【第8回】雑誌『STORY』元編集長が見る女性のライフスタイルと買物意識の変遷~買物欲で捉える今の潮流と未来の兆し<ライフスタイル編>~
「売るを買うから考える。」という言葉をスローガンに2003年より活動している博報堂買物研究所の取り組みを紹介する本連載。
第8回は、長年女性のライフスタイルを捉え続けてきた、雑誌『STORY』元編集長である光文社の爲田氏に、女性のライフスタイルの変化と買物行動の関係について、買物研の瀧本が話を伺いました。
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爲田 敬 氏
株式会社光文社 第一編集局担当取締役
瀧本 晃裕
博報堂買物研究所 マーケティングプラナー
雑誌『STORY』の表紙から読み取る買物意識の変遷
- 瀧本
- 今回は、30年近く女性誌を通して生活者を考察されてきた女性のライフスタイルの専門家、爲田氏にお話をお伺いします。早速ですが生活者の買物意識はロングスパンでどのような変化があったとみていらっしゃいますか。
- 爲田
- 光文社では年齢・趣味趣向など様々な切り口で女性誌を発行しておりますが、私はアラフォー女性向けの『STORY』という雑誌の編集長を長く務めてきました。そこで今回、雑誌『STORY』の表紙の変遷から買物意識の変化を読み解いてみました。
『STORY』創刊当時の2002年頃は、実はまだバブルの余韻が残っていて、読者も今の自分よりワンランク上げたいという気持ちでファッションを選んでいたことがわかります。たとえば、靴やバッグはハイブランドが欲しいとか、洋服は百貨店で買いたいというような志向です。
それが2008年のリーマン・ショックを契機に経済の低成長が始まって、自分の所得も夫の所得もなかなか上がらないという現実が生まれます。そこに海外からリーズナブルでありながらトレンドも押さえた、いわゆるファストファッションブランドが上陸して、節約意識も重なり爆発的なブームになりました。例えば2008年9月号の表紙を見ると、“健全なおしゃれは、健全な価格に宿る”という見出しが躍っています。いわば安いことがエンターテインメントで、それをイベント的に楽しむ買物が主流になったわけです。
それが2013年頃になると、本当に自分が使える価値があるものでないと安くても駄目だ、という時代が来ます。“価値ある安さ”を意味する「プレミアムプライス」という言葉を多用していたのもこの頃です。
そして2022年、コロナ禍収束の兆しが見えると、多少高くても自分がずっと使えるもの、ずっと価値が続くものを買うのが良い買物だ、というように意識が変わってきました。さらに言うと、多少高くても最初買ったときのトキメキが長続きするような買物をしたいというモードになってきたわけです。ある意味、「未来を見据えた買物」に変化してきているのがこの頃だと思います。
コスパ追求だけでない、“未来を見据えた賢い買物”が潮流に
- 瀧本
- 「未来を見据えた買物」とは具体的にどのような行動なのでしょうか。
- 爲田
- 最近では「日割り計算」という考え方が、ファッションを選ぶ時のひとつの物差しになっていると耳にします。たとえば56,000円のジャケットを購入するか判断する際に、週1の頻度で3シーズン、5年間着たとすると、1日あたりわずか281円だと計算するわけです。つまり、1日281円で5年着られて、自分が素敵な気分でいられるなら、いま5万円出した方が得だという計算です。他にも、ファイナンシャルプランナーのように買物の戦略を考えている人がどんどん増えているようです。これから起きるイベントを書き出して、いくらお金がかかるか計算し、残りの予算の中でファッションにかけられる金額を見積るなど緻密に管理される方もいます。このように「単にコスパを追求するだけでなく未来を見据えて賢く買物できること」が今の生活者にとっての良い買物だと捉えています。
- 瀧本
- 日割り計算の考え方は、長期目線で費用対効果を検討して、“投資”に値するか判断しているようにも見えますね。関連する「買物欲を刺激するツボ」としては、“自己投資”(なりたい自分になるための投資に繋がる、理想に近づけると感じる)があります。買物研究所の「買物欲大調査」で行ったソーシャルリスニングの結果によると、“自己投資”に関するSNSでの投稿量は大きく伸びており、伸長率ランキングでは5位にランクインしています。定量調査の世代別分析では20代が最もスコアが高く、“自己投資“のツボが有効なのはアラフォー女性だけでないことが見えています。また、カテゴリー別の分析ではトイレタリー、化粧品・美容関連の買物でより有効であることが分かりました。
“なりたい自分”のための投資に繋がることがより重視されるようですが、今の女性にとっての理想のライフスタイルとはどのようなものなのでしょうか。
全方位で“センスが良い”が憧れの対象
- 爲田
- 過去は「憧れのハイブランド」をどう手に入れるのか?が買物の工夫の焦点でしたが、今はSNSが出てきて、見栄を張るとか質が伴わない贅沢は見透かされる時代です。今はお金のあるなしではなくて、ファッションもメイクも暮らしも、無理なく全方位で“センスが良い”人がリスペクトされ、素敵だと言われるように変わってきています。自分に合ったセンスの良さを身に着けることが理想となっているのではないでしょうか。雑誌を作っていて、そのような時代の変化を感じています。また、自分に合ったセンスの良さを身に着けるために“理論”を学ぶ人も出てきています。近年パーソナルスタイリストという職業が人気で、自ら理論を学ぶ人も増えているようです。また、パーソナルスタイリストに同行してもらいアドバイスを受けながら買物をすることで買物の失敗を防ぐこともあるようです。
- 瀧本
