マーケティングシステムの今~マーケティング&ITの実務家集団が語る事業グロースへのヒント【vol.17】「社内AI、導入して終わり」を脱却する。会話ログから“つまずき”を発見する「対話型プロセスマイニング」のススメ
マーケティング活動において、データとテクノロジーが果たす役割は年々高まっています。データ基盤整備やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)活用、マーケティングオートメーション、AI活用といった言葉は、もはや特別なものではなくなりました。一方で、それらを「実際の事業成長」に結びつけられている企業は、想像以上に少ないのが実情です。本連載では、博報堂マーケティングシステムコンサルティング局(以下、マーシス局)のメンバーが、事業グロースに向けた「生活者発想×データ×テクノロジー」の挑戦について、日々現場で向き合っている知見や視点から発信していきます。
第17回は、社内AI導入後の「使われない」という課題に対し、ブラックボックス化した対話を可視化する解決策を提示します。チャットログを業務プロセスと捉え、AI自身に分析させる「対話型プロセスマイニング」の手法を紹介。ユーザーの“つまずき”を5段階で深掘りし、漠然とした不満を具体的な「改善アクション」へと変えるデータ起点の運用アプローチを解説します。
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上門 雄也
株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 データサイエンティスト
AIエージェント導入はゴールではなくスタート
導入した後に直面する「使われない」という課題
生成AIの普及に伴い、多くの企業が実証実験を経て本格的な導入を進めています。セキュリティ環境を整備し、社内マニュアルやナレッジを学習させた「社内用AIエージェント」を全社展開する事例も増えてきました。
しかし、いざ運用を開始してみると現場からは「入念な実証実験を経て導入したはずが、リリース直後の試し使い止まりで、2回目以降の利用になかなか繋がらない」といった悩みや「アナウンスをしても結局いつものチャットツールや検索エンジンを使っている」という実態が聞こえてくることが少なくありません。多くの企業では「ツールを導入したものの、現場で定着しない」という課題に直面しています。
実際、生成AI導入に関与した担当者を対象とした調査データを見ても、導入前に期待していた「一人当たりの生産性向上」や「IT・AIリテラシーの向上」といった効果に対し、現状の実感が追いついていないというギャップが浮き彫りになっています。

HAKUHODO ITTENI『生成AI業務活用実態調査2025』より引用
利用実態が見えていない「ブラックボックス」化
なぜ期待されて導入したAIエージェントが、現場では成果を出せずにいるのでしょうか。 その大きな要因はAIと社員の間で行われているやり取りが「ブラックボックス」になっていることにあります。
一般的なWebサービスやアプリのマーケティングであればユーザーがどこで離脱したのか、どの機能が使われていないのかをデータで分析し、改善策を打ちます。しかし、社内AIに関しては「導入すること」自体が目的となってしまい、その後の社員の利用実態の検証がおろそかになりがちです。
現状把握のために「社内アンケート」を実施する企業も多いですが、そこにも落とし穴があります。 ユーザーの主観に頼るアンケートだけでは、「なんとなく使いにくい」「期待した答えが出ない」といった感想は集まっても「具体的にどの業務のどのプロンプトでつまずいたのか」「何が原因で利用しづらいと感じたのか」という改善に必要な事実までは特定しづらいためです。
社員も一人のユーザーです。期待してAIに質問をした際、一度でも「求めている答えと違う」「自分で調べたほうが早い」といった不便さを感じれば利用をやめてしまいます。この「なぜ利用をやめたのか」「どのような回答に不満を持ったのか」という原因が見えていない状態で、単に利用を促すアナウンスをしても定着率は上がりません。
導入後の「改善活動」こそが重要
AIエージェントの導入はあくまでスタート地点です。 ツールを用意するだけで自動的に活用が進むわけではありません。システムと同様に「運用と改善」が不可欠です。
費用対効果を高め、業務効率化を実現するためには導入後の「改善活動」にこそリソースを割く必要があります。社員がどこでつまずいているのかを把握し、課題を一つずつ解消していく。そのためには担当者の感覚ではなく、事実に基づくデータの分析が求められます。
「プロセスマイニング」の視点をチャットログに応用する
業務の滞りを可視化する手法
導入後の課題を解決する手がかりとして「プロセスマイニング」という考え方が有効です。
これは元来、製造業やサプライチェーンの領域などDXコンサルティングの現場では一般的に用いられている手法です。業務の処理手順や時間をデータとして可視化し、プロセス全体のどこで業務が滞っているか(ボトルネック)を特定するために使われます。
対話ログを「プロセスデータ」として捉える
通常のプロセスマイニングではシステムの操作ログ(処理IDやタイムスタンプなど)を分析対象としますが、生成AIの活用推進においては「社員とAIの対話ログ」そのものが重要なプロセスデータとなります。
ユーザーである社員がAIに対して何を問いかけ、どのような回答を得て、最終的にどう行動したのか。この一連のやり取りをプロセスとして捉え分析することでどこでつまずき、なぜ利用を諦めたのかという「対話のボトルネック」を発見することができます。
「AI × AI」アプローチによるログ分析
膨大なテキストデータをどう読み解くか
これまでチャットログのようなテキストデータの分析には大きな課題がありました。数値データとは異なり、そのままでは集計やグラフ化ができないため担当者がログを一つひとつ目視で読み解く必要があったのです。
