おすすめ検索キーワード
「称賛」の力で組織を強くする ─社内コミュニケーションを活性化するアプリサービス「PRAISE CARD」(前編)
BUSINESS UX

「称賛」の力で組織を強くする ─社内コミュニケーションを活性化するアプリサービス「PRAISE CARD」(前編)

コロナ禍で対面でのコミュニケーションが減り、リアルな場での会話を通じて培われていた社員同士の信頼関係や連帯感が希薄化するといった課題に直面する組織が増えています。企業のこのような課題を解決するため、BIPROGY、博報堂コンサルティング、博報堂の3社が、ブロックチェーン技術を活用し職場コミュニティを活性化するアプリサービス「PRAISE CARD(プレイズカード)」を開発、千代田化工建設のご協力のもと実証実験を重ねてきました。開発を担当したBIPROGYの小谷野さん、博報堂コンサルティングの依田・橋本、博報堂の伊藤と、実証実験にご協力いただいた千代田化工建設の林さんの座談会の内容を前後編でお届けします。
前編では、PRAISE CARDを開発した背景や機能的な特徴、組織や社員にとってのメリットなどをご紹介します。

林 千瑛氏 千代田化工建設株式会社 フロンティアビジネス本部 水素事業部 シンガポール事業セクション プロジェクトマネージャー 兼、バリューイノベーション推進部 DIGLABグループ
小谷野 圭司氏 BIPROGY株式会社 グループマーケティング部 企画推進室 室長
依田 真幸 博報堂コンサルティング プロデューサー
橋本 啓太 博報堂コンサルティング プロデューサー/デザイナー
伊藤 佑介 博報堂 ビジネス開発局/HAKUHODO Blockchain Initiative

「称賛する」ことで組織のコミュニケーションを活性化する

──PRAISE CARDがリリースされたのは2021年でした。その後、実証実験などを行って機能をプラッシュアップしてきたそうですね。まずは、このサービスの概要をお聞かせいただけますか。

依田(博報堂コンサルティング)
PRAISE CARDは会社の同僚などに「称賛のカード」を送ることができるスマートフォンアプリです。カードを贈ったり贈られたりする中で、組織のコミュニケーションが活性化し、組織文化が醸成されることを目的としています。カードのやり取りを促すためにUIやUXを工夫し、カードをやり取りした履歴データの主権を個人に帰属させるためにブロックチェーン技術を活用しています。

──相手を「褒める」カードを送るのが主な用途と考えてよろしいですか。

依田
それが基本的な用途ですが、使い方は大きく三段階に分けられると考えています。第一段階は、社員間のコミュニケーションを促す用途です。日常の業務の中で、シンプルに同僚や部下や上司を称賛したり、感謝の気持ちを伝えたりするためにカードを送るというのがこの段階での使い方です。

第二段階の用途は、企業理念、パーパス、MVV(ミッション、ビジョン、バリュー)などを社員に浸透させるためにPRAISE CARDを活用する方法です。パーパスやMVVに沿った行動や発言などをした人を称賛することによって、企業の価値観を社内に根づかせることが可能になると私たちは考えています。

さらに第三段階の用途として、異なる部門間の交流を促す使い方があります。新規事業のアイデアやイノベーションは、異なる領域の越境が盛んになることから生まれると言われています。別々の組織に属する人たちがカードを贈り合うことで、交流が活発になり、新しいアイデアが次々に生み出されるようになる。PRAISE CARDを通じて、そのような動きをつくれる可能性があります。

重要なのは、カードのやり取りがすべて可視化されることです。それによって例えば、パーパスやMVVの内容のうち、浸透が進んでいるのはどの部分で、進んでいないのはどの部分か、といったことを確認できるようになります。また、企業が目指している部門間交流がどのくらい実現しているかといったことを把握することも可能です。

