データサイエンティスト対談「データサイエンティストとデータストラテジスト、違いと共通点」 ~広告会社におけるデータサイエンスの活用を考える 若きKaggle Master小山田圭佑のキャリアトークVOL.2
博報堂DYグループには多くのデータサイエンティストがいます。ウェブサイトの解析やアンケートの集計といったことだけではなく、得意先の会員顧客データ、視聴ログや位置情報データ、画像、音声など幅広いビッグデータを高度なデータサイエンス技術で解析し、業務に役立てています。広告会社におけるデータサイエンス活用の可能性とは?そしてデータサイエンティストの役割とは?――世界的なデータサイエンスコンペKaggleで上位1%程度が該当するKaggle Masterの称号を持つ博報堂DYメディアパートナーズ(以下、博報堂DYMP)メディアビジネス基盤開発局の小山田圭佑が、博報堂DYグループ内でデータサイエンスに関わるさまざまな人と語り合い、データサイエンスの可能性を探る対談連載。
第2回に登場するのは、博報堂のCMP推進局でデータストラテジストを務める髙栁太志です。
■クライアントのCDPへの理解を人的に高め信頼を築いていく
- 小山田
- 今日は博報堂のデータマーケティング業務でデータストラテジストを務める髙栁太志さんと、僕らデータサイエンティストとは異なる視点から、データサイエンス活用の現状や今後の可能性などについていろいろとディスカッションできればと思います。
- 髙栁
- よろしくお願いします。僕は2011年に博報堂に入社し、最初の6年間はコミュニケーションの戦略プラニングをメインに行う仕事をしていました。途中、夜間で早稲田大学大学院に通いながらMBAを取得。並行してデータマーケティングに特化した部門に異動したことが、データサイエンスとの最初の接点になりました。この5年ほどはデータマーケティングに専門的に携わっており、特に「データ・エクスチェンジ・プラットフォーム(DEX)」という博報堂DYグループ傘下の子会社で、機械学習を使う案件のプロジェクトマネージャーを担ったり、マーケティング×データサイエンスプロジェクトという社内横断プロジェクトのリーダーを務めたりしています。
データストラテジストとは、得意先のマーケティングにおいて、ビッグデータをどう活用していけば良いか、プロジェクトを企画・運営し、実際にデータサイエンスで得られた示唆から戦略をプラニングしていく、プロジェクトマネージャー兼プラナーのような役割です。また、大学院でビジネスモデルを研究していたこともあり、僕はデータサイエンス領域を博報堂の新規ビジネス開発のドメインとして捉えています。
- 小山田
- MBA取得などをバックグラウンドとして、新規ビジネス開発という角度から博報堂のデータサイエンス領域を見ている点は、僕のようなデータサイエンティストとはまた違った向き合い方なので非常に興味深いです。機械学習を活用した案件について具体例を教えていただけますか。
- 髙栁
- 某消費財メーカーと行ったのは、キャンペーン参加者予測モデルの作成です。そのメーカーはキャンペーンの告知を自社のLINE公式アカウントの友だちに配信しているのですが、そこで得られる過去キャンペーンの参加データや顧客の特徴データなどをCDPに蓄積し、機械学習を活用することで、LINEの友だちのキャンペーン参加確率をID単位で予測し、ターゲティング配信するという取り組みです。
- 小山田
- すでにLINE上で「友だち」になっている生活者の中から、キャンペーン参加者を予測できることにはどんなメリットがあるのでしょうか。
- 髙栁
- メーカーサイドからすると、LINEは一通いくらという課金体系なので、ターゲティングで絞った方が効率よく配信できるというのが一つ。それからユーザーサイドからすると、そのメーカーは沢山のキャンペーンを同時に実施しているので、全部届くことになってはさすがに煩わしい。特定ブランドの特定キャンペーンで参加してくれそうな人を予測し、相性の良さそうな人に絞ることで、ユーザーには自分に合ったキャンペーン告知だけが送られてくるというメリットがあります。
- 小山田
- なるほど。たしかに、生活者からすると通知が企業アカウントからのメッセージで埋まるのは嫌ですし、企業にとっても配信のコストパフォーマンスが高い方がいいですよね。
ところで僕は経験上、社内外から受け取ったデータを活用して、ビジネス課題に沿った解析/モデリングをする際、まず処理しやすいようにデータを整備する部分で苦労をするケースが多いのですが、いかがでしょう。
- 髙栁
- そうですね。先ほどの事例でも、過去の多くのデータが格納されているので、どのテーブルが何を指すのか、どのカラムが何を指すのか、どういうデータなのかを把握することが難しい状況でした。それを一つひとつ担当者にヒアリングしていくというフローがまず発生しました。その後、機械学習を行うためのデータマートを作成し、欠損値処理などの前処理作業をしました。
