資金調達の“民主化”で資本市場はどう変わるのか BOOSTRY x HAKUHODO Fintex Base (連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.5)
近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第5回となる今回は、ブロックチェーン技術を活用した新しい資金調達プラットフォーム「ibet」を開発したBOOSTRY CEOの佐々木俊典さんとHAKUHODO Fintex Baseの山本が、新しい資金調達の形によって生まれる可能性や、浸透における課題、今後の展望などについて語り合いました。
株式会社BOOSTRY CEO
佐々木 俊典 氏
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長
山本 洋平
権利のデジタル化で、挑戦者と支援者がつながりやすく
- 山本
- 佐々木さんは、2019年9月に「BOOSTRY」を設立されたとのことですが、どのような背景で起業を決意されたのですか。
- 佐々木
- 2017年頃から所属する証券会社の別のグループ会社でフィンテックの新規事業に取り組んでいたのですが、その中でブロックチェーンを使ったP2P(Peer to Peer)の資金調達の仕組みを作りたいと考えるようになり、研究を進めていました。
当時はフィンテックというと暗号資産や仮想通貨などが注目されていて、私がやりたいようなP2Pの資金調達や有価証券のデジタルトークン化といったことが注目されるようになるのはまだ先だろうと思っていたんです。でも、思ったより早く世の中の関心がそちらにシフトしてきて、「PoC(Proof of Concept:概念実証)を内々でやっている場合ではない。ちゃんと資金を集めて勝負しよう」と考え、BOOSTRYを立ち上げました。
- 山本
- なぜP2Pの資金調達の仕組みを作りたいと思われたのですか。
- 佐々木
- 私は証券業の役割は「挑戦者とその挑戦を支援したい投資家をつなぐこと」だと思っているんです。あらゆる挑戦者がその事業規模に関わらず、もっと簡単に資金を調達して新しい挑戦ができるような仕組みを作りたいと思いました。
当社はミッションとして「全ての権利をデジタル化し、権利の移転や移動、利用を自由にできるようにすること」と掲げているのですが、権利をデジタル化することで、「挑戦者」と「支援者」がつながりやすくなると考えています。社名の「BOOSTRY」にも、“Boost your try”(あなたの挑戦をブーストしましょう)というメッセージを込めています。
- 山本
- なるほど。そしてブロックチェーンを活用した資金調達プラットフォーム「ibet」を開発されたのですね。
- 佐々木
- はい。これまで事業を支援する手段は株や債券を購入することでしたが、上場していない企業や個人も支援できるよう、例えば売掛債権やローン債権といった権利も自由に売り買いできるようにしたいと考え、ブロックチェーンを活用して挑戦者・支援者間で権利の移転を安全に実現できる基盤「ibet」を開発しました。「ibet」は、”I bet” (事業に賭けるぞ!)からきていて、挑戦者は自分の時間や人生を、支援者はお金やそれに代わる何かを事業に賭ける!という意味です。
- 山本
- ibetの基盤は、BOOSTRYが運営されているのですか。
- 佐々木
- いえ、ibetはコンソーシアム型で運営していて、どの企業でも平等にご利用いただけます。このような形にしたのは、「誰かが所有するシステム」や「社内システム」にしてしまうと、挑戦者と支援者を結び付ける上で広がりがなくなってしまうからです。それを避ける意味で、“共有基盤”にこだわりました。
ibetでは、企業、金融機関、支援者が権利を直接売り買いすることができ、「誰が権利を持っているか」という情報もみんなで共有します。ブロックチェーンを使っているため、過去の売り買いを含め、権利の内容や購入者に関するデータが改ざんされることはありません。
- 山本
- データを含めて、あえてBOOSTRYのみで所有しないようにされているんですね。
- 佐々木
- そうです。収益を考えるとかなりしんどいのですが(笑)、我々が望む世界観を実現するにはこの方法しかありませんでした。
