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「人間の可能性を極める」から始まるAIコンサルティング  ~Hakuhodo DY ONEが描くクリエイティビティと技術の新たな関係性~(前編)
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「人間の可能性を極める」から始まるAIコンサルティング ~Hakuhodo DY ONEが描くクリエイティビティと技術の新たな関係性~(前編)

博報堂DYホールディングスは2024年4月、AI(人工知能)に関する先端研究機関「Human-Centered AI Institute」(HCAI Institute)を立ち上げた。

HCAI Institute は、生活者と社会を支える基盤となる「人間中心のAI」の実現をビジョンとし、AI に関する先端技術研究に加え、国内外のAI 専門家や研究者、テクノロジー企業やAI スタートアップなどと連携しながら、博報堂DY グループにおけるAI 活用の推進役も担う。

本格的なスタートを切ったHCAI Instituteを管掌する、グループのCAIO(Chief AI Officer)である森正弥が、博報堂DYグループのソリューションを紹介し、そのトップランナーと語り合うシリーズ対談を「Human Centered AI Works」と題してお届けする。

第2回は、Hakuhodo DY ONEのシニアマネージャー/チーフAIストラテジスト中原柊氏に、企業における生成AI活用を支援するAIコンサルティングと、創造性とAIの関係について聞いた。

未曾有の変化に直面する企業を支える

まずは中原さんのキャリアについてお聞かせください。これまでのコンサルティングファームでの経験が、現在のお仕事に活きていると伺っています。
中原
私は大手コンサルティングファームでキャリアをスタートし、特にDX元年と呼ばれた2015年頃からAI活用戦略の構想策定や新規事業創造に携わってきました。当時はディープラーニングの進展により第3次AIブームが到来し、多くの企業がAIの活用可能性を模索し始めた時期でしたね。

総合コンサルティングファームでは幅広い業務に従事しましたが、特にDXやAI関連の案件が多かったです。例えば、製造業での予知保全システムの導入や、金融機関での審査業務の効率化など、様々な業界でAIの実装に関わってきました。

製造業や金融など、幅広い業界でのテクノロジー活用、ユースケースを見られてきたんですね。そうした経験を活かして、現在はHakuhodo DY ONEでどのような取り組みをされているのですか?
中原
現在はDXコンサルティング本部におけるAIコンサルティング事業の立ち上げを主導しています。これまでの経験で特に重要だと感じているのは、テクノロジーの導入だけでなく、組織全体の変革をいかに実現するかという点です。技術はあくまでも手段であって、本質的な課題解決のためには、組織の在り方や働き方まで含めた包括的なアプローチが必要だと考えています。
企業において全体の変革まで視野を持ち、実現を目指すというのはとても重要な視点だと思います。しかし、近年、コンサルティングを取り巻く環境は大きく変化しています。中原さんはこの変化をどのように捉えていらっしゃいますか?
中原
最も顕著な変化は、業界と業界の垣根が取り払われてきていることです。例えば、コンサルティングファームと広告会社の境界線が曖昧になってきています。実際に私たちDXコンサルティング本部がかかわるコンペでも、コンサルティングファームと直接競合するケースが増えていて、体感としては2つに1つは必ずそういった状況になっています。

これは単なる業界の競争構造の変化ではなく、より本質的な変化を反映していると考えています。例えば、ある小売業のクライアントでは、従来は販促施策の立案が主な課題でしたが、今ではサプライチェーンの最適化からデジタル顧客体験の設計まで、より包括的なソリューションが求められるようになっています。

クライアント企業の変化の背景には、世界的な環境変化、情勢変化があるわけですね。背景にあるのは、コロナ禍、サプライチェーンの混乱、地政学リスクの高まり、ソーシャルメディアの影響、環境問題、気候変動など、複雑に絡み合う世界的な変化です。企業は、事業継続性、社会的責任、DX推進など、様々な課題に直面し、個別対応ではなく多角的な視点と戦略的思考を求めています。

これは、広告会社、コンサルティングファームなど、あらゆる業界に共通する変化なのではないでしょうか。

中原
まさにそうですね。マーケティングとコンサルの垣根の話をしましたが、例えば、ベンダーとコンサル、特にIT系ベンダーやテクノロジー系とコンサルティングファームの垣根も曖昧になってきていますクライアント企業も、必ずしも「ここはA社、ここはB社」とパートナーを切り分けたいわけではないケースが多いと感じます。全体をプロデュースしてくれる存在を求めているのではないでしょうか。
ズームアウトしていくと企業を取り巻く変化の裏にはそのような地殻変動が見えてくるし、そこまで視野に入れて考えていく必要があると。

中原
その通りです。しかも、これらの変化は個別に対応できるものではありません。例えば、サプライチェーンの見直しを行う際も、コスト効率性だけでなく、環境負荷や地政学的リスク、さらにはステークホルダーとのコミュニケーションまで、多面的な検討が必要になります。

