D2Cをバズワードで終わらせない――D2C市場をリードする、顧客時間×TO NINE「Engagement Force」の可能性
株式会社顧客時間と、D2Cブランド開発を手掛ける株式会社TO NINEは、2020年7月に業務提携を発表。D2C共創サービス「Engagement Force」の提供を開始しました。顧客時間の事業・チャネル構想やプロジェクト設計のケーパビリティと、TO NINEのD2C事業開発力・運用力を融合させて、D2Cビジネスを構想から運用まで一気通貫で支援します。協業の意図を、顧客時間共同CEO取締役の奥谷孝司は「D2Cはデジタル時代の新しいビジネスモデル。バズワードで終わらせるべきではないからこそ、我々が行動を起こし市場をリードする」と話します。同社共同CEO代表取締役の岩井琢磨、TO NINEのCEO増田智士氏とCOO吉岡芳明氏に、現在のD2Cビジネスの課題と本サービスの可能性について聞きました。
D2Cビジネスの構想から実行までを支援する「Engagement Force」
――現在、両社でD2C共創サービス「Engagement Force」を提供されています。まず、この内容について教えてください。
- 岩井
- 今、D2Cビジネスへの注目度はどんどん高まっています。新しくブランドを立ち上げる以外にも、たとえば大手企業の既存事業のD2C化であったり、派生的な事業としての取り組み事例なども相次いでいます。顧客と直接つながってビジネスを推進するには、戦略立案から実行までさまざまな力が必要ですが、その幅も広がっています。
そこで、事業構想やチャネル構想を得意とする我々顧客時間と、D2Cブランド開発や運用まで手掛けているTO NINEにより、D2Cのビジネスを包括的に支援するのが「Engagement Force」です。「顧客を理解すること」を基点にしてきた我々だからこそ、一過性ではなく継続的な価値の創出に取り組めると考えています。
――もともと顧客時間では、多岐にわたるプロフェッショナル人材と柔軟に組んで支援にあたってこられていますよね。
- 岩井
- そうですね。テクノロジーやマーケティング、クリエイティブなど、プロジェクトの課題やフェーズに合わせて、どういった知見が必要かを見極めてその都度メンバーが参画する「マーケティングデザインネットワーク」というフォーメーションを取っています。
このメンバー構成自体が、D2Cを象徴していると思いますね。単に商品サービスがつくれればいいわけではなく、デジタルを含めた領域を横断して、顧客に継続的な価値を提供するための統合的なビジネスモデルを確立することが、今D2Cに取り組む各社がトライしていることだと思います。そうした企業に並走しながら一緒に構想していくことを、「マーケティングデザイン」と言い表しています。TO NINEとの協業により、デザインする領域がより事業の運用部分まで広がり、顧客からフィードバックを得て改善していくサイクルを回すところまでのサポートが可能になりました。
- 奥谷
- 協業の発端は、岩井と吉岡さんが知り合う機会があり、お互いの思想が共通しているとわかったことです。今回の提携発表の半年ほど前からいくつかの案件で協業して、両社が組むことで戦略立案から実行段階まで含めてクライアント企業をご支援できると確信したので、提携に至りました。
マーケティング4Pのうち「Place」にのみ顧客がいる
――顧客時間では創業時より「チャネルから事業変革を導く」と掲げています。これは具体的にどういったことでしょうか?
- 岩井
- 今、チャネルのデジタルシフトが進んでいます。言葉としてはOMO、オムニチャネルなどとも言われていますが、本質はチャネルをデジタルにすること自体ではなく、チャネルを「顧客理解を深める」接点にすることにあると考えています。我々はそこにフォーカスしています。
デジタルで顧客とのつながりを築くことができ、顧客理解が進めば、今度はマーケティング全体を変革していくことができます。顧客を理解できているのだから、あとは商品サービスや、価格、情報、そういったものをいかに最適化できるか。それを顧客提案として、またデジタル接点を介して顧客にお戻しする、そんなビジネスモデルが今、D2Cとして確立されつつあります。
――顧客を基点に、デジタルを通したインタラクションを含むビジネスが、D2Cと呼ばれるようになったわけですね。その可能性をどう捉えていますか?
