データサイエンティストによる「消齢化」検証プロジェクト ~研究員、マーケターそしてAIとの共創の可能性~【デジノグラフィ・トーク vol.26】
博報堂生活総合研究所は、近年ビッグデータを活用した「デジノグラフィ」を生活者研究に取り入れています。その一環として、博報堂データドリブンプラニング局とも協働を進めており、2023年7月に開催したウェビナー「デジノグラフィ・フォーラム2023 消齢化社会の新しいモノサシは?」でもその成果を踏まえた講演が行われ、好評を博しました。
今回の座談会ではブランド・イノベーションデザイン局、データドリブンプラニング局のメンバーを迎えて、「消齢化」検証プロジェクトでの分析や、データサイエンティストとして働くことの意義、研究員やマーケター、AIとの共創について語り合いました。
森 泰規
博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 ビジネスプラニングディレクター
澁江 耕介
博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト
牧野 壮馬
博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト
岩﨑 直樹
博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト
廣中 凌平
博報堂 データドリブンプラニング局 データサイエンティスト
酒井 崇匡
株式会社博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員
「生活定点」調査をデータサイエンス視点で分析する
- 酒井
- 博報堂生活総合研究所(以下・生活総研)では、1992年から30年に渡って実施してきた長期時系列調査「生活定点」のデータをもとに、年代による価値観の違いが小さくなっていく現象「消齢化」の研究を続けています。データドリブンプラニング局(以下・DDP局)の皆さんにもこの消齢化現象について様々なアプローチで検証を行って頂きましたが、まずは分析についてご紹介ください。
- 澁江
- 生活総研の元々の分析では、生活定点各項目の年代別回答率について「最高値と最低値の差分が縮まっている」項目に着目して「消齢化」という現象を発見していますね。年代による違いが小さくなっている項目数が、年代による違いが大きくなっている項目数を大幅に上回っていたと。
この生活定点のデータの提供を受けてDDP局が分析するにあたり、私と岩﨑のチームはより統計的な評価として、年代間における回答率の標準偏差、言い換えると「ばらつき」の経年変化を見ていきました。
DTW(動的時間伸縮法)という、時系列データの類似度を測定する統計手法を用い、年代間の回答率のばらつきが縮まっている(消齢化している)設問、広がっている設問、あまり変わらない設問に分類したところ、多くの設問で消齢化していることが確かめられました。
DTWを用いた時系列クラスタリング結果
(クラスタ1では標準偏差が低下しており、消齢化傾向が確認できる)
- 牧野
- 私と廣中は「情報エントロピー」の観点から消齢化を評価しました。年代によって設問の回答がどれぐらい分かれるかを「平均情報量」という尺度に変換してその時系列推移を見たところ、年代による分断がなくなっていく設問のほうがどちらかというと多かったので、澁江さんたちの分析と同じく「消齢化しているだろう」という結論になりました。
情報エントロピーの推移分析結果
(年代による分断がなくなっていく設問が、分断が広がっていく設問より多いことが示された
- 森
- 私は「クラスカル・ウォリス検定」を試しました。この手法は対応がない複数群の標本を対象とした、正規分布以外に従うデータの差異を調べるものです。それぞれの設問の回答分布が年代間でどれだけ異なるか、2002年と22年のデータを比較したところ、全設問のうち約3割に変化が見られました。その内訳を見ると年代ごとの差が消失/減少した、つまり消齢化した設問数が、差が発生/拡大した設問数の2倍以上となっています。
クラスカル・ウォリス検定の一例:「自然を取り入れた生活をしている」の分析結果
(2022年は2002年に比べ年代による傾向の違いを示すEpsilon 2乗値が減少し、消齢化していることがわかる)
- 酒井
- ありがとうございます。皆さんの検証は消齢化の研究全体にとっても非常に有意義でした。というのも、生活総研は様々な発信活動の際に伝わりやすい、分かりやすくシンプルな分析を重視しています。一方で、 より解析的な手法で皆さんに検証してもらえたことで、消齢化という現象を説明する上で強度を増すことができたので、すごくありがたかったです。
デジノグラフィ・フォーラム2023では澁江さん、岩﨑さんチームのアプローチを応用して、「年齢」に代わって今後の生活者を大きく分けるかもしれない分析視点、“新しいモノサシ”の導出を行いました。(https://seikatsusoken.jp/diginography/20656)
DDP局としても長年計測してきた生活定点のデータを分析されるのは初めてだったと思いますが、実際やってみた感想はいかがですか?
