
「SDV」が変える自動車産業のエコシステム 【Media Innovation Labレポート49】
2025年のCESにおける、NVIDIAのCEO、ジェンセン・フアン氏によるキーノートスピーチで重点的に取り上げられていたのが、車載用の半導体の話題でした。ソフトウェアによって継続的な自動車の進化を可能にするSDV(Software Defined Vehicle)の登場は、これからの自動車産業をどのように変えていくのでしょうか。SDVを取り巻く現状やその可能性などについて、Hakuhodo DY ONE 兼 Media Innovation Labの永松範之に、博報堂 研究デザインセンター 兼 Media Innovation Labの島野真が聞いていきます。
■自動車製造の中心がハードからソフトへ転換しつつある
- 島野
- まずは、今回のテーマ「SDV」とは何を意味するのかを教えていただけますか。
- 永松
- Software Defined Vehicleの略で、日本語にすると“ソフトウェアで定義される自動車“となります。
SDVにおいては、エンジンやブレーキといった機能、性能をソフトウェアで制御したり、クラウド経由のアップデートによって、修理や機能の追加などができるようになります。ハードを中心に発展してきた自動車産業ですが、これからはこうしたソフトウェアが主役になってくるとされています。
これまでも既にConnected(つながる)、Autonomous(自動運転)、Shared & Service(サービス化)、Electric(電動化)の頭文字をとってCASEという概念が提唱されていました。このCASEを実現する方法として、自動車製造の核がハードからソフトに転換していくことが力強く形になってきたと思います。
- 島野
- 自動運転をはじめ、自動車の電動化が進んでいけば、必然的に性能を最大化するためのソフトウェアのアップデートや制御が欠かせなくなります。スマートフォンも、OSやアプリを加えていくことで、ハードはそのままでもできることが増えたり、使い勝手が良くなるのが当たり前になりましたが、同じことが自動車でも起きるということですね。
- 永松
- その通りです。それにより、これまでの自動車産業全体のエコシステムやビジネスモデルにも大きな変革が起こることが期待されています。
まずは機能性や安全性の向上などを目的としたソフトウェアの活用が進み、その後はデータドリブンなビジネス展開はもちろん、顧客体験やマーケティングへの活用も広がっていくのではないでしょうか。こうした動きは、車産業に限らず多様な産業のマーケティングに大いに参考になるのではないかと考えています。
- 島野
- わかりました。
ではもう少し具体的に、SDVはどういった変化を自動車産業全体にもたらすと想定されているか、教えてください。
- 永松
- まずSDVでは、ハードウェアとソフトウェアが分離して開発されるようになり、自動車ソフトウェア市場自体の成長が見込まれています。サプライチェーンにおいても、ソフトウェアやネット企業など様々な企業の参入が始まっています。企業同士の連携も進んでおり、プレイヤー同士の関係性やエコシステムが複雑化している側面もあります。
アフターサービスも、先述の通りオンラインでアップデートすることによって機能や性能を向上させることができます。またリモートで診断や修正を行うなど、遠隔での対応も可能になります。自動車メーカーが直接顧客との接点を持てるようになりますし、データを収集し活用するビジネスの可能性も広がるでしょう。UI/UXも、ハンドルやレバー、スイッチといったハードなインターフェースから、タッチパネルや音声認識などのインターフェースへと変化していきます。生活者の体験としても、メディアとしての活用においても、さまざまな変化が起こってくるでしょう。
そして、たとえばスマホのアプリがアプリストアを中心とする新しいエコシステムを形成したように、自動車の車載アプリケーションも、市場全体を大きく成長させていくのではないかという期待感が生まれています。
またここで重要な役割を担っているのが、OTA(Over The Air)と呼ばれる、無線通信を通じてソフトウェアやファームウェアの更新を可能にし、機能の向上や更新を図るIT技術です。自動運転そのものに関わる特定の機能をアップデートさせたり、不具合の修正などをリアルタイムに実施できる技術として注目されています。
- 島野
- まさに自動車産業全体の構造そのものが大きく変わる可能性があるということですね。
■SDVにおいて大きな役割を担う半導体
- 島野
