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街づくりから考える、血の通った人間中心主義のUXとは
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街づくりから考える、血の通った人間中心主義のUXとは

デジタルを前提とした社会で、生活者に向けて体験を設計しディレクションする新しいクリエイティブ職「テクニカルディレクター(TD)」。本連載では近年活躍の場が広がり、博報堂社内にも人数が増えしつつあるTDがホストとなって、さまざまな領域で活躍する方々と対話しながら、「気持ち良い体験づくり」のヒントを模索していきます。

第2回のゲストは、都市プロデューサーで、青山学院大学総合文化政策学部教授の井口典夫先生。UXデザインにおけるテクノロジーのあり方や、クリエイティビティに必要なことなどについて、博報堂でテクニカルディレクターを務める西濱大貴、田中順也と語り合いました。

■才能、技術、寛容性――いまも有効な、クリエイティブ経済に必要な3つの“T”

田中
「みんなのUXマガジン」2回目のゲストは、都市プロデューサーとして青山通りの景観整備や渋谷芸術祭といった数々の取り組みを主導されてきた青山学院大学の井口先生です。
そもそもなぜ今回井口先生に話を伺いたかったかというと、僕が観光事業や街づくりの仕事にかかわっていた頃、先生が翻訳されたリチャード・フロリダ著『新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる』を読んで非常に感銘を受けたからです。「これからの日本に必要なのはクリエイティブな力だ」と確信するようになり、去年キャリアチェンジして博報堂に来たという経緯があります。
西濱
僕は博報堂のいろんな部署を渡り歩きながら、マスコミュニケーションや、料理メディアのコンセプトづくりと事業デザイン、自動販売機のIoT化、マンションのブランディングなどさまざまな業務にかかわってきました。いずれも共通しているのは、「課題を抽出し、その課題を、手段を問わずに解決する」という考え方です。映像やポスターだけではなく、システムやアプリケーション、ソフトウェアといったテクニカルな領域も含めて自由に考えられることが、僕らテクニカルディレクターの何よりの強みだと考えています。
田中
『新 クリエイティブ資本論~』で特に印象的だったのが、さまざまなクリエイティビティの定義です。特にディーン・キース・サイモントンによる「新規性、有用性、そして驚きの結晶」と、アインシュタインによる「組み合わせ遊び」という定義。単なる技術の力だけでは実現が難しく、博報堂の生活者発想のような考えやクリエイティブが必要になってくると思います。原書は10年前のアメリカで書かれたものですが、いまの日本でも必要な考え方なのではないかなと感じています。
井口
確かにアメリカと日本では社会変化に少し時差があるものの、私もフロリダによる主張は現代の日本にも大いに当てはまると思います。
ちなみに田中さんが手にされた『新 クリエイティブ資本論---才能が経済と都市の主役となる』は2012年に出た「The Rise of the Creative Class REVISITED」を2014年に日本語に翻訳し出版したものですが、この本の原典は、2002年にアメリカで出版されたフロリダの「The Rise of the Creative Class」です。それを私が翻訳し、2008年に『クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭』として出版。脱工業化時代の産業は、クリエイティビティを武器にして、国や都市の文化、自分らしさを反映させたもので闘うことになる。それをクリエイティブ経済と呼ぼうという内容でした。実はその直前にもフロリダの著書を同じ出版社から翻訳出版しています。書名は『クリエイティブクラスの世紀』(2007)(原書は「The Flight of the Creative Class」(2005))です。今やハリウッドの映画産業でも、映画監督などのクリエイティブクラス*1がより自由な環境を求め、ニュージーランドなどに拠点を移して活動している。アメリカにとってクリエイティブクラスの流出は大問題だとする内容でした。過去の日本でも同じような話がありましたね。直後には『クリエイティブ都市論』(2009)(原書は「WHO’S YOUR CITY?」(2008))を翻訳出版しており、これからの時代はどの都市、街で生きるか、つまり現住所で人生が決まるという内容でした。これこそ現在の、そして今後の日本において真剣に受け止めなくてはならない視点です。
