この一年で私たちの暮らしに誕生した「3つの新・生活空間」とは? RoomClip住文化研究所 ユーザーの投稿データから読み取る 【前編】
スタートアップ企業に出資をし、新しいビジネスモデルを創出することを目指して活動している博報堂DYベンチャーズ。同社が2020年9月に出資したルームクリップ株式会社では、住生活の領域に特化した日本最大級のソーシャルプラットフォームRoomClipを運営しています。この一年間のRoomClipのユーザー行動データには、新型コロナウイルスの影響による生活者の住まいと暮らしの変化が如実に現れていました。この分析を行なったルームクリップ株式会社 執行役員/RoomClip住文化研究所所長の川本太郎さんに、博報堂DYホールディングス戦略投資推進室インダストリーアナリストの加藤薫がお話を聞きました。
- 加藤
- 本日は、住まいと暮らしの領域に特化したソーシャルプラットホームRoomClipを運営されているルームクリップの川本さんに、生活者の変化についてのお話を伺っていきたいと思います。「実際に住んでいる部屋」の写真が投稿されているRoomClipですが、直近のプレスリリースによると月間ユーザー数が600万人、累計投稿枚数が500万枚を突破されたのですね。
- 川本
- はい、この領域では日本最大級のソーシャルプラットホームになりました。我々としては、RoomClipはSNSプラットホームであり、バーティカルメディアでもあると捉えています。
- 加藤
- そんなルームクリップに、2020年9月に博報堂DYグループのコーポレートベンチャーキャピタルである博報堂DYベンチャーズから出資したというご縁があって、今回のこの対談に至りました。まず、RoomClipのサービスの概況についてお聞かせいただけますか?
- 川本
- ユーザー数の推移ですが、昨年頭は500万人ぐらいだったのが、緊急事態宣言直後は一気に増えて830万人まで伸び、現在は少し落ち着いて、600万人前後で推移しています。ユーザーのジェンダー割合は女性の方が多いです。特にデータが細かく取れているアプリのユーザーベースでいうと、9割くらいが女性ですね。典型的なユーザーのペルソナイメージは、だいたい30~40代の女性、お仕事をされている方もされていない方もいますが、総じて家の中で活動する時間が長いという特徴があります。主婦の方も多いし、育児や介護など、家族のケア責任を負っていらっしゃる方もいます。ユーザーに女性が多いというのは、まだまだ家の中を担っているジェンダーは女性であるという社会的な背景が、偏りも含めて良くも悪くもそのまま実態として出ていると捉えています。
- 加藤
- サービスの特徴はどんな点にありますか?
- 川本
- 先日実例写真が累計で500万枚を突破しましたが、そのどの写真を見ても「人が住んでいる家の写真」だけというサービスは、非常にユニークだと思っています。というのも、汎用型のプラットホームで特定のブランド名で画像検索すると、店舗の写真が出てきたり、商品のアップの写真が出てきたり、いろいろな写真が混ざってしまうのですが、RoomClipでは、とにかく人が住んでいる部屋の写真、そのアイテムが使われているシーンの写真しか出てこないというのが特徴です。
- 加藤
- 生活者の暮らしが、本当に見えてくるのですね。そんな中、この春に「RoomClip住文化研究所」という組織を立ち上げられたと伺いました。
- 川本
- ずっとこのサービスを運営している中で、ユーザー数が少なかった当初から「RoomClipの中で行われていることは、だいたい世の中全体に対して半年くらい先行している」という実感がよくありました。たとえば鋳鉄製の小さなフライパン「スキレット」を使った朝食メニュー。真上から撮ってハッシュタグをつけてアップ、という行動がSNSで非常に流行りましたが、実は最初に流行したのはRoomClip内でした。
さらに、もうひとつ例をお伝えすると、少し前にインテリアの大きなトレンドとなった「男前インテリア」というキーワードもRoomClipで生まれた言葉です。具体的に2012年の6月に生まれたというのも、データでわかっています。
グローバルで大規模なプラットホームではなくとも、住まい・暮らし領域に非常にこだわりを持っている人たちが「私はこんな工夫をしているよ」というのをみんなに見せる場所というのは本当にユニークで、そのようなRoomClipにはデータとして非常に有益なものがたくさんあるなというのは、もともとずっと感じていました。
- 加藤
- 特定のスタイルがいち早くうまれ、しかもそれが発見できる場になっているのは面白いですね。
