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【第10回】顧客との「つながり」に着目したマーケティング変革の実現―花王×博報堂 データサイエンス部門における協業事例―
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【第10回】顧客との「つながり」に着目したマーケティング変革の実現―花王×博報堂 データサイエンス部門における協業事例―

ショッパーマーケティング・コマース領域を専門とする組織「コマースコンサルティング局(CC局)」に迫る本連載。
CRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)やファンマーケティングの文脈で、しばしば顧客との「つながり」について議論されることがありますが、それを科学的・定量的に捉えてビジネス成果へと結びつけることは容易ではありません。
第10回では、花王と博報堂のデータサイエンス部門がタッグを組み、これまで困難とされてきた顧客との「つながり」の定量化と、その向上のメカニズムの解明、マーケティングプロセスのアップデートに挑んだプロジェクトに迫ります。マーケティングサイエンス、データサイエンス、ブランドマネジメントを融合させた先進的なアプローチと、両社の共創が生んだ成果について、プロジェクトメンバー5名で議論を行いました。
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(写真左から)
川端俊也
博報堂 
コマースコンサルティング局 ユニファイドコマース部 データサイエンティスト

小笠原萌
花王株式会社
グローバルコンシューマーケア部門 マーケティングイノベーションセンター グローバルマーケティング情報部 データインテリジェンス 2グループ 

稲葉里実
花王株式会社
グローバルコンシューマーケア部門 マーケティングイノベーションセンター グローバルマーケティング情報部 データインテリジェンス 2グループ
マネジャー

小出裕太郎
花王株式会社
デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター データインテリジェンス部 ディシジョンインテリジェンス

長澤大樹
博報堂 
コマースコンサルティング局 ユニファイドコマース部 データサイエンティストディレクター

顧客との「つながり」に着目した経緯

長澤
今回のプロジェクトは、顧客との「つながり」を科学的に捉えマーケティングプロセスのアップデートに取り組んだという点でも、両社のデータサイエンス部門が協業して取り組んだという点でも、過去になかなか例のない先進的な取り組みだったと思います。 はじめに、皆様の所属されている部署がどのような取り組みをされているのかお聞かせいただけますか。
稲葉
私たちの部署は、顧客データを中心とした自社データを活用し、事業全体を推進する「深い顧客インサイト」をつかむこと、データに基づくマーケティングサイクルを実現することをミッションとしています。特に今期は、「きちんと事業・ビジネスを動かすことのできる情報」、そして「事業部担当者の活動をエンハンスできる情報」を生み出すことを目標としてきました。部門横断型のデータ分析集団として、現在は主に各ブランドや事業部の取り組みに伴走し、データ・ドリブンな取り組みを支えるデータ&アナリティクスの専門家として日々様々な業務と向き合っています。

長澤
今回、顧客との「つながり」に着目されたのはどういった背景があったのでしょうか。
稲葉
花王では「My Kao」という生活者と直接つながる双方向デジタルプラットフォームを運用し、One-IDでお客さまに様々な体験価値を提供することに取り組んでいます。現在、多くのブランドでお客さまとの「つながり」の構築・強化を重視し、会員コミュニティやデジタルサービスの提供を行っています。しかし、これまではそういったお客さまとの「つながり」を重視した取り組みが、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)などの長期的なビジネス成果にどう結びついているのか、そのメカニズムがブラックボックスになっていました。そこで、顧客データ・デジタル基盤を活用して「つながり」を科学的・定量的に捉え、お客さまと事業者側の双方にとってよりよいマーケティングプロセスを構築する必要があると考えました。
小出
それを実現する土台として、私たちには「My Kao ID」を中心とした統合データ基盤が存在します。 これにより、自社ECでの購買履歴や、デジタルプラットフォーム上での投稿・閲覧といった行動ログデータ・アンケート等の顧客調査データをOne-IDで分析し、お客さまを深く理解することができます。個々にデータが「存在する」だけでなく、One-IDで統合して顧客の文脈を理解できる強固な基盤があったからこそ、今回のような難易度の高いテーマにも挑戦できたのだと思います。
小笠原
こうした基盤があったおかげで、今回のプロジェクトではWebのアクセス履歴だけでなく、特定のサービスにおける詳細な利用履歴といったユニークなデータも活用できました。日々のサービス利用が単なる習慣に留まるのか、それともブランドとの「つながり」を深めるスイッチになっているのか、そういった仮説を検証できるデータがID基盤上に整っていたことは、ふり返ってみると今回のプロジェクトにおいて重要なポイントの1つだったと思います。