我々が目指しているのは、資本市場のインターネット化、民主化なんです。インターネットが登場した当初は、自分のホームページを作っても、誰かのページにリンクを貼ってもらわないと誰にも見てもらえませんでした。その後、検索サイトが出てきてページを探せるようになったり、APIで連携できるようになったりしたことで世界が一気に広がりました。
これと同様のことを、資本市場でも実現したいんです。権利保有者を記録したブロックチェーン基盤が資金決済や契約の電子化など様々な企業のサービスと結び付けば、利便性は飛躍的に増していきます。
「投資」と「消費」の2本の糸で生活者とつながる
- 山本
- ibetを通じて投資した場合、リターンはお金で支払われるのでしょうか。
- 佐々木
- お金以外のものをリターンに設定することもできます。
従来の資本市場ではお金でのリターンが前提でしたが、現在は“感情報酬”と言われるものの価値も高まっていますので、例えば、自社店舗に来店した際にVIP待遇する、といったお金以外でのリターンも喜ばれるのではないかと考えています。
- 山本
- 物質的な価値ではなく、体験価値を提供する、ということですね。
- 佐々木
- そうです。希少性がポイントだと思います。お金の価値は誰にとっても同じですが、投資した人だけができる体験やもらえるモノという希少性に価値を感じる方も多くいらっしゃるので、投資家に喜ばれるようなリターンを考え設定することで、可能性が広がってくると考えています。
- 山本
- そうなると、生活者が投資を通じて企業のファンになるということもありそうですね。
- 佐々木
- そうなんです。従来、企業は「消費」という生活者とつながる“糸”を作るため、様々なマーケティング施策を展開してきました。そして、その糸をどんどん太くしてファンになってもらうことを目指してきたわけです。でも生活者は新しいものが出るとすぐ目が移ってしまうので、その糸は簡単に細くなってしまう可能性があります。
そこで我々は、もう一本「投資」という糸を作るのがいいのではないかと考えています。投資は消費と違い、すぐにやめたり、心変わりしたりすることはあまりないですよね。自分が何の銘柄の株を持っているかもたいてい把握していますし、ある調査では、「自分が投資している企業の商品をよく買う人が多い」というデータも出ています。投資で生活者とつながることができれば、企業は結果的に「消費」と「投資」という2本の糸で生活者とつながることになり、こうした状態に一度なれば、2本同時に糸が切れることはなかなかないのかなと思います。
- 山本
- そのような考え方を実現できるのは、従来であれば一部の大企業だけでしたが、これからはあらゆる企業が実現できるようになるということですね。
- 佐々木
- そのとおりです。その実現に向けて我々が最初に取り組んだのは、「デジタルアセット債」という社債の発行です。通常の有価証券であれば、投資家は設定している金利に応じた金額を配当として受け取りますが、デジタルアセット債ではそれをカフェで使えるポイントとして受け取れるようにしました。
- 山本
- なぜ、配当をカフェで使えるポイントにされたのですか。
- 佐々木
- 「消費」という糸で生活者と直接つながっているBtoC企業が、「投資」という糸でもつながるべく活用していただけるよう、彼らに刺さるものにしたかったからです。BtoC企業であれば、生活者が普段の生活の中で楽しめるような非金融的なリターンのほうが親和性が高く、興味を持っていただけるのではないかと考えました。ibetを使えば金融機関を介さずに直接資金調達ができるので、BtoC企業が生活者と「消費」と「投資」という2本の糸でつながることができます。
- 山本
- なるほど。金融機関を介さずに資金調達ができる、という点ではクラウドファンディングと似ているようにも感じるのですが、どういったところが違うのでしょうか。
挑戦の芽がつぶれない社会に
- 佐々木
- クラウドファンディングはプロジェクトの支援者を集めることを目的としていますよね。ibetの場合は、ゴルフ会員権のように権利が発生するので、それを所有、売買できることが一番の違いですね。
- 山本
- ibetの開発やサービスを展開する上で苦労されているところはありますか。
- 佐々木