- 川本
- 私たちとしては、生活者の情報や創意工夫が世の中にもっと流通することで、業界全体あるいは日本の社会全体に還元できるものがあるのではないか、だったらルームクリップという企業としてそういう活動を進めたいなというのが根底にありました。そこで、今回のタイミングで、サービスとしてのRoomClipが持っているユニークな定量・定性データを業界全体に還元することで、日本の住まいや暮らしがより良くなること、さらにマーケットが広がっていくということを目指し、「RoomClip住文化研究所」を今年の4月に立ち上げました。
- 加藤
- 写真が500万枚もあるというお話もありましたが、そういった写真に加えてコメントやハッシュタグ、「男前インテリア」のようなキーワードもそこから生まれている、と。そういったアクチュアルのデータを大切にされているということなのですね。
生活者側の暮らしの解像度があがる
- 川本
- おっしゃる通りです。行動データが重要であるのと、さらにその写真にメタデータとして、メーカー名のデータだったり、購入できる場所へのリンクがひもづいているということがとても重要です。後から検索できますし。ユーザーは自分の家の写真を撮ったときにタグをたくさんつけるわけですね。そのタグって自分のライフスタイルの自己認識なんです。たとえば、以前は、住宅設備メーカーのタグって写真には全然付いていなかったんです。例えば百均ショップのタグと、DIYのタグはたくさん付くのですが、画像に写っている一番高いもの、たとえばシステムキッチンや、浴室そのもののメーカーのタグなんて全然付かなかったのです。これがちゃんと付くようになったというのは、写っている画像の中で、自分の生活の要素として生活者がきちんと認識したと言えます。そういう態度の変化もわかるというのは、すごく面白いデータだなと感じています。
- 加藤
- そのようなタグがつきはじめたきっかけは、何かあるのでしょうか。
- 川本
- 実は、プロモーションきっかけというところがあります。RoomClipのサービスがはじまった頃、僕たちが住宅設備のメーカーに営業に行ってもなかなか相手にしてもらえませんでした。彼らのマーケティング対象の中心は工務店等のB2B向けだったためです。ところが2016年ごろからRoomClipのユーザーの中から新しい機運が生まれました。家を建てるときに様々なものの中から住宅設備や建材を選んでいく際に、もっとメーカーに目を向けようという流れです。そうなるとB2C向けの活動が重要ですね、ということがわかってきて、プロモーションの文脈で住宅設備のメーカーがRoomClipを活用する施策がはじまったんです。
初期の頃は、床材のメーカーが投稿キャンペーンをRoomClipでやるといっても、自分の家の床がどこの床材を使っているって誰も知らないだろうから、うまくいかないのではないかと懸念していたのですが、ユーザーは意外と楽しんでくれました。各自、設計図の仕様を見たりして、「今回調べてみたらうちの床はA社でした」「我が家はB社でした」などのタグ付きの投稿が増えてきました。そうやって自分の家の構成要素を確認していくといった行動に繋がり、新しい文化ができたんじゃないかと思います。
- 加藤
- 文化とおっしゃいましたが、まさにそのとおりですね。そしてRoomClipという場ができたことで自分の住まいがどんなもので構成されているかという、生活者側の暮らしの解像度もあがってきたということなんですね。
- 川本
- それはあると思います。以前、インテリアも含めて20年くらいライフスタイル系の雑誌の編集に関わっている編集者の方に言われたのは、日本のインテリアって、これまでずっとナチュラルインテリア、カントリー、カフェ風ばかりで、インテリアのトレンドが10年単位でしか変わらなかったんだそうです。ところが、RoomClipができて、ファッションのトレンドに近くなり、トレンドサイクルが短くなってきた。今年の流行、来年の流行みたいなのが見えるようになってきて、ちょっとした差異でも私のテイストはこれって認識して言いやすくなったんじゃないかという声も聞かれるようになりました。
- 加藤
- SNSによって、流行のサイクルが短くなっている、というのは、音楽を筆頭に、エンタメコンテンツ全般でも言われていることですが、それが住生活にも及んでいるというのは、非常に興味深いですね。
ユーザーの投稿データと閲覧データから、住まい、暮らし、社会の変化を考えたい
- 加藤
- では、「RoomClip住文化研究所」が行った調査の話をお伺いしていきたいと思います。分析にあたって、元になっているデータをご説明いただけますか?