稲葉
独自のデータ・デジタル基盤は花王の強みであり、顧客理解を深めるための貴重な資産です。この資産を最大限に活用し、さらに「つながり」という目に見えないメカニズムを解明するために、今回マーケティングサイエンスとデータサイエンスの領域で豊富な知見を持つ博報堂様とタッグを組ませていただきました。

ブランド理論の体系的整理に基づいて、顧客との「つながり」を定量化

長澤
この取り組みを進めるにあたって、私たちはまず分析に着手する前に、マーケティングサイエンスやブランドマネジメント領域の学術文献を調査し、背景理論や実証されている知見を整理するところから取り掛かりました。 顧客との関係性やロイヤルティなどを捉える指標・概念はビジネス・学術問わず様々なものが提唱されています。学術領域でも、エンゲージメント、アタッチメント(愛着)、コミットメント、ロイヤルティなど、似て非なる様々な概念が多数存在するため、それぞれの定義を再確認し、実証されている知見の体系化を行いました。
稲葉
「つながり」そのものが抽象的なので、学術領域の知見・エビデンスを整理するステップは非常に重要だったと思います。その中で、エンゲージメントは認知的要素、感情的要素に加えて行動的要素が含まれている点で、今回の取り組みにマッチしていると考えました。私たちが対象としたブランドでは、単にブランドを好きでいてもらうだけでなく、コンテンツを読んだり、他のユーザーと語り合ったりといった具体的な行動を通じてお客さまとのつながりを深めていくことに取り組んでいます。だからこそ、行動的要素まで内包するエンゲージメントは、顧客との「つながり」を表す概念として最適だと思いました。
長澤
おっしゃる通りだと思います。「つながり」を捉える概念を定めることと共に、その多面的な構造をどのように定量化するか、という点も課題でした。 エンゲージメントは顧客に直接聞いても推し量ることが難しい心理的な概念です。そこで私たちは、学術領域の知見に基づき、複数の設問回答から背後にある構成要素の関係性を統計的に推定できる「構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM)」を採用しました。
小出
このアプローチにより、NPS(Net Promoter Score)のような単一の結果指標だけでは捉えきれない、「つながり」の強さの違いや構成する要素を考慮できたことがこれまでとの明確な違いでした。また、定量化分析の際に、モデル構築プロセスにおける手法の特性を踏まえて妥当性を検証していったことも重要なポイントだったと思います。SEMは自由度が高く、データを形式的に当てはめるだけで見かけ上は問題ないモデルをいくらでも作れてしまうという難しさがあります。今回は、データへの当てはまりという視点ではCFI(Comparative Fit Index)などの全体的な適合度指標に加え、部分的適合性も丁寧に確認し、背景理論との整合性も踏まえて評価していくことでモデルの妥当性を高めることができたと思います。

つながりを向上させるメカニズムの解明

長澤
さらに、このプロジェクトでは顧客との「つながり」の定量化だけに終止せず、それをどう向上させるかという「メカニズムの解明」にまで踏み込みました。ここで鍵となったのが、分析に投入する行動データの粒度の設定でした。
小笠原
行動ログデータはより詳細にお客さまの行動を捉えることができる一方で、細分化されたローデータのままでは構造が複雑になりすぎてビジネス的な解釈が難しくなる懸念があります。そこで今回はマーケティング領域の学術文献を参照し、「Learn about the brand(ブランドについて学ぶ)」、「For fun(楽しみのための活動)」、「Work for the brand(ブランドのために働く)」、「Customer feedback(顧客フィードバック)」、「Talk about the brand(ブランドを語る)」というユーザー視点の意味のある行動区分で整理しました。このように、データをビジネスの文脈で解釈可能な粒度に設定することで、具体的な施策立案に直結する示唆を導き出すことができたと思います。