なぜそこまでフロリダに傾倒してしまったかというと、私自身、フロリダの描く社会変化や主張を追体験してきたような感覚があるからです。東京の渋谷区神宮前で生まれ育ち、大学卒業後は国土交通省に入り、全国各地を転々としながら公共投資などに関わってきました。そうしたなか、慣れ親しんだふるさとで自由にクリエイティブに生きたい、その方が自分の才能をより発揮して、社会にもより貢献できるのではないかという想いが募り、官を辞して青山学院大学に職を得ることにしました。その後は学問研究として経営学や経済学に精進する傍ら、街や文化にも研究の範囲を広げ、最終的にはアカデミックな角度から渋谷・青山という地に様々なプロジェクトやコミュニティを立ち上げ、成功させることでキャリアを再構築したのです。フロリダの指摘するアメリカの社会変化と同時並行的に、自分の生き方も同じように変わっていった。そうした自覚、自負が強くあります。
*1クリエイティブクラス
米国の都市経済学者リチャード・フロリダによって提唱された社会階層の概念。
今後の経済成長の主たる担い手とされる科学者、研究者、芸術家、クリエイターなど無から有を生み出せる頭脳労働者層のこと。
田中
そうだったんですね。
では改めて2008年に最初に翻訳された『クリエイティブ資本論―新たな経済階級の台頭』にある内容で、2022年の現在にも通じることはありますか。
井口
クリエイティブ経済には3つのT、即ちTalent(才能)、Technology(技術)、Tolerance(寛容性)が必要だという主張は、いまも有効でしょう。個人としての才能、それを裏付ける技術、そしてチャレンジを受け入れる寛容性。田中さん、西濱さんの活躍の裏にも博報堂の企業としての寛容性があるように思います。
田中
日本社会全体を見ると、寛容性はあるでしょうか。
井口
残念ながら、まだまだ偏狭さを感じますね。特にネットの世界です。ありとあらゆる情報が瞬時に広がりますが、どんなに素晴らしい発想や貴重な情報でも時間が経つにつれ、粗探しをされるなどしてネガティブな方向に“バズる”傾向にある。これではとても寛容な社会とはいえません。せっかくの優れたものでも、変な取り上げ方をされる傾向にあることが、偏狭な社会の一因になっているように思います。
西濱
確かにネットの世界は狭くなりましたよね。かつてのインターネットは、未知の世界を冒険するようなワクワク感がありましたが、ある種のルールや偏った正義、規制が生まれたことで面白みが失われてしまった面もあります。技術としては、多様で素晴らしい使い道がたくさんあるはずなんですが…。
井口
自分の描いたイラストを投稿したら多くの人に評価され、自信が持ててイラストレーターの道に進むようになった人もいれば、情報の大海に出たことでいきなり多大な批判を浴び、苦痛を感じて傷つき、その道を断念してしまった経験を持つ人も多い。クリエイティビティを支えるのはマクロな環境での寛容性です。一人ひとりのクリエイティブを大いに誉めて盛り上げるという方向性ですね。多様性にも通じるこうした姿勢は、家庭教育や初等教育の段階でこそ身に付けるべきものです。
一方で、コロナ禍でデジタル化が促進され、リモートワークが増え…という一連の流れを見ていると、人が自分らしく自由に生きるための環境がますます整備されてきているという面もあり、個々の幸せを追求しやすい状況になってきたのではないか。モバイル技術の進化で、人々は買い物も仕事も、いつどこでも個人でできるような完結性の高い個の世界に生きている。そういうなかで、若者は自分らしさを受け入れてくれるところに向かっていく。そういう寛容な組織や場所が発展していくのは必然だと思います。

