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カスタマーサクセスとは何か~専門家に聞く、SaaSやサブスクではない日本企業ができること
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カスタマーサクセスとは何か~専門家に聞く、SaaSやサブスクではない日本企業ができること

「カスタマーサクセス」という言葉が日本でようやく認知されてきました。一般的に、「顧客を成功に導くことでLTV(顧客生涯価値)の最大化を目的とする組織や一連の活動」と説明されますが、日本ではSaaSやサブスクリプションと同一視されたり、「おもてなし」と誤解されたりする傾向があります。カスタマーサクセスはこれらとどう違うのか、日本企業はカスタマーサクセスにどのように取り組んでいくべきか。――2019年7月に『カスタマーサクセスとは何か 日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』を上梓された経営コンサルタント、サクセスラボ株式会社代表取締役の弘子ラザヴィ氏に「カスタマーサクセス」について、博報堂マーケティングコンサルティング局で、CRM構築のコンサルティングおよびプロジェクトマネージャーの荒井友久が聞きました。

日本におけるカスタマーサクセスの状況

荒井
日本でも最近、「カスタマーサクセス」という言葉が聞かれるようになってきました。米国と比べて日本の状況はどうなのでしょうか。
ラザヴィ
私は2016年末から2017年にかけて半年間、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムに参加しました。当時の西海岸で、「カスタマーサクセス」という言葉は普通に使われていました。私はあわてて本や記事を調べましたが、意味を理解した時、これは日本企業の経営者にぜひ伝えなければならないと直感しました。帰国して周囲に話したところ、当時はネガティブな反応をする人が多かったです。しかし、2018年末ごろから潮目が変わり、今年に入って言葉の認知が急速に進んだ印象があります。
荒井
カスタマーサクセスというと、日本ではカスタマーサポートの延長だと考える人もいます。しかし私はそうではないと思っているのですが。
ラザヴィ
はい。「カスタマーサポートの延長」というのは日本における特徴的な誤解です。米国では「チャーン(顧客が自社サービスを解約して他社サービスにのり替えること。Churnとは、かき混ぜる・激しく動くなどの意味)の防止」という誤解が当初ありました。しかしカスタマーサクセスの本質は、カスタマーを育成・支援して成功を手にしてもらうことです。従って、カスタマーサポートチームではなく、カスタマーサクセスチームが担当します。
荒井
サブスクリプションやSaaSといった定額モデルとの関係は?
ラザヴィ
そこは拙著で日本企業に最も伝えたかったことの1つです。サブスクリプションやSaaSはあくまで提供形態です。カスタマーサクセスはこれらの形態をとる企業「だけ」に必要な話ではありません。カスタマーサクセスは、デジタル技術の進化の影響を受ける業界、即ちほぼすべての業界が取り組むべきことです。この点を正しく理解してほしいという強い想いから、あえて「リテンションモデル」(注)という言葉を使いました。

(注)リテンションモデルとは、一言でいえば「カスタマーを虜にするモデル」のこと。ラザヴィ氏は、著書『カスタマーサクセスとは何か』の中で(P27-28)、以下の4つの要素すべてを満たすプロダクト(モノ+サービス)をリテンションモデルと定義している。

  1. 利用者が、日常的・継続的にそのプロダクトを利用し、モノの所有に対してではなく成果に対して対価を払う
  2. 利用者が、いつでも利用を止める選択権を持ち、かつ初期費用が非常に少なくてすむ
  3. 利用者が、それ無しでは生活や仕事ができない・使い続けたいと断言できるほど明らかにプロダクトが常に最新状態に更新・最適化され続ける
  4. 利用者が、自分にとって嬉しい成果を得られるならば、自分の個人データをプロバイダーが取得することを許す

カスタマーサクセスとは「おもてなし」のシステム化

荒井
日本には元々「おもてなし」精神があり、カスタマーの不満すべてに応えようという考えがあります。これとリテンションモデルはどう違うのでしょうか。
ラザヴィ
日本のサービス業の「お客様は神様です」という信念に基づいた、至れり尽くせりのおもてなしは極めてレベルが高いです。米国の友人が日本に来ると、「日本のコンビニエンスストア店員の接客レベルは非常に高い」と驚きます。しかし、ヒューマンタッチに依存したカスタマー対応を続けていると成長にブレーキがかかります。成功するプロダクトほど急激に成長しますが、カスタマーの増加に応じて社員の数を急増させることはとても難しく、それによって成長スピードが減退してしまうからです。

