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Withコロナ時代におけるコンテンツファンマーケティング【後編】
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Withコロナ時代におけるコンテンツファンマーケティング【後編】

エンタテインメント業界はコロナ禍によりライブエンタメ市場が90%減少する一方で、ライブコマースやオンラインライブなどDXの兆しがみえ、新たなコンテンツ消費行動が生まれつつあります。コンテンツデジタルマーケティングにおける変化の実態や将来像、今後テクノロジーを活用したコンテンツ体験を設計する上でのフレームワークについて、博報堂コンテンツビジネスラボの木下陽介、後皓介、北原由佳、谷口由貴が議論しました。

前編はこちら

■新たなマネタイズの感情トリガーをつくる

北原
私からは、エンタメコンテンツに欠かせない感情を引き出す設計のポイント、つまりAARRRモデルでいう後半のRRR、Revenue(収益化)、Retention(定着化)、Referral(紹介)の部分について、詳しく説明したいと思います。
まずRevenue(収益化)については、5つのポイントが挙げられます。
1つは「イマ・一度だけ体験」。デジタル上のイベントに関わらず時間を限定することで、「いま、そこでしか体験できない」状況をつくり、イベントの希少性、ひいてはユーザーの体験価値を上げるというものです。
続いて「多視点鑑賞体験」。実際ライブ会場では、当然視界は正面からのアングルで固定されていますが、デジタル空間上においては、普段とは違う自由な視点で鑑賞体験をつくることができる。360度、あらゆるアングルからの視聴、個別のカメラに切り替えて推しのメンバーを間近で視聴できるといった、フィジカルではなかなか体験できない鑑賞体験にすることがポイントになります。
続いて「Co-Creation体験」。あらかじめ録音した観客側の声援を演出に使ったり、ユーザーが応援用の背景画像を用意しておき、ライブを盛り上げるための素材にするなど、ライブ体験の演出自体を一緒につくりあげる、共に盛り上げているという一体感をユーザーに持ってもらうことも、ポイントになります。
4つ目は「ナマよりナマな五感体験」。リアルなライブではあり得ないくらいアーティストに寄った映像の視聴、耳元のイヤフォンからアーティストの声がリアルに聴こえるといった聴覚体験など、これまでになかったリアルな五感体験が味わえるのもポイントになります。
最後が、「クリエイティブテクノロジー演出体験」。たとえばあるゲームを舞台に行われた著名アーティストのライブでは、バーチャルのライブ空間で、突然空から現れたアーティストの巨大アバターにオーディエンスが踏みつぶされたり、火の中に放り込まれたりするなどの演出が話題になりました。こうしたデジタル空間ならではの演出体験も欠かせないポイントになると考えます。これら5つのポイントからわかるように、デジタル空間ならではの時間的、空間的共有体験をあえてつくることが、コンテンツに対するユーザーの感情を引き出すことになり、Revenue(収益化)を実現することになります。

次のRetention(定着化)のポイントは、あえてアーカイブコンテンツをデジタル上で提供し、過去の作品や情報にいつでもアクセスできるようにしたり、リハーサルの映像や舞台裏、あるいはライブの事前情報を出すなど、コンテンツに関する過去、現在、未来について365日、いつでもどこでも知ることができる「Always-On体験」の設計が重要になってきます。
続いてReferral(紹介)については、4つのポイントが挙げられます。
1つ目は「参加余地設計」。以前、某アーティストが楽曲を発表した際に、本人自らが2次創作を呼びかけたことでユーザーが気軽に参加しやすい土壌ができ、投稿がうながされ、拡散の契機にもなっていました。そのようなユーザーが気軽に参加できる余地の設計が重要です。
2つ目は「多様な解釈を誘発する余白拡散設計」。作品の解釈や共感ポイント、自己投影がしやすい部分をあえて余白としてつくることで、ユーザーがさまざまな感情を乗せやすくなり、議論の活性化につなげることもポイントです。
3つ目の「共感拡散設計」は、「私はここが好き」といった共感ポイントを周囲と共有したり、拡散したくなるような小さいTips――私たちがFeedと呼ぶもの――を提供していくことです。
そして4つ目が、「シンクロ体験拡散設計」。同じイベントに参加したり、参加メンバー同士で一緒に盛り上がる環境を用意することで、コミュニティの的な仲間感を醸成することがポイントとなります。

