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人材不足の日本こそ発展の大きなチャンス―「ドメインスキル」と「感性」をもつ生成AI人材の育成を 【慶應義塾大学商学部 山本 勲教授】
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人材不足の日本こそ発展の大きなチャンス―「ドメインスキル」と「感性」をもつ生成AI人材の育成を 【慶應義塾大学商学部 山本 勲教授】

Chat GPT の登場をはじめ、日進月歩で進化を遂げる「生成AI」。
インターネットやスマートフォンが社会を変革したように、生成AIも過去に匹敵するパラダイムシフトを起こし 、広告やマーケティングにも大きな影響を与えると言われています。生成AIはビジネスをどのように変革し、新たな社会を切り拓いていくのか。

博報堂DYホールディングスは生成AIがもたらす変化の見立てを、「AI の変化」、「産業・経済の変化」、「人間・社会の変化」 の3つのテーマに分類。各専門分野に精通した有識者との対談を通して、生成AIの可能性や未来を探求していく連載企画をお送りします。

第5回は「労働」をテーマとして、労働経済学を専門とする慶應義塾大学商学部 教授の山本 勲氏に、 生成AIがもたらす労働への影響やウェルビーイング向上のために企業が取り組むべきことについて、株式会社 企(くわだて)代表取締役であり慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授も務めるクロサカ タツヤ氏と、博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・博報堂DYホールディングスのマーケティング・テクノロジー・センター 室長代理の西村が話を伺いました。

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山本 勲氏
慶應義塾大学商学部 教授

クロサカ タツヤ氏
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
株式会社 企(くわだて) 代表取締役

西村 啓太
博報堂DYホールディングス
マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
株式会社Data EX Platform 取締役COO

生成AIのジレンマは若手人材の育成

西村
生成AIの発展は、大きな産業変革を起こすと言われています。生成AIがもたらしうる変革について、短期的なものと長期的なものそれぞれの見立てについて、まずはお伺いできればと思います。
山本
短期的には、企業ごとに生成AIをカスタマイズするなどあくまで限定的に使うところが多く、実用レベルには至っていないと考えています。また、中長期的に産業革命に匹敵するようなインパクトをもたらすかどうかは、技術の進展度合いによるところが大きいでしょう。個人的な見通しとしては、生成AIは産業革命を起こすような革新的なものではないと捉えています。というのも、現時点で生成AIにできることを見ていると、結局のところ従前のAIと同様に「インプットしたものをどうアウトプットするか」という本質に変わりがないからです。ビジネスシーンでの適用範囲を考えてみると、「みんなの仕事がなくなる」とか「ドラスティックに仕事の仕方が変わる」というようなことはイメージしづらいと思っています。
西村
生成AIの影響が大きそうな特定の領域はありますでしょうか。
山本
例えば文章を扱う仕事に従事している人にとっては大きな影響を及ぼすでしょう。また、生成AIはいわゆるアシスタントの仕事が得意だと思うんですよね。これまで若手社員やアシスタントが担っていた、下調べで資料を作ったり、議事録を作成したりする仕事を生成AIでまかなえるようになってくる。一方で、そうなると「若手をどうやって育成していくべきか」ということが懸念点になってくるんですよ。生成AIは「人のツール」に過ぎず、生成AIが出したアウトプットのチェックや評価は人がやる必要がある。生成AIを使い、正しいかどうかの判断をし、それを適用していく―この繰り返しです。しかし、若手が専門知識やノウハウを得る経験をする前に生成AIに頼って仕事をするようになってしまうと、「これが本当に合っているかどうかの判断がつかない」ということも起こりうる。これは、生成AIを使って仕事をしていく上でのジレンマになると感じています。

