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進化し続けるAIと人間中心のアプローチ  AI技術・ガバナンスの最新トレンド【セミナーレポート】前編
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進化し続けるAIと人間中心のアプローチ AI技術・ガバナンスの最新トレンド【セミナーレポート】前編

生成AIの飛躍的な進化に伴い、今やさまざまな領域でAIの活用が進んでいます。
そんな中、博報堂DYグループは“人間中心のAI技術”を軸に研究開発を行う組織「Human-Centered AI Institute」を設立しました。
AI技術のさらなる進化が加速する今、AIをどう活用すべきか。
そして、どのようなリスク対策が求められているのか。

本記事では、先日開催した博報堂DYグループが主催する“生活者データ・ドリブン”マーケティングセミナー「進化し続けるAIと人間中心のアプローチ:AI技術・ガバナンスの最新トレンド」の様子を編集してお届けします。セミナーレポート記事の前編では、「Human-Centered AI Institute」の代表を務める森正弥が、AIの技術的な進化の方向性や人間中心のAI活用のアプローチについて触れながら、博報堂DYグループの今後のAI活用の取り組みについてご紹介します。後編では、デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社の山本優樹氏より、AI規制やガバナンスに関する最新動向を解説いただきます。さらに、最新技術トレンドや企業が今取り組むべきリスク対策について、山本氏と森がパネルディスカッションした様子をご紹介します。

<登壇者>
山本 優樹氏
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
デロイトアナリティクス シニアマネジャー

森 正弥
博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer
Human-Centered AI Institute代表

【第一部】進化し続けるAIと人間中心のアプローチ

博報堂DYグループが取り組むAIサービス事例

はじめに、自己紹介と博報堂DYグループにおけるAIの取り組みについてお話させていただきます。

私は、2024年4月より博報堂DYホールディングスの執行役員、そして Chief AI Officer として業務にあたっています。また、“人間中心のAI”というコンセプトを掲げる研究開発組織「Human-Centered AI Institute」の代表を務めています。

一方、これまではグローバルプロフェッショナルファームにてDX・AI領域をリードしたり、日本ディープラーニング協会の顧問や東北大学にてAIに関する特任教授を務めたりしてきました。
本日は、そんな知見も活かしながら、AI技術のトレンドや今後重要になるコンセプトについてお話させていただきます。

続いて、博報堂DYグループが取り組んでいるAIサービスをいくつか紹介させていただきます。

一つ目が、「AIラップ名刺」です。
自分のプロフィールを入力してアップロードするだけで、生成AIがラップで自己紹介を作成してくれるサービスなのですが、パンチラインの効いたリリックも盛り込まれていて、コミュニケーションのきっかけにもなると考えています。

二つ目が、「バーチャル生活者調査」です。
当社グループが毎年実施している生活者調査の7,000人のペルソナを作成し、そのペルソナに対してインタビューを実施したり、ペルソナ同士でディスカッションしたりすることができるサービスです。現在開発途中ではありますが、たとえば、商品企画の際に「この商品についてどう思う?」など、仮想の生活者に手軽にインタビューできるようになるため、プランニング時などの仮説検証にも役立てられるはずです。

【コンセプト動画】
 

三つ目が、「マルチエージェントブレストAI」
社内のシステム連携で広く使われているRAGシステム(検索拡張生成システム)を応用したサービスです。生成AIによって製造担当者や物流担当者、広報担当者などを自在に登場させ、商品開発に必要なディスカッションやプランニング、レビューなどを行うことで、市場投入までのリードタイムの短縮や、更なる品質向上に貢献します。

そして最後が、従業員のインタビュープログラム「ボボットウ」です。
従業員が持っているアイデアや思いを生成AIが引き出してくれるようなシステムで、思わぬ気づきや発見のきっかけづくりにも役立つはずです。

このように、当社グループでは、クリエイティブや創造性を活かしたさまざまなAIサービスを提供しています。
また、先日、AI活用サービスの開発・展開を加速するために、統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM」を発表しました。このプラットフォームによって、顧客企業のみなさまによりサービスを届けやすくなるだけでなく、さらなる利便性向上にもつながると考えています。

AI技術は今後どのように発展していくのか

現在、AI技術の進化は目覚ましく、さまざまな企業・生活者の活用も急速に進んでいるだけでなく、バージョンアップするごとに性能が100倍以上アップしているとも言われています。