ではどうしたらいいかというと、データとシステムで対応することです。つまり、カスタマー自身が自分で対応できる、あるいはカスタマー同士が助け合える環境を作っていくことです。「おもてなし」をシステム化するとともに、自助と互助の環境を作るのです。たとえばFAQを充実させる、対応メールを自動化するなどもこうした施策の一環です。ヒューマンタッチが最も効果的だからと、カスタマーサクセスマネジャーが直接出向いて丁寧に説明することを続けていては、ビジネスがスケールしません。

まず顧客を知って「サクセス」を定義せよ

荒井
たとえば米国のシューズメーカーがジョギングの履歴や心拍数等を残したり、走りに合わせた音楽を提供したりするアプリを提供することで、カスタマーの運動をサポートするというサービスを提供しています。日本のメーカーも商品とアプリを組み合わせることで様々な顧客体験を提供し始めています。こういうものは、カスタマーサクセスと考えていいと思うのですが。
ラザヴィ
はい。カスタマーサクセスになりえると思います。ただ大切なのは、それがカスタマーにとって本当に価値あることなのか、という点です。
たとえば、ある日本のハウスメーカーは、家に住まう人たちの様々なデータを収集して健康支援サービスなどを提供する「スマートハウス構想」を試行しています。こうした先端技術を用いたサービスに取り組む一方で、既存カスタマーに対するサービスは切り分けて考えています。なぜなら、既存カスタマーにそうした全く新しい家や街へ移り住んでくれとは言えないからです。家族や友人がいる住み慣れた街に住み続けたいと願う人びとの生活やコミュニティーを前提に、どういう価値を提供すべきかを考えなければなりません。彼らはどういう暮らしをしたいのか、自分も街も高齢化する中で、どうしたら安心・安全に暮らせるのか。こうした自社のカスタマーの目の前の課題を解くことができなければ本当のカスタマーサクセスになりません。
荒井
つまりお客様にとって「サクセス」とは何かを真剣に検討して決めないといけないということですね。そのためにはお客様が誰かを知らないといけない。
ラザヴィ
その通りです。ハウスメーカーは分譲エリアを観察することで比較的容易に自社カスタマーを理解することができます。一方、消費財メーカーは、自社商品を出荷した以降は流通業者のテリトリーなので、自社商品の消費者を理解するのはとても難しいです。これまでのモノ売り切りモデルではそれが最も効率よい形でしたが、お客様一人ひとりをより深く知ることが最も重要なリテンションモデルでカスタマーが見えないことは一大事です。
荒井
自分たちの意思として、こういう人たちがカスタマーであって欲しいと決めることも大切なのでは?
ラザヴィ
はい、それはとても大切なことです。自分たちがどのような価値を世の中に届けたいのか、というミッションないしビジョンを明確にすることです。そうすれば、理想のカスタマー像がおのずと決まります。逆に、そこから外れる方には、乱暴に聞こえるかもしれませんが「売らない」姿勢を貫くことが大切です。なぜなら、強引に売っても先方に価値は届けられず、やがて離れていきます。新規開拓の努力や苦労もむなしく互いに不幸です。

顧客満足や感動は指標化できない

荒井
あるホテルの例でいうと、自社の顧客にこんな体験を提供したいというミッションが明確にあり、そうではない要望が顧客アンケートで出てきても、ミッションと外れるものは対応しないようにしていると聞きます。すべてに応えていたら彼らの定義するカスタマーが離れていくからです。
ラザヴィ
おっしゃる通り、アンケートに書かれた一つひとつの要望すべて応えていたら、そのサービスはやがて競合サービスと類似し、際立ったものにはなりません。数ある要望の中のどの要望に応えるかはミッションに基づいて判断します。アンケートで寄せられた要望にすべて応えるべしという考え方は、顧客満足や顧客感動が最も重要だという誤った考え方に基づくものではないでしょうか。感動してもらうよりも「エフォートレスな体験(イライラする負荷がない)」を届ける方がずっと重要なことは米国で既に証明されています。
荒井
それは満足や感動が指標化できないということも理由ですね?
ラザヴィ
満足や感動の度合は、一般的に顧客アンケートに基づいて指標化しますが、その結果は、誰に・いつ質問するかによって大きく変動しがちです。
荒井
たとえば自動車メーカーで考えると、車を運転することの楽しさを提供することをミッションとして掲げているとします。しかし、それだけだと調査をとってもどう評価すればいいかわからないですよね。そこに、年間走行距離の伸びといった指標を置くことでPDCAが回るし、各部門で何をやるべきかが明確になると思います。
ラザヴィ
私は「カスタマーセントリックな企業文化が大切です」とよく言います。日本語だと「顧客中心主義」でしょうか。すると日本企業はどこも「我が社は既にそうです」とおっしゃいます。しかし「ではカスタマーのサクセスとは何かを定義していますか? それを測定していますか? 測定結果をカスタマーと共有していますか? どうしたら数値を改善できるか、データをもとに議論していますか?」と聞くと、答えに窮する企業は多いです。