西村
なるほど、プロンプトを打つだけの「AIネイティブ世代」が出てくると、何が正しいかをチェックする側には回れないわけですよね。大局的な視点で生成AIが産業に与えるインパクトを考えた際に、例えばリテラシー別に最適化された生成AIが発展していく可能性もあると思いますが、そのあたりはどのような意見をお持ちでしょうか。
山本
IT(情報技術)が登場したときの影響とは大きな違いが出てきそうだなと思っています。IT化が進んだことで賃金格差や所得格差が拡大したということは、多くの研究でも指摘されています。つまり、コンピューターを使って仕事ができる人とそうでない人では、格差が大きく開いていった既成事実があるわけです。一方で、AI全般はスキルの低い人を補い、未熟練でも中程度の仕事をこなせるようにするという効果がある。「AIの進展は所得格差を縮小させる」という類の研究も、最近は結構出てきているんですよ。比較的リテラシーやスキルの高い人だけが生成AIの恩恵を享受するのではなく、思っている以上の幅広い層に、ポジティブな効果を与えるのではと考えています。

人が「技」として伝承してきたものを、生成AIが「データ」として伝承していく

クロサカ
生成AIやITに限らず、過去50年くらいの歴史を振り返ったときに、生産性の向上により社会の階層構造が変わったような経験があるとすれば、どのような例が挙げられるでしょうか。
山本
産業用ロボットやオフィスオートメーションなどは、それに該当すると思います。ロボットで効率化されていくことで、熟練者でなくてもそのロボットを使うことによって、あるいはロボットの操作を覚えることで生産性が高まっていく。オフィス環境でも、コンピューターに限らずコピーやFAXも生産性向上に寄与したと言えるでしょう。東京大学の川口 大司先生らの研究では、日本で産業用ロボットが普及したときに、生産性が高まったことはもちろん、雇用は減らずにむしろ増える傾向が見られたという結果が出ています。しかし、同じ研究をアメリカで先行して行った際に示されたのは、日本とは逆で雇用が減少したという結果でした。なぜ日本はロボットに雇用を奪われずに済んだのかというと、配置転換をうまく使ったり労使関係の視点を強調したりすることで、産業ロボットに関係する未熟練な労働者にも、プラスの影響が出ていたという解釈ができるわけです。

生成AIも同様で、未熟練者であっても上手く使いこなせれば付加価値が生まれ、雇用も維持される。一方で、生成AIのアウトプットには間違いやバイアスもあります。それを鵜呑みにして仕事を進めていくと、評価されずにその人の仕事はなくなってしまうかもしれない。理想は、生成AIのアウトプットを熟練者が判断し学習させることで生成AIの精度を高め、それを未熟練者が活用していくというサイクルです。そうすると、未熟練者でも生成AIを使う側に回れますし、正しいかを判断する基準やノウハウも学べる。このように生成AIと向き合い使いこなすことができれば、若手でもベテラン級の仕事ができる人として、雇用が維持されていくシナリオもあると感じています。

クロサカ
そのシナリオを実現するために必要な要素は何でしょうか。例えば、企業の中でも部署やタスクが細分化され、なおかつ仕事の手順が定まっていたり、ルールやガバナンスが整備されていたりと、ある意味で型のようなものがある領域だと伝承しやすいのか。それとも、逆に自由度が高い方がよいのでしょうか。

山本
タスクによりますね。汎用的なタスクであれば、 会社規模の大小や職場環境を問わず企業を超えて適用できるでしょうし、その企業に特化した特殊なスキルを使う必要性のあるタスクであれば、専門的な知識を持っている人が判断し、若手社員に知識やノウハウを伝承する場を確保しなければならないでしょう。
西村
今のお話は、日本の正社員が個社の特殊スキルに合わせたキャリア形成をしているという背景も大いに関係があると思いました。業界別というよりも個社ごとに学習させていくようなレベル感でなければ、日本企業での生成AI活用は定着していかないという見立てになるのでしょうか。
山本
労働経済学ではどの企業であっても共通して通用する「一般スキル」とその企業固有のものとして身につける「特殊スキル」という分類をしているのですが、 日本では一般的に特殊スキルの要素が大きいと言われています。個社特有の進め方に価値があれば、個社ごとの特殊スキルを学習させていくことが必要だと思います。これまでは人が「技」として伝承してきたものを、これからは生成AIが関与することで「データ」として伝承していき、 それを人が使うようになっていく。ここに価値を見出せる可能性があるのではと考えています。つまり、今までは人が企業の特殊スキルを身につけていたのが、これからは生成AIが学習するデータこそ、企業の特殊スキルになっていくのではないでしょうか。

