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敬意と愛情を持って、高齢者とテクノロジーをつなぐ。Abbie Richie氏インタビュー|AgeTechX連載vol.02
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敬意と愛情を持って、高齢者とテクノロジーをつなぐ。Abbie Richie氏インタビュー|AgeTechX連載vol.02

2024年5月14日、Well-BeingXとAgeTechX*の合同イベント「Well-BeingX & AgeTechX 2024 Meetup!」を開催。
基調講演で米シニアケア市場の最新テック事情を解説したAbbie Richie氏を迎え、テクノロジーが高齢者にもたらすもの、またその普及に対する課題について伺いました。

AgeTechX(エイジテックエックス)とは・・・博報堂とスクラムスタジオによる事業共創プログラム。「健康・長寿・人生100年時代」をテーマとしたエイジングの課題を、パートナー企業と国内外のスタートアップが協業し、テクノロジーで解決する。

Abbie Richie
Tech Guru at The Smarter Service

安並 まりや
博報堂シニアビジネスフォース 新しい大人文化研究所所長

きっかけは親族の引っ越し。「自分のできること」が「誰かの役に立つこと」に

安並 まりや(以下、安並)
テクノロジーに精通し、Tech Guruと呼ばれているアビーさん。シニアにまつわるテックを紹介するYouTube番組「TECH TUESDAY」も配信されていますよね。以前私がインタビューしたイスラエルのエイジテック研究者、ケレン・エトキンさんも出演されていました。「TECH TUESDAY」はいつからはじめたのですか?
Abbie Richieさん(以下アビー)
2年前にはじめました。リタイアされたシニアを対象にテック情報を発信しています。ケレンさんのことは以前からよく知っていましたが、実際に交流を持ったのはコロナ禍に流行ったclubhouseなんですよ(笑)。
安並
そうだったんですね!Tech Guruという呼び名はどうして付いたのですか?

アビー
実は、生徒が付けてくれた名前なんです。むずかしいテックから解放してくれたテックの妖精(fairy)だとか、テックの天才(genius)だと言ってくれる方がいるなかで、「Tech Guru」だと言った人がいて。まさしくこれだ!って。キャッチーで気になるでしょう?
安並
たしかにそうですね(笑)。アビーさんは高齢者のテクノロジーリテラシー向上に貢献されていますが、そもそもテックを教えることになったきっかけは?
アビー
私はもともと教育のエキスパートです。
幼稚園から中学生の子どもを教育する仕事をしていたのですが、2015年に勤めていた会社がなくなってしまったんです。自分がなにをしたいか、原点に立ち戻ろうと思い、家族について振り返ってみました。実は、私の家は父方も母方も4世代にわたって起業家のファミリー。身近に起業の先輩がたくさんいたんです。また、祖父や祖母と過ごす時間が長く、高齢者に対する尊敬の念を強く抱いていました。
安並
祖父や祖母との絆が強かったという話がありましたが、高齢者との関係性のなかに「テクノロジー」というキーワードが入ってきたのはなぜですか?
アビー
あるとき親族に引っ越しをする人がいて、ケーブルやWi-Fiの手続きを手伝ったんです。自分にとっては簡単なことでも高齢の親族にとっては大変なことで、すごくありがたがられましたし、親族のご近所さんにも手伝ってほしいと頼まれた。実は必要とされていることだとわかって、Senior Savvyをはじまるきっかけになりました。
安並
Senior Savvyを立ち上げたのはいつですか?
アビー
Senior Savvyを立ち上げたのが2018年。アリゾナ州のフェニックスで展開していましたが、全米に拡大していくことを目指して2024年の3月にThe Smarter Serviceに加わりました。

新しいデバイスを手にすることは、生まれたての赤ん坊を手渡されるようなもの

安並
2018年のタイミングで高齢者向けのテクノロジー支援サービスをスタートさせていたわけですね。ビジネスとしてどうやって成立させていったのですか?
アビー
まずはニーズのリサーチから行いました。
5つの高齢者コミュニティに電話をして、「携帯電話の使い方を教えるワークショップを開催したら利用したいですか?」と尋ねたんです。そしたら、すぐに5件中5件から予約があって、ニーズがあることがわかりました。ワークショップは、まずフォントサイズの大きさを変えて「見やすくする」ことからスタート。もっと知りたい人は個別のセッションを予約してね、という方法でビジネスにつなげていきました。
安並
高齢者にとっては、どんなテクノロジーも使いはじめがむずかしいんですよね。
アビー
本当にそう。高齢者が新しいデバイスを手にすることって、生まれたての赤ん坊を突然手渡されるようなもの。
「はい、あとは自分でがんばって!」と言われても、まわりに教えてくれる人がいないと途方に暮れてしまいます。
いまはマニュアルもすごく薄いし、わかりにくいですからね。まずは基礎を教えるワークショップを行うことが大事です。
安並
どれくらい基礎から教えるのですか?
アビー
スマートフォンなら、ボタンの名前や、電源の入れ方、切り方。あとは、スピーカーがどこにあるかも。スピーカーを手で押さえながら話している人だっているんです。生徒さんからフィードバックをもらうと「いままで誰も教えてくれなかった」と言うんですね。大事なのは、わからなくなったら何度でも教えてあげること。忍耐のいることですが、とても大切なことです。