- 奥谷
- OMOなどは、どちらかというとリアル店舗を持つ事業者に関連する話でしたが、D2Cは小売はもちろん、メーカー企業やサービス事業者にもチャンスがあると思います。単にデジタルで何かを届けることが重要ではなく、顧客理解を基点にするビジネスモデルです。
――御社では「Engagement 4P」というフレームワークを提唱されています。これについて、また今回の「Engagement Force」とどう関係しているかをうかがえますか?
- 岩井
- 「Engagement 4P」は、マーケティングの4P「Product・Price・Promotion・Place」を独自に捉え直したフレームワークです。以前はこれらのつながりが、一方向的なフロー型になっていました。実はここで、Place以外の3要素には顧客が不在で、基本的に企業の内部で決まっていっていました。かつてはいいものを作れば販売チャネルさえ合えば売れたので、顧客が買う場であるPlaceは最後に検討すればよかったんです。
- 岩井
- ところが今、いいものをつくれば売れるという時代ではありません。唯一、顧客がいるPlaceを基点に、Engagement=「顧客価値」をしっかり構築して、顧客理解と顧客への提案を行き来する。このサイクルをベースにProduct・Price・Promotionを最適化するのが「Engagement 4P」の考え方です。「顧客価値」とは、企業が一方的に届ける「提供価値」に対して、顧客が実際に実感している価値を指しています。
これをまさに実践しているのが、D2Cのプレーヤーです。「Engagement Force」でも、このフレームワークに基づいて企業を支援していきます。
D2Cの本質は、顧客と向き合うこと
――では、TO NINEについて教えてください。
- 増田
- TO NINEは2014年に私が創業し、その後に吉岡が参画して共同代表を務める、ブランドづくりを手掛ける会社です。自社のD2Cブランドの運営と並行して、企業の支援をしてきました。ただ、当初はD2Cという言葉もなく、自分自身の「なぜマーケティングを突き詰めると同じような店舗やECサイトになるのか」「もっとわくわくするプロダクトや提供の仕方があるのでは」という疑問が創業のきっかけになっています。
企業とのコラボレーションによるブランド開発も多く、たとえば創業初期に組ませてもらった腕時計ブランド「knot」は顧客接点をデジタルに振り切って人気を集め、今では吉祥寺から始まり国内外に17のリアル店舗も設けています。「顧客がどこにいるのか」「その熱狂をどう可視化するか」というもともとの考え方は、顧客時間の「Place」を重視することと共通していますね。
――顧客がいる場所から考えていこう、と。
- 増田
- はい。D2Cという言葉が広がり、流通を介さずデジタルで直接売るようなイメージも出てきていますが、既存の流通とも相乗効果のある関わり方はあると思っています。大事なのはデジタルで売るかリアルで売るかよりもまず「顧客としっかり向き合う」ことが、D2Cの本質です。
――昨今なぜD2Cというビジネスの形態が注目を集め、ベンチャー企業だけでなく大手ナショナルクライアントの参入も相次いでいるのか、その背景をうかがえますか?
- 増田
- D2Cはデジタルありきではないものの、やはりデジタルの発展が、この市場が広がっている大きな要因だと思います。今までは店舗でしか顧客とつながれなかったのが、デジタル上だと顧客から圧倒的な量のフィードバックを得られ、リアルタイムで反映できる。このスピード感と同時に、コストが格段に下がったのも大きいです。
- 岩井
- 同感です。特に顧客からのフィードバックという点がこれまでとの大きな違いですね。事業会社として「顧客の意見を反映してさらに商品サービスを良くしていきたい」という思いが強くなっていっているのが、D2Cへの参入を後押ししているように思います。
「商品サービスを『直接届けたい』」という発想も、たしかにD2Cへの入り口になっていますが、それなら直販ECでいい。しかしD2Cは「顧客と『直接つながりたい』」というモデルです。直接、顧客と向き合って意見をもらうのは、プロダクトが良くなる可能性があるとはいえ、勇気も仕組みも必要です。「顧客を理解する」ことに腹をくくって挑戦しようという意志が事業会社にあるからこそ、デジタルを活用したD2Cというビジネスモデルに、期待と可能性を感じられているのだと思います。
顧客と直接つながるには覚悟がいる
――皆さんが企業からD2C事業の相談を受ける際は、何が課題で、それに対してどのように取り組んでいるのですか?
