世界は“好奇心”よりも“納得”を求める時代へ ―CES2023現地レポート
1月5日から米ラスベガスで開催されたCES2023。今年は3年ぶりに本格的なリアル開催となりました。
現地を訪れた第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局の山本・林下・井上が、それぞれの視点から感じたテクノロジーとイノベーションの未来や課題をお伝えします。
山本 洋平 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 局長代理
林下 雄也 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長
井上 良 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 ストラテジックプラナー
CES2023は、遠くの未来より、地に足のついた堅実な実装へ(山本洋平)
2023年1月。3年ぶりの本格的なリアル開催となったCES。有名なCESエントランスを飾るLGディスプレイ展示も復帰し、コロナ禍前のあの熱狂が戻ってきたのではと大きな期待を持って会場入り。しかし、ブースを見渡すと、ロシアによるウクライナ侵攻・コロナ・経済不安・米中関係など社会情勢が起因してか、勢いのある企業は少なく、中国企業もほとんど見受けられなかった。特に今回大きな影響を与えていたのが、CESの母体であるCTA(Consumer Technology Association)が、国連の支援するヒューマンセキュリティの団体「世界芸術科学アカデミー」とパートナーシップを結び、本アカデミーが推進する「Human Security for All」(HS4A)キャンペーンを支援すると宣言したことである。このHS4Aをテーマとしながら、人類にとって身体的にも精神的にもいかに安全性を担保できるかを念頭に置かれた技術展示が中心となった。
HS4Aへの参加表明もあり、技術のグローバル化の次のフェーズとして、”Human Security”の意識のグローバル化が図られた。その結果、全体的には強いビジョンを打ち出している企業や個性を感じられる企業も例年になく少なく感じられた。一言でいうと、「遠い未来ではなく、堅実で地に足のついたCES」という印象が大きい。それを象徴しているかのように、企業が打ち出すコンセプトも“future”という言葉はほとんど見受けられず、“better”が目立った。言い換えれば、生活者にとって本当の意味で生活をより豊かにする技術・製品に世界中が軸足を置いていると言えるのではないか。
デバイスがつながり、企業がつながる(井上良)
連携デバイスによって生まれる新たな生活者価値とは?
アナログな存在である人間とデジタルの世界をつなぐ境界線上に存在するのがデバイスである。デバイスの進化は、いかにアナログとデジタルを自然に橋渡し、人間の可能性を拡張するかという挑戦の歴史でもある。しかし、数年前からデジタルデバイスの進化の幅は大幅に小さくなっている。スマートフォンに顕著なように、単体のデバイスでは物理的にバッテリーやセンサーの限界があり、新製品が発表されても近年は小規模なアップデートに留まる例が多かった。CES2023においても画期的なデバイスの発表は少なかったとされているのも、デバイス単体では大きなイノベーションを起こすことが難しくなっていることの表れでもある。
そこで各社はデバイスごとの連携でこの停滞を打ち破ろうとしている。代表的なのは2019年にコンセプトが発表されたスマートホームの国際規格「Matter」に対応した商品を各社が大々的にアピールしたことだろう。「Matter」にはGoogle、Apple、Samsung、Amazonをはじめ200以上の企業が参加表明。これまではAmazon AlexaやGoogleアシスタントなど各々のプラットフォーム上で動いていたスマートホームがMatterにより互換性を持ち、異なる規格の商品でもスムーズに連携し生活の利便性が向上することが期待される。GoogleやSamsungの展示の中でもデバイス同士の連携が訴求されており、「デバイス群」でブランド問わず生活者に価値提供を目指す流れはさらに領域を広げていくと考えられる。