川端
その上で技術面では、統計的因果探索、その中でもDirectLiNGAMという手法を採用しました。通常の相関分析では「AとBに関係がある」まではわかりますが、「AをしたからBになった」という因果関係までは特定できません。統計的因果探索の手法を用いることで、「どの行動が起点となってエンゲージメントが向上するのか」、「どの行動が他の行動を誘起しやすいのか」という因果関係をデータ・ドリブンに推定することができました。アンケートによる意識データと行動ログデータを結合し、ブートストラップ法などのアプローチも組み合わせながらここまで厳密に因果構造を推定した事例は珍しいと思います。
稲葉
こうした分析によって、「具体的にどの行動が、次の行動やエンゲージメントを引き出すスイッチになっているのか」が明らかになったのは大きな成果だと感じています。例えば、エンゲージメントを直接高めている行動は何か、ユーザー間の対話を増やすにはどのような施策を行えばよいのか、どのような取り組みに改善の余地があるのかなどが分析結果から読み取ることができました。
川端
加えて、博報堂グループ内にはコミュニティマーケティングの戦略・運用を日々ご支援しているチームも存在します。私たちはそのチームとも密に連携をとっているため、分析結果から読み取った知見を、スピーディーかつ解像度高く施策に反映できます。 分析だけに留まらず、その結果を迅速かつ円滑に現場の施策へと反映し、PDCAサイクルを回せるところまで一気通貫で伴走できる点が、我々の提供できる大きな価値だと考えています。

データサイエンス部門同士の連携による新たな価値の創出

長澤
今回のプロジェクトは、体制面も非常にユニークだったと思います。稲葉さんのチームと我々が深く連携しながら進められましたが、ふり返ってみていかがでしょうか。
稲葉
おっしゃるとおり、通常のような「依頼して、レポートを受け取る」という発注側・受注側の関係では、ここまで本質的な共創は実現できなかったと思います。プロジェクトの最初期には、膝を突き合わせてプロジェクトの目指すべきところや両社の役割について徹底的に話し合いました。そのおかげで、分析業務にありがちな「この手法を使いたい」といった手段の目的化が一切なく、最初から全員の目線がビジネス貢献という目標に向いていたことも、このプロジェクトが成功した一因だと思います。
川端
プロジェクトを進めていく中で、実際に何度か分析担当者だけのミーティングを設けさせていただき、数式の意味やコードの実装レベルで共通言語を持って議論できたことも非常に大事なことだったと実感しています。また、我々が「指標の定量化・メカニズムの分析」を担当し、花王様が「エンゲージメントとの関連が強いログベースの運用指標への落とし込み」を担当するというように、分析作業自体を分担した点もこのプロジェクトならではの特徴だと感じていますが、この点についてはどのように感じておられますか。
小笠原
運用指標の選定は私たちのチームで取り組んでいるのですが、私たち花王のメンバーは、日々社内のデータに触れ続けているので、非常に合理的な分担だったと思います。「多種多様なログデータの中から、具体的にどの数字を追えばエンゲージメントの変化を捉えられるのか」という、日常的にウォッチできる代理指標を選定することで、「つながりへの寄与」という軸で施策を評価し、次のアクションに繋げることができるようになります。
小出
その意味でも今回のプロジェクトは、単発の分析結果を得ただけでなく、今後の弊社のマーケティング活動を支える中長期的な資産を作ることができた点に、大きな価値があると思います。それはデータサイエンス部門同士の協業なしでは実現できなかったことだと思います。
稲葉
そうした成果もあり、本プロジェクトは社内でも非常に高く評価され、本プロジェクトで得られた知見を活かし、新たな活動としてぜひ一緒に取り組みたいという声を多くの方々からいただきました。
長澤
博報堂としてもこの取り組みを非常に意義あるものと捉えています。単に外部からリソースを提供するだけの立場ではなく、御社の中長期的な成功を実現するためのパートナーとして協働できたことは非常に光栄なことだと感じています。