- では、新しいビジネスモデルとして具体的にどんなものが考えられますか。
- 永松
- まず考えられるのは、自動車が生み出すデータを活用した新たなビジネスモデルの創出です。メーカーはデータをもとにさまざまなサービスや収益源を生み出すことができるでしょう。たとえば機能のオンデマンド提供やサブスク化など、車というハードの売り切りだけではなくて、ソフトウェア更新を通じて継続的に収益を得られるビジネスモデルの拡大が見込まれています。
- 島野
- ユーザーはソフトウェアのオプションを購入することでより高度な自動運転が実現できたり、車内で楽しめる最新のエンターテインメントをダウンロードできるようになることが一般的になっていくわけですからね。
そうすると今後は、開発コスト全体の中でも、ソフトウェア開発に対するコストが拡大していきますよね。
- 永松
- そうなんです。ここで鍵を握っているのは半導体です。自動運転やデータ活用、AI活用における半導体の役割は拡大していて、自動車に搭載される半導体の数も増え、かつ高度化しています。
たとえば自動車のハードの機能を電子制御する装置として、ECU(エレクトロニックコントロールユニット)の活用が進んでいます。当初は各ハードに備えつけられ制御するタイプのものが一般的でしたが、現在、ECUの集約統合化が進んでおり、中央の統合ECUが各ECを制御し、結果として車両全体を制御するといったアーキテクチャに移ってきています。ハードのコントロールが中央で管理されることで、ソフトウェア側でもより制御を行いやすくなるといった効果もあるようです。
- 島野
- これまでは部品の役割ごとに半導体が使われてきたのが、統合化されたものによって制御・処理されるようになってきたんですね。できることも増えるし、より良い性能だけでなく、より良い顧客体験の提供にもつながりそうです。
- 永松
- 統合ECUを通じて各ハードウェアのコントロールを行うのが、ビークルOSという自動車専門のOSです。ビークルOSとは車両の機能やサービスを統合的に制御するための基盤となるソフトウェアプラットフォームで、すでに各メーカーがその開発においてしのぎを削っています。自動車メーカー同士で連携して共通の基盤OSを開発し、競争力の強化を図るという動きも見られます。
ビークルOSは、まずはいわゆるインフォテイメント系の、生活者に対してより高度なUX体験を実現するための活用が見込まれています。たとえば音声認識による操作など、UI、インターフェースの領域や、各種メディアの音楽・映像プレイヤーを制御したり、スマホと連携してより体験を深めていくような、エンターテインメント領域での活用です。追って、ボディー自体や移動の制御、自動運転、モーター駆動の効率化などにおいても活用が進んでいくでしょう。
- 島野
- 今年のCESではNVIDIAのジェンスン・フアンCEOがキーノートスピーチを行い、車載用半導体についての説明に大きく時間を割いていました。半導体メーカーとしても、SDVにどこまで貢献できるか、どこまで自社の役割を広げていけるかという観点から熱い視線を送っています。大手自動車メーカーとの新しい提携についても発表があり、話題となっていました。自動車メーカー、ソフトウェア企業、半導体会社などが、まさに産業の枠を超えてつながりつつある。さらには、自動運転はAI活用の最前線でもありますし、家電メーカーまでもがこの市場に参入しようとアプローチを強めつつあります。
- 永松
- 中国等でもSDVを軸に存在感を増しつつある企業も登場しています。日本国内でも各サプライヤーがソフトウェア開発に積極的に取り組んでいるとも聞くので、既存のサプライチェーンからも変化が起こってくるでしょう。
- 島野
- 実に様々な産業から参入が相次ぎ、市場が拡大していくのがよくわかりますね。従来の自動車というハードウェアとしてだけではなくて、移動サービスのプラットフォームとしての価値が拡大している。その変化のただなかにいるということですね。
CESを訪れた際にサンフランシスコに立ち寄ったのですが、自動運転タクシーが街中をごく自然に走り回っていました。実際に乗ってみると、SDVがまったく新しい乗車体験をもたらしてくれるのを実感しました。解決が必要な課題はまだまだあるかと思いますが、SDVが今後確実に浸透し、社会の一部になっていく未来を垣間見たような気がしました。
■SDVから新たに生まれるデータドリブンビジネスの可能性
- 永松