どうやってデータを集めたらいいのか

荒井
ラザヴィさんが日本の大手メーカーのCCO(Chief Customer Officer)になったら、何から手を着けますか。
ラザヴィ
データに基づいて既存カスタマー一人ひとりを知り尽くすことに注力します。
たとえばテスラ車はよいお手本です。日々利用している個人的な経験にも基づくと、テスラ車は従来の自動車とは全く異質の車で、頻繁に更新されるソフトウェア駆動の「動くコンピュータ」と言うべきです。実は最近のアップデート以降、ハイウェイで制限速度を超えると警告音が鳴り加速できなくなりました。飛ばしがちな夫の運転を心配する妻の気持ちを汲み取ったのではないかと思うぐらい、妻にとっては最高のアップデートです。
荒井
しかし日本では、データを取られるのは気持ち悪いという感覚が強いように思います。メーカーはどうやってデータを集めたらいいのでしょうか。
ラザヴィ
データを勝手に取られるのが気持ち悪いのは米国人も日本人も全く同じです。私はリテンションモデルの定義の一項目を「利用者が、自分にとって嬉しい成果を得られるならば、自分の個人データをプロバイダーが取得することを許す」としました。つまり、カスタマーへサクセスがもたらされるならばデータを集めることができるということです。

日本企業にもまだまだチャンスはある

荒井
データを集めるということでは、GAFAなど先行している企業に今からでも太刀打ちできるのでしょうか。
ラザヴィ
AI技術は質のよいビッグデータがあって初めて価値がでます。GAFAは、そうした認識に基づく強いデータ戦略をもっています。「嗜好」データ分野におけるGAFAの優位性はもう揺るがない域ですが、実は「モノ(IoT)」「健康/ウェルネス」「マテリアル(IoM)」「神経科学」といったデータ分野におけるデータ戦の勝負はまだついていません。
今後IoTが普及するにつれ、日本発祥のカスタマーサクセスが生まれるのでは、と大変期待しています。製造業が弱い米国に対し、モノづくり大国の日本からIoT分野の先端実務をリードする企業が現れ、世界に向けて「かっこいい日本」をアピールしてほしいと願っています。
荒井
ありがとうございました。カスタマーサクセスはバズワードになっていますが、実はカスタマーサポートやマーケティングというレベルではなく、事業変革における思想だと感じました。そこで重要なのは、自社の顧客にとってのサクセスの定義。これを計測可能な具体的な生活者の行動に落とすということ。広告会社の言葉にすると、計測可能なコアアイデアと言えるかもしれません。
元々、価値観として日本企業が持つおもてなしの精神に対して、計測可能なサクセスを定義できれば、全方位になりがちなおもてなし活動の選択と集中を作り出すベクトルになると思いました。
そして、その前提として顧客を良く理解すること。これもよく言われる話ですが、重要なのは利用データでしょうね。自社の商品をどう使ってくれているのか、そこを徹底的に理解することがサクセスを定義する第一歩だと思います。

□Topics
サクセスラボ主催、日本初カスタマーサクセスカンファレンス「Success4」が12月に開催されます。詳細・お申し込みはこちらから ⇒https://success-lab.jp/success4/

  • 弘子 ラザヴィ
    弘子 ラザヴィ
    サクセスラボ株式会社 代表取締役
    一橋大学大学院卒業後、公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトなどを多数リード。2017年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラムに参加した時にカスタマーサクセスに出会い、日本企業への必要性を痛感。帰国後、サクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーのネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本企業を支援している。また、「サクセスジャパン(https://success-lab.jp/successjp/)」を運営し、カスタマーサクセスに関する情報の普及に努めている。著書『カスタマーサクセスとは何か ―― 日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』(2019年、英治出版刊)
  • 博報堂 マーケティングシステムコンサルティング局プロセスコンサルティング部長
    2012年博報堂入社。事業戦略・マーケティング戦略から情報システム開発までを一気通貫して支援する、ストラテジックプランニングディレクター。 大手SIerの経営企画を経て、大手メディアサービス企業の不動産広告事業における事業企画・営業推進にて、事業を成長させる事の難しさ・泥臭さを最前線で経験する。その後、経営コンサルティングファームにて第三者として事業支援を行った後、クリエイティブとの融合による、新しい事業支援のあり方を作るために博報堂に転身。