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一般消費財におけるDXの新潮流と、これからのブランド体験
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一般消費財におけるDXの新潮流と、これからのブランド体験

新型コロナウイルスの影響もあり、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の流れは更に加速しています。食品や日用品など一般消費財の業界においてもそれは例外ではなく、様々な取り組みが進められ、成果を上げています。かつて「明確な効果が期待できるか分からない」と消極的だった企業も含め、ここに来て状況が大きく変わり始めています。一般消費財における競争環境は今、どのような状況にあり、それに対してDXはどのように寄与するのでしょうか。クライアント企業のDX推進、デジタルマーケティングのサポートを行う博報堂CMP推進局の徳久真也と佐藤正徳に聞きました。

一般消費財メーカーを取り巻く環境変化とDX 

ーそもそもDXとはどのような取り組みを指すのか教えてください。

徳久
経済産業省の示している定義から一部を抜粋すると、DXを「データやデジタル技術を活用し、顧客ニーズを基に製品やサービス、ビジネスモデルを変革すること」、と定義しています。つまり、デジタルをフックにしてビジネスモデルを変えるということです。よく勘違いされるのですが、ポイントは「デジタル技術を活用する」という部分よりも、「顧客ニーズを基に」というところにあります
 DXというと、まずAIやデータを使わなきゃ、という手法から考えがちになってしまうのですが、それらを使うことが目的になってしまうと上手くいかないことが多い印象です。お客様が課題を抱えていて、それを解決する手段としてデジタルが効果的だから使う、という流れであるべきなんですが、それが逆になってしまうことが多いんです。課題を解決できるのであれば、必ずしもデジタルを使う必要はありません。ただ、デジタルを使った方が課題解決に近づきやすいケースが近年増えているのは事実です。そういった場合にDXを検討しましょう、というのが本来の流れだと思っています。

ー一般消費財においてDXが必要とされる背景には、どんなことがあるのでしょうか。

徳久
背景には、大きく三つの環境変化があります。一つ目は流通のプライベートブランド(PB)が占める棚の割合が年々大きくなっていることです。以前であればメーカー同士での競争が中心でしたが、近年はスーパーやドラッグストアなど流通もメーカー化し、競争相手になっています。流通としては、他店との差別化や高利益化を目指してPBの販売に力を入れており、その傾向は強まっています。
 二つ目はD2C(Direct to Consumer)と呼ばれる、流通を介さずお客様と直接繋がる形で商品を販売する新規のプレイヤーが増えていることです。こういったブランドの商品は大手メーカーの主力商品に比べて高価格のものが多いという特徴があります。生活者の嗜好の細分化が進み、気に入ったものには高いお金を払ってもかまわないという人が増え、高価格帯の市場は成長しています。そこを大手メーカーとともに奪い合う形になり、激しい競争が起きています。
 三つ目は消費財メーカーにとっての長年の課題なのですが、メーカー側が最終的な購買データを保有できていないということです。ダイレクト販売も一部あるので、全くデータを持てていない訳ではないのですが、十分な量ではありません。そのため、流通を介して自社の商品を購入しているお客様がどんな人であるのか、しっかりと把握できていないことが課題としてあります。
 これら三つの業界特有の課題に加えて、人口の減少とコロナによる消費の伸び悩みという問題もあります。こうした状況を改善するため、DXを真剣に検討する消費財メーカーが増えています。多くのメーカーが、お客様と直接繋がり、データによってお客様を理解し、商品を好きになってもらうための施策を打ち、継続的に購入してもらうというLTV(Life Time Value)と呼ばれる考え方を実践したいと考えています。
佐藤
ここでおさえておきたいポイントとして、一般消費財は食品や飲料、日用品など低価格のものが多く、かつ「使い終わる」ので、あるブランドの商品から別のものに乗り換える際の「スイッチングコストが低い」という前提があります。もし失敗しても、また別のを買えばいいや、という形で、生活者のブランドスイッチも起きやすい市場です。そのため顧客ロイヤリティも高めにくく、「価格の高い耐久消費財なら分かるが、消費財にはDXは必要ないんじゃないか」というメーカーの方の声を聞くこともあります。DXによって得られる利益よりも、むしろコストが大きくなってしまうのではないか、という懸念があるようです。
 しかし近年は、DXの取り組みで大きな効果を上げている一般消費財メーカーも増えて来ています。コロナで加速している部分があるとはいえ、この流れは今後も長期に渡って続くと考えています。

ー購買データという点では、メーカーは流通からPOSデータを購入できると思います。POSデータでは分析は難しいのでしょうか。

徳久
POSデータには、POSデータとID付きPOSデータの2種類があります。POSデータの場合、どの商品がどれだけ売れたかは分かりますが、誰が買ったかは分かりません。そのため、1か月で同じ商品を10回買ってくれたヘビーユーザーがいても、その人を優遇するような施策が打てません。
 一方でID付きPOSデータであれば、誰が買ったのか、どうして買ったのか、といったことが分かります。しかしID付きPOSデータは流通が有料で提供しているケースがほとんどで、すべての流通から買おうとすると莫大な費用がかかってしまいます。また個人情報保護の観点から、提供を受けるのが難しいケースもあります。

