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Withコロナ時代におけるコンテンツファンマーケティング【前編】
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Withコロナ時代におけるコンテンツファンマーケティング【前編】

エンタテインメント業界はコロナ禍によりライブエンタメ市場が90%減少する一方で、ライブコマースやオンラインライブなどDXの兆しがみえ、新たなコンテンツ消費行動が生まれつつあります。コンテンツデジタルマーケティングにおける変化の実態や将来像、今後テクノロジーを活用したコンテンツ体験を設計する上でのフレームワークについて、博報堂コンテンツビジネスラボの木下陽介、後皓介、北原由佳、谷口由貴が議論しました。

■各ジャンルに精通するメンバーが集まったコンテンツビジネスラボ

木下
我々コンテンツビジネスラボは、博報堂のマーケティングプラナーや研究開発職員、博報堂DYメディアパートナーズでコンテンツビジネス開発に携わる専門家など、エンタメやスポーツ、映画、音楽等々さまざまなコンテンツビジネスに造詣の深い人間が集った専門チームです。研究内容は大きく3つあり、1つは、生活者がどのようにコンテンツを見ているか、あるいはコンテンツに対して行動しているかといったデータなど、弊社独自の調査データはもちろん、さまざまな企業と連携し、コンテンツに関する消費行動データを収集しています。2つ目はそうして集めたデータをもとに、映画やアニメ、音楽などのヒット予測をしたり、それをもとに現場のキャスティングを支援したりアライアンスを組むといった「エンタメコンテンツヒット研究」。3つ目は業種に特化してオーディエンスを分析し、それに応じた訴求方法を提供する「カテゴリーワークス」というソリューションの活用や、レコメンドエンジンや売上・観客動員数予測モデルの作成などを行う「ビジネス支援ソリューション」。基本的に各コンテンツジャンルに精通した「オタク」がメンバーとして集まっているので、微細な勘所をおさえた分析ができることが、当ラボの強みです。

ちなみに本日のメンバーで言うと、後さんはアニメとゲーム、谷口さんが音楽、北原さんが美術展やドラマ、バラエティなど、そして僕はスポーツ分野において専門的に研究を続けています。

■コロナ禍によるコンテンツビジネスの変化:「集客量の圧倒的増加」×「収益源の多層化」

木下
それでは、本題に入っていきたいと思います。まず、後さんから、コロナ禍がコンテンツビジネスにどういった影響を及ぼしているのか、概要から話していただけますか。
はい。コロナ禍でコンテンツの接点が大きく変わっているわけですが、音楽ジャンルではライブ公演が激減し、オンラインライブがこの1年で急増。映画やスポーツに比べ変化が劇的でした。またエンタメ業界としての稼ぎ方も多様化が進んでおり、たとえばライブチャットで投げ銭やライブコマースが行われたり、演劇やスポーツなどこれまでサブスクとは無縁だったジャンルでも、チケット10回分や月額いくらといった新しい販売形態でサービスを提供するようになってきています。
これまでキャパシティー×客単価が絶対的だったところへ、会員登録が必須で、さらにライブコマース、サブスクなどのオンラインサービスが盛んになることで、一人一人の客単価も支払い方も変化しています。

アクセシビリティの向上も大きなポイントです。必ず会場に行かなければ見られなかったものが、家からでも職場からでも見られるようになった。全国どこからでも参加できるし、そこまで熱心なファンじゃなくても参加しやすくなることで、顧客層も拡大。キャパシティーの上限もないためチケット争奪戦も発生せず、誰もがライブを楽しめるようになりました。さらには初回無料や後払い、投げ銭など課金体系も多様化。どこからでも入れて、興味があれば誰でもアクセスでき、多様な方法で支払いもできる。このようにコンテンツ消費が大きくデジタル化することで、コンテンツの新たなリクープモデルが生まれる土壌がつくられつつあると考えています。

上の図を参考にしていただきたいのですが、これまでのライブビジネスは、DVDやグッズ販売なども一部ありますが、イベントや握手会など、フィジカル/リアルタイムでしかなかった。それがこのコロナ禍を受け、リアルタイムではなくても視聴できるオンラインライブサービス、過去のアーカイブが一気に見れるサービスの増加などいつでも好きなコンテンツを消費できるいわゆるタイムフリー化が進んだわけです。集客力は圧倒的に増加するし、収益源も多層化している。ただ、これまでのコンテンツビジネスの考え方と同様、たとえDXが進んだとしても、「どのように生活者、ファン、観客の感情を動かすことができるか」は変わらず大きな課題となってくると考えています。