「自分らしさで活躍できる世界」をつくるために

──サービス開発の具体的な経緯を教えてください。

小谷野(BIPROGY)
始まりは、BIPROGYと博報堂とで一緒にコミュニケーション領域のソリューション開発を構想している中で取り組んだ社内実証実験でした。私が属しているグループマーケティング部は新規事業の創出をミッションの一つとしています。先ほど依田さんのお話にもあったように、新規事業を生み出すためには、部門内や部門間の活発な交流が必要だろうと私たちは考えました。そこで、オンラインツールで気軽にいろいろな人とコミュニケーションができるアプリをつくり、何種類かのカードを用意してみました。例えば、おもしろいアイデアを出した人に送る「ナイスアイデアカード」、人と人をつないでくれた人に贈る「グッドコネクションカード」、会議をうまくファシリテートしてくれた人に贈る「グレートディレクションカード」などです。さらに、特別な「ゴールドカード」を週に1枚だけ送れるといったゲーミフィケーション的な要素も加えました。それが2020年のことです。

最初は私自身「本当に使ってもらえるのだろうか」と半信半疑だったのですが、実証実験を始めてみたところ、若い社員と上司の間で頻繁にカードのやり取りが行われたり、日頃交流がない社員同士の間でコミュニケーションが生まれたりして、予想外の盛り上がりを見せました。当初は「カードをもらうのが嬉しい」という人が多かったのですが、2週間くらい経つと、むしろ「相手のいいところを見つけてカードを贈るのが楽しい」という人が増えてきました。人を称賛することは、称賛した人にとっても喜びとなる。それは大きな発見でした。

3カ月ほど実証実験を続けてみて、大きな可能性のある仕組みであるという手ごたえを感じ、予算をつけて本格的な開発に乗り出しました。その段階で、一緒に実証実験を行っていた博報堂を通じて、博報堂コンサルティングの皆さんと出会って3社で共同事業開発をすることとなり、サービスデザインやUIやUXの開発を共に進めていったというのが大まかな流れです。

──当初は社内ツールの開発を目的とされていたのですか。

小谷野
最初から外販を前提にしており、その実証実験をまず社内で実施しました。販売することを目指す以上、サービスの「世界観」をしっかりつくらなければなりません。世界観をつくるにあたっては、UI・UXのデザインを担当された博報堂コンサルティングの橋本さんにご尽力いただきました。普段は直接相手を褒めることは照れもあったりしてなかなかできないけれど、PRAISE CARDを使えば気軽に称賛できる。そこでは、上司も部下も先輩も後輩も関係ない。純粋に「あの人は素晴らしい」と思った人にカードが贈れる──。そんな世界観を実現するUIやUXをつくっていただきました。

橋本(博報堂コンサルティング)
サービス開発やデザインにおいて重視したのは、主に2つの視点でした。1つは操作性です。PRAISE CARDを組織に根づかせるためには、カードのやり取りが習慣化される必要があります。操作が複雑だと利用が習慣化しないので、必要のないものを極力省いて、アプリを開いたらすぐにカードが贈れるシンプルな設計を目指しました。

しかし運用の過程で、操作をシンプルにしすぎると、カードを贈ったことの実感や、受け取ったときの気持ちよさを味わえなくなってしまうことに気づきました。そこで、カードを贈るとき、受け取るときに画面上にモーションが生まれるようにして、感情が動くモーメントを強調する工夫をしました。

PRAISE CARDアプリの画面
左)3タップで称賛できる直感的な操作性
右)受け取ったカードの種類をランキング形式で表示することが可能

2つ目に重視したのは、小谷野さんがおっしゃるように、サービス全体の世界観を表現することです。他人からの称賛によって自信が生まれ、そこからさらに自分を磨くことでそれぞれの個性が光っていく。そういう人たちが世の中に溢れていくことで、未来が輝いていく──。そんな世界観を「自分らしさで活躍できる世界へ」というビジョンで表現し、アイコン化しました。中心に星があって、その周りを10色のカラーリングで取り囲むデザインのアイコンです。10色は多様な称賛カードを、星はそのカードを贈り合うことによって生まれる個性の輝きや活気ある未来を表しています。このアイコンをベースにして、アプリのUIやUXをつくっていきました。