キーワードは「サービス化」「D2C」「CRM」

ー一般消費財メーカーが取り組んでいるDXには、どのようなものがあるのでしょうか。
佐藤
先ほど挙げた課題に対応する形で、大きく三つの方向性があると考えています。それは「メーカーのサービス化」「D2C」「CRM」です。

 まず「メーカーのサービス化」には、「パーソナライズ型」や「サポートプログラム型」などの形があります。パーソナライズ型は、アンケートや診断によって体質や生活習慣などを判別し、お客様ひとりひとりに最適化した商品を提供するもので、例えばサプリメントの組み合わせや商品の中身自体を変える、といったものがあります。

徳久
パーソナライズ型は、まず最初にサービスを提供してお客様に合った商品を適切に選びます。また、その結果や変化に応じて商品を最適化し続けることによって、その後も継続的に商品を買っていただくことが期待できます。
佐藤
サポートプログラム型は専用アプリやLINEなどを通じて、パーソナライズされた情報やアドバイス、ライフログの管理機能などをお客様に継続的に提供します。
例えば健康サポート飲料の場合、商品を買った人に専用アプリを利用してもらいます。アプリを通じて体重や運動量、食事などを記録することで、今後するべき運動や摂るべき食事、飲料を飲むベストなタイミングなどの情報を提供します。つまり、商品を売るというよりも、健康になれる習慣を売る、というイメージです。

ーアプリは利用しても、飲料は別のメーカーのものを買う、といったことにはならないのでしょうか。

佐藤
その可能性はあるのですが、例えば自社の商品を飲んだ記録がある程度たまったら、ポイントを付与したり特典をプレゼントする、といった仕組みを組み合わせ、自社商品の購入を促すことができます。また、実際の事例では、他に先駆けて投資した企業が顧客を集めている傾向にありますね。
徳久
消費財メーカーのキャンペーンは、特定の時期に集中してTVCMを投下することで流通の棚を確保しながら売上を拡大するという方式が一般的です。一方で、キャンペーン期間が終わると売上が落ちてしまうという課題がありました。「健康維持・増進」を目的とする商品の場合、特定の時期だけではなく、年間を通じて継続的に購入をしてもらう方がメーカーにとってはありがたい。ゆえに、習慣化を促すような「サービス」を提供することによって、定着率が高く、長期に渡って売り上げの向上に繋がりやすいというのも特徴です。
 「メーカーのサービス化」の取り組みは、パーソナライズ型とサポートプログラム型のいずれにしても、アプリなどを使って顧客と直接繋がります。アプリのようなデジタルの手法であれば、顧客データを取得できることで理解に繋がりますし、課題の解決方法が複数ある場合もお客様に合わせて答えを出し分けることができます。

ー二つ目のキーワード、「D2C」について教えてください。

佐藤
D2Cは流通を介さず顧客に直接販売する取り組みです。それによって作って届けて使ってもらうまでの顧客体験をすべてブランド側で設計することができます。例えば商品に込めた思いを伝える冊子や手紙を同梱することでブランドの世界観を伝えたり、ガイドブックをつけたりすることで商品の効果をより感じてもらう、ということが可能になります。また、お客様とLINEなどで直接繋がってコミュニケーションをとることで、フィードバックを得て商品やサービスの改善を図ることもできますし、それによって顧客のロイヤリティも高まります。D2Cを利用する顧客はそもそもそのカテゴリや企業を愛してくれていることも多く、そういった顧客を自社に繋ぎ止めながら、一緒にブランドを育てていく様なイメージになります。
 D2Cに大手メーカーが参入する場合、大きく二つの型があります。社内の新規事業としてD2Cを行う「新規事業型D2C」と、スタートアップなど他企業とコラボレーションして新会社を立ち上げる「出島型D2C」です。いずれにしろ、流通を介さずに商品を販売することになるので、既存の商品と販売対象が重ならないようにするなど、流通との関係に配慮しながらビジネスを作ることがポイントになります。
徳久
流通を通して販売している商品と全く同じものを、流通を介さず売ろうとすると、販売機会の奪い合いになります。それを避けるために、通常のスーパーなどの売り場では取り扱っていない高価格帯の別商品をD2Cで販売するなどの工夫が必要になります。
 出島型D2Cは、新会社などを作って完全に新しい商品を開発することになるので、流通との関係に問題が生じにくいという特徴があります。また、大手メーカーでは売り上げ規模的に開発しにくいようなニッチな商品でも、新会社でなら開発できるというケースも多く、特徴のある商品が作りやすいという利点もあります。
佐藤
ただし、既存商品のブランド力に頼ることができませんし、ビジネス規模も小さくなりがちなので、販売の拡大が難しく、ビジネスとしてリスクや将来的な成長性が問われることもあります。大手メーカーにおいては特に、どう事業として拡大していくのか、あるいはどう他の事業に還元していくのか?という視点やそのための設計が重要になっていると思います。