- 吉岡
- 岩井さんと増田が話したことの裏返しですが、「D2C=デジタルで直接売ること」と思われている場合は、その誤解を解くところが出発点になります。デジタルはあくまで手段であって、顧客を理解し、よりよい価値を提供していくことがD2Cだとすり合わせていきます。
その上でよくある課題は、「誰とつながればいいのか」がわからないことです。つまり、つながりたい先の顧客を理解している企業が意外と少ない。そこで、「誰と」を明確にしてから顧客理解を進めていきます。
――顧客がわかれば、どのようなプロダクトや提供方法が求められているか、解像度を上げて探っていけるわけですね。
- 吉岡
- そうですね。なので、顧客を把握することを、常に大事にしています。
その手段としては、先ほど挙がったデジタルの中でも、SNSが重要な役目を果たしています。SNSではフォローしている個人アカウントも法人アカウントも同一のタイムラインに出てくるので、生活者にとって企業が昔よりも近い存在になっています。この傾向は、両者が直接つながるハードルを大きく下げていますし、対話していない企業が信頼されなくなってきている感じさえあります。
- 増田
- 生活者側の変化としても、すごくリテラシーが高まっていることを感じます。それはいい面もありますが、企業が本当に誠実かどうかを厳しく見ているとも言えます。顧客に対して、また社会に対しての責任と約束がより重くなっているのが、D2Cの難しいところです。その点、大手企業が参入する際は、一定のブランド力や歴史など蓄積してきたアセットがあるので、それを生かすことがポイントになると思います。
D2Cはブームではなく真のマーケットになる
――D2Cが注目されているだけに、支援する事業者やサービスも出てきつつあります。顧客時間とTO NINEのタッグならではの強みは、何でしょうか?
- 奥谷
- 当社は「顧客時間」という名称のとおり、お客様の時間に寄り添うことを常に大切にしていて、それは顧客の属性やニーズによらず変わらない姿勢です。ただし、これだけ顧客が多様化してデジタル接触にもさまざまなあり方が出てきていると、当然ながら事業ごとに向き合う顧客はまったく異なるし、事業の統合すべき領域も多岐に渡ります。その点、顧客時間とTO NINEには、さまざまな世代の多様な専門性を持つ人材がいる。それが強みになっていると思います。
また、私は事業会社の経験が長く、岩井は広告会社の立場で企業の事業構想支援に携わってきました。総論として、ものづくりやブランド構築、デジタルを活用した顧客とのつながりを創ることはわかりますが、今まさに自分たちでもD2Cビジネスを実践しているTO NINEの現場の知見やスピード感は、とても稀有です。我々がタッグを組むことで、戦略をしっかりと実行して成果が出ること、またどのような顧客に相対する事業でも対応できる柔軟さを担保できると思います。
――現在、すでに「Engagement Force」を通した事業が始まっているのですか?
- 岩井
- はい、複数の案件が進行中です。顧客理解を基点とするD2Cビジネスの好例として、今後発表できればと考えています。
――では最後に、今後の協業に対する期待や展望をうかがえますか?