木下
ありがとうございます。
コロナ禍でさまざまな制約が発生、環境が変化したことで、すでにあったSNSやXR、VRといったクリエイティブ関連のテクノロジーが新しいインタラクティブなコミュニケ―ションや表現技法に活かされるようになり、市場活性化へとつながったわけですが、フィジカル上で得られていた体験を単にデジタル化するだけでは、新たなマネタイズのトリガーにはなりえないこともわかってきました。やはりデジタルならではの何か、体験や感情設計にひと工夫しなければならない。いま北原さんが説明したRetention(定着化)、Revenue(収益化)、Referral(紹介)のようなポイントは、そのトリガーづくりの重要なTipsになってくると考えています。

■デジタルアクティベーション施策が先行する音楽コンテンツ市場

木下
実際にコロナがきっかけで某男性アイドルの沼にはまってしまったという谷口さんから、具体的な体験事例を教えていただけますか。
谷口
わかりました。その事務所でここ数年どういったデジタルアクティベーション施策が行われているのか、AARRRモデルになぞらえてご説明します。
まずAcquisition(新規獲得)の段階では、たとえばYouTube上でそのアイドルと著名なユーチューバーとのコラボ企画を行っていて、その動画が200万回以上も再生されていたりします。「(ユーチューバー目当てで動画を見に来たけど、)〇〇君がかわいかった」といったコメントが多数寄せられるなど、新規ファン獲得のきっかけになっています。また、これは後さんが前編で説明されていた「ゲートウェイプランニング」と似た発想だと思うのですが、某グループは、料理好き、アニオタ、クレーンゲーム好きといった個性的なメンバーそれぞれにフィーチャーした動画をさかんにつくっている。それによって、たとえば「クレーンゲームの達人」という動画なら、小学生の男の子などにもよく見られ、認知されるようになったようです。
次のActivation(顧客化)においては、一度取り込んだ新規ファンにもっと沼に落ちてもらう施策が必要になります。まずは、「素」が覗き見られること。たとえば事務所の公式サイトで、メンバーが自宅で料理する様子や、楽屋で寝ている姿など、素の様子を発信していました。今までアイドルは、コンサートやTVなどを通じて、かっこいいところだけを見る存在でしたが、YouTubeやSNSへの参加により、素とのギャップが垣間見られ、もっと好きになれるようになりました。それから、ファンの間で楽しまれているのがリアルな恋人感、いわゆる「リアコ感」。YouTube動画の中には、彼女目線に感じられるシーンが度々あり、さらにはそれらをまとめたUGCもさかんにつくられています。
続いてRetention(定着化)のフェーズについて。私の場合、インスタで推しの名前のハッシュタグをフォローしているので、ファンの子たちがアップした動画や画像も含め、定期的、受動的に流れてくるコンテンツを楽しむことができています。また、事務所のYouTube公式チャンネルは更新曜日が決まっているので、何曜日はこのグループ、何曜日はあのグループというように、チェック習慣が生まれます。
そして、Revenue(収益化)については、オンラインライブが大きく寄与してきます。たとえば、事前に特設サイトで、普段のライブで持参するようなうちわのデジタル版が作成でき、そのデジタルのうちわがライブ中にアイドルのバックにあるスクリーンに流れてきたり、歌ってほしい楽曲を投票で決められたりなど、インタラクティブなCo-Creation体験ができます。また、メンバーが自撮りカメラで撮った映像が流されたり、そもそもオンラインライブはイヤフォンで聴けるので、ゼロ距離で声が届いたり、リアコ感覚も楽しめますし、まさに「全席神席」なのです。
最後のReferral(紹介)については、昨年、メンバーが出演したドラマのオープニングで流れるダンスを、ほかのメンバーが躍る動画をアップしていて、さらにファンがそれを真似て動画をとるといった拡散が起きていました。ダンス動画がいいと言いたいわけではなく、ファンがやってみて楽しむ余地があるもの、UGCの作成・拡散を誘発するコンテンツを出していくことが設計のポイントかと考えています。

