CMクリエイティブにデータの補助線、AIで分析支援~CREATIVITY ENGINE BLOOM Vol.3
目次
博報堂DYグループが開発する新たな統合マーケティングプラットフォーム「CREATIVITY ENGINE BLOOM(クリエイティビティ エンジン ブルーム)」に搭載された各モジュール/プロダクトの開発の背景や意義、主な機能、利活用のメリットなどを伝える連載の第3回は「STRATEGY BLOOM CM ANALYSIS(以下、CM ANALYSIS)」です。
「CM ANALYSIS」はブランド広告の効果を定量的に分析し、TVCMプラニング業務を効率化・高度化することができるCM分析ダッシュボードです。開発した博報堂テクノロジーズ 執行役員の木下陽介、プロジェクトマネージャーの竹村剛一良、クリエイティブ業務にデータを積極活用する博報堂 クリエイティブ局の相沢理人と吹上洋佑とともに伝えていきます。
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TVCM分析業務を体系化・標準化するCM ANALYSISの特長
- 木下
- 今回はTVCMの分析業務を支援するCM ANALYSISのプロダクトについて深掘りできればと思います。それでは、まず皆さんの自己紹介をお願いします。
- 相沢
- 博報堂クリエイティブ局の相沢です。私はフルファネルをはじめとした統合プラニングの開発に携わっています。様々なプラットフォーマーデータを使ったインサイト発掘やアイディエーションなどストラテジーとクリエイティブを行き来しながらプラニングすることが多く、そうしたなかでCM ANALYSISも活用しています。
- 吹上
- 同じく博報堂クリエイティブ局の吹上です。映像を中心としたクリエイティブ全般を手がけており、大きく「マス広告」と「コンテンツ」領域を担当しています。
- 木下
- 今回はTVCMの分析業務を支援するCM ANALYSISのプロダクトについて深掘りできればと思います。今年、博報堂DYグループ社員が使える社内ツールとしてリリースしました。まずは、開発の背景を教えてください。
- 竹村
- TVCMに代表されるような認知獲得や生活者の態度変容を目的とした「ブランデッドクリエイティブ」領域では、短期的な成果を追求するパフォーマンスクリエイティブと異なり、データ活用の手法や環境がまだ十分に整っていません。その理由のひとつが、ブランデッドクリエイティブで重要な「生活者の深層心理」は、接触直後の行動データでは把握できず、データの蓄積や分析が進みにくいという点です。
こうした課題に対して、博報堂DYグループでは「Best HIT™」という独自のTVCM定点調査を2007年から実施しており、これまで約35万本のCM素材に関する広告効果データを蓄積してきました。しかし、分析や活用が担当者の経験やスキルに依存する“属人的”な状態にとどまっていたことが課題でもありました。
そこで、TVCM分析業務を体系化・標準化し、誰でも簡単に再現性高く実践できるようにするため、Best HIT™のデータとCMのメタデータを組み合わせて新たな分析ダッシュボード「CM ANALYSIS」を開発しました。
- 木下
- TVCM分析業務を支援する機能についても、ご紹介してください。
- 竹村
- 「CMランキング」「個別CM分析」「豊富な分析メニュー」の3つが主な機能です。
CMランキング機能では週間・月間・年間という3つの時間軸で、様々なBest HIT™指標をもとにしたランキング表示が可能なので、生活者から評価が高いTVCMを素早く把握できるようになっています。ちなみに、用意している指標は、CMがどれだけ効率的に生活者の関心を引いたかを評価する独自指標「気になる投票効率指数」や、「魅力演出度」、「注目喚起度」といったものがあります。
また、特定のCMを深掘りしたい場合に、従来は複数のデータソースを横断して見る必要がありました。それが個別CM分析機能では、CMの基本情報と評価結果を同一画面で確認できるため、より効率的にCM分析を進められるようになりました。
さらにBest HIT™に蓄積されている豊富な指標データを活用し、高度な専門的スキルがなくても、誰でも簡単にクリエイティブを定量的に分析できる分析機能の拡充も図っています。このようにCM ANALYSISを活用することで、現場でもすぐに日常的な分析が簡単に実行できます。
データとクリエイティブが並走する新しいプロセスの実践
- 木下
- 相沢さんと吹上さんは、クリエイティブ業務の中でCM ANALYSISに搭載されているBest HIT™のデータをかなり深く活用されてきたと伺っています。具体的にどのように活用しているか、教えてください。
- 吹上
- よくあるケースとして、まずマーケターがデータを分析して、その結果に基づいてクリエイターがクリエイティブをつくるという進め方もありますが、その方法だと、本質的にはあまり意味がないと感じています。
私たちは最初の段階からデータを分析できる人がクリエイティブ会議に参加し、クリエイターが作った案に対してデータの観点から意見を提供し、そのフィードバックをもとに柔軟にプラニングを調整するといった「データとクリエイティブが並走するプロセス」を実践していました。