また、デバイス群での課題解決が期待される分野としてヘルスケア領域が挙げられる。スマートウォッチに代表されるように、デバイスから取得されるデータを健康管理に活用する試みは各企業で長年取り組まれている。ひとつのデバイスで取得できるデータだけではなく、複数のデバイスから取得したデータを組み合わせることで多角的なデータの活用が可能になる。フランスの家電メーカーであるWithings(ウイジングス)が発表した「U-Scan(ユースキャン)」はトイレの便器内に設置し、尿を分析し日々の健康管理に使えるデバイスとして発表され注目を集めた。
また、サントリーグローバルイノベーションセンターは、腸の音を計測・評価し腸活を提案するスマートフォンアプリ「GutNote(ガットノート)」(仮称)、脳波などを計測することで身体の老化の状態を推定するウェアラブル端末「XHRO(クロ)」(仮称)を発表し、注目を集めている。
これらのデバイスで取得したデータを、スマートウォッチやスマート体重計などほかのヘルスケアデバイスと組み合わせることで生活者の健康状態をより多角的に分析でき、早期の病気発見や遠隔医療などの分野に活用できる可能性がある。もちろん、健康状態という究極の個人情報の管理には他の情報以上の慎重さとガイドラインが求められる。だが、コロナ禍を経たCESにおいてヘルスケアブースが賑わいをみせ、新たにAgeTech(高齢社会の課題解決)のコーナーが設けられるなど世界的に健康に関する関心が高まっていく中では、企業連携による課題解決がより一層求められているのではないか。
その他にも単体企業では解決できない「サステナビリティ」「自動運転の実用化」など行政も含めた多くのステイクホルダーを巻き込む必要のある課題が世界には山積している。これまでは競争関係にあった巨大企業群がMatterのように各分野で連携して、共通の課題に挑んでいく潮流はすでに起き始めている。課題解決のためには競合他社であろうとも連携する柔軟な判断ができるか否か。生活者に選べる企業のひとつの基準になると確信した。
ムリ・ムダ・ムラのない世界へ(林下雄也)
テクノロジーの堅実な実装がなされた未来はどんな未来か?
地に足のついた堅実な実装が多く見られた今回のCES2023。では、そのように堅実な実装がなされた近い将来には、どんな未来の姿が待っているのだろうか。そんな思いを抱きながら会場を巡っていると、ドイツのテクノロジーメーカーであるBOSCHが掲げていたキャッチフレーズがふと目に入ってきた。
「#LikeABosh」
このフレーズは、CES2021で「サステナブル#LikeABosch」というメッセージとしても使われ、「ムリ・ムダ・ムラのない(ボッシュのような)社会を目指す」という意味を表現している。その意味を知ったときは、そうなんだぐらいに感じていたのだが、その後展示を見て回るうちに、様々な場所でこの思想が共通していることがわかり、私の中で段々と「ムリ・ムダ・ムラのない社会を目指す」という言葉の印象が強くなっていた。
例えば、世界最大の農業機械メーカー「ジョン・ディア」は、GPSとカメラを活用して農地にある雑草を見つけ、雑草だけに農薬を散布できる農業機器を開発。これで2/3の農薬散布量削減が実現でき、経済的にも環境にも優しい、まさにムリ・ムダ・ムラを排除するテクノロジーで、生産性を現在の50%以上高めなければならないと言われている農業の問題に取り組んでいる。また、韓国仁川空港の展示では、今後空港の利用客が8倍になるのを見越し、その人数でも対応するべく空港の滞在時間を1/8にすることを目標にしたDXのあり方を展示。これもまた、空港の滞在時間というある種ムダなものをスムーズに排除しようという動きである。
さらに、ヘルステックとして、自然と減塩できるようにするための「味が増幅するスプーン」や、Baracodaというフランスの会社が提案する、トイレとマットとバスミラーを連携させ、トイレの尿センサーでセンシングした結果をミラーで提示するというバスルームでのシームレスなヘルスケアシステムなど、ムリなく生活に取り入れられるソリューションもいたるところで見て取れた。そう、多くの企業が、まずは現実的な落とし所として、「ムリ・ムダ・ムラのない社会」を目指している。
これからのテクノロジーの実装のカギは「納得性」
テクノロジーの進化が早い(と感じられる)時代や業界においては、その進化するテクノロジー主導で、実現できそうな輝かしい未来創造や社会設計がなされるのも無理はない。もちろん、これからもAIをはじめテクノロジーは指数関数的に進化していくだろうが、その進化はもう十分なところまできている。私自身、今回のCES会場を巡り、今あるテクノロジーを活用すればたいていのことは実装できるレベルにあると実感した。そのときに、生活者や地球にとって本当の意味で生活を豊かにする技術・製品とはどうあるべきか?どんな技術や製品だと実装されるのだろうか?これからの時代、生活や地球環境視点で「その活用は確かに有効だ」「これなら違和感なく導入できる」といった納得性が重要になってくると私は考える。どこか人の気持ちや心地よさが置き去りになるテクノロジーではなく、そのテクノロジーの活用・実装に納得できるかどうかの「納得の時代」が訪れるような気がしている。そのときのキーワードが、「ムリ・ムダ・ムラのない社会」が実現できるかどうかであり、人の生活・気持ちや地球・社会に違和感なく寄り添えるかが重要になってくるだろう。