ブロックチェーンで「データの個人主権」を実現

──このサービスの市場性についての確信は当初からおありだったのですか。

小谷野
数社に提案したところ、「ぜひ使ってみたい」というお言葉をいただきました。また、このあと詳しくお話しいただきますが、千代田化工建設での実証実験においてもさまざまな成果が見えてきました。BIPROGYだけの取り組みでは、開発したサービスを提供していく道筋は見えなかったと思います。博報堂コンサルティング、博報堂、千代田化工建設、そして私たち。そのチームの動きによって市場性を見出すことができたと考えています。
依田
私たち博報堂コンサルティングは、以前から企業のパーパスやMVVをつくるお手伝いをしてきたのですが、パーパスやMVVができた時点で私たちの役割は終わってしまい、それらが企業活動に浸透されるまでの伴走ができていないという課題がありました。しかし、PRAISE CARDをご提供することによって、パーパスの浸透度を測定したり、経営層と社員とのコミュニケーションを活性化させる具体的な施策をご提案したりすることが可能になります。PRAISE CARDを多くのクライアントにご活用いただくことによって、私たちのビジネスも大きく拡大していくと考えています。

──先ほど、このサービスにはブロックチェーンの技術が使われているというお話がありました。具体的にどのように使われているのでしょうか。

伊藤(博報堂)
現状においてブロックチェーンの技術はこのサービスの中心にあるわけではありません。今後のサービスの拡張可能性を考えた場合、ブロックチェーンが役に立つ場面がありうるだろうというのがこのチームの認識です。

PRASE CARDは、誰が誰に対してどのようなカードを贈り、誰からどのようなカードを贈られたかといったデータがすべて残るサービスです。そのデータの帰属先はカードを授受した個人であるべきだと私たちは考えています。例えば、その人が別の会社に移った場合でも、「称賛の記録」が残ることで、その人は新しい場所でいろいろなベネフィットを受けられるようになるかもしれません。それがどのようなベネフィットであるかはまだわかりませんが、例えば福利厚生などのサービスと紐づく可能性は大いにありうると思います。

ご存知のように、ブロックチェーンはデータが個人に帰属することを保証する技術です。「データの個人主権」を実現する技術を実装することによって、PRAISE CARDはあくまでもそれを利用する一人ひとりのためのサービスであるということを明確にし、かつそれを仕組みとして実現できると考えています。

“グレーゾーン”を担う人を称賛するために

──千代田化工建設におけるPRAISE CARDの実証実験はどのようなものだったのですか。

林(千代田化工建設)
千代田化工建設は1948年創業の会社で、エネルギーや化学等の各種プラントの設計や調達、建設を幅広く手がけています。大規模なプラントを建設するプロジェクトでは、関係者が1万人を超える規模になることも珍しくありません。しかし、プロジェクト内の構成は細かく分かれていて、担当部署や立場を超えた交流が難しく、かつ足元の業務に忙殺されることを理由にコミュニケーションに充てる時間がなかなかとれないという課題に直面する機会も少なくありませんでした。プロジェクトを確実に成功させるためには人間対人間のコミュニケーションが欠かせないのですが、その余裕がない状況です。また、今後カーボンニュートラルが進んでいくと、私たちのビジネス領域も今以上に広げていく必要があります。次の時代のビジネスを考えていくためにも、社内のコミュニケーションを活性化させたい。そう考えた社内の有志が集まって議論を始めたのが2020年のことでした。