- 相沢
- そこにCM ANALYSISを導入し、マーケティングとクリエイティブが同じデータを見ながら並走できるようになったことで、これまで以上にクリエイティブ側は直感やひらめきをベースにアイデアを広げていき、マーケティング側は客観的な根拠やファクトをもとに答えを見つけられるようになりました。
マーケターへ仮説の問いを投げかけたり、逆にマーケター側から見えてきた新しい兆しをクリエイティブに提案したりといったように、両サイドが刺激し合って企画を磨き上げていける点も、このプロセスの良い部分だと言えるでしょう。
- 木下
- 非常に興味深いですね。データから得られる示唆や問いによってマーケティング職、クリエイティブ職の専門性がより発揮できる可能性を感じますし、CM制作プロセスもより効率的になるのではないでしょうか。共創的なプロセスに変わっていく感じがしました。クリエイティブの業務の中で、CM ANALYSISのデータは主にどのフェーズで活用されることが多いですか?
- 吹上
- 例えば、抽象的な世界観で訴求するべきなのか、実写ベースで表現した方がいいのかといった判断も、データを見ると方向性がある程度見えてくるんですよね。もちろん、データに縛られすぎるわけではなく、あくまで企画の自由度は保ちながらも、有益な“示唆”として活かせるという感じです。
逆に、クリエイティブからの「ランキング上位に入っているCMに、こういう傾向が多いのは何か理由があるのか?」といった質問には、マーケターが詳細に分析してくれて、そこからヒントやTIPSを共有してもらうというやり取りもありました。

- 相沢
- 色々な活用の仕方があると思うんですが、私たちの場合は「How(どう伝えるか)」の部分の根拠づけとして使うことが多かったですね。
今まではマーケティング部門で「What to say(何を伝えるか)」を決めた後、「How to say(どのように表現するか)」のフェーズに移行すると、急に感覚的な判断に依存し、マーケティングとクリエイティブの間で分断が生じる、といったケースも見られました。
それがデータを活用することで、「なぜ抽象的な世界観が合っているのか」「どうして話者はこうであるべきなのか」といった部分を、クライアントにも納得感を持ってもらえる、ロジカルな説明ができるようになったんです。
ルールが増えすぎてアイデアが制約されてしまわないよう適切にバランスをコントロールしながら、独創性を活かしつつ、データの良いところも取り入れるという形で進めることができるようになりました。
- 木下
- なるほど。それは本当に素晴らしい進化と言えますね。
- 吹上
- 実際のところ、クリエイティブディレクター(CD)の経験や勘の中に、過去のデータ的な知見が自然と蓄積されているので、実際は無意識のうちにみんなデータを活用しているんですよね。
意識しているのは、感覚的な経験値に頼るだけでなく、無意識の判断の裏にある「データの根拠」を明確にして、説得力のあるクリエイティブにつなげていくことです。
データをクリエイティブディレクションの補助線に
- 竹村
- CM ANALYSISが提供する様々な分析メニューの一つに、「好感度を高める」「注目度を高める」といったKPIに対して、どのような表現要素が効いているかを分析できる機能があります。ただ、私自身はCM制作の実務経験がないので、当初はその分析結果が実際の制作現場でどう活かせるのかを読み解くのが難しかったです。

- 木下
- CMのどのような表現要素が効いているかというのは数値で見えるんですが、その背景にある「なぜそうなのか」という具体的な解釈の部分は、クリエイターの経験や過去の勘に依存することが多かった。その経験や勘をデータで“補助線”として支えることで説得力が増し、これまで確信を持てなかった部分を地に足がついた意思決定につながるのではと感じますね。
- 相沢
- 吹上さんはプラナーに対してクリエイティブディレクションを行う際に、個人的な直感や経験だけでなく、データから得られたある種のルールを組み合わせていると思います。そういう意味では、主観的な感覚とデータに基づく客観的な指標を融合させることで、より必然性を持った指示が出せているのではないでしょうか?
- 吹上
- 例えば、抽象空間か実写空間にするかの選択には、そこまでこだわりがないケースもあって。そうした基本的な方向性をデータではっきり示すことで、何もない白紙の状態から考えるのではなく、ある程度の道筋が整備されたうえでディレクションがしやすくなると思います。
- 相沢
- なるほど、ある部分においては約束事を守っていきましょう、と。それ以外の部分では自由に企画を拡張して、レバレッジを効かせるといったメリハリのあるディレクションが可能になるというわけですね。
データが持つ利点や限界を理解したうえで、クリエイターが分析するという“相互理解”が今後かなり求められてくるかもしれません。