では、そういった進化は、どのようにして展開されているのでしょうか。

ここでは、図の枠組みを使ってAIトレンドの展開を解説してみたいと思います。
縦軸が「アカデミア的」「実践的」、横軸が「プロセス志向」「エクスペリエンス志向」としています。

こうした枠組みをもとに考えると、「アカデミア的」かつ「プロセス志向」の左上にあたるのは、生成AIや大規模言語モデルといった『ディープラーニング×ビックデータによる飛躍』によって進化していく技術領域であり、「実践的」かつ「エクスペリエンス志向」である右下にあたるのは、AI×XRや、AI×メタバースといった『多様な技術とAIとの組み合わせによる発展』が期待されるソリューション領域と言えるでしょう。

この枠組みを使うことで、AIにおける今後のトレンド展開も見えてきます。
まず、昨今のAIブームの火付け役となった「ジェネレーティブAI(以下、生成AI)」は、ディープラーニングとビックデータから生まれたものなので、左上に位置します。

ただ、当初「アカデミア的」だった生成AIは、多くの実践がなされる中で、一層研究が進んでいきました。つまり、縦軸での下の「実践的」に進んでいきます。そして、AI技術による成果も単に処理の効率化だけでなく、より体験を生み出していく「エクスペリエンス志向」への期待が高まっていきます。そして、最後にはそれまでの展開をふまえて、学術的な新しい手法によって突き抜ける、ブレークスルーさせる右上に向かっていきます。このような発展を可視化してみると、U字型を描くことがわかります。
このU字型に沿って、次の展開を考えてみましょう。

次に注目されているのが、「エンタープライズAI」です。
これは、企業内でのAI活用のことですが、この領域においても、自社内のデータベースやドキュメント、また基幹システムといったリソースと連携したRAGシステムを中心に、多くの企業で活用が進んでいます。

そんな「エンタープライズAI」の広がりに伴って注目されているのが、透明性や安全性を確保していこうという動きである「トラストAI」。例えば、プライバシー保護技術やヒューマン・イン・ザ・ループ*の導入、さらにはアジャイル・ガバナンスの実践などによって、信頼できるAIの構築が求められるようになっています。
*ヒューマン・イン・ザ・ループ:人工知能などによって自動化・自律化が進んだ機械やシステムにおいて、一部の判断や制御にあえて人間を介在させること

そして次に現れるのが、アカデミア的と実践的の間に位置する「ヒューマンAIインタラクション」です。「人間とAIの協働をどう発展させていくべきか」といったテーマで、XRによる新たなAIインタフェースの探求やニューロサイエンスを用いたUXの改善、そしてAIがどのように人や集団の意思決定に影響を与えるかなど、今まさに多様な研究が活発になされています。

最後が、AIによって切り拓かれた新しい世界「ニューワールド」です。
とくにメタバース×AIや、デジタルツイン×AI、シミュレーション×AIなど、研究領域においても熱視線を集めているところです。
また、強化学習や深層強化学習の技術も進む中、それらを飛躍させるものとして「世界モデル」というアーキテクチャも提唱されており、さらなる発展が見込まれています。

ここまでにお伝えした5つの領域を見ていくことで、AIにおけるトレンド展開を掴んでいただけるのではないかと考えています。

“人間中心のAI”というコンセプトが重要に

ここからは、今後重要になる“人間中心のAI”といった価値観についてお話させていただきます。

冒頭でもお伝えしましたが、私たちは、人間中心のAI技術を研究開発する組織「Human-Centered AI Institute」を設立しました。
この組織が挑むのは、当社グループの強みであるクリエイティビティとAIを掛け合わせ、人間の創造性を進化・拡張させること。生活者と社会の双方に貢献する、人間中心のAI技術の研究と実践に取り組んでいます。

この組織のコンセプトである「Human-Centered(人間中心)」という言葉は、実は2016年頃によく用いられていた「User-Centered(ユーザー中心)」という表現にその源流があります。「User-Centered Design(ユーザー中心の設計)」という用語によって、利用者のニーズを満たすUI/UXの設計が追及され、その概念が徐々に拡張していき、利用者以外のステークホルダーも含めた「人間中心の設計」といった形へ変化しました。さらには、AIがどのように人間の役に立つのか、という問いかけも取り込んで、昨今は「人間中心のAI」として発展し、ホットな話題になっています。

