DX時代の統合プランニング 【アドテック東京2021レポート】
デジタル・DXが進み、企業と顧客との関係性に大きな変化が生じています。スマホを通じた常時接点化、デジタル上で完結するサービスの増加、デジタル広告の制限拡大などにより、これまで以上に考えるべきこと、やるべきことが著しく多様化しているいま、あるべき顧客とのコミュニケーションとは何か議論しました。
本稿では11月1日、2日に開催されたアドテック東京2021のセッション「DX時代の統合プランニング」の模様をお届けします。
井上 慎也
パイオニア株式会社
NP事業本部 CMO
尾澤 恭子
オリックス株式会社
テクノロジー統括部 戦略デジタルマーケティング シニアマネージャー
中澤 伸也
Repro株式会社
取締役CMO&CPO
モデレーター
増田 昌弘
博報堂
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局
■マーケター視点で全体を俯瞰しDXを進めていく
- 増田
- いま広告の手段や領域は増え続け、生活者とのかかわり方も多様化しています。一方でDXに対して苦手意識があるために、本質的に必要なことを理解しないまま手法の話に終始してしまうこともある。今回のセッションでは、我々マーケターがいま必要とされるスキルや手法について、少し高い視座から何か皆さんにヒントになる話ができればと思っています。
早速最初のアジェンダ、「DX時代の生活者・顧客接点づくりにおいて持つべき視点・スキル」について、中澤さんからお願いします。
- 中澤
- 私は現在MAやウェブ接客のツールを提供するマーケティング支援企業で取締役CMOを務めていて、これまで20年ほどデジタルマーケティングに携わってきました。
現在は、さまざまな先端テクノロジーの誕生で新しいサービスや価値が生まれるコンバージェンス(融合)が起きていて、市場そのものをディスラプション(破壊)するような新しい価値観のサービスが生まれている。生活者の表面上のニーズは満たされていて、製品よりも体験価値が重要になってきているほか、技術変化によって持続的なアプローチ方法も変わり、つねにアップデートが必要な状況。よってマーケターはいまの役割をアップデートし、真に顧客が求める価値を創造し、持続的にお客様にその価値を選んでいただけるような関係性の構築が求められています。
マーケティングにはいわゆる4P(プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)と、4C(カスタマーバリュー、コスト、コンビニエンス、コミュニケーション)があり、これまではプロモーションとコミュニケーションばかり見がちでしたが、価値そのものが変わる時代には4Pと4C全体における体験価値の創造が求められる。それこそがDXであり、その主人公はマーケターであるというのが自分の考えです。
- 増田
- マーケターこそがDXの主人公として全体を見ながら推進していくという視点ですね。井上さんはいかがですか。
- 井上
- 私はこれまで複数の外資系、日本企業で、マーケティングやデジタル、変革といった業務に携わってきました。なかでもアドビにいたころによく使ったキーワードがMarketing in Digital Era。リサーチや広告だけではない広義のマーケティングを、デジタル(オンライン×データ×テクノロジー)でより効果的に時代に合ったものに編集していく、それがデジタル時代のマーケティングだという考え方です。
特にカスタマーバリューが非常に重要で、アドビ時代のサブスク事業では、売って終わりではなく、売った後いかに価値を実感してもらうか、そして使い続けてもらうかに注力しました。またマーケティングの基本フレームであるwho what howの中でも、改めてwhoとwhatを模索し変換していく。アドビのフォトショップも売っているのは機能ですが、本来の価値はそれによってお客さんがクリエイティブを生み、その先の仕事や人生に活かせること。アドビもサブスクに変わって以降は価値を実感してもらうためにチュートリアルを提供したり、お客様とコミュニティでつながって一緒に価値を考え、ソフトウェア開発につなげています。B2BでよくいわれるカスタマーサクセスはB2Cでも有効で、提供した価値にお客様がちゃんと満足しているかを見る。そこで信頼を得られなければアップセル、クロスセルが成功するはずがありません。
- 増田
- お客様との関係性を持続するために気を付けるポイントは何ですか。
- 井上
- メーカーがお客様に提供したい価値は、基本的にほぼお客様には伝わっていないということを前提に、そのギャップを埋めていくという発想が必要です。who whatについても、昔はお客様の悩みに対し商品を提供するというわかりやすい構図でしたが、いまはそこがマッチングしていないケースも多い。お客様に伝わらない言葉遣いをするなど、伝え方がずれている。そうしたhowの部分で試行錯誤し、会社の価値をきちんと伝わるようにできるのがデジタルの力だと思います。
- 増田
- なるほど。尾澤さんはいかがですか。
- 尾澤