議論の中で出てきたのは、こんな話でした。プロジェクトは各々の役割・ミッションが細分化されているものの、往々にしてミッションとミッションの間に「隙間」ができてしまうことがあります。私たちはそれをグレーゾーンと呼んでいます。もちろん、隙間が生じない努力や工夫はしているものの、ゼロにすることは非常に難しい課題です。そのゾーンを放置しておくことはできないので、誰かがその隙間を埋める仕事にあたることになります。それによってその人の業務負荷は増えているはずなのですが、その人は感謝されたり称賛されたりすることがほとんどありません。どうすればその人に率直に感謝の気持ちを伝え、称賛することができるようになるだろうか──。もし、日常的に感謝や称賛をやり取りする「小さなコミュニケーション」を積み重ねていくことができれば、チーム全体がまとまってOne Teamとなり、その結果としてプロジェクトの成功確率も高まるのではないかと私たちは考えました。そこで着目したのが、MIT(マサチューセッツ工科大学)のダニエル・キム教授が提唱した「成功循環モデル」でした。

>>後編に続く。後編では「成功循環モデル」とPRAISE CARDの関係や、実証実験からみえてきた効果と課題、このサービスの可能性についてお届けします。

▼「PRAISE CARD」サイト
 https://praise-card.com/

sending

この記事はいかがでしたか?

送信
  • 林 千瑛氏
    林 千瑛氏
    千代田化工建設株式会社 フロンティアビジネス本部 水素事業部 シンガポール事業セクション プロジェクトマネージャー 兼、バリューイノベーション推進部 DIGLABグループ
    大学卒業後、2010年に千代田化工建設へ入社し、石油・化学関連工場の設計、調達、国内外の建設現場赴任経験を積み、多数の関係者が関与するプロジェクトマネジメント業務に従事。2020年社内有志活動である「次世代DIGGING LAB.(通称:DIGLAB)」に参加。また、大企業内有志団体が集う実践コミュニティ「ONE JAPAN」の一企業である千代田化工建設代表者として活動中。有志活動による社内風土変革の取り組みが評価され、2022年心理的安全性Award受賞、同年HRアワード入賞。
  • 小谷野 圭司氏
    小谷野 圭司氏
    BIPROGY株式会社 グループマーケティング部 企画推進室 室長
    大学卒業後、日本ユニシスに入社し、社員教育、業務/ITコンサルティング、新規事業開発などに従事。
    現在はマーケティング組織に在席し、現場と一体となった顧客DXや新規事業開発支援などに携わる。
    社会人としてのキャリアを教育からスタートしたため、コンサルタント時代はBPRだけでなく人事制度策定も担当するなど、人材にフォーカスしたアプローチを得意とする。
    ※2022年4月1日に日本ユニシス株式会社からBIPROGY株式会社へ商号変更しました。
  • 博報堂コンサルティング プロデューサー
    大学卒業後、アーティストマネジメント、イベントディレクターとして現場を経験し、広告プランナーへ転身。飲料ブランド、大型商業施設、旅客サービス、シューズブランド、化粧品ブランド、官公庁などの多岐に渡る広告コミュニケーションに関する企画立案から実施までを一貫して担当。
    現在は、企業の組織改革やパーパス・バリュー浸透プロジェクトの伴走として各プロジェクトに従事。
  • 博報堂コンサルティング プロデューサー/デザイナー
    美術大学を卒業後、広告制作会社を経て、博報堂コンサルティングにプロデューサー/デザイナーとして参画。CI/VI策定をはじめとしたブランドマネジメントやツール開発、新事業のPoCにおけるデザインドリブンなプロトタイプ設計、インターナルブランディングにおけるコミュニケーション戦略の推進に従事。
  • 博報堂 ビジネス開発局/HAKUHODO Blockchain Initiative
    2002年に東京工業大学理学部情報科学卒業後、システムインテグレーション企業を経て、08年博報堂に入社。16年からメディア、コンテンツ、コミュニケーション領域のブロックチェーン活用の研究に取り組み、18年にブロックチェーン技術を活用したビジネスやサービスを開発する社内プロジェクト「HAKUHODO Blockchain Initiative(博報堂ブロックチェーン・イニシアティブ)」を発足。20年より一般社団法人ジャパン・コンテンツ・ブロックチェーン・イニシアティブにて代表理事も務める。