり、それを社会課題解決のソリューションとしていく。そんな方向性も十分にありうるのではないでしょうか。

AIは鉄腕アトムになれるか

西山
AIの未来についても、考えを聞かせてください。先日、ある大学教授に「AIは鉄腕アトムになれるか?」といった話をされました。鉄腕アトムは人間と同様の意識をもったロボットです。しかし現在のAIは、将来的に鉄腕アトムになるような進化の仕方をしていないとその教授はおっしゃっていました。AIがこれから進化していっても、人間と同じような意識、心、感情をもつことはないだろうと。その点についてはどう思われますか。
AIがAGI(汎用人工知能)に進化し、さらにASI(人口超知能)になり、人間の能力を超えるシンギュラリティが起こる──。そんな見方があります。しかし最近では、AIの力をよりスペシフィック(限定的)なものと定義する考え方が主流になってきているように思います。

例えば、ASIは「何でもできるテクノロジー」ではなく、「言語、物理、数学などさまざまな領域で、人間が難しいと考えている問題を高い精度で解いてくれる技術」であるというのが近年の研究者の見方です。それはいわば情報処理技術の到達点であって、AIが意識、心、感情をもつこととはまったく別次元の話です。おっしゃるように、現在のAIは鉄腕アトムになるような進化はしていないし、このままでいくと今後もおそらくそうなることはないだろうと考えられます。

むしろ、AIによって人間が進化するという視点のほうが重要であると思います。これまではできなかったような膨大な情報処理や、これまでは考えられなかったテクノロジーの組み合わせをAIによって実現することによって、人間の視野や発想が拡張し、認識やクリエイティビティのレベルが大きく向上していく。そこに期待したいと僕は考えています。

西山
人間の進化もまた一種の上位概念シフトと言えるかもしれませんね。私たちの能力が拡張し、視野が広がり、これまでになかったものを生み出せるようになる。それが一人ひとりの成長となり、企業や社会の課題解決につながる──。AIを上手に活用すれば、そんなことができるようになるということを、博報堂DYグループのメンバーやビジネスパートナー、クライアントの皆さんにぜひ伝えていきたいですね。

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  • 博報堂DYホールディングス執行役員
    博報堂取締役常務執行役員
    博報堂DYメディアパートナーズ取締役常務執行役員
    1989年4月博報堂入社。営業局長を経て2019年4月執行役員。2021年4月から博報堂DYメディアパートナーズ執行役員を兼務。2024年4月から現職。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。