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D2Cビジネスにおける実店舗の役割とは ―フィジカルな接点を通じて生まれる新しい顧客体験 (連載:D2C支援 キーパーソンが語る Vol.5)
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D2Cビジネスにおける実店舗の役割とは ―フィジカルな接点を通じて生まれる新しい顧客体験 (連載:D2C支援 キーパーソンが語る Vol.5)

ECとSNSを活用して成長する「D2C」(Direct to Consumer)ブランドが国内でも次々と登場しています。この新たなブランドビジネスに挑戦する企業を支援する「博報堂グループ・D2C統合ソリューションチーム」のキーパーソンたちが、D2Cブランドビジネス成功のポイントについて語る記事を連載でお届けします。 最終回となる今回は、チームのメンバーであり店舗開発に知見を持つ博報堂グループのエクスペリエンスD 代表取締役の坂田照雄と博報堂の髙津雄矢、そしてチームリーダーを務める山形健が、D2Cビジネスにおける実店舗の役割や店舗の開発・運営のポイントについて語りました。


株式会社エクスペリエンスD 代表取締役、チーフ・エクスペリエンス・オフィサー
坂田照雄

博報堂ブランド・イノベーションデザイン 部長 / 博報堂グループ・D2C統合ソリューションチーム チームリーダー
山形健

博報堂ブランド・イノベーションデザイン
髙津雄矢

D2Cビジネスになぜ実店舗が必要なのか


──坂田さんはエクスペリエンスDで代表取締役を務められ、実店舗の開発・運営に関し多様なご経験をお持ちです。今回エクスペリエンスDが博報堂グループ・D2C統合ソリューションチームに参画された経緯をお聞かせください。

山形
D2Cビジネスでは商品は主にECで販売されますが、ブランドの世界観を伝えるために顧客とのフィジカルな接点が重視されるケースが少なくありません。その接点は多くの場合、実店舗です。店舗を運営する際は、物件探しから始まり、内装、外装、店内の動線設計、スタッフ管理、売り上げ管理などさまざまな作業やオペレーションが必要になりますが、そのすべての機能をもっているエクスペリエンスDの知見がD2Cビジネスの支援において欠かせないと考え、声をかけたのがきっかけでした。空間づくりや体験設計の専門家として、チームの中で非常に重要な役割を果たしています。
坂田
エクスペリエンスDでは以前から日本全国のブランドストア運営を業務委託というかたちをとりながら様々な業種で実績として積み上げてきました。更に昨今ストアDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組み、ストアSNSの運用、顧客の行動分析や実店舗とECの連動などデータドリブン型の店舗運営に注力してきました。そこで蓄積してきた店舗ビジネスのノウハウやブランド体験設計における知見をD2Cビジネスの実店舗開発においても活用できると考え、チームに参画しました。

──D2Cビジネスにおいて実店舗を出す意味や、実店舗が担う役割について教えていただけますか。

坂田
D2Cビジネスの本質は、ブランドの熱狂的なファンを増やしていくことにあると思います。しかし、オンライン体験だけで顧客に熱狂的なファンになってもらうことは難しい。フィジカルな空間でブランドの世界観を体験したり、商品にじかに触れたり、スタッフと対面でコミュニケーションを取ったりする中で、ブランドへの理解や愛着を深めてもらうことが大切です。そのような体験を提供する場として、実店舗が必要になるわけです。
山形
一般的に実店舗の機能は「売る」ことですが、D2Cビジネスにおける実店舗の主な目的は、商品を販売することではありません。アトリエやオフィスにちょっとした販売スペースがあって、そこにお客さまが訪ねてきて、スタッフとコミュニケーションを深める──。それがD2Cにおける実店舗のイメージです。「販売店舗」ではなく「お客さまとリアルに接する場」と捉えていただくのがいいかと思います。
坂田
もう一つビジネス的な観点では、一般的にオンラインのみでの顧客獲得コストが年々上がっている一方で、LTV(顧客生涯価値)は下がる傾向にあると言われています。つまり、ECだけによるエンゲージメントが低下しているということです。そのような課題を解決する方法として、実店舗展開を組み込んだD2Cビジネスのモデルは非常に有効です。同時にブランドの認知度向上、オンラインではリーチが難しい潜在顧客へのアプローチ、新商品のテストマーケティングなど実店舗でしかできないことはいろいろあると思います。
 