■創造へのエネルギーと物事をフラットに見直す視点がクリエイティビティを生む

井口
フロリダの定義では、科学者や芸術家など、何をつくるかから考える人、そしてそのために肉体労働を厭わない人など……、要は自分の意思で無から有を生み出せる人たちのことを「クリエイティブクラス」としています。今やマニュアル通りに働いていても、組織や社会には十分に貢献できないと考え、クリエイティブクラス化する人が増えてきている。実際に日本でもたくさんのコワーキングスペースができたり、副業を始める人が出てきたりしました。ただ一方で、日本におけるクリエイティブクラスは形だけになっていないか?という疑問があります。
たとえば渋谷に多数あるコワーキングスペースにはいつも20~30代くらいの若者が集まってワイワイガヤガヤ楽しそうにしているんですが、いざ彼らと話してみると、みんなスマートでしっかりしていて、実は大手企業の若手社員だったりする。ごくごく”きちんとした人”の懇親の場になってしまっています。そういう人たちはリスクを嫌うことが多いので、並外れた個性の人とか、既存の秩序を一新させようとするようなエネルギーを持った人は、なかなか出てこない。彼らは所属している会社からも後押しされてそこへ来ていて、形だけはクリエイティブクラスの体裁を整えてはいるんですが、新しいアイデアに飢えているようにも見えない。何より社会に対する生活者視点での怒りがないように見える。その点で私はちょっとがっかりしている。
田中
リモートワークとかコワーキングスペースとか、テクノロジーやセキュリティが担保されて、より自由にクリエイティブワークができそうな箱、入れ物はできた。そこから本当の意味でのクリエイティビティを発揮するには、環境やマインドセットそのものを変える必要があるのかもしれませんね。
井口
既存のものに対してつくり変えよう、破壊しようという怒りのエネルギーが必要だと思いますね。当たり前とされてきた常識の間違いやサービスの不便さに気づき、改革のためなら業界や国に向けてどんどん提案し、時には戦うこともある。新しい事業を創造するにはそういう、生活者の怒り、破壊のエネルギーが欠かせないような気がします。クリエイティブクラスにはそんな創造的破壊のエネルギーが必要だし、クリエイティビティの発揮のためには、そうした人たちをも許容するような社会の寛容性が不可欠だと思います。フロリダの学説の源流を辿ればジェーン・ジェイコブス(JJ)に行き着きます。怒りの社会運動家です。フロリダは「なぜJJにノーベル経済学賞を与えないのか」と著書の中で怒っています。同年代のアップルの創設者、スティーブ・ジョブズも常に怒っていました。私も何かに初めて取り組む際には、自身のふるさとやコミュニティにおける生活者としての怒りが確かにありました。コワーキングスペースに集まる会社員からは、そうした怒りを感じないのです。フロリダは3つのTを世に提唱しましたが、私はそれに触媒としてのA(Anger)などを水面下で加えている。それを察知し、新しい発想やサービスに結びつける技術面の担い手こそがTDなのではないででしょうか。
西濱
それはもしかしたら、我々がUXを考える際の土台になっている生活者発想につながることかもしれません。生活者発想とは、僕らが生活者の代表なのだという認識をもって、サービスや事業を一緒に考えるということ。つまり使いにくいもの、何か嫌だと感じるものなどにきちんと向き合っていかないと、嘘の世界を作ってしまうことになるわけです。フラットに多くの企業を見ている強みを活かして、ときには既存のサービスや商品に対し、「生活者にとってはとても使いにくいですよ」「これだと不便ですよね」ときちんと指摘する。そのうえで、「こうしたらよりよくなるかも」「こうしたら勝てるかも」を俯瞰して考えていくことが、僕らテクニカルディレクターがUXで実践していることなんです。