もう一度、世界で戦える日本になるために(山本洋平)
日本の国際競争力とプレゼンス向上にむけた「Re戦略」
3年前のCES2020では、世界を驚かせることに成功した日本企業が数多く存在していたが、今年はその存在感は非常に薄い印象だった。その代わりプレゼンスを発揮していたのが韓国勢。韓国仁川空港のDX化やHYUNDAIモビリティ開発・LG事業拡張、LOTTEのメタバース×EC体験、そして戦略的な韓国スタートアップ企業の出展など、どの会場・フロアを見渡しても韓国が目立つ結果に。モビリティもスマートシティも家電もスタートアップも国と企業が一丸となり、戦略的に国際競争力を高めようとする韓国を、日本もラーニングする必要があると痛感した。
特にスタートアップブースでは顕著である。スタートアップブースは、ある意味、国別対抗戦と言っても過言ではない。ブースの占有面積、見せ方を含め、どの国がどれだけスタートアップに力を入れているかが一目でわかるのである。ヨーロッパでは、フランスが国策として多くの海外展示会でフレンチテックと呼ばれるスタートアップブースを戦略的に出展。今回もフランスは最も多くのブース数を獲得。そして唯一、その存在感を凌駕していたのが韓国。韓国はスタートアップを様々な視点から光をあてて出展。通常のスタートアップ企業に加え、LG社の社内スタートアップ事業や投資したスタートアップ企業を、LGブースを設けて出展。ソウル国立大学、ソウル市などの地方自治体など、多様なところで生まれるスタートアップの可能性の芽を開花させようと、こちらも戦略的に出展。そしてなにしろ、ただお披露目ではなく、ビジネスマッチングまでを意識した韓国のブースの存在感が強かった。韓国がこれでもかと存在感を見せ付けている中、日本の存在感が相対的に薄れてしまっていたのがすこし残念である。国策としてスタートアップ支援に力をいれるならば、海外イベントでの日本スタートアップの魅せ方含め、より一層、戦略的に力を入れていくことが世界との距離を縮める最短距離だと強く感じた。来年のCESでは、日本国全体としてのプレゼンスが上がることを期待している。
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博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 局長代理/HAKUHODO Fintex Base代表新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するチーフイノベーションディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門3度受賞
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博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長新卒で博報堂入社。入社以来、一貫してストラテジックプラニング職として従事し、飲料やトイレタリーのパッケージ商品から、携帯電話などの耐久財・流通・サービス会社まで幅広い業種・得意先のブランディング・マーケティング戦略構築を担当。2020年から現部署にて主に自動車メーカーのマーケティング業務を統括する立場として、国内営業本部を中心に開発部門やシステム部門とも対峙し、企業全体のビジネスモデル変革を推進。
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博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局ストラテジックプラナー新卒で国内大手メーカー入社。欧州を中心にオーディオ製品のマーケティング、新規事業立ち上げに携わった後、博報堂にてストラテジックプラニングディレクターとして活動。経営を強くする事業改革を志向し、IT・通信・自動車と様々な業種にマーケティング領域から携わる。