実店舗でしかできないことを見極める


──D2Cブランド戦略には基本的に実店舗展開が組み込まれると考えていいのでしょうか。また、どのような商材が実店舗展開に向いていますか。

高津
これまでのD2Cビジネスを見ると、初めの段階では実店舗展開を想定していない場合もありますね。ECからスタートして、顧客との関係をより深めていくことが必要になった段階で実店舗を構えるケースも多いです。
商材で分けると、アパレル、家電、家具といったいわゆる高関与商材は、じかに触れてみないと価値がわからないものが多いので、実店舗に向いていると言えます。一方、低価格商品、あるいは低関与商材は、ECだけでビジネスが成立する場合もありますが、熱狂的なファンをつくるという点では、やはりどこかの段階でフィジカルな体験が必要になります。そう考えれば、あらゆるカテゴリの商材において、実店舗展開を組み込んだD2Cビジネスの可能性はあると考えていいと思います。

──実店舗にはいくつかのパターンがあるのですか。

高津
大きく分けると、ブランドの世界観を体験してもらうことを重視する店舗と、ユーザー間、あるいはユーザーとスタッフによるコミュニティづくりを重視する店舗がありますね。ブランドが何を目指すかによって、店舗のつくり方も変わってきます。

──ブランド開発と実店舗の設計や運営はどのようにつなげていくのでしょうか。

坂田
実店舗を作ればいいということではなく、重要なのは、ブランドの全体体験設計の中で実店舗でしかできないことは何かをしっかり見極めること。逆に言えば、オンラインでもできる決済などはオンラインでやった方が待ち時間がなく利便性が高くなり生活者にとってより良い体験になります。
実店舗を展開しようとすれば、場所、人、モノ、お金などの複雑で手間のかかる運用が必ず発生します。さらに昨今ではデータを活用したOMOと呼ばれるオンライン体験とのシームレスな接続が不可欠です。ブランドの理想を常に念頭に置きながら、一方では現実的な運用を本当に担い切れるのかどうかをしっかり考える必要があります。つまり構想だけではないリアルで泥臭い店舗ビジネス感覚が必要ということです。
実店舗において特に重要なのが「人」です。成功しているD2Cブランドは、スタッフのコミュニケーションそのものがブランドの一部となっています。お客さまとの的確なコミュニケーションによって、エモーショナルなつながりをつくる。その中でブランドの世界観やパーパスを自然に伝えていく──。それが店舗における「人」の役割です。エクスペリエンスDが、スタッフを自ら雇用し、トレーニングして、クライアントの店舗を運営するサービスを手掛けているのも、ブランドの成功のためには「人」の教育やマネジメントが欠かせないと考えているからです。
 

ブランド開発段階から実店舗展開を検討する


──博報堂グループ・D2C統合ソリューションチームならではの実店舗開発支援の方法論や強みとはどのようなものですか。

山形
我々のチームの大きな特徴は、D2Cビジネスに必要なあらゆる機能をワンストップでご提供できることです。そのためD2Cビジネスを一から立ち上げる際には、最初に取り組むブランド開発の段階から、実店舗の空間設計に知見をもつスタッフが参加し一緒に検討していきます。
高津
一般的なビジネスで実店舗展開の検討が始まるのは、事業計画の後半に入ってからです。しかし私たちは、最初のUX(ユーザー体験)を設計する段階で、ブランドにおけるフィジカルな接点の必要性についてクライアントと話し合い、かつその具体的な方法まで検討します。ブランドのトータルな世界観の中でオンラインの役割、実店舗の役割をはじめから明確にしておくことがその後の開発プロセスでも大きな意味をもってくるんです。
山形
それから、コンサルティングだけでなく、自力で店舗開発からスタッフィングまでサポートできることも我々の強みだと思います。コンサルティングから実装、フロントエンドとバックエンドの開発支援、デジタルとフィジカル両面のコミュニケーション設計など、いろいろな専門性を備えているのは、まさにこのチームならではですね。
坂田
私はよく、「バーティカル(垂直的)な専門性」と「ホリゾンタル(水平的)な統合力」という表現をするのですが、さまざまな専門性をもった組織・スタッフがこのチームに参画していることに加えて、そういった多様な専門性を一つに統合できるのもまた我々の強みですね。

──スタートアップ企業などがD2Cビジネスを一から立ち上げるだけではなく、大企業がD2Cにチャレンジするケースも増えていると聞きます。大企業でも実店舗展開は初めてというケースもあるかと思いますが、企業が従来のビジネスからD2Cビジネスに転換していく際に必要なことは何でしょうか。