木下
なるほど。ちなみに谷口さん自身は、どの段階でもっとも感情を揺さぶられましたか。
谷口
最初のAcquisition(新規獲得)でスーッと沼に入っていく感覚も楽しいですが、やはりActivation(顧客化)のフェーズでしょうか。一度好きになった後、より好きになる施策がちゃんとデジタル上に用意されている感じがしました。それからRetention(定着化)の部分で、オンラインライブなどを通してコロナ禍でこれだけ楽しませてくれたことはよかったですね。やはりCo-Creation体験とか一緒に楽しんでいる感を通して、ファンとしての想いの深度も深まった感じがあります。
木下
なるほど。後さんが応援しているアイドルグループにもそういう演出はありますか?
握手会なんかはオンラインでのミート・アンド・グリート会という形に変わったのですが、グループのメンバーと僕のスマホでビデオ通話するようなスタイルで、まるで本当に自分にかかってきているかのような感覚になれます。それから最近のオンラインライブでは、ライブの途中でメンバーがGoProカメラを使って撮り合いっこをしていました。音楽番組でも通常のライブでも見られない近さ、表情、アングルなどが見られて、楽しかったですね。

木下
北原さんは、思わずお金を使ってしまった、というようなコンテンツはありましたか?
北原
ビリー・アイリッシュなど、なかなか見る機会のない海外アーティストのオンラインライブは、即課金してしまいましたね。それからデジタルアクティベーションで素晴らしいと感じたのはK-POP勢。各国の言語に対応したプラットフォームでのライブ配信をしていて、そもそものプラットフォーム設計から、グローバル市場でファンを増やそうという心意気を感じました。
木下
なるほど。音楽界隈は特に、ライブの代替としてさまざまな新しい取り組み、体験が出てきていて、それがいまほかのコンテンツカテゴリーにも広がってきている感覚がある。今後もウォッチしていきたいと思います。