- 小山田
- データの定義が不明で、パッと確認しただけではデータの意味が理解できないケースもありますよね。僕はそういった、データ整備に必要なコストを小さくしたいと毎回思うのですが、何か工夫されていることはありますか。
- 髙栁
- そこのコストを小さくするのはなかなか難しいですよね。でも、一度データ整備を博報堂のデータサイエンティストが行うことで、得意先側のCDPデータの特性を僕らが理解できるようになる。そうすると二度目以降は確実に話が早くなりますから、コストは下がっていくのではないかと思います。
- 小山田
- 確かにそれはそうですね。得意先にとってもデータを扱う会社を変えると毎回コストがかかるので、一度がっつり組んだ会社とは関係性を継続しようということになる。
- 髙栁
- そうです。そうやって得意先のCDPへの理解を高め、スムーズなコミュニケーションが取れるようにしていくことで「また次もお願いします」と言っていただけるようなデータパートナーになっていくことが理想的な形だと思います。さらに言うと、博報堂のマーケティングシステムコンサルティング局から、「まずは現状のデータをきちんと整えるところから一緒にやっていきませんか」と提案することもあります。
■開拓すべき領域を見極める力が求められる
- 小山田
- ほかにはどのような事例がありますか。
- 髙栁
- 先ほどの事例はCDPを使ったCRM×データサイエンスの領域ですが、他のマーケティング領域でデータサイエンスを活用した事例もあります。DEXでは、DACが保有する「AudienceOne®(オーディエンスワン、以下、A-One)」というデータ・マネジメント・プラットフォームを使い、住宅購入予兆モデル、自動車購入予兆モデルなど、生活者の変化を予測する商品をつくっています。A-Oneとつながった博報堂DYグループ独自の「Querida」というアンケートパネルを使ってライフステージ変化の正解データを取得し、A-OneのWeb閲覧履歴を説明変数に、ライフステージ変化予兆モデルをつくります。
- 小山田
- なるほど、Web上での行動からライフステージの変化を予測するわけですね。そのソリューションは具体的にどのように活用しているのですか?
- 髙栁
- 広告配信のターゲティングに活用できます。あるいは得意先のオウンドサイト訪問者のなかで購入しそうな人がわかれば、LPOで表示する内容を変えたり、そこからのリターゲティングのクリエイティブを変えたり、といったことが可能です。さらに、得意先のファーストパーティデータを使って、買い替えのアプローチをしたり、来店予約者のなかでもホット度が高い人を見極めたりといったことにも活用されています。いずれにしてもライフステージの変化のタイミングをタイムリーに捉えられるというのがこの商品のユニークネスなので、結婚や自動車の購入・買い替え、保険の見直しなど、人生の節目で需要が発生するものとは相性がいいと思います。
小山田さんはどういう領域でデータサイエンスを活かしていますか?
- 小山田
- 僕は、たとえば視聴率データを使って、来週のある番組がどれくらいの視聴率になりそうかという予測モデルや、インターネット広告における媒体やターゲティングの最適化モデルの開発などをしています。あとは放送局との仕事で、位置情報データから観光客が何時にどこからどこへ移動しどう行動しているかといった傾向を分析し、旅番組のロケ地を提案するといった案件もありました。博報堂DYMP所属ということもあり、主にメディア寄りの立場でのデータサイエンス活用に携わっています。
- 髙栁
- なるほど。やはりデータサイエンスは手段・手法でしかないので、使う領域や目的は多岐にわたって当然だと思います。ただ、マーケティング業界全体を見ても、メディアプラニングやデジタル広告の分野では活用が進んでいますが、ブランド戦略プラニングやCRMにおける活用は、まだまだ手が付けられていない部分が多いように思います。そもそもプライベートDMPやCDPという言葉が流行り始めたのはこの5年くらいなので、これまではその構築とデータ取得に重点が置かれていました。今後本格的に、集めたマーケティングビッグデータをデータサイエンス技術で高度に利活用していく取り組みが広がっていくと思います。
- 小山田
- そうですよね。今後一層データサイエンスのニーズは高まるでしょうし、あちこちでAI、DX、と言われているからこそ、どこが開拓すべき領域なのかを見極める力も大事ですね。
■マーケティングへの理解は博報堂DYグループのデータサイエンティストならではの強み
- 小山田
- 髙栁さんはデータサイエンスのどんなところに面白味を感じたり、難しいと思ったりしますか?