そのため企業は、個別の機能的なビジネスパートナーではなく、より本質的な課題に一緒に取り組んでくれるパートナーを求めるようになってきています。

より本質的な課題に一緒に取り組む。それは総合的な視野だけでなく、より豊かな創造性が要求されるようにも思います。クリエイティブ業界の強みが期待される場でもありますね。
中原
はい。私たちが提供できる価値が、まさにクリエイティビティを活かしたイシューへの向き合い方なのです。例えば、AIの導入というと技術的な側面に目が行きがちですが、実は「人々の行動をいかに変容させるか」という課題が重要です。これは、まさに私たちが得意としてきた領域です。

技術とクリエイティビティを掛け合わせることで、単なる業務効率化を超えた、新しい価値創造が可能になる。それが、私たちのアプローチの特徴だと考えています。

AIコンサルティングの5つの柱

さらに解像度をあげるべく、Hakuhodo DY ONEのAIコンサルティング事業について、具体的にお聞きしていきたいと思います。どのようなサービスを展開されているのでしょうか?

中原
私たちは、企業のAI活用を促進するために、5つの柱でサービスを展開しています。ここではセミナー/ワークショップ以外のメニューについて紹介しますと、まず1つ目が「ユースケース創造」です。

これは、企業の中でAIをどのように活用していくか、具体的な案件を発掘し、構想を練るものです。ここで重要なのが「課題起点」のアプローチです。「AIで何かできないか」という漠然とした要望ではなく、まず企業が直面している本質的な課題は何かを深く理解することから始めます。

課題を理解して、ユースケースを確実なものとして作り出していく。その際、技術受容モデル(TAM)を活用されていると聞きました。
中原
はい。TAMは非常に重要な視点を提供してくれます。このモデルでは、新技術の受容において「知覚された有用性」と「知覚された使いやすさ」が鍵となります。
なるほどです。最近は、AIエージェントが注目を浴びていますが、そこにおいても課題への理解がないとユースケースは見いだせないですし、また有用性だけでなく、使いやすさの両方をおさえないと実効性のあるユースケースにはなっていかない。それらによるアプローチはとても有用だと思います。2つ目の柱である「実装支援」については、どのように進められているのでしょうか?
中原
実装支援は、PoC(実証実験)から本番システムの開発、そして業務変革(BPR)まで、一気通貫で支援するものです。ここで大切なのが、「実証から実装へ」のギャップを埋めることです。

よくあるのが、PoCは成功したものの本番環境への移行で躓くケースです。これを防ぐため、私たちは社内のエンジニアリング部隊と緊密に連携し、初期段階から実装を見据えた設計を行っています。

例えば、あるサービス業のお客様では、顧客対応にAIを活用する実証実験を行いました。その際、単にAIの精度を検証するだけでなく、実際の業務フローへの組み込み方や、従業員の作業動線まで含めて検証しました。結果として、スムーズな本番移行を実現できました。

企業の現場においては、PoCは成功したものの本番導入でつまずく、いわゆるPoC倒れに悩まれされることはよく聞きます。最初から本番導入をにらんで技術的なフィージビリティも高めておくことで、PoC倒れのリスクを減らしておくことはとても大切だと思います。3つ目の「徹底伴走コーチング」は、非常にユニークな取り組みですね。
中原
はい。これは私たちが特に力を入れているサービスの一つです。単なるAIスキルの育成ではなく、組織のAIエバンジェリストを育成するプログラムです。

具体的には、まず対象者の業務内容や個人特性を深く理解することから始めます。例えば、データ分析が得意な人もいれば、社内調整が得意な人もいる。その人の強みを活かしながら、AIリテラシーを高めていきます。

特徴的なのは、実際の業務課題を教材として使用する点です。座学だけでなく、自分の部署の課題をAIで解決する実践的なプロジェクトを通じて学んでいただきます。

組織のAIエバンジェリストを育成していき、そして、4つ目の「タスクフォース支援」でAIの実践を変革へとつなげていく。ノウハウを集め、活用とガバナンスの両輪を回すような組織横断的な取り組みなわけですが、この「タスクフォース支援」について、最近のクライアントからの問い合わせやニーズ等、傾向はいかがでしょうか?
中原
AI活用を推進するためのCoE(Center of Excellence)やタスクフォースの立ち上げ・運営支援は、現在最も需要が高まっている領域です。背景には、個別の施策だけでなく、全社的なAI活用の推進体制を整備したいというニーズがあります。

ここで重要なのが、組織設計だけでなく、活動の実効性を高める仕組みづくりです。例えば、ある企業では、各部門からAI活用のアイデアを募集し、実現可能性の検証から予算化までをサポートする「AI活用推進制度」の設計・運用をお手伝いしました。