- SDV関連のスタートアップの存在にも注目したいところです。ソフトウェアの開発支援を行う領域やオンラインでアップデートするための機能を提供するコネクティビティ領域において、いくつものスタートアップ企業が生まれています。それから、オンライン化によるサイバー攻撃対策を見越して、セキュリティ領域に特化したスタートアップも出てきています。ユーザーエクスペリエンス領域では、ディスプレイなど、UI/UXに関する情報を提供ないしはコントロールする領域、またデータ分析やAIによる予測、自動運転領域においても、複数のスタートアップ企業が頭角を現しています。
- 島野
- データ分析というと、具体的にはどういう内容の分析を行うのですか。
- 永松
- 車両データなどを使って走行体験を改善したり、バッテリーを最適化させたり、異常や障害の検出を行うような形での活用がまずは進んでいます。
今後はさらに、顧客体験においていかにデータを活用していくかに注目しているメーカーも多いのではないかなと思いますが、そこに関してはやはり、キラーアプリケーションやキラーサービスをいかに生み出すことができるかが、重要なポイントになってきていると思いますね。
- 島野
- 収集したデータをもとに、最適なサービスをユーザーに提供することができるようになる。そのための基盤を作る企業も着々と増えているわけですね。まさに車が“モビリティサービス”へと変遷しつつある、その象徴的な現象だと感じます。
SDVの現状をいろいろと知ることができましたが、今後の課題としてはどういったことが挙げられますか。
- 永松
- 一つは、データ活用の際のプライバシー保護や、セキュリティ対策は大前提として大事になってきます。自動車というものは場合によっては人の命にも関わってくるわけですから、当然なことだとは思います。
それから、統合的なソフトウェアを開発していくにあたり、人材をいかに充実させていくかも重要になってきます。そのためのスタートアップ企業も登場してきており、大手メーカーとの連携なども頻繁に起こってきています。
- 島野
- なるほど。
いずれにしても、顧客データを活用してユーザーが本当に必要なタイミングで必要な場所に必要なものをきちんと提供するという、データドリブンマーケティングビジネスが、いままさに自動車の中でおころうとしている。一度買ってもらったらおしまいではなく、購買を起点に始まる継続的な関係作りがこれから重要になっていく。そこにSDVが必須になっていく。目が離せませんね。
- 永松
- 我々としてもお手伝いできることがあると思いますし、マーケティングという観点でも、様々な価値を提供できるのではないかと考えています。
- 島野
- 自動車業界で進むソフトウェア化によるビジネス構造の変革は、他の産業でも参考になる点が多そうです。本日はありがとうございました。
※Media Innovation Lab (メディアイノベーションラボ)
博報堂とHakuhodo DY ONEが、日本、深圳、シリコンバレーを活動拠点とし、AdX(アド・トランスフォーメーション)をテーマにイノベーション創出に向けた情報収集や分析、発信を行う専門組織。両社の力を統合し、メディアビジネス・デジタル領域における次世代ビジネス開発に向けたメディア産業の新たな可能性を模索していきます。
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Hakuhodo DY ONE 新規テクノロジー事業開発本部 研究開発局長 兼 Media Innovation Lab2004年デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム入社(現 株式会社Hakuhodo DY ONE)、ネット広告の効果指標調査・開発、オーディエンスターゲティングや動画広告等の広告事業開発を行う。近年はAIやIoT、XR等のテクノロジーを活用したデジタルビジネスの研究開発に取り組む。専門学校「HAL」の講師、共著に「ネット広告ハンドブック」(日本能率協会マネジメントセンター刊)等。
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博報堂 研究デザインセンター
兼 博報堂DYホールディングス テクノロジーR&D戦略室
兼 博報堂DYホールディングス グループ広報・IR室博報堂に入社後マーケティング部門に在籍し、通信、自動車、ITサービス、流通、飲料など数々の得意先の統合コミュニケーション開発他に従事。2012年よりデータドリブンマーケティング領域の新設部門でマーケティングとメディアのデータを統合した戦略立案の高度化、ソリューション開発、DX推進等を担当。2020年よりメディア環境研究所所長 兼 ナレッジイノベーション局局長として、メディア環境の未来予測他の研究発表を行う。25年より現職。