■各フェーズでファン心理の要所を押さえた最適なビジネス・体験設計を

木下
最後に各自、これからどんな動きがありそうか、注目していること、予兆として感じることなど、教えてください。

谷口
コロナで大きく成長した、サブスクリプションサービスは引き続きウォッチしたいです。「シリーズものを一気見することが増えた」とか、「過去のコンテンツをまた利用することが増えた」とか、そういうサブスクで起こりやすいコンテンツ利用傾向が調査データからも見てとれます。ただ、音楽にしても、いつでもどこでも何曲でも聴けるということはとても便利なことですが、たとえば「あの曲いいなと思ったけど、アーティスト名が思い出せない」など、体験自体が浅くなってしまうことが課題な気がしています。ですから今後ニーズがアクセサビリティからエクスペリエンス、そして、量から質へ、と変わっていくとしたら、たとえば楽曲の世界観を五感で楽しめるサービスなど、もっと体験価値を高めたサービスが求められるようになるだろうなと思います。実際にそういうサービスは出てくるでしょうし、弊社としても何かつくれるといいなと思っています。
北原
一般的な消費行動でも、何に対してお金を払い、時間をかけるのか、生活者がしっかり意識した行動が注目されていますが、同じことがコンテンツにも起きていると感じます。そのうえで、私が興味をもってウォッチしているのが、作業ライブ配信サービスです。iPadなどで作業をしている漫画家さんやイラストレーターさんの制作過程そのものをライブ配信するというコンテンツで、興味からファンに引き上げるプラットフォームにもなっています。今後、オンラインコンテンツは、興味のある層を手軽な入り口から取り込んでいき、ファン化して、利用層に上げたうえで、継続的な接点を持つ場になっていくのかなと思います。広告会社としても、ここでどういう仕掛けをするとユーザーに主体的な動きを促せるのか、何か新しい体験設計を可能にするようなプランニング、施策開発ができるといいかと思います。
音楽に関して言うと、今後、リアルでもライブ公演に行けて、オンライン配信も引き続き行われるというふうに、ハイブリッドで両方のお客さんがいる世界で初めての状態になってくるのではないかと思います。先日、僕が応援しているアイドルグループのオンラインライブでは、リアルでもお客さんが入ることになりました。ただ、オンラインを想定して構成されたライブというのは、リアルだと体験できない、クリエイティブテクノロジー演出が多かったりもします。これまでデジタル体験の進化について見てきましたが、いざリアルとデジタルがハイブリッドになった場合、リアルの人たちの体験価値をどう上げていくかも、今後考える必要が出てくると思います。リアルとオンライン両方で楽しい演出、あるいは収益化につながるポイントは何なのか、演出の方や我々がクリエイティブテクノロジーを使って協力、検討していくべきことでしょうね。
もう一点、先ほど北原さんが挙げたマンガやイラストの制作工程を公開するコンテンツ事例のように、音楽においても、コロナ以降はミュージシャンが作曲途中のロジックや風景をさかんに公開しています。完成品を出すことがすべてだった時代のプロからすると抵抗があるようなことも、Retention(定着化)の観点では、生活者にとってはむしろハッピーだったり、新規でお客さんに知ってもらう入り口になったりする。過去の公演アーカイブの販売や配信も含め、新規獲得、そして定着化のためにどういう発信をしていけばいいのか、我々広告会社がサポートしていく余地がありますし、おそらくこれから、そのあたりの資産価値というのはどんどん発見されていくだろうと思います。
木下
なるほど。ありがとうございました。
スポーツにおいても、コロナ禍でXR体験とかクリエイティブテクノロジー体験を知ったお客さんたちが、コロナ収束後またかつてのようにスタジアムに行くようになれば、デジタル技術で何か情報を補足したり、空間のコンテキストとマッチした動画配信などを求めるようになるかもしれない。肌感覚ですが、実際にそういうニーズは顕在化しつつあります。またあるクラブでは、「もう一度拠点である地元の町を見直し、盛り上げましょう」という話が議論されています。これまではコンテンツホルダー同士のコラボが加速していましたが、今後はコンテンツホルダーがある拠点の自治体や、地元の商店街などが連携し、そこに新しいコンテンツ体験が生まれていくような機運もある。広告会社として何か仕掛けられると面白いだろうなとも思っています。
いずれにしても、コロナによって加速したDXは多くのコンテンツビジネスにとって集客/収益両面で拡大のチャンスをもたらしています。ただ、そこで忘れてはならないのが、ファンの感情を動かすポイントをどう抑えるか。我々博報堂コンテンツビジネスラボは、AARRRの各フェーズでファン心理の要所を押さえた最適なビジネス・体験設計をお手伝いしてければと考えています。
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  • 博報堂 テクノロジー開発局 グループマネージャー テクノロジスト
    博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ グループマネージャー
    2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より、データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、生活者DMPをベースにしたマーケティングソリューション開発、得意先導入PDCA業務を担当。2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 テクノロジー開発局、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター)
    2010年博報堂DYメディアパートナーズ入社。2016年よりマーケティング・テクノロジー・センターにてコンテンツファンマーケティング、位置情報データ、メディアログデータ、MMM、デジタルマーケティングなどの研究開発に従事。2013年からの3年間はメディアプラナーとして外資系クライアント、スタートアップクライアントのメディア戦略、メディア投資戦略のプラニングに従事。2010年から2013年はテレビタイムビジネス局にてテレビビジネスとテレビ×デジタルの施策開発に携わる。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 テクノロジー開発局、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センターSpontena,Inc.)
    2016年博報堂中途入社。博報堂入社後は、研究開発局が立ち上げたSpontena,Inc.にてチャットボット開発、サービス提供に従事。その他、コンテンツファン動向、プレイガイドのデータ分析など、エンタテインメント領域を中心に研究。コンテンツビジネスラボでは美術、ドラマ・バラエティ、小説を担当。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局)
    2017年博報堂入社。同年より研究開発局にて研究員として若者研究やARクラウドを用いたサービス開発に従事。また、コンテンツビジネスラボのメンバーとして、エンタメ領域のコンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット分析等を行っている。2020年よりマーケティングシステムコンサルティング局にてマーケティングプラナーとしてサービス開発やプロダクト開発に従事。2021年より生活者エクスペリエンスクリエイティブ局所属。

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