- お2人の話には非常に同意します。私はアメリカで立ち上げたベンチャー、また帰国後は複数の日本企業でデジタルマーケティングを実践してきましたが、クライアントに相談を受けるなかで、誰に何を届けたいかという話になると途端に「デジタルなのでわからない」と言われるケースがよくあります。そこで私が使っていたのが洗濯機理論。洗濯機がない頃は布が傷まないようにどういう洗い方がいいか、洗剤や温度など考えていたはずですよね。それが洗濯機が出ただけでわからなくなってしまうのはなぜかと。
私はよくTechnology Powered Marketingというんですが、デジタルマーケティングとはテクノロジーを活用して効率的に効果を上げるための手法。データによって今まで見えなかったものが見えるようになり、より確度の高い意思決定ができる。そしてお客様ごとにカスタマイズしてオプティマイズしていける。それがデジタル時代のマーケティングだと理解しています。
- 中澤
- 確かにデジタルをテクノロジーの一つに過ぎないと捉えれば、顧客体験のためにどうテクノロジーを使うかという発想になり、やれることが増えそうです。
- 尾澤
- 起点はあくまでも、誰に何を届けるか、顧客体験の部分です。これまでは製品、サービスありきだったので、ものができていざ売り出そうという段階になってマーケティング部署に案件として入ってきていた。でも体験価値をつくることが大事となってくると、ことづくり、体験づくりはバリューチェーンの一番左側に入ってくるわけであって、まさにマーケターの活躍のしどころです。データを使ってお客様のインサイトを調べるとか、これまでのノウハウを使って体験づくりの根っこの部分に貢献できるはず。そこがスタート地点になれば、まずお客様の求めるものはこれで、だから提供価値はこれで、製品はこれで…という流れが自然とできる。好循環が回るし、頓挫した時にアジャイルでボトルネックを見つけて改善するサイクルが回しやすくなります。
- 増田
- ありがとうございます。誰に何を届けるかアップデートし続けなければならないとき、デジタル時代のマーケターはシームレスに全体を俯瞰して見ることが求められるわけですね。
お客様との常時接点を大事にしないといけない一方でDXが難しく感じられ、誰が主導するかも見えにくいからこそ、マーケター視点で推進していく。
難しくとらえるより、「誰に何を届けるか」を磨くという基本に立ち戻りながら価値提供を考えるとよさそうですね。
■DXをトレードオフの視点で捉えなおす
- 増田
- 次に伺いたいのは、具体的に活用できる視点やスキルについてです。中澤さんからお願いします。
- 中澤
- 重要なのはお客様のインサイトに合った体験価値です。
わかりやすい例でいうと、マクドナルドがビッグマックが売れなくなったとき、お金をかけて顧客調査をし、その結果ヘルシーなサラダマックを開発しました。でもこれが苦戦します。そこで改めてどういう人がビッグマックを買っているかを見ると、野球の試合後のチームや仕事で疲れた人などだった。羽目をはずしたい、ストレス解消したいというのがここでの本当のインサイトであり、ニーズとは異なるという話です。またたとえば、休日の家電量販店は混雑していてなかなか店員がつかまらないということがある。これを最高の顧客体験にするには棚ごとに店員を配置すればいいわけですが、それだとコストがかかるので、アプリのチャットで即時対応するとかお客さんが店員の場所を把握できるようにするとか、デジタルの力で解決を図る。つまり、インサイトに対して最高の顧客体験を提供するにはコストがかかるので、トレードオフの関係にもっていくためにデジタルを用いるというのが、自分が考えるDXです。
- 井上
- 僕がかつていたKDDIでは、全国にauショップもコールセンターも膨大な数が存在していました。この維持費が大きいためコストを下げたかったんですが、auショップもコールセンターも利用者の満足度が非常に高いんです。そこで、アプリやサイトを使ってショップやコールセンターの機能をある程度肩代わりさせるというDXによって、コストを下げ効率を上げる一番いいバランスを模索しました。DXというとすべてをデジタル化させる考えにいきがちですが、生身の人間の良さも確実にある。どこまでのお客さんにどこまでの内容をデジタルに持っていくか考え、お客さんに選択権をゆだねる。このバランスにおいて、まさにトレードオフの考え方が非常に重要だと思います。
僕自身が今後やっていきたいのは、アジャイルマーケティングマネジメントです。かつて在籍したP&GではConsumer is Bossと言っていて、物事の決定権は社長ではなくお客様という考え方でした。アドビにおいては、とりあえずやってみるというアジャイルマーケティングが徹底していた。この2つの考え方を組み合わせることが、今後迷ったときの指針になっていくと考えています。また、いくらリサーチしてシミュレーションしてもそれは仮説にすぎないので、実際に市場にあててみて、反応を見てどんどん変えるということを迅速に行うことが大事だとも思います。その際、やみくもにABテストするのではなく、きちんとお客さんを理解して筋のいい仮説をつくること。中心には手法やプロセスではなくあくまでも顧客がいるという認識が重要だと思います。