プラットフォーマー経由で顧客データを獲得する

ー三つ目の「CRM」について教えてください。

佐藤
CRMにも三つのタイプがあります。自販機などの自社が持つチャネルを使って行う「自社チャネル特化型CRM」、大手プラットフォーマーからデータ提供を受ける「プラットフォーマー協業型CRM」、その二つのちょうど中間のような形の「中間型CRM」です。
徳久
自社チャネル特化型は、例えば飲料メーカーであれば自販機を使って購買傾向を可能な限り把握しようとする取り組みです。流通のデータを使わないので完全とは言えないのですが、チャネルシェアがある程度高ければ自販機のデータだけでも大まかな傾向を捉えることが可能になって来ています。
佐藤
中間型の例としては、ユニークQRコードを使った取り組みがあります。ユニークQRコードとは商品1点毎に異なるQRコードを印刷してつけるもので、包装の内側など購入後でないと見ることができない位置にQRコードを配置するのが一般的です。
 ユニークQRコードを使う場合、まず顧客に自社のアプリを使ってもらい、何らかの個人情報の入力を促します。そして商品を買ってもらった際に、商品に付いているユニークQRコードをアプリから読み込んでもらいます。QRコードを読み込むとポイントが付与されるので、顧客にとっては一般的なポイントプログラムを利用しているのと同様の使用感になります。メーカー側には、顧客情報と商品の購入情報が渡ります。
 更に、顧客に対して、利用しているプラットフォーム(ECサイトなど)との「ID連携」をアプリ上で求めます。顧客が応じれば、プラットフォーム上での購入履歴(いつ何を買ったか等)がアプリのIDと紐づけられる形になります。得られたデータを分析することで、自社ブランドの購買動向だけでなく、他社ブランドや他カテゴリの購買動向も広く把握することができますし、アプリを通じて自社の別の商品をリコメンドするようなことも技術的には可能です。
徳久
ユニークQRコードは印刷コストがどんどん下がっていて、利用しやすくなっています。ユニークQRコードを使った中間型では、航空会社のマイレージプログラムと同様のことを、消費財でも実現できるんです。コンビニで買ってもECで買っても、商品にはユニークQRコードが印刷されているので、チャネルに関係なくサービスを提供することができます。

プラットフォーマー協業型は、デジタルプラットフォーマーがこれまで蓄えてきた顧客データを基にCRMソリューションを作り、それをメーカーに提供する、というものです。プラットフォーマーが持つ決済データや競合ブランドへの関心データなどを利用することで、顧客を育成して長く購入し続けてもらうような施策を実行することが可能になります。

佐藤
プラットフォーマーは様々な顧客データを持っているだけでなく、広告も出せますし、物流も持っています。自社でこれらすべてを一から整備するためには大変なコストが必要となります。そのため、いきなり自前でのCRMは考えず、最近は、まずプラットフォーマーと組むことでできることから考える、というメーカーも増えて来ている印象です。

ー一般消費財メーカーがDXを進める上で気を付けるべきことを教えてください。

徳久
繰り返しになってしまいますが、“顧客の課題をどう解決するか”という当たり前のことを忘れないこと。「DX推進室を作る」「ベンチャー企業と組む」「最新のデジタル技術を使う」といったことは手段であって目的ではありません。今はDXが非常に盛り上がっているので、よく考えずにその流れにのってしまい、目的を見失うのが一番危ないと思います。
佐藤
企業側は顧客と繋がることでデータを得られるというメリットがありますが、顧客にとってもメリットがないと一方的な取り組みになってしまい、一時的な繋がりで終わってしまったり、そもそも興味を持ってもらえない、ということも有り得ます。生活者から「そこに参加したい」、「面白そうだ」と期待してもらい、繋がり続ける価値や体験を提供できるような仕立ても含めた“仕組み”にすることが大事です。いわゆる従来のキャンペーンであれば、一時的に楽しめる・興味を惹くものを作れば良かったという面もありますが、DXを本当に意味あるものにするためには、持続的に長く繋がり続けるための設計が欠かせません。そのためには、従来とは異なる「持久力のあるクリエイティビティ」が必要になると考えています。
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  • 博報堂 CMP推進局第一G GM
    2005年に博報堂入社。流通・通信・飲料・食品・自動車・電気機器メーカー等、50社を超える幅広い得意先のマーケティング/事業戦略立案、統合コミュニケーション戦略立案、ブランディング、商品開発、キャンペーン開発業務等に従事。
  • 博報堂 第一プラニング局 兼  CMP推進局 マーケティングプラニングディレクター
    2013年博報堂入社。トイレタリーを中心に、食品、家電、ファイナンスなどの領域で事業戦略やブランド戦略、商品開発、
    コミュニケーション戦略など、マーケティング領域全般の戦略立案を担当。自社ソリューションの研究開発にも取り組む。