AIとの対話で「正解」も「別解」も探す
- 木下
- CM ANALYSISはクライアントの課題に対して提案するストーリーの道筋をつけるためのヒントとして、博報堂が伝統的に行ってきたCMのデコンストラクションをAIで再現する機能も最近社内でリリースしました。
- 竹村
- CMの評価を定量的に把握するだけでなく、「なぜその評価になったのか」という要因の分析をサポートする新機能です。従来はCMクリエイティブを社員個人がデコンストラクションすることで、その評価に影響している要素を紐付けていたのですが、今回、デコンストラクションの思考を生成AIで再現し、「目的」や「ターゲット」などの要素を自動で抽出できるようになりました。
Best HIT™調査結果を用いた「定量データ」と演出や構成要素などの「定性データ」を紐付けることで、「CMのどの部分が評価要因になっているか」をより深く分解・分析できるきっかけを作るのがねらいです。
- 木下
- 我々がBest HIT™の調査データを持ち、さまざまな表現に関する豊富なサンプルが蓄積されている点は、AIを活用するうえで大きなアドバンテージだと思っています。さらに今後、プラナーが現場で培ってきた知見などもAIに学習させ、CMやクリエイティブの評価に活かし、成果につながるCMを生み出せるようになれば、広告制作のワークフローそのものが変わっていく可能性もあると感じています。

- 相沢
- AIと対話を重ねながらアイデアを何度も磨き上げていくプロセスが加わることで、より質を高める方向へと時間の使い方がシフトしていきそうですね。
私自身は「別解」という思考をけっこう大事にしていて、これから伸びしろがありそうなものや注目されそうなものに目を向け、従来の定量評価では見落とされてしまうところを、自分で拾い上げるのが好きなんです。
そういう意味では、AI活用によって従来の「正解」とされてきたものとは異なる兆しと出会える可能性もあるのではと感じています。
- 木下
- まさに「正解はこうだが、別解はこうである」という思考は大事にしたいですね。
- 吹上
- あえて別解を試してみる挑戦は積極的にやるべきだと思います。それがうまくいけば、次の案件ではその別解を“正解”として活かせますし、新たな視点を得られる機会にもつながっていくと思います。
AI時代に求められるクリエイターの「見立て力」
- 木下
- 最後に、クリエイティブ局のお二人が考える、今後のAI時代におけるクリエイター像についてお聞かせください。

- 吹上
- AIの出す正解はあくまでもAIの基準によるもので、本当に人の心を動かしたり、社会やクライアントの課題を解決できたりする保証はありません。重要なのは、その性質を理解した上でAIを使うことで、根拠に基づきながらも、自分の想像を超える発想やアプローチを探る姿勢が大切だと思います。
AIとの対話の中で、一つの正解に到達することを目指すのではなく従来とは異なる革新的なアプローチを見つけていく過程にこそ価値があると感じています。
- 相沢
- 今後のクリエイティブワークではAIを活用することは前提に、そこに属人的な視点や経験値を柔軟に組み合わせてプラニングする力が求められるようになると思います。それぞれがAIを内部化しながら、自分の強みを磨き続け、新しい方法論を模索し続けていくことも必要になるでしょう。
一方で、AIは過去データをもとにした推測はできても、まっさらな未来を見立てることに関してはまだ未成熟だと感じています。まだ見ぬ新しい生活者トレンドや社会潮流の変化といったものは、クリエイターの嗅覚や洞察力が活きる領域であり、AIでは代替しにくい部分です。
こうした「見立て力」は、今後もクリエイターの重要なスキルとして残り続けるのではないでしょうか。
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博報堂テクノロジーズ 執行役員 兼
マーケティング事業推進センター センター長2002年入社。マーケティングやコンサルタント職として多数業種を経験。2010年より研究開発職としてマーテク、アドテク、AIやXR技術を活用したマーケプロダクト開発を推進。2024年よりCREATIVITY ENGINE BLOOMの開発責任者として、統合マーケティングプラットフォームの開発を多数推進。またコンテンツビジネスラボのリーダーとして、コンテンツを活用したマーケティング支援、コンテンツホルダーのビジネスを推進。
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博報堂テクノロジーズ マーケティング事業推進センター
開発推進3部 部長通信会社を経て、2023年博報堂入社。研究開発組織にて、クリエイティブ業務支援関連のプロジェクトを中心に先端技術を活用したプロダクトマネジメント業務に従事。現職では、CREATIVITY ENGINE BLOOMにおけるマーケプラニング・クリエイティブ制作業務の効率化/高度化に資するプロダクト開発を推進。また、博報堂DYグループ横断研究開発組織 であるCreative technology lab beatに参画し、生成AIを活用したプロダクト企画に従事。
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博報堂 クリエイティブ局 局長補佐 /
チーフコミュニケーションデザイナー外資系広告会社を経て2015年に博報堂入社。ストラテジー・クリエイティブ・メディアを横断した作戦づくりのエキスパートとして、直感と客観、仮説とデータを行き来しながらフルファネルをはじめとした統合コミュニケーションの開発をリードする。
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博報堂 クリエイティブ局「マス広告」と「コンテンツ」の2軸を強みとし、映像を中心としたクリエイティブ全般を手がける。