- 髙栁
- 僕はデータストラテジストなので、あくまでもビジネスとしてどう意義があり、インパクトあるものに建てつけられるかを必死に考えていて、そこがぴったりはまると面白味を感じます。得意先のマーケティング業務のなかで、ここでこうしてデータサイエンスを活用すると意義がある、あるいはよりレベルの高いマーケティングが可能になるというポイントを見つけ出すことが、非常に大事だと思っています。
- 小山田
- まずは得意先の課題を明確に細分化し、そのなかでデータサイエンスや機械学習の適用がハマる課題を、的確に見つけることは大事ですよね。実際にモデルを組んだり分析したりする人とは、どう連携していますか?
- 髙栁
- 最初の企画段階からデータサイエンティストに入ってもらい、得意先の課題や、それに対するデータサイエンスのフィジビリティについて確認しながらうまく解を見つけていく感じです。やはりマーケティングを理解していることが博報堂DYグループのデータサイエンティストならではの強みですし、だからこそ得意先の課題を高い解像度で理解できると思います。
- 小山田
- 初期段階から髙栁さんのようなデータストラテジストと、僕らのようなデータサイエンティストが一緒になって話を進めているのですね。僕自身、ビジネス課題をデータサイエンスの課題として定義する力、ビジネス課題の中でデータサイエンス的に何をどう解くとインパクトが大きいかの判断をする力が、データサイエンティストに必要な力だと感じています。
今後博報堂DYグループのデータサイエンス領域をより強化するために必要なことは何でしょうか。
- 髙栁
- 事例や型を増やす必要はあると思います。過去こういう企業でこういうモデルを使ったという手口が増えていけば、どんな課題が来ても、組み合わせたり応用したりしながら対応出来るようになる。
- 小山田
- やはり成功/失敗事例を積み上げることは重要ですよね。Kaggleなどのコンペでも、過去の経験が活きる場面は多くあります。武器の数を増やすこと、目の前の課題に対して適切な武器を選ぶ力をつけることは、データストラテジスト、データサイエンティストに限らず大事なことですよね。
■得意先に刺さるデータサイエンスを目指す
- 小山田
- 僕たちは、博報堂と博報堂DYMPが合同で行っているデータサイエンスインターンで講師を務めたことがありますが、たくさんの学生たちと接してきて、髙栁さんはどういう志向の人が広告会社におけるデータサイエンス業務に向いていると思いますか。
- 髙栁
- 小山田さんが担当しているのはよりエンジニア志向の強い、技術的な側面にフィーチャーしたコースですが、僕が担当しているのは、ビジネス開発やマーケティングの課題解決などに寄ったコース。データサイエンスの技術を備えつつ、マーケティングの課題解決をしたいという人であることはもちろん、新しい領域である分、手探りでプロジェクトをつくることを楽しめる人が向いているのかなと思います。
- 小山田
- 確かに、実験的な取り組みもありますし、良くも悪くも何をすべきかが曖昧な瞬間はあると思っています。なので、模索することを面白がれる人は向いていそうですよね。
- 髙栁
- そうですね。あとは、データサイエンティストがプレゼンするとすごく説得力があると思うのです。データの実態をよく理解しているわけで、その上で解析結果をうまくビジュアライズして伝えられると、説得力が増し、得意先からも信頼されるはず。博報堂DYグループならではの得意先に刺さるデータサイエンスが確立されていくといいなと思います。
- 小山田
- 確かな分析能力は持っているという前提で、インパクトやわかりやすさも両立した結果を提供する力は特に広告会社に求められることだと僕も思います。
ふだん僕は技術側の人とのコミュニケーションはありますが、マネジメントする側、かつ博報堂側の人と話をする機会は少ないので、今日はとても貴重な機会でした。また僕自身メディアとの向き合いが多いなか、得意先との接点の多い立場ならではのお話をうかがえたのもよかったです。そのあたりの違いが明確になった一方で、「ビジネス課題の中で、データサイエンスの問題として解くべき要素を見極める力」という共通して大事なことも見えたのはとても嬉しかったです。
- 髙栁
- 確かに、精度の高いモデルをつくるだけではなく、それ以上に何の課題を解くのかを考えるといった点は、いろんな領域で共通することかなと思いました。課題はたくさん転がっていると思うので、今後積極的に博報堂DYグループで取り組んでいけたらいいですね。
- 小山田
- そうですね。とても実りある対談でした。今日はありがとうございました!
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博報堂CMP推進局データストラテジスト。マーケティングでのデータサイエンス活用におけるプロジェクトマネジメント及び戦略プラニング・コンサルティングを担当。データサイエンティストと二人三脚で、クライアント企業のDX推進・データサイエンス活用をサポートする。
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博報堂DYメディアパートナーズ メディアビジネス基盤開発局若手データサイエンティスト。主に機械学習や数理最適化を活用したソリューション開発に従事。その傍らKaggleにも参加しており、2020年にMasterとなった。機械学習モデルの精度向上だけでなく、生成系のアプローチに興味がある。