木下
ここでもう一つご紹介したいのが、我々が行っている「コンテンツファン消費行動調査」です。毎年さまざまなカテゴリの市場規模を算出していて、今年エンタメ市場はさぞ落ち込んでいるだろうと思いきや、支出層全体を見るとコンテンツ消費額の単価が昨年よりも上がっていました(67,070円で前年対比+2,497円)。また全カテゴリーにおけるセグメント市場の変化を見るとコロナの影響により確かにリアルイベント市場、レジャー市場は落ち込んでいますが、その代わりにスマホ・タブレット市場、ゲームアプリ市場といったデジタルコンテンツ市場がかなり活性化している。加えてCD・本などのパッケージ、関連グッズ、雑誌や書籍などのデジタルとは直接のない市場も向上しているのは面白い点です。コロナによって、おそらくエンタメコンテンツの支出の出口、楽しみ方などが変わった結果、市場の増大にもつながっているのではないかと思います。
※コンテンツファン消費行動調査2020より(11カテゴリーにおけるセグメント市場の変化(前年比))
 

谷口さんは、実際コロナがきっかけで某男性アイドルのファンになり、かなりお金を使ったという話でしたよね。

谷口
そうですね。オンラインライブはリアルのライブよりも単価が安い分、かなり頻繁に視聴するようになりました。旅行や外食などに使うお金が減った分、家でデジタルで楽しめるエンタメの消費が増えたという人は多いのではないかと推察します。
木下
確かにそうですね。僕自身、応援しているサッカーのクラブチームの試合を見に、毎年家族行事として遠征していたんですが、それがぱったりなくなってしまった。そうやって浮いたお金を、多くの人がデジタルコンテンツに使うというのはよく理解できます。北原さんもコロナ前はよく音楽ライブに行かれていたようですが、いかがですか。
北原
コロナ以前は野外フェスやライブハウスによく行っていましたが、デジタルコンテンツでは人数制限、遠隔地であっても気軽に参加可能なこともあって、いまは海外のアーティストのオンラインライブなどを気軽に楽しんだりしています。周囲の話を聞いても、気になったマンガやコンテンツを電子書籍で気軽に楽しんだり、動画配信サービスで気になったものを途中から追いつき再生でキャッチアップするなど、コンテンツの消費行動が変わった人が多いように思います。私自身も、電子書籍でマンガを気軽に読むようになりました。
木下
なるほど。後さんが応援しているアイドルグループも、オンラインライブをやっているんですよね。
昨年の緊急事態宣言中か、その前後に行ったオンラインライブでは、9万人ほど集まっていましたね。
木下
それはすごいですね。これまでライブは転々とお客さんを集めていたのが、いつでもどこでもどのタイミングでも一気に集められるようになり、集客数が一気に増えているわけですね。

■AARRR(アー)モデルで紐解くコンテンツファンの感情設計

視聴環境や生活者の行動スタイルが変化していくと、広告の仕掛け方、マーケティングにも変化が求められます。今後我々は、生活者の行動のどこをどうとらえ、デジタルマーケティングを進めていくべきなのか。ここから、シリコンバレーの著名なアクセラレーターであるDave McClure氏が提唱するグロースハック指標フレームワーク、「AARRR(アー)モデル」を使って考えてみたいと思います。

まずこのAARRRモデルを簡単に説明すると、Aが示すのは、新たに会員登録するといったAcquisition(新規獲得)です。続いてその人がダウンロードしたりと、Activation(顧客化)が始まり、次にコンテンツ利用を習慣化させるRetention(定着化)のフェーズがある。さらにそこからRevenue(収益化)が必要になってきて、最後に求められるのが、デジタルならではでもあるんですが、定着した顧客が周囲に拡散するReferral(紹介)です。これらAARRRの各ポイントで、どういう施策をするかが重要になってきます。

たとえば著名な某無料ゲームは、アクティベーション、定着化させるために期間限定施策でボーナスをつけたり、特殊なアイテムの販売や限定イベントの参加権などで収益化を図ったり、友だち紹介をうながすフレンド機能が設定されていたりする。コンテンツビジネスにおいても、AARRRモデルのフレームワークで考えていけば、新規獲得や収益化のヒントが得られるかもしれないと考えています。