■生活者が幸せになるために-――改めて求められる人間中心主義のUX

田中
博報堂が人材について大切にしている考え方に「粒ぞろいより粒違い」がありますが、まさにそれは寛容性であり、多種多様な人がストレスフリーでいられる環境であって、クリエイティビティを発揮するには重要な要素だと思います。井口先生が拠点とされている渋谷・青山エリアも、アーティストから学者、ファッションデザイナー、テックカンパニーなど人が集まる場になっている。異なる発想が掛け合わせやすい環境だし、エンジニアにとってもストレスなくいいものがつくれそうだと感じる。ファッションなら奇抜に、サービスならルールをもっと柔軟に解釈しようというような、大胆な発想が生まれやすいのかなと思います。
井口
フロリダが『クリエイティブ都市論』(2009)の方で説いていることです。これからの時代は、誰と何をするかではなく、どこに住むか。つまり現住所ですべてが決まるという話ですね。かつては、就職や結婚が人生の幸せ切符だと思われてきました。いまは、まず自分が幸せでいられる場所に住みつき、そこで仕事を手に入れ人間関係を築く方がストレートに人生の幸せに向かっていける。リモートワークが一般化し、現住所を選ぶ自由も広がってきたので、もっと広い範囲から自分らしく生きられる場を探せるようになりました。そこが個の生活者としての出発点になるのです。
西濱
住む場所によって、生き方や受ける影響がまったく違ってくるという話は非常に納得します。同じように、触っているサービスによって常識が変わっていくということもいえそうですよね。たとえばインターネットにすごく慣れている人とそうでない人がいたり、特定のSNSを愛用している人とそうでない人がいる。一方では当たり前のことが他方ではまったく違う捉え方になりえるのならば、一律の考え方、やり方を当てはめるのではなく、どちらも俯瞰して眺めてみて初めて、その時その場におけるよりよいコンテンツや体験、サービスのあり方が見えてくるのかもしれません。
田中
ちなみに井口先生は、渋谷・青山エリアを中心にいくつもの街づくり施策を実践されています。UX…つまりそこに住まう人の体験をデザインするという意味で街づくりをとらえるとき、どういったことを大切にされてきましたか。
井口
ここ15年ほど継続している青山通りの景観整備では、表参道に匹敵するような通りにしようと、国やコミュニティを巻き込んでさまざまな働きかけをしてきました。青山通りの維持管理について地元が担うことを30年先まで約束し、それで節約できる国家予算を先取りしてグレードの高い道路づくりにまわしてもらうなど常識を覆す全国初のスキームを国に提案しました。またメキシコで見つかった岡本太郎の『明日の神話』という大壁画を見て、毎日のように歩く渋谷駅の連絡通路に設置することを思いつき、渋谷という街の真ん中にアートが感じられる空間を生み出しました。原宿のキャットストリートについても、渋谷川の遊歩道でしかなかったところに、近隣に住む著名な建築家たちに声をかけて商業ビルの設計を勧め、いまや有数のファッションストリートになりつつあります。いずれも一番重要視していたのは、そこに住む人、過ごす人たちの生活者としての問題意識に働きかけ、彼らの才能や先端的な発想、技術を引き出すことでした。生まれ育った街だからこそ、自身の感性がうまく働いたことと、自分の居場所をよくしたいという怒りにも近い想いが原動力となりました。
田中
僕らが仕事で新しい技術をインストールしようとする際、ついつい技術を中心に据えた考え方になってしまうことがあるのですが、それよりも基本的で重要なことは、そこにいる生活者が幸せになれるかということですね。UXも人間を中心に据えることを大前提にしなければならないと改めて思いました。
西濱
都市や人の暮らしに対して、僕らのような仕事はどのようにお役に立てるでしょうか。
井口
最近の都心の街づくりは、区画をまとめて大きなビルを建て、外国人が投資目的に買う…という不動産証券ビジネスが主流になっているとお聞きします。でも本来基本とすべきは、互いの顔が見える、若者も働き手も、子どもも高齢者も喜んで安心して生活できるような界隈づくりです。多様な人々が行き交って初めて街に血が通うのです。長い目で見て界隈をしっかりと作り上げていくことが、街独自の文化や産業につながり、世界に発信されて街全体が発展していくのです。それがJJの行動の原点であり、現在のSDGs(目標11:住み続けられるまちづくりを)にもつながっています。
生活者発想とはいい言葉ですね。その考えのもとでテクノロジーに対する深い理解があるTDという職能の役割は非常に大きい。実際、街の人々にも、ディベロッパーにもない視点やアプローチを提供できる。お2人のような方が、街に入り込み、長期的俯瞰的な視点で街全体を見渡し、テクノロジーの力で血の通ったサービスを生み出し、生活者の幸せにつなげていく。やり続けていけば、きっと意味あるものを残せると思います。
田中
今日は、僕が感銘を受けた本をきっかけに井口先生とお話しできる機会をいただきましたが、改めてテクニカルディレクターとして、生活者発想を大事にしながら人間を中心としたUXを考える、この視点を忘れずに活動できればと思います。今日は貴重なお話をありがとうございました。
西濱
僕は、「環境」という視点に一番気づきがありました。
自分が物事を考えるときの環境面もそうですし、生活者の環境を踏まえながらUXを考えることの重要性も改めて認識できました。
このご縁を大切に、今後ともよろしくお願いします。

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  • 井口 典夫
    井口 典夫
    青山学院大学総合文化政策学部教授
    1956年東京都渋谷区神宮前生まれ。1980年東京大学卒業後、国土交通省入省。1994年青山学院大学に移籍。1997年同大学経営学部教授、2007年同大学社学連携研究センター所長、2008年同大学総合文化政策学部教授、2017年から青学TV編集室長。NPO渋谷・青山景観整備機構(SALF)理事長、国際文化都市整備機構(FIACS)専務理事。都市プロデューサー。
  • hakuhodo DXD テクニカルディレクター
    大学院にてタンジブルインタフェースの研究を行った後、2011年博報堂入社、現在はhakuhodo DXDに所属。
    企業・ブランドのサービス&UX開発、メディア開発など、進化するテクノロジーを生活者価値に変換する業務を得意とする。
    フロントエンド、バックエンド、ソフトウェア、ハードウェアなど幅広いテクノロジーに関する知見をクリエイティブに昇華させる。
    社外活動実績:
    デジタルハリウッド大学特別講師、『イノベーションデザイン 博報堂流、未来の事業のつくり方』出版協力、
    特許第6654721号 喫食判定システム、コンピュータプログラム及び情報機器
  • hakuhodo DXD
    2021年に博報堂入社。ソフトウェア会社にて乗換案内・カーナビ等のtoCサービスの開発経て、テレマティクス・物流業界向けソリューションを担当。その後、訪日外国人向け観光事業、地方創生、MaaSなど官公庁事業に従事。モバイルアプリ、Webサービス事例多数。