AIの活用推進にあたって、鍵となるポイントは何だと思われますか?
中原
最大の特徴は、「ノリ」「機運」「モーメンタム」を重視する点です。「AIをもっと活用していく企業に変わりたい」—— 多くの企業が持つこの願いに応えるには、単なる技術導入では不十分なんです。

生成AIの導入を例に取ると、ツールを導入しただけでは活用は進みません。私たちは、社員が自然にAIを使いたくなるような仕掛けづくりを重視しています。具体的には、AIを使った業務改善コンテストを開催したり、先進的な活用事例を社内で共有するイベントを企画したり。

これは言い換えれば、インナーブランディングやインナーマーケティングの視点です。「AIを使うことが当たり前」という文化を醸成していく。この点は、私たち広告会社ならではの強みだと考えていますね。

既存の仕組みに守られた企業のオペレーションを変えていくには、顧客への影響や品質維持への懸念を払拭しながら、機運、モーメンタムを高める必要があるという点はまさにその通りだと思います。変革のトリガーをどう作り、モーメンタムを生み出すかが肝になってきますね。

「AI 東京ドームシティ新聞」にみる体験設計

これまでの議論から趣の違う話になってしまうかもしれないのですが、企業におけるAIの変わった、クリエイティブな活用例として、「AI 東京ドームシティ新聞」の取り組みについて詳しくお聞かせください。
中原
取り組みの発端は、お客様と「AIで何かできないか」という討議でした。さらにその背後にある本質的な願いを探っていくと、「AIをもっと活用していく企業に変わりたい」という思いが見えてきます。

例えば、東京ドームさんは、何よりもお客様に対するエンターテインメントを大切にしている企業です。この「東京ドームらしさ」を活かしながら、AIを活用した新しい体験価値を創造できないか。そこで考えたのが、来場者がAIと対話し、その会話内容をもとにパーソナライズされた新聞を生成するというサービスです。

これは、従来のジェットコースターの記念写真のような思い出作りを、AIで進化させた形とも言えます。施設の来場者にまずはAIと会話してもらい、今日どうだったか、楽しかったかといった対話を通じて、あなただけの新聞を作り上げていくんです。

体験設計の面で、特に工夫された点はありますか?
中原
勿論新聞をつくってお客様に良い体験を届けることが大目的なのですが、他にも新聞作成を誘因として、AI体験を通じて来場者へのヒアリングを実施できるという点も工夫しました。施設運営において、顧客体験を阻害せずお客様の生の声を聞くことは容易ではありません。しかし、お客様が体験を通じて喜んで応じる仕組みがあれば理想的です。この新聞作成とAIヒアリングで自然に生の声を収集し、貴重なマーケティングデータとして活用、施設改善に役立てます。
マーケティングの観点からも興味深い取り組みですね。特に、AIが生の声や体験を収集しコンテンツ生成をサポートすることで、これまでにないメディアの形が生まれる可能性を感じます。AIで効率化するという文脈ではなく、新しいCXを実現しビジネスモデルを変革する「きっかけ」になることに期待が高まります。
中原
AIの活用において、AI Experience(AIX)のデザインは重要です。もう一つ例を挙げると、とあるAIキャラクターを用いた対話型AIの施策では、「AIが知らないことをどう自然に表現するか」が課題でした。例えば、子どもに「日本のザリガニって毛がもふもふはえていてかわいいよね」と言われた時、全知全能のAIが「いいえ、違います」と答えると嘘になります。そこで、AIに「データを忘れてしまった」という設定を与え、より自然な対話を実現しました。これは単なるトリックではなく、AIとの対話を自然にするための重要な工夫です。
まさにAIと人との関係性構築におけるインタラクション設計の妙ですね。

一方的に情報を提供したり、聞き出したりするのではなく、相互のインタラクションをどうデザインするかが、エンゲージメントを高め、豊かな体験を創出する鍵となる好例だと思います。

 

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  • Hakuhodo DY ONE
    DXコンサルティングユニット シニアマネージャー
    ベイカレント・コンサルティング、法人向けSaaSスタートアップを経て、2023年にアイレップに参画。メディア/Webサービス/通信/エネルギー業界を中心に、DX企画、CX改革、事業戦略、販促領域などに携わる。DX部門において機械学習系スタートアップとの協業やメディアでの情報発信等にも従事。その後、社内最速でマネージャーに昇進。SaaSスタートアップでは、法人向け動画制作クラウドソリューションのカスタマーサクセス部長 兼 DXコンサルティンググループとして、カスタマーサクセスの戦略からオペレーション構築を通し、契約更新率の大幅改善を達成。また、新規プロダクトの立ち上げ等を主導。ChatGPTをはじめとしたジェネレーティブAIの社内オペレーション組み込みを力強く推進し、外部セミナー等において情報発信活動にも携わる。主な著書に『DXの真髄に迫る』(共著/東洋経済新報社)がある。
  • 博報堂DYホールディングス 執行役員/CAIO
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。

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