生成AIのあり方や使い方を、国と企業の両面から考える必要がある

西村
先生は生成AIが生産性を高め、ひいてはウェルビーイングの向上にもつながるという研究もされています。一般的な機械学習などのAIよりも生成AIの方が効率性への寄与があり、それによって生産性が高まることでやりがいや創意工夫が喚起され、結果としてウェルビーイングも高まるという流れだと思います。
一方で、例えばリモートワークの普及では、便利な反面絶え間なく打ち合わせが入るようにもなりました。やはりみんなが使い出すと、社会や会社全体の生産性・効率性が高まるものの、個々人の仕事はネズミの回し車のように以前より早く回ってしまう・・というような側面もあるのかなと。この辺りは生成AIでも同じようなことが起きるのでしょうか。

山本
それは使い方次第だと思います。リモートワークや生成AIによって“浮いた時間”をどう使うか、ある程度の取り決めを会社が行う方法もあると思います。
西村
個人の使い方という側面もありつつ、「勤務間インターバル」のような制度も必要なのかもしれないですね。何本か打ち合わせが続いたら、30分インターバルを入れるような。生成AIに関しても、単純に導入すれば生産性が高まり続けるものではなく、そのためには工夫もいるだろうと。
山本
90年代の労働生産性の向上によって、アメリカとフランスでどのような変化が生じたのかという研究によると、アメリカ人は生産性が高くなったことでさらに長い時間を仕事に費やすのに対し、フランス人は働く時間を増やすのではなく、余暇を楽しむようになったという結果が出たのです。その違いは、おそらく文化的背景や国民性が大きく関係していると言えるでしょう。
西村
生成AIにおいても、最終的に国がポリシーをどう定めるかは大きな焦点になってくるのでしょうか。
山本
「人間らしい働き方を重視するような使い方をしましょう」というような、生成AIに関する方針や使い方をどう決めていくか次第だと思いますね。効率化のためとか、生成AIの指示に人間が従うだけという使い方もできてしまうわけで。中途半端に生成AIがうまく使われると、本当にロボットの一部として人間も使われるというのはあり得るシナリオだと考えています。うまく共存していくためには、国としての働きかけと、実際にどう使いこなすかの両方の要素が重要になってくると思います。

人材不足に悩む日本にとって、生成AIの進展は大きなチャンスになる

西村
企業から見たときに、生成AIは効率化を重視したものになっていくのか、あるいは付加価値を生み出せるツールとして使われていくのでしょうか。
山本
企業側の方針にもよりますが、まずは効率化だと思います。議事録やプレゼン資料などの作成を生成AIを活用することで効率化し、余った時間で人間が高度なタスクをやれるようになれば、付加価値も出てきます。
一方で、生成AI単体で価値創造するようなクリエイティブを生み出し、マーケットを変えていくようなものが可能かというと、私はそのようなイメージは持っていません。また、安易に効率化の目的だけで生成AIを導入すると、これまでよりも仕事の単価が下がる恐れもあります。しかし別の視点で見れば、さまざまな産業で課題となっている人材不足のため長時間労働が常態化しているような現場だと、生成AIによる効率化で今まで引き受けられなかった仕事を引き受けることができるわけです。そうすると、1つの仕事の単価は下がるかもしれませんが、仕事の幅や案件数が増えることでカバーできる部分もあるかもしれません。
西村
あらゆる業界で恒常的な人材不足に陥っているなか、生成AIの効率化によって受けられる業務の数が増えると、トップラインが伸びることも期待できそうですね。そうなると、企業も投資として生成AIの導入に踏み切りやすいし、雇用者へのリスキリングや賃金アップも考えられるかもしれません。
山本
その点で考えても、日本はすごくチャンスなんですよね、人材不足なので、むしろプラスの影響を受けやすいのではないかと思います。