- 法律がデジタル化に対応していかないと、サービスの利便性を向上させにくいところがありますね。2020年5月に証券トークンに関する法改正があり運用が可能にはなったのですが、証券トークンだけでバリューを出していくことは難しいので、関連する法律も改正されていけばいいなと思っています。ただ中央銀行でもデジタル通貨の取り組みが進みそうな状況で、それが実現すれば決済システムと連動できるようになるので、今後大きく進展していくのではないかと考えています。
- 山本
- 日本は海外に比べると出遅れているのでしょうか。
- 佐々木
- 資金調達のデジタル化という面では、海外も横並びという状況ですね。
- 山本
- そうなんですね。VCやスタートアップ投資が盛んな海外のほうが資金調達のDX化も一歩先を行っているイメージでしたが意外でした。そういう意味では、まだまだ日本にもチャンスがありそうですね。
いま、思い描いていらっしゃる資金調達の民主化に向けた構想は、どれくらいで実現できると予想されていますか。
- 佐々木
- あと5年以上はかかると思います。5年ほどで技術的にはやりたいことができるようになるはずですが、法改正も必要ですし、社会に受容されるようになるには様々な取り組みが求められると思うので、それも含めると10年くらいかかるかもしれません。
- 山本
- 実現すると現在とはどのようなところが大きく変わるのでしょう。
- 佐々木
- 資金調達が民主化されれば、どんなに小さい規模の企業や個人事業でも、濃い支援ネットワークを作って新しい挑戦をすることが可能になります。挑戦の芽がつぶれてしまうのはもったいないですし、つまらないですよね。あらゆる挑戦者を支援するのが証券会社の本来の役割だと思っています。
- 山本
- 資金調達の民主化で、あらゆる挑戦を支援する。その大義を具現化するために、ブロックチェーン技術を活用したibetがあり、BOOSTRYがあるんですね。また、どういう時代・社会を創り上げたいかという想いの熱量が、新規サービス開発の根幹には必要だとあらためて感じました。
最後に、今後BOOSTRYが挑戦されたいこと、目指すことを教えていただけますか。
- 佐々木
- 我々の利益とは関係なく、証券業界全体が資金調達の「共有基盤」を使っているという状態にしたいと思っています。いま考えていることが実現できるのは、もしかしたら10年先かもしれません。でもそのベースができれば、資金調達の可能性が広がり様々なことに挑戦できる人が増えることで、より豊かな社会が実現されると信じています。そのためにまず、共有基盤のルールの整備に貢献していきたいと思います。
- 山本
- 生活者と企業のつながりは、「消費」に加えて「投資」という2つの側面から築いていくべきとの佐々木さんお話が印象的で、新しい発見でした。今後マーケティング施策を考えるうえでも参考になります。
また証券トークンには、挑戦者にとってチャンスを広げる力があるのですね。新たな挑戦者と支援者が増えていくことで日本の市場がもっと多様化しそうでワクワクします。大企業だけでなく、小さな企業や個人も含めてチャンスが生まれ、新たな挑戦につながる。お話をうかがって、「BOOSTRY」という社名に込められた想いや意味をあらためて理解しました。市場を拡大していくにあたって、我々もマーケティングで生活者のエンゲージメントを高めるお手伝いができればと思っています。
- 佐々木
- 我々は金融とITを専門とする人材の集まりなので、コンセプトは打ち出せても、その浸透やファンづくりについてはわからないことが多いんです。ぜひそういったところで力をお借りできたらうれしいです。
この記事はいかがでしたか?
-
佐々木 俊典 氏株式会社BOOSTRY CEO新卒で外資系ソフトウェアベンダーに入社。金融機関のシステム開発に従事。
2008年から大手証券会社の投資銀行部門で企業や自治体等の資金調達業務に従事して、様々な金融商品による資金調達の実務を経験。
2016年から同証券会社グループ内の新規事業開発部署に所属、2017年に同社グループ会社に所属してブロックチェーンを活用した資金調達の調査研究等に従事。
2019年9月にBOOSTRYを立ち上げて現職。
-
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するストラテジックプラニングディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門2度受賞