木下
コロナでDXが一気に進んでいるいま、シリコンバレーのスタートアップサービス開発で用いられているAARRRモデルの考え方が、日本のコンテンツビジネスにも転用できると思いました。ここで重要なのは、そのときにしか味わえない特別な感情や、好き・応援したいという気持ちの盛り上がり、感情をいかに設計していくかといった点が、エンタテインメントコンテンツには欠かせないということ。そのあたりの設計までも含めて、このAARRRモデルになぞらえて考えていければと思っています。
ではAARRRモデルに沿って、どのようにコンテンツフレームワークをとらえていけばいいのか、具体的に説明します。
まずAcquisition(新規獲得)とActivation(顧客化)についてですが、前提として、我々のラボでは「コンテンツゲートウェイ」という情報設計の方法を重視しています。たとえば音楽でも何でもヒットが生まれる場合、かつては、コアファンからノーマル層へと認知が広がっていくのが一般的でしたが、いまはメディアも多様化し、SNSやコラボアイテム、イベントやラジオ番組など、さまざまな入り口を通してさまざまな”〇〇好き”の間に一気に認知されていく、という広がり方になっています。あるアーティストがいたとして、音楽好きだけに向けて発信するのではなく、アニメ好きやラジオ好き、ファッション好きなど、さまざまな”〇〇好き”が触れられるような入り口、ゲートウェイをつくることが大事になってきますし、それぞれのターゲットの感情を捉えて対応できるアーティスト、コンテンツが強い時代ということになります。
さらにいまは、サブスクなどのおかげで体感的には無料でさまざまなコンテンツを楽しめるため、いろんな”〇〇好き”が気軽に越境しやすい状態でもある。そのさまざまな”〇〇好き”を獲得するためにも、適切な入り口設計、つまり「ゲートウェイプランニング」が必須です。たとえばあるアニメ映画作品があるとして、監督のインタビューとか聖地巡礼のツイート、声優の日常など、作品そのものではないが作品体験を経ることによってファンが抱いた感情を垣間見える情報――僕らはFeedコンテンツと呼んでいます――をたくさん用意し、そうしたさまざまなゲートウェイから入ってきた人たちをちゃんと楽しませる準備をしておくことが欠かせませんし、そういう人たちの盛り上がりを見た別の”〇〇好き”がさらに引き寄せられていき、コンテンツ消費が活性化していくといったことも、我々が基本的に目指すところです。
木下
僕も2012年くらいからコンテンツ研究をしていますが、アニメとゲームとか、音楽とスポーツとか、カテゴリーの垣根を越えてコラボレーションしていく動きは加速していると感じています。僕自身は世代的にも、一度あるコンテンツに傾倒すると、ほかのコンテンツのファンになることが信奉していたコンテンツに対する裏切り行為に感じて少しおこがましいと思ってしまう。でもいまはいろんなコンテンツを次々に好きになっていき、かつファン同士共感し、交流するといったことも珍しくありません。 どのジャンルでも、時間もお金もたっぷりかけてきた熱狂的なファンが幅を利かせるような文化があったと思いますが、オンライン上ではそれも薄まってきていている。ファンのなり方、応援の仕方、盛り上がり方が明らかに多様化していて、大きな地殻変動が起きていることを実感しています。

※後編に続く

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  • 博報堂 テクノロジー開発局 グループマネージャー テクノロジスト
    博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター 開発1グループ グループマネージャー
    2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より、データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、生活者DMPをベースにしたマーケティングソリューション開発、得意先導入PDCA業務を担当。2016年よりAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 テクノロジー開発局、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター)
    2010年博報堂DYメディアパートナーズ入社。2016年よりマーケティング・テクノロジー・センターにてコンテンツファンマーケティング、位置情報データ、メディアログデータ、MMM、デジタルマーケティングなどの研究開発に従事。2013年からの3年間はメディアプラナーとして外資系クライアント、スタートアップクライアントのメディア戦略、メディア投資戦略のプラニングに従事。2010年から2013年はテレビタイムビジネス局にてテレビビジネスとテレビ×デジタルの施策開発に携わる。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 テクノロジー開発局、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センターSpontena,Inc.)
    2016年博報堂中途入社。博報堂入社後は、研究開発局が立ち上げたSpontena,Inc.にてチャットボット開発、サービス提供に従事。その他、コンテンツファン動向、プレイガイドのデータ分析など、エンタテインメント領域を中心に研究。コンテンツビジネスラボでは美術、ドラマ・バラエティ、小説を担当。
  • 博報堂コンテンツビジネスラボ(博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局)
    2017年博報堂入社。同年より研究開発局にて研究員として若者研究やARクラウドを用いたサービス開発に従事。また、コンテンツビジネスラボのメンバーとして、エンタメ領域のコンテンツ消費行動研究を行なっており、音楽分野担当として音楽ヒット分析等を行っている。2020年よりマーケティングシステムコンサルティング局にてマーケティングプラナーとしてサービス開発やプロダクト開発に従事。2021年より生活者エクスペリエンスクリエイティブ局所属。