生成AI人材は「ドメインスキル」と「感性」が求められる

西村
「技術的イノベーション」と「補完的イノベーション」を考えたとき、例えば蒸気機関から電気に変わっていったときには、電気モーターという技術的イノベーションだけでなく、工場の配置や仕事の仕組みの変化といった補完的イノベーションがありました。これを現代の生成AIに置き換えると、具体的にどのような補完的イノベーションが企業には必要なのでしょうか。
山本
まず1つは、「生成AIを使える人を増やす」というリスキリングの観点があります。あとは生成AIのアウトプットチェックや、生成AIそのものをうまく使うことも大きな要素になると思います。また情報漏洩や誤回答といったリスクの管理も重要になってきます。そういう意味では、ガイドラインの整備はもちろんのこと、社員が安心して生成AIを使えるような仕組みづくりも重要です。人材と制度、ポリシー設計といったことが、補完的イノベーションの促進には欠かせないでしょう。

クロサカ
生成AIを活用していろいろなアイデアを生み出したり、求めたいものを表現したりするためには、相応のプロンプトを書く能力が求められます。それ以外に、生成AI人材に求められるスキルや要件にはどのようなものがあるでしょうか。
山本
「ここに応用すればもっと仕事が楽になり、効率化できるのでは」というアイデアの発想や感度を持つことが、やはり重要なスキルになってくるでしょう。また、生成AIはまさにアイデア勝負なところがあって、「面白いことを見つける力」も重要です。生成AIの適用範囲やプロンプトを考えたりと、生成AI人材には事業・業務そのものへの深い洞察である「ドメインスキル」と「感性」が求められると考えています。
西村
最後に、これから生成AIがもっと発展していった先に、生活者の暮らしにどのような変化が出るのかという期待について、先生の知見からぜひお伺いできればと思います。
山本
私は労働経済学専門で、「日本人の労働時間は諸外国に比べても長く、そこを改善していきたい」という思いから研究を続けてきました。生成AIによって効率化が進み、労働時間が短縮されるというのは、とてもいいチャンスだと考えています。生産性が高まり、短い時間で特定の仕事ができるようになった後に、さらに働くかどうかは個人や企業の選択に関わるものです。余暇を楽しんでもいいし、ゆったりと働いてアイデアを蓄積し、イノベーションを起こそうと頑張ってもいい。こうした多様な選択肢が生まれ、誰にも強制されずに自分で選べるような世の中になると、とても明るい未来がやってくるのではないでしょうか。
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  • 山本 勲氏
    山本 勲氏
    慶應義塾大学商学部 教授
    ブラウン大博士(経済学)。日本銀行企画役、慶應義塾大学商学部准教授を経て、2014年から現職。専門は応用ミクロ経済学、労働経済学。主な著作として『人工知能と経済』(編著、勁草書房、2019年)、『実証分析のための計量経済学:正しい手法と結果の読み方』(中央経済社、2015年)、『労働時間の経済分析:超高齢社会の働き方を展望する』(共著、日本経済新聞出版社、2014年、第57回日経・経済図書文化賞受賞)など。
  • クロサカ タツヤ氏
    クロサカ タツヤ氏
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授
    株式会社 企(くわだて) 代表取締役
    慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。
    三菱総合研究所を経て、2008年に株式会社企(くわだて)を設立。
    通信・放送セクターの経営戦略や事業開発などのコンサルティングを行うほか、総務省、経済産業省、内閣官房デジタル市場競争本部、OECD(経済協力開発機構)などの政府委員を務め、5G、AI、IoT、データエコノミー等の政策立案を支援。
    公正取引委員会デジタルスペシャルアドバイザー。
    Trusted Web推進協議会タスクフォース座長。
    オリジネーター・プロファイル技術研究組合事務局長。
    近著『5Gでビジネスはどう変わるのか』(日経BP刊)、『AIがつなげる社会』(弘文堂・共著)他。
  • 博報堂DYホールディングス
    マーケティング・テクノロジー・センター 室長代理
    株式会社Data EX Platform 取締役COO
    The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College of Art & Design, M.A. in Design Studies修了。
    株式会社博報堂コンサルティングにてブランド戦略および事業戦略に関するコンサルティングに従事。株式会社博報堂ネットプリズムの設立、エグゼクティブ・マネージャーを経て、2018年より博報堂DYホールディングスにて研究開発および事業開発に従事。
    2019年より株式会社Data EX Platform 取締役COOを務める。2020年より一般社団法人日本インタラクティブ広告協会(JIAA)にて、データポリシー委員会、Consent Management Platform W.G.リーダーを務める。

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