- 廣中
- 博報堂は社内にいろいろなデータを持っているはずですが、まだまだ使い切れていないと普段から感じていました。ですから、社内のデータリソースにアクセスして「これをできないか、あれをできないか」と考える取り組みができたことはすごく面白かったです。
- 森
- 廣中さんがいうとおり、弊社が保有している様々なデータは「眠れる獅子」ではないですか?日本には社会意識・行動のデータリソースとしてJGSS(Japanese General Social Surveys)がありますが、基本的には民間企業の人はアクセスできません。ですから今回、博報堂社内で分析可能なデータを分析できたのは本当に歴史的なことで、少なからず感動を覚えたものです。この生活定点のデータを使って、論文も執筆しました(https://www.j-mac.or.jp/oral/fdwn.php?os_id=451 )。個人の主観的幸福度(ウェルビーイング)の高低と、ひな祭りや端午の節句を祝うような文化的な活動・消費行動、すなわち「文化資本」がどれだけ関係しているかを分析したのです。結果、年収や年代による幸福度への影響をある程度考慮した上でも、文化資本がある程度、主観的幸福度の要因となることが明らかになりました。この研究成果は、日本マーケティング学会や世界社会学会などでも報告しています。これは特定の文化活動にかかわる支出がウェルビーイングに帰結することを示し、文化活動を促すマーケティング投資はまわりまわって生活者の幸福感につながることを説明できたと考えています。
事実と解釈のバランス感覚
- 酒井
- 今回集まってもらったメンバーでは、森さんはブランディング関連のコンサルティングを業務の中心にしながらもデータ解析に領域を拡げていらっしゃいますが、それ以外の皆さんは初めからデータサイエンティストとして入社していますよね。日々の業務の中で、自分たちデータサイエンティストと、マーケターや研究員といった他の博報堂メンバーとの違いを感じる場面はありますか?
- 澁江
- 僕は中途入社なのですが、前の職場では、エビデンスに基づいた政策立案に用いる行政のデータ分析をしていました。「データ分析から確実に言える事実だけを発表するもの」という文化だったんですが、博報堂に入るとそこが事実5割、解釈5割……場合によっては解釈が7割くらいのバランスになって、はじめはそこに戸惑いつつも提案できることの幅や自由度が増したな、と感じました 。
- 牧野
- 私も中途入社でDDP局に入る直前は、ソーシャルゲームのユーザーエクスペリエンスを分析していました。自分でもプレイしてみて、ユーザーに気持ちよく課金してもらうための導線を考える仕事ですね。ビジネスにはアートとサイエンスの両面があるとすると、「ここまではサイエンスで言えるよね。ここからはアートだよね」というところを分けて話せれば、それでいいのかなと思っています。
- 澁江
- 社会科学とか政策立案の分野でも「エビデンスの固さ」には限界があって、物理や化学のような基礎的な自然科学と同じエビデンスの固さには絶対にならないんです。ある時期に効果があった政策と同じことを、別の地域や別の時代でやったら全然効果がないことなんて、いくらでもあるはずです。条件が違う中で「これはエビデンスに基づいた政策だ」と言い張るのには、限界がある。
そこからすると広告の世界は、エビデンスは必要だけど、そこからジャンプしていまの時代にフィットしたコミュニケーションを取ろうとしていて、ちょうどいい塩梅だと思っています。
- 酒井
- 完全には証明されないとしても、ビジネスサイド、生活者双方にとって新しく、面白い解釈を提示することが大事になる場面は多いですよね。
一方で、そんな中でもデータサイエンティストの役割としては、データからできるだけ成功する確度とか、効果の確実さを明らかにすることに重きが置かれる部分があるんじゃないですか?
- 廣中
- 最近は、私たちDDP局でも広告効果の可視化はよくやっています。そうやって蓄積したデータを元に、次の施策について見込める効果の確実性を高めよう、ということですね。
- 牧野
- 一方で、意思決定にはどうしてもある程度のスピードが必要ですから、100点満点中30点ぐらいしか証拠となる事実が集っていない中で決めないといけないこともあります。だからと言って、何もやらないわけにはいかないわけですから。
その時には残りの70点は「勇気」で決めないといけない。それは「解釈」とも言えるでしょうし、「ドメイン知識」……つまりその市場における生活者理解やメンバーの共有知識、暗黙知のようなもので決めるということもあるでしょう。事実3割、解釈7割で施策を打ってしまったとしても、事後的に検証していくことが大切ですね。
- 酒井
- ドメイン知識って興味深い言葉ですよね。AIだけで商品のリコメンドをしようとするとどうしても限界があって。その市場の深い理解、つまりドメイン知識がある人が絶えずチューニングしていかないと良いリコメンドにならない、という話を伺ったことがあります。
- 澁江
- 中途から入ってきた身からすると、博報堂のドメイン知識ってたくさんあるなと思っていて。いくらマーケの本を読んでも、マーケの大家の方の本とかを読んでも絶対に得られない知識はこの会社にいっぱいある。それは調査設計のちょっとしたテクニックや、先程の「解釈」の仕方もそうだし、クライアント企業の中のドメイン知識をヒアリングの中で言語化していくこととか、プレゼンも紙芝居的なストーリーテリングがあったりとか。
- 岩﨑