数千、数万件におよぶ対話ログを人間が読み込むには膨大な工数がかかります。そのため多くの企業では定性的な分析にまで手が回らず、改善活動が滞ってしまうのが実情でした。
「AIのログ」を「AI」が分析する
そこで有効なのが、「ログの分析にも生成AIを使う」というアプローチです。 人間が読む代わりに、分析用の生成AIにログを読み込ませることでこの課題を解決します。
「AIのログをAIに分析させる」ことで、大量のテキストデータの中から「どのような利用実態があるか」「どのような課題が発生しているか」といった要素を構造化し、抽出することが可能になります。
高速かつ低コストな分析の実現
このアプローチにより、従来は多大な時間とコストを要したログの読み込み作業を自動化できます。 結果として、安価かつ高速に「対話のプロセスマイニング」を実現し、頻度の高い改善サイクルを回すことが可能になるのです。
※プライバシー/セキュリティへの配慮
ログ分析を行う際は「個人を特定しない形での集計」や「分析用AIには個人情報をマスクして渡す」といったプライバシーやセキュリティへの配慮が必要です。
5段階深掘りフレームワーク
順序立てて考えさせる重要性
生成AIを使ってログ分析を行う際、単に「改善点を挙げて」と指示するだけでは、一般的で表面的な回答しか得られないことがよくあります。 質の高い分析結果を得るためには、AIに思考の過程を順序立てて記述させる「Chain-of-Thought(思考の連鎖)」プロンプティングのように一つずつ段階を追って深掘りさせることが重要です。
分析の精度を決める「前提情報」のインプット
分析に入る前に、まずAIに対して「どのような視点でログを読み解くべきか」という前提情報をインプットする必要があります。はじめに定義することで分析の質が向上します。
分析するAIエージェントの目的や現在の課題感に合わせて以下のような要素を定義し、プロンプトの冒頭で与えることが有効です。これらを最初にすり合わせることで、AIは「優秀なデータアナリスト」としてのスタンスを確立し、ブレのない分析が可能になります。
• 役割 (Role): あなたは優秀なプロセスマイニングのデータアナリストです。
• ゴール (Goal): ユーザーの離脱原因を特定し、利用率向上のための改善策を提案すること。
• アプリ概要 (Context): 分析対象は「社内規定および過去資料を検索できるRAG搭載型AI」のログです。
• 制約事項 (Constraint): 事実に基づかない推測は避け、論理的に分析すること。
実態からアクションまでを構造化する
前提情報を共有した上で、以下の5つの段階で順を追って出力させます。ステップごとに出力させることで、単なる事象の報告ではなく、具体的な解決策までを論理的に導き出すことができます。

• ① 利用実態 (Situation) どのような文脈で使われているか?
(例:新人営業担当が、過去の提案書フォーマットを探している)
• ② 事象 (Event) そこで何が起きたか?
(例:AIが「社内規定によりアクセス権限がありません」と回答し、会話が終了)
• ③ 問題 (Problem) ユーザーにとってのペイン(不利益)は何か?
(例:求めていた回答と出力にギャップがあり、必要な情報に辿り着けず時間を浪費した)
• ④ 課題 (Issue) その背景にある構造的な欠陥は?
(例:営業部の共有フォルダがRAG(検索対象)に含まれていない)
• ⑤ アクション (Action) 改善のために何をすべきか?
(例:AIに「権限申請のURL」を案内させるよう指示を追加する)
これらの分析を行う際に「属性」「検索品質」「生成品質」「UI/UX」といったカテゴリをプロンプトで指定し、課題を分類させることやそれぞれの優先度・影響度を出力させることも有効です。
不満を「解決可能なアクション」へ
こうした段階的な分析を行えば、「AIが賢くない」という現場の漠然とした不満は、「RAGの連携不備」や「UIの導線ミス」といった具体的かつ解決可能なアクションとして出力されます。 AIが改善策まで提示してくれるため、あとは優先順位を決めて実行に移すだけです。ユーザーのつまずきを取り除くことで、体験の質が高まり利用率は自然と向上していきます。
AI活用は「運用」で差がつく
生成AI活用の成否は、ツールを入れた瞬間ではなく、その後のログ分析と改善という「運用(プロセスマイニング)」で決まります。とはいえ、この改善サイクルを回すのは容易ではありません。膨大な対話データの解析には、高度な分析環境の構築はもちろん、セキュリティやプライバシーに配慮したガバナンスの設計が前提となるからです。
我々マーシス局には、 AIエージェントの開発・導入から、運用ルールの策定(ガバナンス)、そして本稿で紹介したようなデータに基づく活用コンサルティングまで豊富な知見がございます。自社のAIエージェントを継続的に改善し、成果につなげるためのパートナーをお探しの際は、ぜひお気軽にお問い合わせください。AIエージェントの構築から定着化まで、貴社のフェーズに合わせた最適な支援をご提供いたします。
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株式会社博報堂
マーケティングシステムコンサルティング局
データプラットフォーム推進部 データサイエンティストコンサルティングファームに新卒入社し、テクノロジーコンサルタントとして、データ分析実行支援を中心としたコンサルティングに従事。主に。アナリティクス・AI活用推進、新規AI事業立案支援プロジェクトを経験。
博報堂入社後は、得意の自然言語処理スキルを活かし、SNS上の発話をもとにしたプラニング・ソリューション企画を実施。また、MMMを使ったメディアプラニング業務も推進中。