山形
縦割りの構造をいかに乗り越えていくかということだと思います。大企業がD2Cビジネスにチャレンジする難しさは、新規事業を立ち上げる難しさに似ています。実店舗を展開するか否かに関わらず、スモールスタートであっても、さまざまな機能を統合し、スピード感をもって物事を進めていかなければなりません。そのためには、異なる部署のメンバーが参加し、かつクイックに意思決定できる体制をつくる必要があります。
坂田
有効な方法の一つは、プロジェクトチームを立ち上げることです。D2Cビジネスを展開していくためにどのような機能が必要で、どのようなセクションの人を巻き込んでいく必要があるのかを見極めて、部門横断型のチームをつくるわけです。そのような座組みづくりの段階からお手伝いするケースもありますね。
山形
理想は、そのようなチームのリーダーを経営者、もしくは役員クラスの方が務めることです。意思決定権者がリーダーとなることによって、ビジネスのスピードは格段に上がります。D2Cビジネスを立ち上げるということは、企業としての新しい勝ちパターンをつくることにほかなりません。その意味でも、経営レベルの方がビジネスを牽引するのが望ましいと思います。
 

D2Cビジネスの本質は「まちの八百屋さん」


──最後に、これからの展望をお聞かせください。

坂田
コロナ禍によってECが活性化した一方で、実店舗経営は厳しい状況が続いています。でも、このコロナ禍が去った後、リアルな行動や人とのつながりを制限されていたことに対する反動で、実店舗の価値がこれまで以上に見直されるのではないかと私は考えています。フィジカルな接点づくりがブランド構築において重視される。そんな世の中になることを見込んで、実店舗展開を組み込んだD2Cビジネスを今からスタートさせておくことが非常に重要だと思います。そのことをクライアントの皆さんにお伝えしていきたいですね。
もう一点、そんな世の中が大きく変化する今だからこそエクスペリエンスDが重視している考え方に、「HX(ヒューマンエクスペリエンス)」があります。実店舗におけるCX(顧客体験)は、EX(従業員体験)と直結しています。CXとEXが重なる部分にあるのが、HXです。その重なりの中で人と人の心がつながり、エモーショナルなブランド体験が生まれるわけです。私たちは、この考え方をもとにクライアントを支援していきたいし、「人」起点で、事業と社会を成長させる革新的な体験をつくり続けていきたいと考えています。
高津
マスプロダクトをもたない企業も挑戦できるのがD2Cビジネスです。これから勝負をかけていこうというブランドをサポートしながら、一緒に成長していきたいと思います。これからがとても楽しみですね。
山形
D2Cビジネスの本質は、まちの八百屋さんやパン屋さんの商売にとても近いと思います。馴染みのお客さんが店に来て、店員さんと話しながら仲良くなって、時々まけてもらったりする。以前はそれが商売の普通の姿でした。それがどんどん効率化され、分業が進んでいったわけですが、近年のテクノロジーの発達によって、以前のまちの商売のようなビジネスが再び可能になっています。それこそがD2Cビジネスです。
生活者とダイレクトにつながり、得意客になってもらい、長期的な関係を築いていく──。クライアントの皆さんとともに、そんな商いの原型にあらためてチャレンジしていきたいですね。
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  • 坂田 照雄
    坂田 照雄
    株式会社エクスペリエンスD 代表取締役、チーフ・エクスペリエンス・オフィサー
    株式会社ディー・ブレーン 取締役
    株式会社JPDH 取締役
    2007年博報堂入社。エクスペリエンスデザイン部(当時)に所属。事業戦略・マーケティング・ブランド戦略を軸とした店舗・ブランド体験開発の専門家として様々な業種の業務支援を手掛け、戦略・企画・デザイン・運営までのプロセスをデジタル統合型体験設計で支援する。博報堂入社前はアメリカ大手ブランドコンサルティング・ファーム(ニューヨーク本社)にてグローバル規模のブランド体験店舗開発を経験し、グローバルブランディングにも精通。2020年より博報堂グループ唯一の店舗開発・運営構築一体型専門組織として「Human Experience Innovation Company」を掲げるエクスペリエンスDに参画。
  • 博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 部長
    2004年博報堂入社。ストラテジックプラニング局を経て、2007年より博報堂ブランドデザイン(当時)に所属。ダイレクトマーケティングのPDCAや、BRICs諸国でのセールス基盤構築などのマーケティング領域業務を経て、神経科学を基にしたリサーチプログラムの研究および開発、文化人類学発祥のエスノグラフィ実践などデザインリサーチ・UX領域業務に携わる。近年では、商品開発、サービス開発、事業開発の支援業務を多く手掛ける。著書に『ビジネスは「非言語」で動く』(アスキー新書)がある。
  • 博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局 クリエイティブディレクター
    2011年博報堂入社。空間領域のブランド体験設計を専門とするエクスペリエンスデザイン部(当時)に配属。その後、統合マーケティングコミュニケーションなどの経験を経て、2017年よりブランド・イノベーションデザイン局に所属。空間開発の経験にデジタルエクスペリエンスやサービス開発のノウハウを融合しながら、ビジネス課題を統合的に解決するブランドエクスペリエンスの設計を実践する。