- 奥谷
- マーケティング領域にはさまざまなバズワードが登場しては消えていきますが、顧客と向き合うことが本質であるD2Cは、決して流行りで終わらせたくないと強く思っています。企業と顧客が理解し合い、より良い価値を生み出していく活動は、おのずと質にこだわる事業になります。そのひとつの形が、D2Cというビジネスモデルだと思います。顧客ニーズの質量もよく把握して生産できれば、廃棄ロスも少ない。それは大量消費・大量生産の時代から脱却した、健全な事業のあり方を確立することにもつながります。
またD2Cモデルであれば、多拠点のオフライン店舗を必ずしも必要としません。日本企業が海外の顧客とつながる、あるいは海外ブランドが日本の顧客と向き合うのも容易になります。顧客と繋がる接点を確立できていれば、特定の業界内に縛られることもありません。異業種連携を盛り上げていくことで、D2Cビジネスの価値も高めていけると思います。
D2Cはブームではなく、真のマーケットになっていくはずです。それならば、我々はそのマーケットをリードしたい。2020年はコロナ禍で大変な年でしたが、その中で両社でスピード感を持って包括的なD2C支援を模索できたことは大きかったです。新旧のビジネスを理解している我々がチームで活動し、また業界の皆さんとも手を組むことで、D2C市場を拡大していきたいと思っています。
- 吉岡
- 同感です。加えて、ありがたいことにTO NINEで働きたいという方が増えており、特に「顧客を大事にしたい、それが自分の幸せだ」というマインドの方が多いんです。自分が手掛けたものを誰が使っているのか、ちゃんとわかる事業に携わりたい、と。そうした働く側のマインドを考えても、奥谷さんが言われるようにD2Cビジネスの定着に貢献したいと思いますし、TO NINEとしてはD2Cという形態を当たり前にすることを使命感に、今後もさまざまな支援や自社のD2C開発に取り組んでいきたいと思っています。
この記事はいかがでしたか?
-
株式会社顧客時間 共同CEO 代表取締役1993年大広に入社。インストア・プランナー、クリエイティブ・ディレクター、ブランドコンサルタントなどを経て、2012年にコーポレート・コミュニケーション・センターのセンター長に就く。製造業、流通サービス業界を中心に、部署横断型の事業変革プロジェクト、企業ブランディングおよび企業コミュニケーション設計プロジェクトを数多く手がける。
同年、顧客時間を設立し、共同CEO代表取締役に就く。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。
著書に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『物語戦略』(共著、日経BP社)、『ゲーム・チェンジャーの競争戦略』(共著、日本経済新聞出版社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)、『職人軍団、教科書なきイノベーション戦記』(企画、日経BP社)がある。
日本マーケティング学会理事。
-
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役1997年良品計画入社。店舗勤務や取引先商社への出向(ドイツ勤務)、World MUJI企画、企画デザイン室などを経て、2005年衣料雑貨のカテゴリーマネージャーとして「足なり直角靴下」を開発して定番ヒット商品に育てる。2010年WEB事業部長に就き、「MUJI passport」をプロデュース。2015年10月にオイシックス・ラ・大地に入社し、COCO(チーフ・オムニ・チャネル・オフィサー)に就く。2017年にEngagement Commerce Labを設立。
早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了(MBA)。
2017年4月から一橋大学大学院商学研究科博士後期課程在籍中。
著書に『世界最先端のマーケティング 顧客とつながる企業のチャネルシフト戦略』(共著、日経BP社)、『オムニチャネルと顧客戦略の現在』(共著、千倉書房)がある。
日本マーケティング学会理事。
-
増田 智士株式会社TO NINE 共同代表取締役 CEOデジタル時代のブランドづくりを体系化するため、ブランディング、マーケティング、システム、モノづくりを一貫してサポートする株式会社TO NINEを2014年に設立。クライアントのブランド立ち上げや支援だけでなく自社でもブランドを立ち上げる。
-
吉岡 芳明株式会社 TO NINE 共同代表取締役 COO
株式会社二重 代表取締役社長サイバーエージェント・グループにて新規事業を担当。2016年から株式会社TO NINEに参画。2017年に株式会社スマイルズら4社で合弁会社「二重」を設立。