- 中澤
- 確かにそうですね。前提条件がどんどん変わっていくなか、環境変化に適合するために、誰のために何をしてどんな価値を提供するかという目的の見直しが一番重要になる。状況を見ていま何をすべきか取捨選択するOODAループを回しながら、そのためのアクションの部分がPDCAになっていく。日常のマーケティングでもこの二つを回すことが大事だし、プロダクトレベルでの価値の見直し、インサイトの見直し、あるいは広告のバナーをどう改善するか、そもそも訴求物は間違っていないかなど、目的の見直しから実際のやり方の見直しに使える。これが現実的に必要だと思います。
- 尾澤
- 私が体験的に学んだことから実践のポイントをお話しすると、まず「デジタルで何とかしたい」という相談を受けて話を聞くと、関係者の意識が少しずつずれているということが多々あります。ですから「デジタルと言っても各自目指していることはこれだけ違う」という現実を見せ、そのうえでプロジェクトのミッション、ビジョン、バリューを確認し、見直すことが重要です。さらに推進の際、スプリントを回すのと同時に必要なのはゲートウェイマネジメント。このプロセスのうち誰がOKを出さないと進めなくなるかを把握し、さらに進んだからには戻らない。戻る場合はこれだけの手戻りコストがかかりますよという期待値コントロールをすること。まず素早く現実を見せて思い込みの壁を崩し、意識改革をうながすことが肝心だと思います。
- 増田
- ありがとうございます。この時代だからこそトレードオフの視点を持ち、お客様にとって重要で、かつ会社にとっても無理のない体験をつくっていくことが重要ですね。
また売って終わりではなくリアリティを捉えたアップデートを続けるのも必要。さらにワンチームをどうつくるか。よりシームレスにつながって価値を届けることは、泥臭いですが重要なことです。DX時代の業務はマーケターが主人公となって推進していくことが重要ということがわかりました。
お三方本日はどうもありがとうございました。
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井上 慎也パイオニア株式会社
NP事業本部 CMO1978年生まれ。大阪大学大学院を卒業後、2004年にP&G Japan入社。ヘアケアカテゴリーを中心としたオンラインマーケティングを担当。2018年から外資製薬企業のイーライリリーにてeBusiness変革業務に従事。2010年よりアドビ システムズ 株式会社にて、クリエイティブ・ソリューション事業のデジタルマーケティング全般の統括・促進と企業ブランディング活動を担当。2018年3月よりKDDI株式会社にてデジタルマーケティングと全社コミュニケーションの改革に従事。2021年4月より現職のパイオニア株式会社で新製品の立ち上げ、マーケティングプロセスと組織の構築に取り組む。
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尾澤 恭子オリックス株式会社
テクノロジー統括部 戦略デジタルマーケティング シニアマネージャースポーツアパレルメーカーの広告宣伝部を経てシリコンバレーでITスタートアップベンチャーに参画。帰国後、米国における複数の事業立ち上げ経験を強みにテンピュール・シーリージャパンのマーケティング統括、フライシュマン・ヒラード ジャパンのデジタル部門ヴァイス・プレジデントを経てオリックスへ。
※2021年12月よりコアラスリープジャパンに転籍、マーケティング部門のディレクターに就任。
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中澤 伸也Repro株式会社
取締役CMO&CPO家電量販店のソフマップにて、7年間の店舗営業の経験を得た後、2000年にソフマップドットコムのリニューアルPJを担当。日本初となる「OMO」サービスを実現し、日経EMグランプリを受賞。
GDO(ゴルフダイジェストオンライン)にてマーケティング責任者
グローバル・マーケティングベンダーのExperianでJAPAN-CMO
IDOMのマーケティング&DX推進責任者として、クルマコネクト(チャットサービス)、ガリバーオート(AI査定アプリ)事業を立ち上げ推進。
2020年4月Repro株式会社に取締役CMOとしてジョイン。
Web担当者フォーラムにて漫画「デジマはつらいよ」原案執筆中。
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博報堂
生活者エクスペリエンスクリエイティブ局2009年、通信教育事業会社にて、商品・サービス開発、CRMプランニングに加え、新規事業開発まで幅広く従事。
2016年、(株)博報堂入社。マーケティングプラニングディレクターとして、クライアントのブランド開発、マーケティング戦略立案、商品開発、統合コミュニケーション開発などに従事したのち現職。現在は、サービス開発やWeb・アプリ制作を中心に、中長期的な生活者接点づくりを支援している。