- 生活者は全方位でセンスの良いライフスタイルを目指しており、買物欲刺激のツボにもある「フィット感」を高めるために様々な買物の工夫をしているということですね。企業が商品を通じてライフスタイルを提案する際は、全方位でセンスが良いけど無理を感じない、一貫性のある世界観を描くことが有効かもしれません。また、「オンライン・オフラインのデータを統合して、一人ひとりに最適な買物体験を提供する」“ユニファイドコマース”というマーケティング手法を基に「フィット感」の高い買物体験を提供するケースも今後増えると考えられます。
ライフスタイル視点から見て、生活者が求める買物体験はどのようなものだとお考えでしょうか。
生活者が求めるのは共感とストーリー
- 爲田
- やはり共感性とかストーリー性は大事だと思います。『STORY』で読者に人気のとあるブランドの特集を組んだのですが、そのブランドのディレクターとプロデューサーは若い頃に一緒に遊んでいて、ファッションも楽しんでいた関係でした。結婚や子育てをひと通り経験したあとで、もう1回自分たちの人生を取り戻したいという気持ちで、ファッションのECを立ち上げたというストーリーを描いているのです。
読者自身も、そのストーリーの中に入り込めて、彼女たちの気持ちもよくわかる、だからこの人たちの服を着てみようと共感が起きているようです。そうした共感性やストーリー性は、とくに今の時代は重要になってくるように思います。
この女性2人を取り巻く環境も、様々なことがデジタル化されつつ、アパレルという世界はまだ体育会系だったり、おじさん社会という部分も多いと聞きます。だからこそ、単なる友人同士の起業というだけではなくて、ともに女性として多くの苦労があり、想いがある。そうしたところも読者の共感を得やすいストーリーになっているのです。
- 瀧本
- そういった生活者にモノを提供する立場である企業は、今後どのような取り組みをしていくのが良いのか、何かヒントはありますか。
- 爲田
- モノ自体の価値だけでなく、コミュニケーションツールとしての価値が生まれて、モノがメディア化していくのではないかと感じます。ものづくりのこだわりやストーリーを起点に、モノの使用を通じて同じ価値観の仲間と繋がることができるメディアとして強いものが、今後広く受け入れられるようになるのではないかと感じます。
最近面白いなと思ったのは、SNSでの「カレー」のトピックです。私自身、カレーを作るのも食べるのも好きで、SNSでも20人ぐらいのカレーに関連するインフルエンサーをフォローしています。SNSを見ていると、人気の店に行ったというトピックには、いいね!が3つぐらいしかつかないのに、銀座の老舗カレー店と某コンビニがコラボした商品のトピックには、いいね!が100ぐらいついているのです。
発信者のインフルエンサーを飛び越して、フォロワー同士でコメントを送り合い盛り上がっていました。こうした現象を見た時に感じたのは、商品=モノがすでにメディア化しているということです。つまり、モノを媒介にして、様々な人がつながっている。カレーが好きという「偏愛性」が人と人をつなげていき、世の中を面白くできる、そんな希望が持てました。モノやサービスがきっかけとなって、人と人とのつながりが生まれ、社会や国自体が面白くなっていければ良いなと思います。
- 瀧本
- 女性誌で取り上げられることの多いファッション、美容カテゴリーは、特に積極的に情報収集することの多いカテゴリーだと思いますが、近年特徴的な買物行動はありますか。
大事なのは「信頼感」。雑誌も“信頼できるママ友”のような存在に
- 爲田
- 買物欲を刺激するツボでは「信頼感」がより重視されるようになったと感じます。例として、複数の媒体で取り上げられていることが信頼感に繋がり、流行っているもの、良いモノだと認識されたり、大型の出費でお試しもできない買物は、信頼できるコミュニティの情報が頼りにされるなどです。失敗したくない気持ちが強くある中で、ネットの口コミだけでは不安が残るため、知人や信頼できる情報源での推奨が購入の決定打になっているのではないかと思います。
- 瀧本
- 今後、どのような誌面作りを意識されていきたいとお考えでしょうか。
- 爲田
- 雑誌は“信頼できるママ友”のような存在でありたいと考えています。SNSがない時代は、雑誌は情報ツールとして唯一のもので、秋のヒット100連発など、2000年代は情報の量が求められていましたが、情報が溢れる現在では情報量を絞り、ママ友の目線で魅力を伝えています。例えば、取材を通じて様々な服を試したライターが経験を語り、自分で買うならこれ!というものを編集後記に書いており、好評を得ています。信頼を感じていただける誌面作りを目指していきたいですね。
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爲田 敬 氏株式会社光文社 第一編集局担当取締役1987年3月上智大学外国語学部卒業。同年4月株式会社光文社入社 宣伝部配属。その後1995年JJ編集部、2001年DIAS編集部デスク、2004年企画広告部副部長、2006年STORY編集部副編集長、2011年STORY編集部編集長、2017年第四編集局長兼STORY編集長を経て2020年8月より現職。1995年JJ編集部への配属以来、現在まで30年近く女性誌に関わり、ファッション、美容はもとより時々刻々と変わる女性の価値観やその背景にある社会の移り変わりを見つめ続けている。
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博報堂
買物研究所 マーケティングプラナー2017年博報堂入社。入社以来一貫してマーケティング部門で幅広い業種のブランドマーケティング戦略立案に従事。2022年より現職。ショッパーインサイト研究及びソリューション開発を担当。