大事なのは“テクノロジーを使ってなにができるか”がわかること

安並
パンデミック前後でなにか変化はありましたか?
アビー
2020年の3月にロックダウンし、これまで対面で行なっていたクラスをすべてクローズしなければならない、という状況に追い込まれました。でもあるコミュニティからzoomでクラスを行なってほしいという依頼があったんです。数十人の高齢者にzoomで教えるなんて絶対ムリ!と思ったんですが、やってみたら大盛況。その経験は大きかったですね。
そこでわかったことは、高齢者の方は“テクノロジーを使ってなにができるか”がわかるとモチベーションが生まれるということ。「zoomを使えばお孫さんの誕生日を画面を見ながらお祝いできますよ」とお伝えすると、積極的に取り入れようとしてくれるんです。
コロナ前、高齢者はテクノロジーを使いたがらないと思われていましたが、目的があれば使ってくれる。社会実証として大きな気づきでした。そのときやはり、一人ひとりのレベルに合わせて教えてあげることが大事なんですよね。
安並
ひと口に高齢者と言ってもデジタルリテラシーはそれぞれ。どのように対応していますか?

アビー
私はテクノロジーの専門知識より、教育者としてのバックボーンを大事にしています。ビギナー向けには基礎からシンプルに。アメリカにはKISS の原則と言われる「Keep It Simple, Stupid」(とにかくシンプルにする)という言葉がありますが、私が大事にしているのは「Keep It Simple Senior」。初心者の方にはダブルタップから教えますし、上級者の方にはマルチタスク機能を教えたり、持っている知識を共有してもらったり。クラス全体が盛りあがるように意識していますね。

アクセシビリティの観点で新しいテクノロジーが生まれている

安並
アメリカのテクノロジー事情について教えていただきたいのですが、アメリカではスマートスピーカーを利用する高齢者が多いと聞いたことがあります。本当ですか?
アビー
そうですね、結構使っていますよ。お子さんがプレゼントするケースが多いです。ただプレゼントするだけだと部屋の隅に放置されてしまうので、「レシピを教えて」とか「今日のテレビ番組を教えて」といった簡単な活用方法をレクチャーすることが大切。
繰り返しになりますが、テクノロジーで何ができるかを伝えることが大事なんですね。
安並
今後どんなテクノロジーがくると思うか、その予測を伺いたいのですが、アビーさんは最新トレンドをどこでキャッチしていますか?
アビー
ラスベガスで開催されるテクノロジー見本市CESには毎年注目しています。直近では、AARPという世界最大の高齢者NPOが出品したエイジテックブースに19社のスタートアップが展示されていました。おもしろいなと思ったのがアクセシビリティの観点で新しいテクノロジーが生まれていること。ショーケースを一軒の家に見立て、キッチンやリビング、寝室などにさまざまなテクノロジーを配した「Samsung Health House」はとくに興味深かったですね。たとえばcasana(カサナ)のスマート便座は、トイレに座るだけで心拍数などの健康データを取得できるというもの。いかに健康に在宅で過ごせるかということ、そしていかに介護者事業者の負担を減らせるかという観点で興味深いアイデアがたくさんありました。
安並
おもしろいですね。CESで発表されているものは一般化されるまで少しタイムラグがありますが、いますでに活用が進んでいるもので注目しているのは?
アビー
helpanyという、スイスのスタートアップのサービスに注目しています。レーダーで人の動きを感知し、転倒防止のためのモニタリングを行える装置なんですが、レーダーなのでプライバシーを侵害することもありませんし、単に転倒を防止するだけでなく、イレギュラーな動きを感知してアラートを出してくれたり、歩いた歩数などの健康指標を確認することもできます。また、介護者が予定通りに訪問しているか確認するためのツールにもなり、管理の面でも有用です。

プロダクトを必要としている人のニーズを捉え、愛情を持って接することが大切

安並
それは興味深いサービスですね。テクノロジーを使うことの喜びを高齢者に伝えたいというのは、我々共通の思いですよね!
さいごに、超高齢化していく日本に向けてアドバイスがあればお願いします!
アビー
本当に大切なことは、プロダクトを必要としている人のニーズをきちんと捉えること。技術者は自分のつくったテクノロジーに愛着があるあまり、プロダクトを必要としている人の視点を見失いがちな傾向があるんですよね。
安並
そうですね。シニアマーケットにおいては、開発のプロセスに当事者を組み込むことも大切ですよね。
アビー
はい。そして、高齢者マーケットに「plug and play」(接続すればすぐに使える)という概念はありません。私が大切にしているのは、テクノロジーを使いこなせないことに、後ろめたい気持ちをもってほしくないということ。テックコンシェルジュを採用するにあたっても、大事にしているのはIQよりEQ。コミュニケーションを大切にできる人かどうかです。
教えたことに対してメモを取る時間を待ったり、紙で資料を渡すことも大切なこと。なにより、敬意と愛情を持って接することが、高齢者とテクノロジーをつなぐために必要なことだと思います。

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  • Abbie Richie
    Abbie Richie
    Tech Guru at The Smarter Service
    ロサンゼルス出身。ボストンでの大学生活を終えた後、大学院進学のためドットコム・ブームに沸くサンフランシスコのベイエリアに足を運び、テクノロジーの専門知識を深める。2018年、高齢者向けのテクノロジーサポート業務を行うSenior Savvyを立ち上げ。2024年からThe Smarter Serviceに加わり、コミュニケーション ディレクターを務める。
  • 博報堂シニアビジネスフォース 新しい大人文化研究所所長

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