マーケティング変革実現に向けた今後の展望

長澤
最後に、今後の展望についてお聞かせください。
小出
まずは先ほどのお話にもあったとおり、今回構築した「つながり」の指標を、一過性の分析で終わらせず、日々の意思決定プロセスに定着させることが直近の目標です。 これまでは経験則や定性的な情報だけで判断していた施策も、今後は「つながりを深めたかどうか」という観点から効果検証していきたいと思います。
小笠原
そのためにも、選定したログベースの代理指標のモニタリング運用を着実に進めていきたいと思います。今回の構造分析で得られたインサイトをもとに施策を展開し、それがエンゲージメント向上にどう寄与したのかを検証する。そして、その結果を次の施策へと還元していく。そうした、データに基づくPDCAサイクルを確立していきたいと思います。
川端
技術的な側面から補足すると、今回の分析モデルは「一度作って終わり」ではありません。市場環境や施策が変われば、顧客の行動パターンや因果構造も変化していくはずです。 ですので、定期的にデータをモデルに読み込ませて、因果構造の変化自体もモニタリングしていくことが重要になってくると思います。
稲葉
将来的には、今回の事例をモデルケースとして、花王の他ブランドにも展開していきたいと思います。 そのためのデータ基盤は既に整っているので、ブランドを横断しても同じロジックで顧客理解を深めることが可能です。個別のブランド活動を最適化するだけでなく、花王の科学的マーケティングをさらに進化・高度化させていく、そのための第一歩を、今回のプロジェクトで踏み出せたと感じています。
長澤
今回構築したフレームワークは、CRMやファンマーケティングの文脈で課題を抱えているあらゆる事例に横展開可能なものだと思います。今回のプロジェクトを通じて生まれた資産が、御社のマーケティング活動に実装され、お客さまとの関係性をより豊かなものにしていく過程を、引き続きパートナーとしてご支援させていただければと思います。本日は貴重なお話をありがとうございました。
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  • 稲葉 里実
    稲葉 里実
    花王株式会社
    グローバルコンシューマーケア部門 マーケティングイノベーションセンター グローバルマーケティング情報部 データインテリジェンス 2グループマネジャー
    情報工学を専攻後、2007年に花王入社。情報システム部門のデータ分析チームに配属。2012年からマーケティング部門にて、生活者データを基点とした戦略施策立案を実施。現在は、CDPデータを土台に、お客様を中心としたデータ・ドリブンなマーケティング活動を推進中。
  • 小出 裕太郎
    小出 裕太郎
    花王株式会社
    デジタル戦略部門 DXソリューションズセンター データインテリジェンス部 ディシジョンインテリジェンス
    化粧品メーカーにて研究開発に従事した後、2020年に花王へ入社。花王では商品開発を経験したのち、現在はマーケティングデータ分析を担当している。購買データや顧客データを中心に、マーケティング施策の効果検証や顧客理解のための分析設計、仮説構築から分析・示唆導出までを一貫して担当。統計的手法を用いた分析を軸に、データから得られる示唆を事業活動の意思決定にどう接続するかを重視し、ブランド・CRM・販促施策・需要予測など幅広いテーマに取り組んでいる。
  • 小笠原 萌
    小笠原 萌
    花王株式会社
    グローバルコンシューマーケア部門 マーケティングイノベーションセンター グローバルマーケティング情報部 データインテリジェンス 2グループ
    電機メーカーにて研究開発に従事した後、2023年に花王へ入社。前職では、機械学習や画像処理技術を活用し、肌や髪といった身体状態を捉えるセンシング技術の開発に携わる。現在は、CDPデータを起点にマーケティング戦略の立案から施策提案、効果検証までを一貫して支援するデータ分析業務を担当。データを担当者の意思決定や行動を変える知見へと昇華させ、業務の変革を通じてお客様への価値創出につなげることを目指している。
  • 博報堂 
    コマースコンサルティング局 ユニファイドコマース部 データサイエンティストディレクター
    2014年に鉄道会社に入社し、中長期の需要予測や輸送計画、それにかかわる設備計画の策定業務に従事。
    2022年に博報堂に入社し、消費財メーカー・流通小売を中心にデータ分析に基づくマーケティング戦略・施策コンサルティングを担当。統計モデルを用いたソリューションのPdMを担う。
  • 博報堂 
    コマースコンサルティング局 ユニファイドコマース部 データサイエンティスト
    一橋大学大学院経営管理研究科研究者養成コース修了。在学中はミクロ経済学や計量経済学、統計的因果推論を用いて、イノベーションと企業ダイナミクスの関係を理論と実証の両面から研究。
    2024年に博報堂にデータサイエンティストとして新卒入社。ショッパーマーケティング・コマース領域において、統計学や機械学習に基づくソリューション開発、MMMや統計的因果推論によるマーケティング施策の効果検証、CRM戦略・戦術の策定など、幅広い業務に従事。修士(商学)。

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