ですが、私たちは「人間中心のAI」の考え方をさらに進化させていくべきではないかと考えました。ここで踏まえたのが、博報堂DYグループのグローバルパーパスです。

博報堂DYグループ グローバルパーパス
生活者、企業、社会。
それぞれの内なる想いを解き放ち、
時代をひらく力にする。
Aspirations Unleashed

グローバルパーパスで、生活者、企業、社会の内なる想いを解き放つことが大事だと掲げました。それを受けて、私たちの組織では「人間中心のAI」という概念も、生活者を真ん中において、その内なる想いを解き放つものへと発展させていくべきではないかと考えました。つまり、AIは生活者の創造性を解き放つことに意味があるのではないか、と。そして、「生活者を真ん中においたAIテクノロジーを」というステートメントに至りました。
ある時は働き手であり、ある時は消費者であるような「生活者」という存在を中心において、AIで「生活者」が持つ創造性、クリエイティビティをどう解き放っていくか、社会をどう豊かにしていくか。こうしたことを追求していくという意思を込めています。

人間の業務をAIで “置き換える”アプローチから、人間の可能性をAIで“解き放つ”アプローチへ

“人間中心”のアプローチについては、世界でも議論され始めています。

2023年4月の世界経済フォーラム(WEF)では、「3年前と比べて仕事の自動化の進展は見られていない」といったレポートが出ていたり、国際労働機関(ILO)からは2023年8月に「仕事や産業における自動化の影響は限定的で、AIが人に取って代わるというよりも、人を補完する可能性が高い」「AIは、仕事を奪う技術ではなく、人の能力を拡張していく技術」といったレポートも出ていたり。
2023年9月には、国連教育科学文化機関(UNESCO)が「AIを含むテクノロジーによって人間の能力を高め、包摂的なデジタルの未来を築くには、人間中心のアプローチが不可欠」ということも発信しています。

そもそも、「さまざまな業務がAIに取って代わられるかもしれない」といった、いわゆるAI脅威論は、オックスフォード大学のオズボーン教授が2013年に書いた論文研究がトリガーになっているのですが、そのオズボーン教授は2023年9月に新たな論文を発表しています。

その論文で記されているのは、「生成AI技術の展開はボトルネックがあり、人間の仕事を完全には置き換えない」「AIは人間の可能性を掘り起こし、新しい創造性を生み出す」ということ。

今までとは違ったAIに関する新たな見解が提示されています。つまり、私たちもAIの見方や使い方を変えていく必要があるのではないかということです。

従来のAIの使い方は、人間の業務における特定の部分をAIによって置き換え、自動化するようなものでした。
しかし、これだとなかなかうまくいかなかったり、期待する精度にならなかったりする。
なぜなら、AIは確率統計がベースになっていることから、必ず誤差が発生し、それゆえに常に正解に至るとは限らないからです。これが、他のテクノロジーとは根本的に異なっている部分でしょう。

そこで、今後主流になっていくのが“人間中心”のAIの使い方です。
たとえば、AIを使って人の能力を拡張し生産性を高めていくとか、AIと人間が相互作用的に創造性を拡張しアイデアを広げていくとか、あるいは、AIを基盤にさまざまな人がコラボレーションすることで新たなことを生み出すなど、人の業務をAIで“置き換える”のではなく、人の持つ可能性をAIで“解き放つ”へとシフトしていかなければならないと考えています。

最後に、最初にお伝えしたAIのトレンドについても、「人間中心」のAIの使い方を重視していくことで、AIの発展や活用事例も進んでいくのではないかと思っています。

後編へ続く

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  • 山本 優樹氏
    山本 優樹氏
    デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
    デロイトアナリティクス シニアマネジャー
    世界的な電機・エンタテインメント企業の国内および米国の研究拠点にて、AI等の先端テクノロジーの研究開発および同成果の製品・サービス・国際標準への導入等を経て現職。企業のビッグデータ分析、AIのビジネス導入、AI活用に向けた組織構築・人材育成、AIの活用に伴う社会的なリスクの回避に向けたAIガバナンスの実践等の経験を通じ、テクノロジーとデータを活用したビジネスの改善に強みを持つ。2022年から東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員。生成AIの社会導入とAIガバナンスの実践の高度化に関する調査研究に従事。
  • 博報堂DYホールディングス執行役員 Chief AI Officer
    Human-Centered AI Institute代表
    外資系コンサルティング会社、インターネット企業を経て、グローバルプロフェッショナルファームにてAIおよび先端技術を活用したDX、企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、東京大学 協創プラットフォーム開発 顧問、日本ディープラーニング協会 顧問。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。