- 川本
- いわゆる投稿データは、写真とそれにひもづくタグやコメント、販売情報などのメタデータがあります。またアクティビティデータとして、検索や閲覧いいね、保存などがあります。投稿者側のデータ、閲覧者側のデータと2つの側面から見ることができるイメージです。また、今後は、投稿画像の画像解析も取り組んでいきたいと考えています。
- 加藤
- この調査では2021年の3月時点までの投稿や閲覧データをもとに分析されているんですね。
- 川本
- はい。私たちの考え方としては、RoomClipを通じて見えてくる真ん中の、「住まいの変化」の円だと考えています。その手前に2段階くらいの変化があると思っています。大きく社会が変動しているからこそ、人々の暮らしというソフト面が変わり、その結果、ライフスタイルや生活、最終的に住まいの変化がありましたよ、という順番ですよね。我々としては、逆に、住まいの変化から、社会の変化までをさかのぼって捉えるということも、大きな活動のコンセプトになっています。一方で社会の変化を前提としていない住まいの変化というのもある。小さなトレンドのようなものですね。それはインパクトとして小さいから、住文化研究所がやることではないのかなとも思っています。
- 加藤
- お聞きしていて、博報堂DYグループのシンクタンクの発想やアプローチに非常に近いと思って、強く共感してしまいました。そして、住文化研究所で分析と洞察をされた結果、「この一年の社会の変化によって、私たちの暮らしに3つの新しい生活空間が生まれた」というファインディングスがあったとのことで、順番に伺っていきたいと思います。
衛生志向の高まりは、家の中にどんな空間を生み出したか
- 川本
- この1年間のもっとも大きい変化としては、生活者の「衛生志向」の高まりが家の中に新たなスペースを生んだというところです。よくRoomClipでは、「この1年間の家の写真を10年後に見たときに、これは何年の家だねってわかる写真」があるという話をしています。
RoomClipユーザーからの投稿例
- 川本
- これらはまさにその典型かなと思っています。この写真を5年後、10年後に見たときに、2020年から2021年の写真だとわかる。つまり、マスクを皆つけるようになった、家の出入りのときにアルコールでシュッシュと消毒をするようになった、こうしたことをやらないといけないんだけど、家の中の設備が整っていなかったから、DIYをしたり、他のものをもってきて、それができるようにしたというのが、この1年間だったのかなと思います。この写真が象徴的になっているように、マスクや除菌アイテムに関してのアクションが家の中で明確に増えていて、結果としてRoomClipのサービス内での投稿や検索も増加しました。アクションの事例も増えたし、それを求めている人も増えたというのがこの1年間だったといえます。
- 加藤
- サービス側の定量データではどのような動きがありましたか。
- 川本
- 投稿と検索の数の推移を1年間で見ると、7倍くらい増加しています。もともと花粉症やインフルエンザの時期には衛生意識の高まりのトレンドもあったので、例年その時期にマスクに関しては多少の盛り上がりがあったのですが、この一年間の「7倍」という変化はかなり大きいです。あともう1つ、検索に関していうと、2021年に入ってちょっとした二つめの行動の山がきています。これは緊急事態宣言とも関係した動きですね。
- 加藤
- こうした動きは一時的なものなのでしょうか?
RoomClipユーザーからの投稿例
- 川本
- 一時的には、代用やDIYという形でみえてきますが、そうした行動がRoomClipの中でみつかることは、メーカーにとってのチャンスがみつかることと、同じだと思っています。
左側は、これは、アルコールスタンドは欲しいけど、おしゃれなものにメーカーが追いついていないから、まだ商品としてはない。だから別のもので代用していくという動き。メーカーが現在流通させている商品と、消費者のニーズがずれているから、自分でつくったり、他のところのおしゃれなものを持ってくる。今後、このあたりがメーカーから供給されて普通に備わってくると、これはちょっと古い写真になってくるかもしれません。
また、右側の写真ですが、ちょうどこの時期に家を建てていらっしゃる方が、ポーチに散水栓を予定していたのだけど、コロナ禍になって、玄関に入る前に手洗いができたほうがいいから、立水栓に替えた、という投稿です。家づくりそのもの、設備そのものが変わっていこうとするという、良い事例かなと思います。おそらく、来年、再来年はメーカーが考えた、きちんとした住宅設備にリプレイスされていくことでしょう。
- 加藤
- 清める、清潔化するといったことが目的の「Clean up スペース」とでも呼ぶべき新しい空間が、暮らしに生まれているということなんですね。
- 川本
- 一般的に支出の対象として「モノ」と「サービス」がありますが、「モノ」を買ったら大体家の中に置いておくしかないんですね。つまり人がお金を使う対象の多くが家の中においてある。何かが動いたら暮らしの中でそのものが置いてある場所も動いていく。それって今までは見えなかったものなのですが、RoomClipでそれが見えるようになってきた。今後の取り組みとしては、企業のマーケティングの役に立つかどうか、という視点で、そういう新しい「場所」「空間」というものがお見せできればと思っています。
≪中編へつづく≫
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川本 太郎ルームクリップ株式会社 執行役員/RoomClip住文化研究所所長1983年神奈川県川崎市生まれ。2007年日本経済新聞社入社。大阪社会部を経て、消費産業部(現ビジネス報道ユニット)にて小売業およびインターネット産業の取材を担当。2013年Tunnel株式会社(現・ルームクリップ株式会社)にコミュニティマネジャーとして参画し、オウンドメディアRoomClip magを立ち上げる。2015年よりビジネス担当役員に就任。セールスチームを立ち上げ、住まい・暮らし関連の企業を中心にUGCのマーケティング活用を提案している。2021年にRoomClip住文化研究所を設立。プライベートでは男女二児の父で、「子供と暮らす」「植物のある暮らし」が家づくりのテーマ。
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博報堂DYホールディングス
戦略投資推進室 インダストリーアナリスト1999年博報堂入社。営業職として菓子メーカー・ゲームメーカーなどの広告業務に携わった後、2008年から博報堂DYグループ内メディア系シンクタンク「メディア環境研究所」にて国内外の生活者調査やテクノロジー取材に従事。主席研究員として、これからのメディア環境についての洞察と発信を行う。調査分析と独自インサイトに基づく講演、寄稿など多数。2021年4月より現職。大きな産業再編が起こる中、幅広いインダストリーのこれからを洞察し提示することで、スタートアップ企業との連携を促進し、社会へのインパクトを創出すべく活動中。