- それこそ定性調査とか、この会社は面白いなと思います。大学院の頃の研究では定性調査をやると、文字起こしした発言を全部コーディングして。頻度が高い内容を定量調査に回して仮説検証する、という流れをしていました。でもその過程で得られる情報量がだんだんそぎ落とされていきます。一方で、博報堂ではマーケターがこれは注目すべきだ、というN=1の生声そのままをピックアップしてレポーティングするじゃないですか。そのノウハウがすごく面白いなと入社して感じました。
AIによる専門性の民主化が進む中で
- 酒井
- 話は変わりますが、皆さんのお仕事の中で、AIの進化によって変わったことはありますか?僕は今回の分析では、はじめに澁江さんからデータ抽出用のPythonのプログラムをもらい、自分でもChatGPTに質問してコードを適宜カスタマイズしていったので、「AIはこういう使い方をすると生産性が上がるな」と実感しました。
- 牧野
- 大規模言語モデルの価値を一言で言うなら、「専門性の民主化」だと思います。例えば僕にはデータサイエンスという専門性があって、逆にマーケターは専門ではないとすると、AIにお願いするとマーケターがとりあえず初手でやることをやってもらえます。一方で専門であるデータサイエンスの分野では、AIに対して細かく指示を出し、やりたいことを効率的にやらせることができる。生成AIの登場によってビジネスパーソンは、非専門領域への越境と、専門領域の効率化・深化をどちらも進めていけると思っています。
- 廣中
- 自分は案出しによく使います。調査設計のときの選択肢候補を作らせたり、キャッチコピーを100個ぐらい出力させて、それを見て感じたことを元に自分のコピーを考えるような使い方ですね。生成AIは「普通はこうだよね」というたたき台をスピーディーに作れるので、自分が「普通はこうだよね」を越えたものを考える上で助かりますね。そこに博報堂の価値があると思うので。
- 酒井
- 社会的には「AIが人の仕事を奪うんじゃないか」という懸念がすごく多いですが、皆さんのお話しからは「奪われる」という感覚は感じませんね。
- 森
- 私個人は“人がやりたがらない”“やることが適切ではない”労働を技術が代替した結果、長期的にはよい方向に向かうと考えています。それと、人間の仕事の多くはAIで置き換えるにはコストがかかり過ぎるという研究レポートが最近MITから発表されました(https://futuretech-site.s3.us-east-2.amazonaws.com/2024-01-18+Beyond_AI_Exposure.pdf?utm_source=substack&utm_medium=email)。仮に代替ができてもそれがどの程度合理的か、という議論はなされるべきですし、自然にその結果、判断がなされるのではないでしょうか。
- 澁江
- 一方で、例えば求人広告の領域ではこれまで人がやっていたコピーライティングをどんどんAIが代替しつつある、というような事例を日本国内でも聞くことが出てきました。大量の案件毎のコピーをどんどん生み出していくのが大事な領域ではAIで十分だったり、むしろAIの方が良い場合もある、ということかと。実際に人の仕事が「奪われる」ケースもあり得るんだ、というのも事実だと思います。
データの専門家こそ求められる幅の広さとコミュニケーション力
- 酒井
- 最後に、博報堂という会社組織の中でデータサイエンティストとして働くにあたって、他のセクションとより良い協働をしていくにはどんなことが必要か、みなさんが考えていることをお聞かせいただけますか?
- 牧野
- DDPは「データドリブンプラニング局」の略ですから、つまり私たちはプラニングの局なんです。ですから博報堂DYグループ横断の組織、HAKUHODO DX_UNITED(以下、DX UNITED)の中でも、プラニングのリーダーにならなければいけない。データサイエンスのスキルは持ちつつ、DXの他の領域も1~2割は分かる、あるいはDX_UNITED内の共通言語を作れるようになりたいと思っています。
- 酒井
- 外から見ると「DX系」でひとまとまりにしがちですが、同じ共通言語で話せているわけではないんですね。
- 牧野
- DX_UNITEDの中でも領域が広いので、僕にしてもデジタル運用の細かい話、UI/UXのことは疎いです。でもクライアントはそれらを含めたひとつのパッケージを求めているので、常に勉強しないといけないと感じています。
- 岩﨑
- 視点を変えてDXの外との関係を見ると、マーケターと協業する際、僕らはデータにまつわる部署なので、現状では「データを活用するよ」という話になった瞬間からスポット的に入ることになっています。
一方でマーケターの方々は前から得意先と膝をつき合わせて議論していて、得意先の意思が分かるからこそ仮説を出していける。だから僕らは、マーケターの方々が出した仮説の良し悪しを、縁の下の力持ち的にファクトベースで検証していく。こういった立場の分かれ方はサステイナブルなんじゃないかなと感じています。
- 廣中
- 博報堂のデータサイエンティストがなるべき姿は、例えるなら「ドラえもん」だと思います。つまり困ったときに適切な道具をパッと出してくれる存在です。
だとすると、「のび太がなぜ困っているのか」をちゃんと分かっていないと適切な道具を出せないわけですが、よくあるのは、背景がわからないまま「データで何かできませんかね?」と依頼が来るケースなんです。「なぜ困っているのか」の解像度を上げるために、社内でももっと広い範囲で協働を進めていく必要があると思いますし、私たちデータサイエンティストの側も、相手にわくわく感を持ってもらえる道具を出していけるように企画力を上げていきたいですね。
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